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2020年6月10日 (水)

2020年の6月にアメリカで起こっていること(備忘録)

COVID-19が収まる気配があまりないアメリカで、大規模な抗議行動が起こっている。ジョージ・フロイドさんという黒人の男性が警察官に首を強く圧迫され死亡したことをきっかけとして、全米で人種差別への抗議行動が発生し、一部では暴動のような事態になっているようだ。

今の会社はシリコンバレー(カリフォルニア州)に本社があるので、少なくともシリコンバレーの周りではどのような状況なのかという情報は入ってくる。
彼らが言うには、サンフランシスコでは抗議活動は行われているものの、暴力的な扇動を行う人がほとんどいないため、身の危険を感じるようなことはないらしい。今回の行動をProtest(抗議)と呼んでおり、riot(暴動)とは呼ばないのだな・・・ということ妙に心に残った。

2012年に上海で反日行動が起こった時には、ほぼ全てのアメリカ人はriotと表現していた。それだけ、今回のアメリカの行動には明確な理由があると認識されていることなんだろう。

ドイツ系アメリカ人(僕から見ると完全にいわゆる白人である)の同僚は比較的冷静に物事を見ていて「せっかくCOVID-19を抑えようとしていたのに、これでまた感染者が増えるかもしれない。それでもやらねばならないこともある」と言っていた。
おそらく今のCOVID-19と同じような状況で日本でデモが発生したら、「何も今やる必要はない」という非難の声の方が大きくなっただろう。社会的正義を決定する価値観に大きな違いがあることを感じずにはいられなかった。


また、今回の抗議活動では、多くの企業がメッセージを出している。
うちの会社も社内向けにはCEOからレターが出ていたし、それに近い内容が先日社外向けのblogにあげられていた。「何かを言わねばならない」という企業としての判断なのか、「何かをいうべきである」という倫理観の現れなのかはわからないが、企業としてのメッセージを明確に出すべきであると考えている自分にとっては、良い行動であると感じた。

前に勤めていた会社では、トランプが当選した時にかなり早めに祝福するメッセージを出した上に、CEOが参加していた経済について議論する諮問委員会を最後まで辞任しなかったという理由で幹部が退社したということがあった。
いくら国とのビジネスが重要であると言っても、もう少し毅然としてほしい・・・とは自分も思ったので、自分の価値観と会社の価値観が合うということは重要な要素だ。


ただ、うちの会社は「先進技術の研究開発」を主な事業領域としているため、アジア系とインド系の人間は多いものの、あまりマイノリティは多いとはいえない。カリフォルニアという土地柄もあるし、修士以上の専門教育を受けていないと入社基準にかからないというのが大きいのだろう。

2020年6月 2日 (火)

組織を内からダメにする有能で邪悪なマネージャー

大学院卒のうえにビジネススクールにも行っているため同じ年の人よりは働いている時間は短いのだが、これまでにそれなりの数のマネージャーと呼ばれる人達と働いてきた。時には自分の組織で関わることもあれば(いわゆる上司というやつだ)、お客様側にいる場合もある。

そうやって色々なマネージャーと働いている中で、”有能だと言われているが、組織を少しずつダメにしていく“タイプの人と複数回働く機会があった。

一見すると優秀だし良い組織人であるのに、優秀な部下が離れていってしまうのである。最後には組織が停滞してしまうのだが、優秀という評価があるだけに替え時が見つからず、傷口が広がってしまうという結果になることが多い。


そういったタイプは一般的には下のように見られていることが多い。

  • 仕事をする上では普通に有能である。打ち手の説明も論理がキチンとしていることが多いし、スケジュールもしっかり守って仕事をしている。
  • 打ち合わせではちゃんと相手の話を聞いているように見える。部下へのレビューもちゃんと行う。むしろ丁寧に教えてくれるタイプであるとみられることが多い。
  • 上司に対しても適切に意見をするものの、最後には上司の判断に従うという組織人らしい行動も出来る。

こういった上司が組織にいたらどうだろうか?きっと組織もしっかり回り出すし、業績も伸びると思うだろう。実際に最初の頃は仕事が上手く回るという評価がされることが多い。


ところが時間が経過してよく観察すると、この一般的「よい」評価の裏で少しずつそしきが腐り始めることが多い。
そしてそれは、こういったタイプのマネージャーの表には出てこない下記のような行動が引き起こしているのだ。


  • 自分がした論理的な説明に対して、より精度の高い論理で反論をされると経験や「君の知らない情報も含めて考慮した結果」というような言い方をして、自説を変えようとしない。
  • 相手の話を聞いているように見えるが、自分が予想可能/想定可能な話を聞いているだけなので、想像もしない角度からの意見は聞き流す。
  • 数字がシビアに出るような仕事は巧妙に回避して、可能な限り結果ではなく過程で話すようにする。時々のトピックを上手く紛れ込ませながら、結果が出ないことについて自分以外に理由があることを論理的に説明しようとする。

こういったマネージャーは上の行動をみるとわかるように、「成果を出すという」ことそのものにフォーカスしているわけではなく、「自分の考えで、成果を出す」ということを第一にしていることが多い。

この微妙な差は、組織やビジネスが安定している時にはいい。特に大きな課題もなく、マネージャーの差があまり業績に影響しないような環境であれば、「自分の考え」を第一にすることはマネージャーの特権でもある。

一方で、現在のように外部環境が激変している時、あるいは会社が急速に伸びて「自分よりも優秀な人間が入ってくる」ような環境では、こういったマネージャーの存在は致命的になる。
なぜなら、「自分の考えよりも優れていること」を採用することが非常に難しいタイプなのだから。


こういったタイプのマネージャーを、組織の傷口が深くなりすぎる前に発見するためには、数字で語る文化を作る/維持することが重要になる。もちろん数字だけに偏りすぎると、それはそれで別の問題が発生してしまうのだが、少なくとも「優秀に見えるけど成果は出せない」マネージャーを一定期間で動かすことは出来る。

・・・・ただ、そういった設計が出来ないから、これまでも多くの「優秀な人が必要だが、数字では評価されずらい」部署で、こういったタイプのマネージャーが長生きしたりするのだよねぇ・・。今だとデジタル・トランスフォーメーション(DX)とか、イノベーション組織みたいなところに、多くいるイメージがあったりする。

リモートでの営業活動時に気をつけたい4つのこと

自分の仕事は事業開発なので、この自粛期間でもリモートで営業活動は行なっている。アメリカ側との会議でリモートでの会話は慣れているので、自分が話す分には特に違和感なく話すことができている。

ところが、今日とある打ち合わせで「営業をされる側」になってみたころ、色々と新しい発見があった。折角なので、備忘録がわりに記録しておこうと思う。


1.集中しているせいか、すごく疲れる

これまで自分が参加していた電話会議は基本的に、知っている人と継続している内容を話すものだ。一方で、今日受けた営業は「知っている人が話しているが、内容はほぼ知らないこと」だった。

当然知らない内容なのでそれなりに一生懸命聞いていたのだが、わずか30分の営業を受けただけで、いつもは感じないような疲労感を感じてしまった。
画面にすごく集中していたせいだと思うのだが、画面に近づいて自分の視界がほぼ画面になったまま話を聴き続けるというのは、想像以上に疲れるものらしい。

自分が話す時にも緩急をつけて、相手側が気を抜けるタイミングを作った方がよいのかもしれない。


2.話したいタイミングで話せないとストレスが溜まる

リモートの会話はどうしても遅れがあるので、実際に会っている場合と比べて、相手の話に自分の相槌を差し込んだり、ちょっと質問をしたりするということがすごく難しい。
相手側が話を適度に切ってくれないと、延々と話を聞き続けることになる。

自分はわからないところがあったり、自分が聞きたいことが相手に伝わっていないと感じた場合には即座に聞いたり修正したりしたいタイプなので、この「自分が聞きたいことをタイムリーに聞けない」ということが、かなりストレスになる。

その上、リアルではそういった雰囲気を感じることができるような営業も残念ながら画面越しではそういったオーラを感じてくれないことが多い。この「自分の気配を感じ取ってくれない」こと自体もストレスになるため、相手が話し続けるというのは、正直かなり辛い。

1とあわせて、リモートでは通常よりもかなり多く、相手の意見を聞くという”隙間"を作った方がよいのだろう。


3. PC画面を使ったデモはすごくわかりやすい

ソフトウェアやSaaS製品のようなものは、PCを使ったデモが定番だ。リアルの営業活動ではプロジェクターを借りたり、そういった機材がない場合にはプリントアウトしたものを準備した上で、自分のノートPCを見せたりする。

これがリモートだと、画面共有でまるで自分のPC上で動いているかのようにデモを見ることが(見せることが)出来る。

これまでは話している側だったので気がつかなかったのだが、客側になってこのデモを受けてみると、これまでになくスイスイと頭に入ってくることを強く感じた。1とは反対の作用で自分のPC上での動きに集中できるせいなのかもしれない。

もし相手がノートPCを気楽に持ってこれるような職種の場合、今後はリアルの営業活動でもデモは相手側の画面にも共有できるようにしたほうがいいような気がする。


4. 画面共有での資料共有は圧迫感がすごい

これも1や3と同じ要因によるものだろうけど、文字が細かい資料を共有で説明されると圧迫感がすごい。自分の知らない情報が詰め込まれた画面が目の前に突きつけられるというのは、かなり辛いものがある。

せめて画面上で矢印を動かしてくれれば、どこを話しているかを理解できるので、話している側は「今は自分がどこを話しているか」が相手に伝わるような工夫をしてほうがよいだろう。
ちょうど、リアルのプレゼンでもポインターを使うような感じだ。


今回の感想はノートPC上でのやり取りをもとにしたものなので、タブレット端末を使った場合には、また違った感想になるかもしれない。
世の中はUX(ユーザーエクスペリエンス)という言葉が大流行りだが、思わぬところで体験価値の重要性を知った。

営業のコンテンツがよくても、こういった要因で相手が話を聞いてくれなければ商談もうまくいかなくなってしまう。リモートでは、リモートなりの話し方があるということだ。

2020年5月31日 (日)

自粛期間が本格的にあける6月

前の記事では、5月初めに延長された緊急事態宣言がどのように終わるのか・・・ということについて4つのシナリオを考えていた。一ヶ月たって答え合わせをすると、シナリオとしては①のようになり、さらに予想よりも1週間早く緊急事態宣言は解除された。正直なところ、ここまで劇的に数字が下がるとは想像もしていなかった。
日本人・・・というよりは、日本社会が同じ方向を向いた時の力はすごいのだなということを学んだ気がする。

本来であれば明日から、実際には1週間早く解除されたわけだが、6月が始まるとともに自粛期間があけた生活が本格的に始まる。子供の幼稚園も再開することになったし、仕事でやり取りをしていても、少しずつではあるが正常化し始めたという感覚がある。


一方で、ここ数日の東京の感染者数を見ていると、いっときは一桁台まで落ちた毎日の感染者数が20人まで戻ってきてしまっている。この後に第二波が本格的にやってくるのか、それとも今のままダラダラと推移するのかはまだわからない。おそらく来週1週間の推移を見れば、もう少し確かなことが言えるだろう。

アメリカでは多少は新規の感染者数がおち着いてきたとはいえ、全国では160万人を超える感染者数が出て10万人以上が死亡している。非常事態宣言は州レベル、群レベルでコントロールされているので一律ではないが、少なくとも本社があるカリフォルニアの群ではまだshelter -in-placeはあけていない。

本社がそういった判断をしているので、自分がいる東京オフィスも少なくともあと2週間は自宅勤務を継続する予定だ。もし東京の感染者が増えていくようであれば、その期間はさらに延長されるだろう。もしお客さんが希望すれば対面での営業活動も許可されているが、話している限りでは、日系の伝統的な企業もいきなりこれまで通りに戻すということはないようだ。


ほぼ2ヶ月に渡って会社で勤務をしていないのだが、考えてみると通常の状態でも日本とカリフォルニア間でリモートで働いているせいか、ほとんど不自由は感じていない。むしろ、個人的には子供とこれほど長くいる時間は二度とないと思えるので、貴重な時間だったといえるのかもしれない。

このCOVID-19の特徴を考えると、どの程度の大きさかどうかはわからないが、第二波がくるのは避けがたいのではないだろうか・・・と構えている。明日から再開する幼稚園もまた閉鎖せざるを得ないかもしれないし、必要なら個人の判断でお休み継続ということになるだろう。

オフィスワークだけを考えれば、例えば月の前半は「外出可能期間」、後半は「自粛期間」とすることで感染者の数が計画的に波型になるのではないかと思いついたりもする。この方法なら少なくとも月の半分は通常の経済活動が出来るのだ。

ただ、現実的にはそんなにうまくコントロールは出来ないだろうし、全ての業種がそういった方法で対応できるわけではない。何より、COVID-19は一度重症化してしまうと2週間以上病床を使ってしまう。医療システムには少しずつダメージがたまっていくわけで、あくまで事前の策という感は否めない。

2020年5月10日 (日)

COVID-19対策の6月以降のシナリオ

5月6日に緊急事態宣言が延長され、5月31日までは自粛期間が延長されることになった。ただ全ての県が自粛対象地域となったわけではないし、これまでよりもやや制限が緩くなってきたことで、街の人出はかなり戻ってきているように見える。

この後に感染者数がどのように推移するかというのを現場で予想することは出来ないが、いくつかのシナリオを想定することは出来る。自分の頭の整理のために、予想されるシナリオを書き出して置こうと思う。自分が住んでいるのは東京なので、基本的に思考の対象は東京を想定している。


5月31日までの推移シナリオ

実質的な5月第1週(5月4日週)の感染者数は2桁前半(50人以下)で推移している。これは2週間前〜1週間前ぐらいの動きの結果なので、今後の推移については、やや緊張が緩んだように見える今後の動き方に依存して来る。

5月31日までは3週間ほどあるので、やや自粛が緩くなった結果を見るには十分な時間がある。その結果を大きく分類すれば、次の3つになるだろう。

① 大幅に増加する
「大幅」という定義は難しいが、とりあえず東京の1日あたりの感染者数が3桁になったら「大幅」といってもいいだろう。残念ながら4月の自粛期間での努力結果がはきだされてしまったパターンである。
② 現状とあまり変わらない
毎日数十件の感染者数が出続けるという場合。80〜90件あたりだと、ほぼ①とかわらないので、50件あたりをずっとウロウロしている場合とおいておく。

③ 収束に向かう
さすがに残り3週間でゼロになることはないだろうが、4月の自粛期間(一ヶ月)でほぼ1/4におちたので、ほぼ同じぐらいの割合で少なくなるとすると、10桁台 or 1桁になった場合とするのが妥当なところではないだろうか。

次にそれぞれの場合(パターン)に対して、政府がどのような意思決定をするかを想定してみよう。


6月以降の政府の打ち手について

一番簡単なのは③の場合。この場合には、依然として意識を高く持ち続けなければならないが、緊急事態宣言は解除され、とりあえず自粛期間は収束していくだろう。海外への移動などはすぐには許可されないだろうが、国内の経済活動はある程度復活していく。(シナリオ1)

次に想定しやすいのは①の場合。この場合には、残念ながら緊急事態宣言は延長され、自粛期間は継続するだろう。
国内の経済活動再開へのプレッシャーは高まり続けるだろうが、最も考慮しなければならないのは医療機関のキャパシティーであり、これは言葉でどのように言い繕うと変えることはできない。もしかしたら全国の緊急事態制限は解除されるかもしれないが、東京独自でも延長するだろう。(シナリオ2)

難しいのは、②の場合だ。
常識的に考えれば「自粛を延長してようやく横ばいなのだから、解除すれば感染者数はまた増え出す」と考えるべきなのだが、残念ながら現在の政治にはそういった科学的な思考から結論が出される・・・と信じきれないところがある。

経済活動の落ち込みがこれ以上ひどくなる前に解除すべきという意見も強くなるだろうし、段階的に自粛をゆるめていくという意思決定がなされる可能性もある。なので、このパターンの場合には予見が難しく、解除される場合をシナリオ3, 緊急事態制限の延長をシナリオ4とおこう。


自分はどのように行動すべきか

以上のように4つのシナリオを考えてみたが、起こりうる可能性を以下のように想定している。

シナリオ1(収束で解除) < シナリオ2 (増加で延長)< シナリオ4(横ばいで延長) < シナリオ3 (横ばいで解除)

GW明け直後の状況を見ると人出はある程度緩んでいるようにみえるので、急速に収束に向かう・・・というのはかなり難しいのではないかと思う。一方で、この1ヶ月でいろいろな工夫がなされるようになったので、大幅に増加するという可能性もそれほど大きくはないように感じる。

結局のところ、少なくとも5月31日までと期限を区切れば、長期的には増加トレンドになったとしても現状と横ばいからやや増加ぐらいになるのではないかと思う。


それでは、こういったシナリオと可能性があった時に、個人としてはどのように行動すればいいだろうか?実は結論はそれほど、難しくない。シナリオ1になりそうだと明確になるまでは4月とほぼ変わらないレベルの警戒を保っていけばいいのだ。

この1ヶ月で変化があるとすれば、子供を幼稚園に再度行かせるかどうか・・・ぐらいだと思う(息子が通っているのはカテゴリー的には認証保育園で、現状でも自動の受け入れを続けている。ただし、通常よりは大幅に通っている子供は少ない)。

マスクの流通はかなり戻ってきたし、アルコール消毒液も一時よりはだいぶ購入しやすくなってきた。意識さえ保っておけば、よりリスクを小さくして生活することも不可能ではなくなっている。
より厳しい状況にある人が一刻も早く落ち着いた生活が出来るようになるには、Stay homeで活動可能な人は、これまでと同じく自粛を保ち続ける・・・当たり前のようだが、論理的に考えてもこれが最善の選択なのだ。

2020年5月 4日 (月)

Everlasting stay-home?

日本国内で緊急事態宣言が出たのは4月7日だが、アメリカに本社があるうちの会社はその前から自宅勤務にシフトしていたので、自宅勤務になってからほぼ5週間が過ぎたことになる。

子供が産まれてからはや5年、毎週呑みにいくという習慣もなくなったので、外で人と会わないということにもあまり気になることはない。また、予定より早めに年末に引っ越したおかげで、前よりも広いスペースを確保できているのも大きい。

家の周りには大きなスーパーがないが、大きな公園がいくつもあるので、人と「密」になる心配なしに子供を外に連れて行ける。そうじて、我が家はこのCOVID-19でも生活が最も変わってない家族の一つであると思う。

とはいえ、やはり不便なことはいくつもあるし、今のような状況がどこまで続くのか・・・というのは気になるところだ。


自宅勤務で出来ること/出来ない事

自宅勤務になる前からアメリカとの電話会議を毎日のようにしていたので、うちの会社のメンバーはリモートで働くことには全く違和感がない。アメリカ側からのメールの返信が遅くなったな・・・というのは感じるが、緊急でのやり取りが必要な要件はほぼないので、日常業務にはほとんど支障はない。

電話会議の際に子供が邪魔をしてしまう・・・という問題は我が家でもあったが、最終的にベッドルームでパソコンを開いて会議をするということに落ち着いた。部屋が狭いので机を置くことが出来ず、代わりにアイロン台を使って作業をしている。
メールを書いたり電話会議をするぐらいなら問題ないが、パワーポイントを作ったりExcel作業をするのは結構厳しい。

また、子供もずっと自宅にいるので、落ち着いて考え事をする時間を取るということはほぼ出来ない。なにせ平均すれば5分に1回は話しかけられたり、呼び出されたりするのだから。


こういったことに悩まされている人は結構多いのではないだろうか・・・子供がいない家族であれば、今の時期は通勤時間がなくなったおかげで生産性があがるかもしれないが、子供がいて個室を持てないような家族(東京近郊ではそういう家族が多いと思う)では、知的生産のレベルは下がっているのかもしれない。

自粛と解除の境目は「自分で決めなければならない」こと

5月6日までの自粛期間が延長されるのはほぼ確実で、漏れ伝えられるニュースではどうやら5月いっぱいは今のような生活が続くようだ。

我が家はまだ子供が小学校にあがっていないので、むしろ家族と一緒にいることでやれることが増えているという実感があるのだが、すでに学齢期に入った家では教育をどうしようか・・・という切実な問題なんだろうと思う。
特に4月から小学校になる家は、学校生活が何かを知る前に今のような生活が始まってしまったわけで、家で代替的な教育をするというのもかなり難しい。今の生活にウンザリしている人にとっては、一刻も早く解除の日が来てほしいのだろう。


一方で、東京都の感染者数は減少しているものの、解除するほど下がっていないというのも理解できる。中途半端に解除すれば、あっという間に感染者数がまた増えてしまうだろう。そもそもこれまで奮闘してきた医療関係者の休息の時間を取らなければ、次の波が来た時に耐えられない。
4月中旬の段階でも友人の感染症専門医の見立てでも、病院にすこし余裕が出来るのは5月末ぐらいだろう・・・とのことだった。

ヨーロッパの状況を見ると、こういったロックダウンのようなじょうきょうというのは二ヶ月程度しか耐えられないようだ。あちらの方が一足先に解除に取り組むということで、日本にとっては良いケーススタディになると思う。


個人的には、今年いっぱいは解除と自粛強化を繰り返さざるを得ないだろうと思う。
うちの会社は既に第2波が来ることを見越していて、公的なロックダウンが解消されてもすぐに自宅勤務は解除しない、という方針を打ち出している。幼稚園にしても公的な自粛が解除されても、自分の判断で行かないという選択肢も存在する。

そういう意味では、Everlasting stay-home(終わることのない自宅期間)になってしまうのでは・・・という漠然として怯えのようなものは感じている。経済の行き先や、そもそものCOVID-19の方向性が見えない今、最終的に頼れるのは自分の判断だけ・・・ということを改めて噛み締めている。

2020年4月 6日 (月)

アフターコロナの世界で働く自分を想像する

まだまだ終息が見えないCOVID-19による混乱は、自分の働き方にも大きな影響を与えている。うちの会社は良くも悪くもシリコンバレーに強く紐づいているので、東京オフィスに働いている自分にもダイレクトにアメリカ本土の状況が影響してくる。

シリコンバレーでは当初は"Shelter-in-place"という言い方で自宅勤務を推奨していたが、今はより強い表現で自宅勤務をほぼ全ての会社で行なっている。会社に来ないとできない仕事をするためには許可を取る必要がある。東京オフィスも管理ラインとしては本社に紐づいているため、基本的に自宅勤務をおこなうように命じられている(推奨されている、ではない)。

とはいえ、通常時も業務の半分ぐらいは米国側との打ち合わせだったので、少なくとも業務の半分に関しては不自由は感じない。お客さんの面会の会話が出来ないとか、そもそもの予算計画が立たなくなってしまった・・・みたいなことはあるが、それは自宅勤務による不便というわけではない。

全体としては「やや不便ではあるものの、おおよそ通常通りの業務を行なっている。ただし、業務量はかなり少なくなっている」という感じである。
最も困っているのは、米国本社に出張が出来なくなってしまったことであり、出張の予定が現状では全く立てられなくなったことだ。本社にいる研究者と直接ディスカッションをして、新たな研究開発の方向性を考えるというのがサービスの柱の一つなので、直接会う機会をもてないということは、ビジネスのやり方そのものを変えなければならない。

・・・そういった業務をやりつつも、この頃は「このCOVID-19が長期化し、そしていったんは終息した後の自分の働き方とかキャリア」というものを考えている。年始からこういったテーマは考えていたのだが、そのテーマは残したままで、大幅に生き方を変えなければならないのだろうな・・という気すらしている。


海外移動の自由度の低下

中国で働いている時から考えると、もう10年以上の間、「複数の国をまたいで働く」ということをしてきた。もともと海外で働くことを希望していたので、そういった状況は負担ではなく喜びだったのだが、この働き方の大前提は国をまたいだ移動が自由にできるということである。

その前提はこのCOVID-19が急速に広まることによってあっけなく失われてしまった。そして、より重要なことはこの疫病(といっていいと思う)が、今後はこれまでは日本人にとっては当たり前だった「国際移動を自由に行える」というルールを、ほぼ僕が社会人人生を過ごす間ぐらいのスパンでは変えてしまったということだ。

COVID-19の免疫獲得についてはまだわからない点が多い。もし、人間がこのウイルスに対する免疫を長期間維持できないとすると、移動の自由は大幅に失われるだろう。
もしCOVID-19に対する免疫を人間が長期間保持できるとしても、国家は「疫病が人を介して急速に広まる」ということを学習した。2011年9月11日以降で航空移動に関するルールが厳格化したのと同じように、今後5年ぐらいのスパンでは国際移動に何らかの制約がかかるだろう。
COVID-19は最初の疫病ではないし、最後の疫病ではない。同じような問題が今後発生することは、当然想定すべきことである。


国民国家における制約と個人のコミットメント

今回多くの国が「自国民以外の入国を禁止する」という措置をとっている。これはすごく重要な問題で、たとえ海外に居住し(あるいは定住し)生活の基盤がそこにあったとしても、入国ができなくなってしまうという事だ。さすがに外国人を海外退去させるということまではされないが、この判断は、世界はまだ国民国家を基本としていることを思い出させる。

海外に住んでいた人間の中には母国をあまり好きではない人間も多いし(自分もそういうタイプではある)、いざとなれば他の国で生きていけばいいか・・・と思っているようなタイプも多いが、こういった非常時には"母国"という存在がやはり決定的な意味を持ってくる。僕の場合は、日本だ。

今後の人生で国籍が変わることが想定されないのであれば、今後はこの日本で長く住むということを、自分の人生の中で明確にしなければならない。そして同時にどこかに長く住むということは、そこに対して大なり小なりコミットメントをする必要があるのだ。
今回の出来事でこの点は、自分の人生の中で大きく変わったことだ。

これまでの約40年の人生のうち、半分以上は「いかに日本という枠組みから飛び出して生きるか」ということを考えて生きてきた。子供を持つのであれば日本の方が良いと考え、ビジネススクールの卒業と共に日本に帰ってきたものの、いつかはまたどこかで他の国で暮らそうと考えていた。今後はそういったオプションは最優先ではない。この国で生きていくにあたって、何をした方がよいのか/何をすべきなのかを考えていかなければならない。


自分の人生と「仕事」のコントロール

15年足らずの社会人生活で4社目+MBA留学ということで、日本人の中ではかなり自由に生きているという自覚はある。それでも今回の問題では「自分の人生を、自分でコントロールしようがない」ということに対して、ものすごくストレスを感じる。問題が起こった時に、そして問題のスケールがより深刻でより広範囲であればあるほど、自分は自分で状況を打開したい・・・少なくとも何かをしていたいと思うタイプであるということに、あらためて気づいた。

今後は、自分の人生と「出来る事(多くの場合はこれが仕事だ)」がコントロール出来るような場にいなければならないし、また、自分からそういうものを作っていかなければならない。今は、そういうように考えている。

組織にいるのであれば、より問題を広範囲に解決できる場所にいたいと思う。また、一つの組織や仕事に全てをかけることは、自分の選択肢を減らしてしまうことに直結するということも、今回の出来事で学ぶことが出来た。
こういった出来事が起こると、人間は結局のところ持ち場で頑張るしかない。ただ、それでも自分が何かを出来ると信じるのであれば、平時の時からそういった場を自らで作っていかなければならないのだ。極めてあたりまえの話なのに、これまではそのことを実感して生きてはこなかった。


こういった未来への決意みたいなのはエンターテイメントの世界では「フラグ」として扱われてしまうので、あんまり書かない方がいいのかもしれない。なにせ、このウイルスは一度かかってしまうと後は免疫頼みなので、重症化する割合が低い年代とはいえ重大なことになる可能性もゼロではない。
ただ、おそらく2000年代最初の50年を描いた時に必ず触れられるであろう問題を、初めてリアリティをもって受け止めた一つの証拠(※1)として、感じたことを書き残しておこうと思う。


※1・・・911は実は日本人には珍しくリアルタイムで見ていたのだが、当時は毎日の早朝からのバイトで疲弊しており、あのような大惨事もどこか遠い世界のような出来事だった。リーマンショックは中国赴任と上海でのスタートアップ参加の期間と重なっており、日本での受け止め方とは異なっていた。そして、東日本大震災の時は上海でビジネススクール合格通知を受け取り準備をしていたタイミングだったので、日本に住んでいた人と同じような感覚を持つことが出来なかった。入学前に帰ってきた時には、冗談とはいえ非国民だと言われたぐらいだ。

2020年3月25日 (水)

閉じて、縮み、そして止まる世界

一ヶ月ほど前にオリンピックがどうなるかという予想を書いた時には想像も出来なかったのだが、「世界の人の往来が止まる」ような事態が発生してしまい、オリンピックは延期になってしまった。コロナ(今ではCOVID-19と呼ぶようになった)について記録し始めてから一ヶ月ぐらいの間に世界は大きく変わってしまった。


閉じて縮む世界と経済

グローバル化が進んだ現代において、感染症を運ぶのは「人」だ。当初は中国武漢で広まった今回のCOVID-19はまずは東アジアで広がり、その後にヨーロッパが中心地になり、そしてアメリカも対応に苦しんでいる。
見ることが出来ず、発症前であれば検知すら不可能な感染症を人が運ぶのであれば、まず人の移動を抑えるというのはものすごくわかりやすい打ち手だ。日本も含めて世界各国が、航空便の数を減らし、人の往来を一気に減らしていった。

国家間の人の往来が減り、そして都市間の移動が減るということは、かつての社会がそうであったように、一種の都市国家のような状態になってしまったということだ。歴史では「世界がつながることで市場が拡大し、経済が繁栄する」ということを習うのだが、現在進んでいるのはその逆回しのようなものだ。
1-3月の経済統計はまだ出ていないが、世界中で過去に例がないほどの落ち込みがあることが予想される。グローバリズムによって繁栄した経済は逆回転を起こして、一度は底まで行くしかないのかもしれない。


勤めている会社の本社があるアメリカでは、猛烈な勢いでレイオフが始まっている。感染の中心地であるニューヨークではもちろんのこと、西海岸でもいわゆる「予防的なレイオフ」があるようだ。
今の会社は脚の長いB2Bのビジネスがメインなので、いきなりレイオフを行うということはないが、資金の流れが詰まる可能性があるということで(職場に人がいけないことで決済が滞るとか、取引先が潰れるとか・・・)保守的な運営を行うという連絡が入ってきている。Goldman Sachsは6月までは経済がおちこみ、その後に急激に回復するという予想を立てていただが、感覚的にはもう少し長くかかるかもしれない。

一足早く危機を脱したように見える中国の景気が急速に戻っているのが唯一の救いだが、パンデミックが再発すればあっという間に戻ってしまうわけで、綱渡りであることにはかわりがない。2020年代の始まりは各人が生き延びるのに必死にならざるを得ない環境になってしまったというわけだ。


東京はどうなるか?

これを書いている3月25日の段階では、これまでのところ日本国内で実質的に封鎖のアクションをとったのは北海道だけだった。その効果があったかどうかはわからないが、北海道は急速に沈静化に向かい、次に危険なのは東京だと言われている。25日は過去最高の感染者数40人が発覚しており、沈静化する様子は見られない。
この40人という人数は過去2週間〜10日間での拡散が今になってみえてきたということであり、だからこそより事態は深刻であることを物語っている。2週間前はまだここまで弛緩した雰囲気はなく、まだ自粛ムードが強かったのだから。
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25日20時からの都知事記者会見では「週末の不要不急の外出は避けるように」との呼びかけがなされるらしい。いきなりの非常事態宣言は難しい・・・という判断のもとにされるのだろうが、おそらくあまり効果はないだろう。この週末に活動を自粛したとしても、効果がわかるのは2週間後。
それまでの間に、今日までの緩みの結果としておそらく感染者はまだ増えると予想される(このblogは25日の19:30ごろに書いている)

おそらくその増加を見て、ロックダウンと呼ばれる事実上の外出禁止命令が出されるに違いないと、予測する。実行されるのはGWを含む形での3週間ぐらいではないだろうか・・・。早くて13日ぐらいからだろうか。


最初に書いたように今回の感染症は人から人へ感染る病気だ。そして、感染する期間は潜伏期間も含めてだいたい3週間以内と見積もられている。この感染期間に正確な知見がないのが痛いところだが、例えば3週間の間に「人 → 人」の感染をゼロにすることができれば、理論的には感染者をほぼゼロに抑え込むことができる。

東京において、「人 → 人」の感染をゼロにするというのは現実的には不可能だろうが、これからやろうとすることは、究極的にはそういうことだ。
これから2週間の間に検査により陽性であると判定させる人が増えていくのは、ほぼ「確定された未来」だ。今の段階でより強い取りくみをしないということは、意思決定の遅れを甘んじて受け入れるということと、残念ながらほぼ等しい。本当は1日でも早く封鎖をすべきなのだろう。

どうかこの予想が外れますようにという淡い期待をいただいているが、個人としては来るべきタイミングに備えて準備を進めるほかない。

2020年3月10日 (火)

アメリカでもパンデミック対策が本格的に始まった(うちの会社含めて)

一週間ほど前に、アメリカでもようやくコロナ対策が本格的に始まったということを書いたが、この一週間で一気に活動が真剣になってきた。うちの会社でも、本社にいる全社員の在宅勤務開始の可能性を考慮しての準備が始まった。すでに本社近くにあるスタンフォード大学はクラスでの授業は行なっていないし、多くの企業が在宅での勤務を行うようになっている。

 

うちの会社の場合は国家機密クラスの情報を扱う可能性もあるので、すぐに全社員をリモートワークにするというわけにはいかず、影響範囲やシステムの堅牢性などをテストして、可能であればいつでもリモートワークにうつることができるようにするようだ※1

「アメリカでは家での業務が認められているので、日本のような通勤ストレスはない」という話を時々ネット上で見るが、実際は全然そういったことはない。もちろん日本に比べればはるかにリモートワークへの理解は進んでいるし、週3回しか出勤しない人・・というのも普通に見るのだけど、「全社員が長期間(一週間以上)一斉にリモートワークで対応する」ということは、普通は行われない。
・・・・というわけで、日本よりも準備は進んでいるとはいえ、それなりの期間は必要なるのだ。

 

世界的な拡散と日本の現状と

正直にいうと、前にコロナウイルスについて書いた時(一週間前)には、ここまで欧米でいきなり感染が広まるとは想像もしていなかった。いずれ広まるだろう・・というのは確信していたが、イタリアをはじめとしてヨーロッパでの拡散速度は想像をはるかに上回っていた。アメリカでも感染者数が急拡大しており、ニューヨークでは日本人は事実上入国後の隔離政策がとられているようだ。

 

Busineee Insider: アメリカでも広がる日本人への「警戒感」 

 

コロナウイルスだけではなく、およそ下の絵のような感染症は次のようなプロセスで広がっていく(あくまでメチャクチャ単純化した図)。

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すごく単純化すると、世界各国が頑張るのは「コミュニティ内で感染が広まることを防ぐこと」だ(目的変数を「感染者数」と置くと言ってもいいだろう)

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一方で、これまでの日本が力を入れているのは「重症化した人を治療し、できる限り死亡する人を減らす」ということだ(目的変数を「死亡者数」と置くと言ってもいいだろう)

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これまでの推移を見ると、この戦略はかなりの部分でうまく行っているように見える。医療リソースが限られている状態では、今回のコロナウイルスの特徴を踏まえた上での最適解の一つであるように見える。

 

しかし、その一方でこの戦略は無視している、あるいは諦めているものも存在する。そういったものがあるからこそ、まさしく戦略なのだが。
一つは、「ピークを低く」「遅らせる」という戦略をとっている以上、コロナウイルスに対して耐える期間というのは必然的に長くなってしまい。リソース以上の発症者数を出さないというのが目指すべき状態なのだから、最初からこの戦略は長期戦なのだ。

こういった状態が長くなると、当然のことながら経済は疲弊していく。どこかでこの制約を緩めなければならないのは明らかだ・・一方で、緩めた瞬間にピークが一気に膨らむと言う可能性もゼロではない(なぜなら、そもそもの感染者数が正確に把握できていないのだから)。
次の正念場は、色々なイベントの自粛ムードがとける、あるいは学校が再開する頃だろう。この結果がどうなるかは今の所、全く予想できない。正確にいえば、ピークは高くなるだろうけど、どのくらい高くなるかは想像が出来ない。

 

もう一つは、この戦略は「重症化しないコミュニティ内の感染は許容する」という戦略なので、「感染自体を極小化する」という戦略をとっているコミュニティとは相入れないと言うことだ。言い換えると、他の国(中国も含めて)のように感染者数を追い続けている国から見ると、日本だけその戦略に協力していないように見える。なにせ、感染しているかどうかは把握していないのに、移動は制限していないのだから「感染を輸出している」と言われても不思議ではない。
これが、日本からの渡航制限を行う国が増えていくからくりだ。

 

オリンピックを開きたいであろう今の政府がこういった打ち手をとっているのは、ちょっとアイロニカルであるとは思う。

 

実経済への影響

 

ここ一週間ぐらいの間に世界各国で株式市場の下落がかなり進んでしまった。
報道ではこれをコロナと結びつけているところが多いが、この"全てを"コロナウイルスの影響にするというのは間違いだ。協調減産がうまくいかなかったことによる原油価格の下落という影響は大きく、アメリカの株価も石油関連は大きく下げている。

 

一方で、この下落の"全てを”原油価格のよるものだとするのも大間違いだ。
今回のコロナウイルスの影響は、間違いなく企業の投資意欲を下げるだろうし、消費にも悪影響を与える。そもそも、消費しようにも外に出かけることすら禁止される国が出てきているわけだから。

 

例えば急速に感染者が増えているように見えるカリフォルニアでは観光業に影響が大きいという報道がなされていた。

The Orange County Register: How coronavirus burst California’s tourism bubble

一週間前には「日本に不況がくる」と書いたけど、日本だけでなくもしかしたら世界中が厳冬期に入るのかもしれない。
僕も危機モードになって準備を進める必要があるようだ。

 

 

 

※1・・・ある意味で常にリモートワークをしているような東京オフィスに関しては、特に対応する必要はない模様。もともと少人数なので、必要に応じて、自宅作業も対応可能だし。

2020年3月 6日 (金)

2020年: 2月後半と3月前半で読んだ本

2月後半ぐらいからコロナウイルスの影響で仕事が少なくなったのだが、その空いた時間は映画を見ていたので、あまり本は読めなかった。Kindleだとサンプルを送ることができるのだが、積ん読が溜まる一方だ。


デジタル・トランスフォーメーションで何が起きるのか?51xao8wjp7l

Twitterでも精力的に情報発信をされており、個人的に応援しているITジャーナリストでもある西田宗千佳さんの最新書籍。
タイトルは随分と大上段だが、主な内容はAdobe社の製品を採用している企業への取材とそこから読み取れる考察だ。若干Adobeのパブ本という感じはするものの(※1)、そこは経験豊富なジャーナリストらしく、Adobeわっしょいという感じではない。
本書で指摘されているいちばんん重要な点は、単にデジタルを使えばデジタル・フォーメーションであるというわけではないということ。デジタル化することで商流を変更し、データが取得可能なような形で「商流を再構成」することが重要なのだ。
僕は個人的にRPA(Robotics Process Automation)と呼ばれる技術が大嫌いなのだが、まさに理由はこれで、単なる自動化をデジタル・トランスフォーメーションと言って欲しくないのである。


二重国籍と日本415zhsdbuql

2018年~19年に4大大会を連覇した大阪なおみ選手の活躍をきっかけにした訳ではなく、蓮舫議員の二重国籍騒ぎをきっかけとして起こった議論を出発点とした新書。

台湾関連のジャーナリスムでは第一人者の野島さんが執筆陣に含まれていることから手に取ったのだが、残念ながら各執筆陣の記述内容を編集側がうまくコントロールできてないようで、同じような話しが延々続くという感じの内容になってしまった。

また、タイトルに「二重国籍と日本」とあるわりには主要な議論の焦点は台湾との二重国籍に絞られている。台湾は現在の日本では国として認められていないということから、様々な法的に難しい点が生まれているということは、本書から十分伝わってくる。だが、台湾との問題にこれだけページをさくなら、もう少しタイトルは工夫すべきだったのではないだろうか。


デジタル時代の競争戦略41gdrnwbhbl_sy346_

プラットフォーム事業者(一番イメージしやすいのは、いわゆるGAFAかもしれない)に関する規制当局の取り組みについて理解をしたいと思い手に取ったのだが、実際にデジタル関連の記述は全体の1/3にも満たなかった。内容自体は面白いのだけど、ちょっとタイトルに偽りありという感じだ。

全体としては3章構成になっており、第1章は独占禁止法と公正取引委員会についての総論。第2章は具体的な反競争的行為についての解説があり、第3章でようやくデジタル時代の規制についての記述になる。肝となるのは、これまでは主にB2B取引に使われて来た独占禁止法の考え方をB2Cにも応用するということと、消費者がプラットフォーム事業者に提供しているデータは「投入財」であると位置付けて、プラットフォームの利用についても財とサービスのやりとりであると見なすということだろう(私の理解が正しければ)。

150ページ程度の本書では精密な議論がなされないのは仕方がないのだが、上記の議論が正しいとすると「ユーザーがサービスを"利用すること"により発生したデータ」をどのように取り扱うのかは不明確だな・・・と感じた。プラットフォームを利用する時にはユーザーが明示的に「投入した」以上のデータが発生するわけで、これを全て投入財とするのはかなり無理筋だと思う。
また、仮にこういった取引に付随するデータに関して独占禁止法を適用しようとすると、B2BやB2Cでの通常の取引行為で生み出されるデータも同様の規制の対象となると思うのだが、そこは濫用がされていないと解釈をするのだろうか・・。

・・・という感じで、競争政策に関して知識がない自分のような人間が全体感をつかむのにはよいのだが、一方で深い議論はされていないので、本書を読んで興味をもった人間は、より専門的なトピックを取り上げている本を読む必要があると思う。


※1・・・Adobeに勤めている友人によると、Adobeが便宜をはかって描いてもらったとのことだが、本当かどうかは不明。便宜をはかったかどうかはわからないが、取材先の紹介はしているとは感じる。

«外資における「公正な評価」という幻想と、一発逆転の可能性