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2019年6月17日 (月)

日本ではS級が今後生まれるだろうか (書評: 中国S級B級論 ―発展途上と最先端が混在する国)

中国ウォッチャー的には、twitterとブログで中国政治を解説している水彩画@suisaigagaga が書籍デビューすると言うことがおそらく一番の楽しみであったであろう本書。とはいえ、話題性だけの数多ある色物中国本ではなく、本作の執筆陣はいずれも実力派揃いである。それぞれの領域で積極的に発信をされている方々ばかりなので、常日頃から発言をチェックしている人にはやや物足りないかもしれないが、いわゆる「遅れてて笑える中国」から「最先端のIT活用大国である中国」まで日本人がもつ中国のイメージが変化していく中で、実態として彼の国はどのような状態にあり、どうしてそのような進化と並存が可能になったのかを解説するのが本書の狙いである(詳しくはここをご参照のほど)


● S級が生まれる前の中国と、サービスの萌芽 ●517yla18bwl_sx342_bo1204203200_


2007年〜2013年という自分が大陸に住んでいた時期は、本書で取り上げられたS級はちょうどサービスの芽が生まれた頃にあたる。Wechatはすでに存在していたが、まだpayment機能は実装されていなかったし、Alipayはweb上では利用可能だったが、今のように広くどこでも利用できるものではなかった。4Gは商用化されていたが、アプリによる様々なサービスが実現する直前という時期だったと言えるだろう。当時使っていたスマホはHTC製、いまではすっかり存在感を失ってしまったが当時はトップメーカーだった。


一方で、S級が産まれるような土壌というのはすでに十分に育まれていたように思える。米国のTopスクールをでた中国系の人間が大陸に移ってきてビジネスに参加するということも普通にあったし、TencentやAlibabaは積極的に中国国内の理系トップを高給で採用をするようになっていた。給料が高いが仕事は激務・・・というのが、当時の中国国内におけるこれらの企業のイメージだ。
また、スタートアップの成長スピードもかなりのもので、中国における食べログのような存在であった大众点评は、私が最初に務めた企業で上海に赴任した時に作ったサービスをわずか数ヶ月でコピーしてリリースし、営業体制もあっという間に構築してしまった(今では合併して美团大众点评という会社)。この会社とはその後数年経ってビジネススクール時代に訪問することがあって、「あの機能を実装したのは、自分なんだよ」と話したら、驚かれて色々と深い話をすることができた。


デジタルの世界では、そのころはアプリというよりもWEBサービス全盛だったし、さらにWEB上のサービスといってもFlash利用がものすごく多かったのだが、それでも当時のデザインレベルやゲームアイデアなどは急速に改善しており、遠からず米国にキャッチアップすることは容易に想像される未来だった。本書で取り上げられる企業のいくつかはまだほとんど世界に知られていなかったが、それでもS級への揺籃期にあたる時期に僕は上海にいたのだろう。


 


● S級は屍の上に ●


本書の主要テーマではないのでそれほど深堀はされていないテーマの一つに、中国における猛烈な競争環境があげられる。シェアサイクルが一つの例としてあげられているように、中国では新しいサービスが生み出されると、雨後の筍という言葉ではとても生易しいぐらいのスピードで猛烈な速さで次々と類似サービスが産まれてくる。さらに、そこに豊富な資金が提供されることで、広大な国内展開と国際展開が同時行われ競争環境は加速されるという構造にある。


この過酷な競争環境は猛烈な勢いで製品の改善を促す一方で、投入された資金があっという間に消費されていくという状況もうみだし(中国語では焼銭と呼んでいる)、資金が尽きた企業は市場から退場をしていくことになる。さらにこれらの新興企業に加えてAlibaba, Tencent, Baiduなどの既存プレーヤーが時に投資を行い、時に類似サービスを立ち上げて市場を加速させる。


 


そういって競争の末に本書でS級と呼ばれるサービスが立ち上がるのだが、その裏には膨大な数の屍(退場した企業と実を結ばなかった投資)が並ぶことになる。中国のように成長が早い市場では、新興企業での失敗自体は必ずしもキャリアでマイナスになるわけではないし、個々の人間にとっては有意義な経験となることも多いはずだが、それでも投資側からすると投下資金が溶けてしまうという現実には変わりがない。
中国のイノベーション議論ではその社会実装の柔軟性が取り上げられることが多いが、資金投入側のリスク許容度という意味においても日本との違いは大きい。


 


● 今後日本でS級はうまれるだろうか ●


本書を読んでいてずっと自分の頭の中にあったのは「中国ではS級が”新しく"産まれた。では、日本はどうだろうか・・・?」という疑問である。自分もプレーヤーの一部であるだけに、あまり悲観的な話をすべきではないが、この疑問に対する答えは残念ながらNoだ。
完全に整理しきれていないものの、中国においてS級が産まれ、日本において産まれないであろうと想像されるのは主に以下の理由だ。



  1. 人材の高い流動性
    中国国内において問題とされていることの一つに「人材がなかなか一つの企業に定着しない」というのがあげられるのだが、ことイノベーション関連に関して言えば、この流動性の高さは武器になっている。特に「立ち上げ → 撤退」が繰り返される分野においては、人材流動性が高い社会では前職の失敗が必ずしもキャリアの停滞を意味しない。人材が常に撹拌されているような状況においては、「過去の経験」をすぐに最前線や高い地位で使うことができる可能性があり、社会全体としての活力を生み出している。


  2. 国際展開のスピード
    中国のS級と呼ばれるスタートアップは、国内に広大な市場を持つにも関わらず、創業当初からすぐに国際展開を狙っている。確かにAlibabaやTencentといったプレーヤーは非関税障壁とも言える国策によって守られていたが、今ではそういった保護が必要ないぐらい、圧倒的なスピードで国際展開が行われる。これは、一つには中国人のハイレベル人材は英語を苦にしないこと、もう一つには各国に中国系人材(中国語を話せる人材)が多くいるということが要因としてあげられるだろう。確かに中国においても「まずは中国市場で成功して・・・」という考えはあるが、そもそものスピードが違うので、日本から見るとあっという間に国際展開が行われているように見える。


  3. 投入資金の柔軟性
    成長中の今だから出来ることという気もするものの、上述したように中国における投資熱というは凄まじいものがある。明らかに技術的にはおかしいもの、あるいはコンセプト自体がずれているものであっても、とりあえず派手で成長感が出ていればお金が集まるという状況も一部にはあるようだ。社会全体としては壮大な丁半博打をしているようなものだが、国全体を一つのVCとして見てみれば、どこかが当たれば他の損を十分にカバーできるわけで、このような(ある意味向こう見ずな)ダイナミズムが成長のスピードを押し上げているように感じる。


本書はそれぞれの分野における入り口を提供するという趣があるので、中国についてすでに一定の知識がある人には物足りないかもしれないが、全体を通して読むことで週刊誌やWEBメディアで得る断片的な情報では描けない中国像の一部を提供することができている。もちろん、これで全てだ・・という気は毛頭ないが、最初の一歩として手に取るにはかなりのおすすめである。

2019年5月 4日 (土)

社長が変わって会社が変わり、米系企業でも忖度が支配する(一時的に)

組織というものは良かれ悪しかれトップの意向によって雰囲気が変わるものだけど、米系外資系の場合、レイオフを日本に比べてはるかに容易に行えることもあり、社長が変わるというイベントはかなり会社の雰囲気に影響を与える。僕が勤めている会社も、この2月に部門社長がかわりかなり雰囲気が変わった。一般的に米系組織ではリーダーが変わると、まず前任の否定から入るので(全てについてではないが・・)、目をつけられていた部門ではかなりの荒療治が行われる。



よくSNSでは日本企業のよくないところとして「意思決定基準が明確ではない」とか「上司への忖度が酷い」みたいな話を見るが、実際に米系企業に勤めている身からすると、米系企業だからと言って忖度がないということはなく、むしろ人事権を自由にできる上司が上にいる場合にはその度合いははるかに強い。就任したてのリーダーというのはだいたい最初に自身が進めたいと思う方向性や重要指標などに言及する。
こういった場合の中間管理職というのは、まずは方針に忠実であることを示す必要がある。日本では「上が変わったからと言って、俺たちのやることは変わらねえから・・」みたいな発言をする人が格好いいと思われるし、個人的にもその気持ちはわかるのだが、米系ではまず「Yes」からスタートせざるを得ない。

 

一方で実際の仕事では、むしろ明確にされていないような意思決定を依頼しなければならないことのほうがはるかに多いが、リーダーが変わったばかりの組織ではそういった「おそらく何らかの方向性はあるだろうが、まだ明確にされていない」ことを中間管理職が上にあげなくなり、急速に忖度が支配する・・・というよりも、上司の判断基準がわかるまでは、とりあえず様子見という判断がなされることがいきなり増える。誰も虎の尾を踏むような真似はしたくない、ということだ。

 

なので一般のイメージとは裏腹に、米系企業で「強い社長が大方針を打ち立てて、中間管理職が一斉に動き出す」みたいなことは実際にはほとんどない。強い社長が来て改革が急速に動き出すのは、基本的に社長がマイクロマネジメントだからだ。中間管理職側としても、基準がよくわからないまま判断を委譲されて、報告をあげてみたらハシゴを外される・・・というよりはマイクロマネジメントでも最初に判断基準を学べる機会があったほうがよい。



ということで、米系企業では否応無しに新リーダー着任時は「いきなりこれまでの方針が否定されて、打ち手が打たれる」部門と「なんとなくこれまでと同じことをするが、意思決定スピードが遅くなる」部門が並存することになる。我が社も例外ではなく、色々なところで変化時特有の澱みを感じるようになった。あと数ヶ月すれば、落ち着くところに落ち着く(はず)だが、暫くは粛々と日々の業務を行うということが続きそうだ。



GW直前にその部門社長と1:1で面談をしたのだが、日本は重点マーケットということで引き続き強化をして行きたいとのことだった(具体的な打ち手はこれからだが)。なにせ、実質的に話すのが初めてなので、こちらもやたらと緊張したのだが、印象的だったのは「小さな企業(スタートアップ)で成功するには、経験は十分条件で、スタートアップで上手く行くようなDNAを持っていることが重要だ」と話していたことだった。
基本的にこういったスタンスは前に勤めていた大企業では許されないので、なるほど生涯をスタートアップ関連で生きている成功者はそういった思考になるのだな、と感心した。まあ、話している間は“ジェダイになるにはフォースが必要で、フォースを持つかどうかは生まれながらに決まっている、みたいな話だな”とか、そんなことを思っていたのだが。。。

 

一寸先は闇という言葉が人生でこれまでにないくらいヒシヒシと感じるようになった2019年。なんとか平穏に年を越せるようにしたい。。。

2019年5月 3日 (金)

流行りにのって令和元日に考えたことを書いてみる

我が家はほとんどテレビを見ないのであまり意識はしなかったのだが、4月30日と5月1日は年越しのような感じの番組がいろいろ流れていて、世の中では王いう雰囲気なんだなというのを旅行先でようやく感じることとなった。個人的にはこの10連休は子供の面倒を10日連続で見なければならないという以上の意味を見出すのは難しいのだが、せっかくなので流れにのってなんとなく思ったことを書いておこうと思う。



僕は昭和生まれなので年号の上では令和は3つめになるだけど、昭和天皇の崩御の際の記憶はほとんどないので、実質的には平成の人間といってよいのだと思う。平成になってからいわゆる義務教育を修了し、大学院まで行き、社会人になり、中国大陸で暮らすようになり、またまた学生生活を送り、結婚をし、子供が産まれた、これが自分にとっての平成だった。言い換えれば、自分のことだけを考えて、自分の思うように生きてきた30年だった。そう、平成は「僕の物語」の時代だった。

 

これから始まる令和は、まさにその初めの日がそうであったように、子供達が子供たちの物語を生きる時代になる。人生100年時代という言葉を人から言われるのは癪である一方、確かにあと30年以上は働かないといけないのはほぼ確定した未来だが、それでも我々の世代(いわゆるアラフォーというやつだ)は、少しずつ物語の主役をバトンタッチしていかなければならない※1

バトンタッチを考える際に、自分は二つの顔を考える。一つはいってみれば「公人としての自分」で、これは今までの生き方の延長線上にある。急に今から世界を変えるような発明ができるわけではなく、政治家として理想に燃えた生活を送るわけでもない。これまでの人生で理解した自分の能力と特性を活かして、この社会の一員として価値提供をしていくということである。
もう一つの面は「父親としての自分」で、はっきり言ってしまえば、衰退しつつあるこの国家においてどのように生き残るべきか、あるいはこの国を超えてどのようにいきていくのかの路を教えてあげるということだ。
残念ながら、その2つの顔というのはときに正反対の方向性のなるのかもしれないけど、つまり公人としてはこの社会に貢献することを目指す一方で、私人としてはこの社会から離れてどれだけ独自のポジションを築くことができるかを考えるわけで、それは大なり小なり我々の世代が戦わなければならない矛盾なのだ。



既に、日本という国全体を考えれば敗色濃厚な撤退戦を戦っている最中であり、ここから先の見通しはさらに暗い。ただし、それは個々の人生の敗北を意味するわけではない。1人の人間として出来うる限られた範囲であっても日々が幸せであると感じられる、そういった日常を送れるように、そして願わくばその範囲が少しでも広がるようにしていきたいという、極めて当たり前の願いが、新しい時代の幕開けに思うことだ。



※1・・・こういう時に頭に浮かぶのはドラゴンクエストⅤである、やっぱり世代的に。

2019年4月22日 (月)

高齢者の事故を防ぐためには、技術×法制が必要

自分にもまだ幼児と呼べる子供がいるので、こういった事故を聞くたびにものすごく辛い気持ちになるのだが、またも高齢者の運転している自動車による事故で小さいお子様が亡くなられた。
事故の理由については今後の捜査により判明すると期待されているが、こういった事故が発生すると自動車会社はこういった事故を防ぐようにすべきだ」といった意見がSNSで多く見られるようになる。もっと極端になると「自動運転なんかにお金を使うよりも、こういった事故を防ぐ技術を先に開発すべきだ」という意見もある。
繰り返しになるが自分にも幼い子供がおり、そのように思う気持ちも十分に理解するし、実際に我が家でも「どんなに交通ルールを守っていても、車が暴走して突っ込んで来ることがある」という前提で、どのように安全を守るべきかという話を妻としたりする。一方で、新たな技術の社会実装支援を仕事としている人間としては、こういった問題は「技術的に完全に防ぐことはできない」ということも理解している。そこで、今回はそのメカニズムを簡単に解説しておこうと思った次第だ。
 
なお自分は勤務している企業において、複数の自動車関連企業とプロジェクトを実施しているが、当然のことならが今回の記事には業務上で得た知識は含まれていない。また、本記事における主張は個人的なものであり、組織を代表した意見ではないことを明記する。

今回のような事故を防ぐ技術

自動車による暴走事故を防ぐ技術として最も一般的な技術は、前方や後方に障害物がある場合に、自動でスピードを緩める機能でpre-crash safety systemと呼ばれている(該当するwikipediaの技術はこちら)。これはすでに商用化されて久しい技術であり、多くの自動車メーカーによって提供がなされている。駐車場に車を入れる際にお世話になったことがある人もいるだろう。
この技術よりも、より直接的に「アクセルとブレーキの踏み間違い」を防ぐ技術としては、ペダル踏み間違い時加速抑制装置がある。これは、「誤ってアクセルを踏んでしまった場合」に自動車が急加速することを防ぐ技術だ。説明としてはこちらのHPがわかりやすいと思うが、ビデオを見ても分かる通り、ドライバーが踏み込んだ際にも車は急に出発をしたりしない。一方で注意が必要なのは、車が加速しない場合にドライバーがアクセルを踏み続ける場合にはやがて車は加速するように設計がされている。これは後ほど述べる緊急対応を行うためにドライバーの自由度を残しているためだ。こちらの技術もすでに実用化がされており、後付けで装着が可能な装置も発売されている。
他にもドライバーが何らかの理由で運転中に急に意識を失ってしまう、あるいは正常な判断ができないと外部から理解できるような状況においては車を安全に路側帯に止める機能であるとか、車同士が通信を行なって車間距離を適切にたもつといった技術のような、商用化が見えているものの実搭載はなされていない技術も多く存在する。


技術だけでは「すぐに」問題を解決できない3つの理由

こういった技術は自動車会社(あるいは部品サプライヤー)によって開発が行われているが、残念ながら技術的なアプローチだけでは今回のような事故を防ぐことは当分の間(自動車のモデルチェンジでいうと数世代)はできそうにない。これにはいくつかの理由がある。

  1. 緊急時対応は依然として残る
    先ほどのLink紹介時にも書いたように、今の自動車では「緊急対応時に備えて、最後の判断はドライバーが行うことができる」という考え方が基本的な設計思想である。こういった緊急対応の例、日本では想定することはなかなかないが、「自動車の前方と後方に銃を構えた強盗が立っている」という場合を想定しよう。こういった場合、(議論はあるだろうが)ドライバーはその強盗を跳ね飛ばして逃げるということは、自衛のための手段として想定される。逆に自動車が「前後に人がいるために動くことが出来ない」と判断して動くことが出来ず、かつ強盗にドライバーが危害を加えられた場合には、訴訟問題となるだろう(もちろん実際には、購入時の事前の合意などが問われるだろうが・・・)。

    こういった犯罪の場合でなくても、例えば「急に道路が陥没したので、緊急避難として前に車があってもアクセルをふむ」、あるいは「上からものが落ちてきたので、急発進をした」とか、我々日本人に理解しやすい例としては「地震が発生して逃げ場が塞がれそうだったので壁を壊して逃げる必要があった」といった例が考えられる。いずれも、ドライバーが自分の判断で「周囲の状況を理解していても」急発進や急加速をせざるを得ないという状況である。

  2. 現在想定される技術の限界点
    SNSでは「自動運転の時代になれば、こういった緊急対応の問題は自動車側で適切に処理することが出来る」という意見を見ることもある。では、こういった緊急時対応すらも自動車側(駆動系+ソフトウェア)に任せて最適な道を瞬時に判断できるようなことが現在の技術の延長線上で可能だろうか・・? 

    残念ながら現在のアプローチでは非常に難しいと言わざるを得ない。現在想定されている技術で自動運転を実現する際には(いったんここでは自動運転Levelは3~5で幅を持たせると仮定して)近距離+中距離の周囲の情報を取得し、かつマクロの情報を組み合わせて自動車の制御を行うことが想定されているが、いずれにしても「自動車をコントロールする」ソフトウェアを事前に学習させる必要がある。この記事で想定しているような緊急時対応は発生頻度が極めて少ないと考えられるので、通常発生するような状況に対しては有用である機械学習を活用した方法よりも、技術者が様々なケースを想定して事前にプログラムを行うことになるだろう。

    そういった人間がマニュアルでプログラムを行う場合に発生し、かつ解決な問題が2つある。一つは、「人間が想定した以外のことには対応できない」ということであり、もう一つは「AIのコントロールと、マニュアルのコントロールを瞬時に判断して、切り替えることが非常に難しい」ということである。自動運転というと、我々のような40代前後の人間はナイトライダーに出てくるナイト2000のような車を想定するが、現在の技術で実現可能な自動運転車はナイト2000のような汎用的な知識を持つことが出来ない。こういった状況で自動運転車に全てを任せるということは、先ほど述べた①の問題については、ドライバーが運転を諦めるという選択肢しか存在しない。

  3. 技術伝播にかかる時間
    これは現在でも見られる問題ではあるが、最新の技術というのは広く行き渡るにはかなりの時間がかかる。例えば、先ほど紹介したペダル踏み間違え時加速抑制装置はすでに商用化されているが、必ずしも全ての自動車に搭載されているわけではない。現在のところ自動車の平均的な買い替え時期というのは7~9年ぐらいと言われているが、これは平均値であるから、全ての車が先進的な事故抑制装置を持つようになるまでにはそれ以上の時間がかかる。更に言えば、こういった装置は文字通りの全ての自動車が標準装備するか、強制がされない限り常に購入者側に選択基準が存在することになる。現在でも理論的には日本では「エアバッグがない車が普通に走行できる」ことを考えると、今日紹介したような抑制装置が行き渡るまでにはかなりの時間がかかると言えるだろう。

個人的には特に③の理由により、今回のような事故を防ぐには技術的な面での改良よりも、法制面での対応のほうが"実効性が高く"かつ"迅速に"事故を減らすことが可能であると考えている。法制面により対応が可能であるということは、言い換えれば問題解決は我々の選択に依存しているということだ。

2019年4月18日 (木)

AIが熟練工を育てる世界

3月の中旬に、一週間びっちりお客様のとある工場でプロジェクトのためのインタビューと情報収集に行って来た。プロジェクトの中身を詳細に記載することはできないのだが、製造工程にこれまでとは異なる技術を用いることで、工場で働いている方の生産性を飛躍的に増加させたい・・・というのがプロジェクトの目的だ。



理系とはいえソフトウェア側にずっといたので、工場の中に一週間もいて作業をしっかりみるという機会はこれまで一度もなかったのだが、今回見てみて、あらためて「まだまだ人間にしか出来ない世界は存在する」のだなということを理解できた。その工場ではμmオーダーの製品を作っており、その製品の製造自体はほぼ自動化されているのだが、"その製品を作るための自動化ラインのメンテナンス"はほぼ完全に人の手によるものである。残念ながら、現在の技術ではどこで発生するかわからない故障に対して自動で対応できるロボットを作ることは不可能であり、たとえ「人工知能が人間の知恵を超えて、人工知能が人工知能自体を作るようになる」といわれるシンギュラリティを超えても、「製造設備を全て作ることができる製造ロボット」はまだ実現しそうにない。鍛えられた人間の微細を感じる感覚というのは、まだまだ模倣が難しいのだ。

 

もう一つ、今回の出張期間では製造設備設計を行う方に話を聞く機会があったので、"世の中では、AIや新技術により「人間の仕事がなくなってしまうのではないか・・?」という漠然とした不安感があると言われているが、どう思うのか"という質問をしてみたところ、大変示唆に富んだ回答をいただくことが出来た。
 
  • 少なくとも自社(および自社グループ)の工場では継続的に人間が作業をしなければならない工程や、そもそも関わっている人を減らすこと(省人化)をしているので、人間自体が工程から減ることは脅威ではない。それが機械的に実現されるのか、それともソフトウェアによって実現されているのかの差だけであると感じる。
  • 上記のような考え方をとっている一方で、生産数自体は増加しつづけており、全体としての労働者数は減ってはいない。全てを自動化することはまだ遠く、また出来たとしても生産設備改善やメンテナンスは常に必要であり、AIやロボットが人間の仕事をゼロにしてしまうという未来がすぐに来るとは思えない。
  • 現状で人間が関わっている部分というのは、これまでの手法では「どうやっても人間を排除できなかった工程」であり、全工程のほんの一部に人間が残っているというのは労働者にとってもあまりいい環境ではない。できることなら、枯れた製品については早めに完全自動化を実現したい。
 
 
このように、工場の現場では「限られた人間のみが行える業務(習得が極めて難しい業務)」と「既に汎用対応が終了している業務」(ロボットやソフトウェアで対応が可能な業務)が並存しており、長期的に見れば後者の領域は拡大され続けているが、製品の精度や変更タイミングの短期化、そしてメンテナンスの複雑化といった問題が存在している限り人間がなすべき作業というのは存在し、さらにその難易度は上がり続けていくのだ。
難易度があがるということは当然習熟までに時間がかかるし、そもそも習熟出来る人間というのもそれなりに限られてくる。少なくとも今回訪問したお客様では、習熟した人間を育成するスピードよりも、製品製造量の拡大スピードの方が大きいため(人材育成スピード < 製造量拡大スピード)人材は常に足りなくなるという危機感を持っており、その状況を改善するために「人材育成にAIを含む最先端の技術を活用したい」と考えているのだ。
 
これは少なくとも今後10年以上は続く、技術的なトレンドなのではないかな・・・と個人的には考えている。以前に、技術はコストダウンだけではなく人間の能力を拡張(Augmentation)する方向に利用されるだろうと書いたことがあるが、まさに日本の工場でも同じようなトレンドを見ることが出来た。日本で取り上げられるのは圧倒的にコストダウンの話が多いが、これからもこういった現場の深い知識(Deep knowledge)を活用した技術開発を提供していきたい。

2019年3月29日 (金)

USPSで荷物を送る時の注意

今の会社は法務部や財務といった、いわゆるバックオフィス部門は海外には置けないという構造になっているので、契約書やら請求書といった文書類を扱うのはすべて本社側に頼む必要がある。ほとんどの日本企業は原本を必要とするので、サイン済みのものをシリコンバレーの本社から毎回送ってもらう必要があるわけだが、当然、お客さんの手元に物理的に届くまでには時間がかかる。

日本側にいる自分たちとしてはこういった処理は早く終えてしまいたいし、日本企業はだいたいにおいて「◯◯日までに届きます」という情報を事前に欲しがるものなので、本社側から資料を送ってもらう場合には、期間がヨめてトラッキングが確実な方法であるEMSやFedexを利用するようにしている。普通の郵便に比べて高いけど、安心料含めての値段である。本社の人間も慣れている部署の場合は、特にお願いをしなくてもどちらかの方法で送ってきてくれる。

 

ところが先日、滅多にない税務関連の部署に書類をお願いしたところ「USPSで送りました」という返事がきた。USPSというのはアメリカの郵便局なのだが、EMSとわざわざ指定されていなかったので、心の中でアラートが鳴り嫌な予感がしたのであった(※1)。とりあえずトラックナンバーを送ってくれ、というお願いをしても「今週中につくと思うから大丈夫」という返事が帰ってきたきり連絡なしになってしまい、さらに嫌な予感が膨らむだけで、待つこと10日。やはり書類は届かない。EMSやFedexならとっくに届いているのに。

さすがに10日経っても届かないとこちらも怒りが湧いてきてマシンガンのようにメールを送ると「USPSでは遅れることもありますので・・」という怒りに油を注ぐような返事がヘラっと帰ってきたので、担当部門長(連絡先の人間)の上司に「ふざけんな、さっさと再発行してFedexで送りやがれ」というメールを送った対応をしてもらっているところ、ようやく書類が到着。米国発から実に15日間の長旅であった。書類1枚で15日、まだまだ地球は大きい。

 

今回こんなに到着が遅れたのは、発送した人間がUSPSのサービスカテゴリーをよく理解しておらず「普通郵便扱い」で送ってしまったのが理由なのだが、確かにUSPSのサービス名称はめちゃくちゃわかりづらい。はっきり言ってどれが一番早くて、どれが一番遅いのか、名称だけではさっぱりわからない。4つのサービス名称は以下。

  • Express Mail International
  • Priority Mail International
  • First Class Mail International
  • Global Express International

あまりにもわかりづらいのでTwitterで、どれが一番早く届くでしょうか?というアンケート結果をやった結果、First Class Mailが一番早い・・・という回答が最も多かった。自分だってFirst Classだし一番早いと思ったし。


 

 

ころが、なんとこのFirst Class Mailが一番遅いのである! そんなんわかるか!
15日間かかった今回の書類もFirst Class Mailで送られてきており、おそらく発送担当者も知らなかったと思われる。しかもこのカテゴリーは普通郵便と同じ扱いをされているので、トラックナンバーもあってないようなもので、国際郵便は追跡できない。

 

ということで、もし米国から郵便を送ってもらう際には、ぜひどのサービスカテゴリーで送ってもらうかを指定することをオススメする(普通に日本で生活していると、ほぼそういう機会はないと思うが・・・)。カテゴリーごとの違いはこちらのサイトを参照のこと。ちなみにEMSに該当するのはExpress Mail Internationalである。
明らかに名称がミスリーディングなのに変更しないということは、そもそも国際郵便のニーズはないということなのかしれない・・・。

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2019年3月 6日 (水)

CEIBSが今年のFT MBA ranking5位に

多少の上下はありつつも基本的に右肩上がりを続けている卒業したCEIBSのMBA ranking (Financial Times)もついに2019年版では5位になったようだ。上にいるのはウォートン、HBS、スタンフォード、INSEADという文字通りの世界的なMBAスクールのみで、下にはLBSやChicago Boothがあるという、なかなかに壮観な表がFTのページを開くと出てくる。なんと、MITよりも上なのだ。なんかの間違いじゃないかと思わずにはいられない。

Business School Ranking from the Financial Times 2019

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まあ、これはFinancial timesによるものなので、あくまで一面的な評価でしかない。他のMBAランキングでは名前が全く出てこないということもまだまだあるわけだし。以前にも書いたことがあるように、CEIBSの運営はある意味で非常に企業的に「MBAランキングをあげること」を目標にプログラムが組まれている。MBAランキングは様々な指標により構成されており、結局このランキングを目標にすることは学生側にとってもメリットになることが多いため、基本的にランキングをあげるための努力をするということは、学生の視点から見ても間違っていないとも思う。


ランキングの決定の中で最も重要な要素の一つは「卒業後のサラリーアップ」で、この項目でCEIBSは非常に強い(※1)。海外から来た学生が大きくサラリーを上げる機会を多く手に入れることはなかなか難しいと思うので、この項目に主に貢献しているのは大陸の学生だと思う。とはいえ、僕自身もそうであるように、5年後ともなると、それなりに帰った後の評価も上がってくるので、海外に戻って行った卒業生もこの項目には少しは貢献をしているはずだ。

一方で、今回の項目の中では「卒業生が推薦するかどうか」というところでは、あまり成績がよくなかったと聞く。これは卒業生が後輩に対してスクールを推薦するかどうか・・ということで、究極的には個人の考えによるものだが、確か僕もこの項目ではそれほど高い点数はつけなかった記憶がある。理由としてはだいたい以下のようなもの。

  • 学費や生活費が上がって来たので、かつてのように「米国と比較して安価にMBAを取れる」というメリットが薄れて来てしまったこと。近しい金額を払うのであれば、欧米のビジネススクールを比較した上で決定をした方が良いと思う。
  • 中国経済のレベルが上がって来て、”先進国の人間"ボーナスが使いづらくなったこと。日本に戻って中国企業に雇ってもらうということは可能性としてあるが、大陸で働こうと思ったら自分がいた頃よりもさらに厳しい戦いが待っていると思う。現地採用でいいというのなら別だが、大陸で幹部候補生のようなキャリアを外国人が得るのは大変難しい。
  • 日本ではまだまだCEIBSの知名度が低くて、外資系コンサルやIBDなどに入ろうとした際の「下駄」がまだまだ低いこと。高くなった学費の元をとるためには給与の高い環境にいかなければならないが、CEIBSだとまだちょっと難しいように思う。


上記を見てもらえばわかるように、もし後輩がMBAを取るということにフォーカスをしているのであれば、他の選択肢も検討すべきというのが僕のスタンスである。一方で、もし中国ビジネスにかけたい、なんとしても中国で成り上がりたいのだ・・・という人がいれば、依然としてCEIBSはトップの選択肢の一つとして検討されるべきだと思う。Rankingがいいという理由でCEIBSを受けてくれる学生もいるだろうし、実際にそういう学生を拒否する必要は何もないのだが、単純にRankingという視点だけで選ぶとやはり米国の名門スクールとは、まだ日本における機会というのはかなり差があるというのが現実だ。
なので、CEIBSを検討する人は、rankingだけではなく「なぜ中国でMBAを撮りたいのか」をぜひ真剣に考えてから入学をしてほしいと思っている。自分が中国で何かを見つけたいと思うのであれば、きっと素晴らしい体験ができるはずだ。・・・・でも、何かの間違いでRankingが1位になったりしたら、やっぱり嬉しいよねぇ。

※1・・・なんだかんだいってもビジネススクールに行く最も大きな理由は、自分のキャリアをよくすること ≒ 収入を上げることである。世界を変える前に、まずは自分の生活の改善を願うのは人として当たり前だ。。

2019年3月 5日 (火)

今年最初の本社出張

一ヶ月ほど前になってしまうが、2月第1週に今年初めての本社(シリコンバレー)出張に行ってきた。入社前のインタビューで1回、2018年は合計で4回出張にいったので、今回は6回目ということになる。さすがにこれぐらい出張に行くと体も慣れてきて、時差ボケは依然としてあるものの体の疲労はかなり少なくなってきた。その要因の一つとしては、行きと帰りの便を固定にしたこともあると思う。行きは羽田を19時過ぎにたつJAL02便、帰りはサンフランシスコを午後に出るJAL01便だ。これだと、向こうに着くのは昼過ぎなので、ちょっと眠気を我慢して夜に早めに眠ってしまえば時差関係なく眠りにつくことができるし、帰りは日本につくのが夜なので、家に帰って洗濯物を片付けたり旅装を解いて寝るとちょうどいい感じになる。おかげで、到着2日目の時差ボケは如何ともしがたいものの、それ以外はかなりスムーズに向こうでも業務に入れるようになった。

Img2161


今回も、日本から連れて行くお客さんと2日間のワークショップをはじめとして予定がぎっしり詰まっているので、シリコンバレーを観光することはほとんど出来ない。もう6回も行ってるのに、AppleもFacebookもGoogleも見たことがないのだ。だいたい、毎回メンローパークにある本社周りの極めて小さい範囲で出張が終わってしまう。下手するとスタンフォードに足を伸ばす時間もないぐらいだ。

そんな感じで予定が詰まっていたので、今回唯一行けたのは、メンローパークのダウンタウン(と呼んでいいものか悩ましいが・・・)にあるTrader Joe's。行けたと行っても、ホテルからは10分もしない距離にあるので、ちょっと買い物にきたという感じである。
Img2167 日本ではなぜかトレジョのトートバックが人気というと、毎回本社の人間がばかウケするのだが、確かに実際に足を運んでみると何がそんなにいいのかよくわからないというのが正直なところ。確かに食べ物は近くにあるSafewayと比較すると新鮮だな〜という感じがするけど、トートバックがブランド化するほどのものだろうか・・。旅人的にはSafewayのほうがデリや食事がある分便利という気がするのだが・・。
そういえばSafewayには、Amazonのロッカーが置いてあった。楽天のロッカーが日本にあるようなものなんだろうけど、なんというかネット小売の受け取りロッカーがリアル店舗にあるというのはちょっと不思議な気もする。

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シリコンバレーというと基本的に常に晴れで、雨が足りないために水圧が足りない・・・みたいな話をホテルの人とすることが多いのだけど、今回はずっとグズグズとした天気で、最終日は大雨になってしまった。飛行機に登場してから、大雨のために滑走路が閉鎖になったという情報が流れてきて、結局1時間半ほど離陸が遅れてしまった。最初のアナウンスで1時間ぐらい遅れる・・・とあったので、"そうか、3時間ぐらいは遅れるのかな・・・”と頭の中で計算したのだが、ほぼアナウンス通りに動いてくれた。この辺りはまだまだ頭が中国で止まっているという感じがする。

2019年3月 4日 (月)

CEIBSが提供する1+1 lecture Tokyoに行って来た

少し前になってしまうが、2月の上旬は母校であるCEIBSが日本で課外講義+ネットワーキングパーティーを行うということで、久しぶりに卒業生(Alumni)として参加をしてきた。Global MBA rankingの上位にそれなりに安定的に入るようになって来たCEIBSだが、依然として日本人の入学生は少なく、プロモーションのためにこういったイベントを初めて数年(今回が5回目とのことであった)。数年間はほとんど結果が出なかったものの、2018年度入学生は5名と過去最高の日本人学生数となったとのことで、さらなる学生増を狙っているようである。

今回のイベントはCEIBSの教授が東京で現在ホットなトピックのレクチャーを行うということで、テーマは「米中貿易戦争と日本への影響(US-China Trade Conflicts and the Impact on Japan)」。授業を行うのは、我々の時代には全員必修だったマクロ経済を教えているXu Bin先生である。
マクロ経済はおそらく日本の大学の学部レベルにも満たない授業内容ではあったと思うのだが、授業は今回来日したXu BinとBalaという屈指の人気教授の二人でわけあって授業が行われていた。


ものすごく情熱的な授業を提供し、またフィランソロピーにも積極的に参加するということで学生の間でも人気の高かったBalaと比べると、当時のXu Binはより学者肌という感じでいかにも大学の先生という感じだったのでそれほど印象には残るタイプの教授ではなかった(ただし中国人の先生にしては、恐ろしく親しみやすかったらしく、中国人の間で人気は高かった)。
また、英語のアクセントが微妙にわかりづらいため、一生懸命話してくれてもよく内容がわからないということが時々あり、個人的には授業中にどうしてもわからなかった内容を偏微分方程式を使って議論をしたことを覚えている(それにより、同級生からはMath Masterというあだ名をいただいたのも懐かしい思い出である)。

今回は、そのXu Bin先生が提供する1時間半のプロラグムがメインコンテンツだったわけだが、久しぶりに話を聞いて、いい意味で驚きがあった・・・というか、Xu Binこんなに授業うまかったっけ?という感じで、聞き入ってしまった。CEIBSは世界TOPクラスのビジネススクールになるという目標を明確にしているだけあって、結構指導側の入れ替えも激しいのだが、さすがに長年生き残っているだけのことはあると感心した。というか、気がついたらAssociate Deanにもなっているし、偉くなったんだなぁ。

先生の話の中で面白かった内容を箇条書きするとこんな感じ。もともとCEIBSは中国にありながらもかなり「気を使わずに発言をする指導陣」が多かったのだが、今回は日本にいるということで、さらに積極的に自分が思っていることを話してくれたのではないかという気がする。
  • 政治的な意思決定は常に国民の動向を意識して行う必要がある。これは米国側のリーダーであるトランプだけではなく、中国側の習近平も同じである。共産党による一党独裁であっても、なんでも自分の思い通りにできるわけではない。
  • 現在の米中貿易紛争は、イデオロギーの戦いではなく、形の違う資本主義同士の戦い。なので、米国にとっては冷戦とは異なる側面がある一方で、かつての日本との戦いから学んでいる点がある。
  • 中国の資本主義は米国の資本主義と異なるというのは事実。一方で、中国経済が成長しているのは「共産党による管理・指導」があったからという認識は間違い。政府による介入や管理がなければ、中国経済の発展はもっと加速するはず。
  • 今後10年以内に、中国のGDPは米国を抜くと予想するが、それが真の意味での経済的な優位性や国の優位性を意味するわけではない。例えば、米国のパスポートとと中国のパスポートを比較した時に、どちらを取得したがる人が多いかで、国の優位度が計られたりもする。
  • 中国は中成長の罠から抜けられるかまだわからない

に気になったのは、ここ数年International Student(中国籍以外の学生数)の数が一貫して低下していること。データ上では自分がいた2011年入学組がピークでその時はだいたい45%が外国籍だったのだが(台湾籍、香港籍含む)、今はそれが30%程度に低下していた。DiversityはMBA rankingの評価要素の一つで、CEIBSも積極的に外国籍の学生を採用しようとしていたが、最近は少し戦略が変わったのかもしれない。
学費も上がって来たことでCEIBSのコスト上のメリットが薄くなったということもあるだろうし、中国が成熟して来て、外国人を「中国国内で採用する必要」がなくなって来たということかもしれない。いずれにしても、現在スクールにいったらかなり雰囲気が違っているんだろなぁ・・・。

2019年1月21日 (月)

2019年が始まりました

2019年が始まりました‥と言っても既に3週間が終わってしまい、すっかり通常運転。今ぐらいの年齢になると一週間が立つのが早くて、土日は子どもと遊んでとしている間にあっという間に時間がたってしまう。昔ほど夜遅くまで起きていたいという気もしくなったし、子どもの寝かしつけをしていると自分の方が先に寝てしまうことの方が圧倒的に多いくらいだ。

昨年は1月に転職をしてキャリアという面でおおきな変化があり、家庭生活でも子どもが幼稚園に通うようになりとこちらも大きな変化があった1年だった。そして幸運なことに、両方ともに2017年と比べても良い方に進むことが出来た。


まず、仕事面では新しい会社に移った。今勤めている会社、SRI Internationalは知名度こそ日本ではほぼないが、現在の生活にかかせない技術の多くを作って来た世界最大の非営利の研究組織である。非営利といってもNPOではなくて、運営はいかにもアメリカ企業という形で行われている。一方で、これまでに勤めていた会社に比べれば圧倒的に小さな会社になったわけで(前職は世界全体で数十万人を抱えていて、こちらは全世界で2,000人いない)、小ささゆえのアットホームさや風通しの良さを感じている。また、仕事面では営業・・・というか顧客対面職に戻り、それなりに楽しい毎日を過ごすことができた。おかげさまで日本の景気もまだ悪くなる一歩手前で、目標にも達成することができて、立ち上がりの1年は総じてとてもpositiveだった。

家庭生活では子供が幼稚園に入園して、ようやく「規則正しい生活」というのが家庭にやってきた。もともと、規則正しい生活なんて全く向いていなかったので、「戻って来た」というよりも「やって来た」という感じだ。2017年の幼稚園選びの時は大変な思いもしたが、実際に幼稚園に通い始めると、親も驚くほどに毎日成長してくれていて、我ながらいい園を選ぶことができたという自画自賛である。通っている園は「子供の凸凹した成長をしっかり受け止めてくれる」園なので、子供が背伸びをしてできないことをする必要がない。それがうちの息子にはとてもあっていて、できないことには参加をしないという選択肢を選びつつ、少しずつできることを増やしてくれている。来年度以降は公立幼稚園に移るという選択肢もなくはなかったのだが、通い始めて数ヶ月で今の園に3年間お世話になることにした。


こういった非常に良い感じで終わった2018年から引き続いて、2019年もよりよい方に向かっていきたい。 まず子供が規則正しい生活をするようになったおかげで、だいぶ個人の時間を持つことができるようになって来たので、それをうまく活かしていきたい。1日で見れば1時間から2時間程度の時間なのだが、それでもそれまではほぼ全ての生活が仕事と子育てにつかっていたので、それに比べれば大きな違いである。惜しむらくは、この時間は子供を寝かしつけた後の時間が当てられるので、寝かしつけ時に自分が寝落ちしてしまうとなくなってしまうことで、しかもその可能性はかなり高いということだ。まあ、無理はせずにこの時間を使って、もう少し仕事というかlifetime workに関連のあることをしていきたいと思っている。

一方仕事という観点から見ると、今年はそれほど大きな変化はないだろうと感じている。昨年よりは出張は増えそうだが、役割は変わるわけではなく、2018年後半からタネを蒔いたことが少しずつ形になってくるのを期待している・・・というところだろうか。今の会社は焦って辞めるという気持ちはないので、少し長期的に何かに取り組んでいきたいと考えている。それはきっと自分が「どのようにいきて、どのように死ぬか」を考えるきっかけになるのだろうと期待している。


そして、最後に家庭面・・というか私生活では、これは有無を癒さず減量に取り組まなければならない。中国帰国時は健康診断の項目がほぼ全て再検査という状況だったのだが、日本帰国から6年が経ちすっかり健康を取り戻すことができた。一方で、出産直後に激減した体重(自分が産んだ訳でもないのに、激減した)は、子育てのストレスと運動をする時間が全く取れなかったことで、増加の一途をたどり、体重は人生最大値を更新し続ける羽目になっており、ついには医者からも減量勧告が出るほどになってしまった。今年は何をおいても、この減量問題にしっかり取り組んで、完全な健康体を取り戻したいと思っている。

«AIの"A"は何という単語の頭文字なのか