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2008年10月

2008年10月28日 (火)

野球のWBCって"Watanabe Broadcasting Circus"の略だったんだ

たまには中国ネタとはまったく関係ないことを書こうと思う。

野球のWBCの監督に、現在巨人を率いている原監督が選ばれることが決定した。いろいろもめた・・・ということにしてみたかったようだけど、あまりにもわかりやすい決定の仕方で、いまだにこういう決定方法があるのかとむしろ感動的ですらある。

話の流れを追ってみると、実に動きがわかりやすい。

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前段:・現役監督は難しい
    ・星野監督もHPで固辞
  ↓

イチロー:足並みをそろえることが大切

  ↓
  
検討会議:日本一チームの監督がよいのでは、ないかという意見があったと報道
  
  ↓

10/24:巨人オーナーが『原監督への要請があった場合には断れない』と発言
  

10/25:王顧問が「苦しい決断だった」と原監督に要請

  ↓

10/26:オーナーの指示に従うと原監督受諾の意向

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マジであほかと。あまりにも突込みどころが満載だが、とりあえず『流れ』について突っ込みを入れてみる。

①オーナーの観測気球
この時点では確かに検討会議内では、原監督の話が(もしかしたら)あがったかもしれないが、報道は一切されていなかった。なのに、報道では「可能性が浮上した」って。観測気球もいいところでしょ。

②王さんの「苦しい決断」だったの言葉
具体的に「何が」「どんな点で」苦しいのかさっぱりわからないコメント。自分が現役監督だったころにWBC監督をして大変だったのに、現役監督に依頼をしなければならなかったから?それとも、予想していた星野さんがやってくれなくなってしまったから?

③「オーナーの指示に従う」と原監督
ここが一番不明。もうさっぱり不明。今回のWBC監督への依頼って、「読売巨人軍の原監督」になされたということなんだろうか?WBCと巨人軍の関係って何?普通に考えればオーナーがうんっていったって原監督には断る権利があるでしょう。だって、「原辰則」という人間に対して日本野球機構が監督依頼をしたわけなんだから。どうやら野球界においては、オーナーの意向というのは職業選択の自由を超える権限があるらしいことが今回の騒ぎで明らかになった。


ここまででも、十分に出来レースの匂いをまきちらしているのだが、さらに王さんの会見も突込みどころ満載。

  1. ユニホームを着ていない人たちの中から適当な候補がいない
  2. キャリアとか実績とか、年数的なことを含め、若々しく、元気のいい原監督の名前が出た
  3. コミッショナーから出た

①適当な候補がいない
候補になるための条件もよくわからないのに、適当な候補がいない・・・ってさっぱりわからない。たとえば元ヤクルト監督の若松さんは?彼もヤクルトという戦力的にはまあまあの(または厳しい)チームを率いて結果を出しているのだが。

②若々しく、元気のいい原監督の名前が出た
いつから若さが条件になったのでしょうか・・・。だって最初の候補者は星野さんだったんでしょ?っていうか今まで日本代表を率いてきた監督を選ぶさいに「若さ」が言及されたことがあったっけ?なんで代表監督で世代交代を進めなければならないのでしょうか?

③コミッショナーから出た
コミッショナーってそういう権限あったんだっけ?プロ野球の調整役なんじゃないの?


ということで、列挙するだけでも疲れてしまう。

まあ、一つだけ擁護すると、今回のWBCって決して国ごとの戦いではなくて『各国の野球を統括していると思われる団体が送るチーム同士の戦い』なんですよね。何でこんな面倒くさい言い方をするかというと、厳密な意味では日本野球機構は「日本の野球を統括している団体ではない」から。
よく比較にあがるサッカーでは「日本サッカー協会」が日本のサッカー競技すべてを統括している。Jリーグも高校サッカーも女子サッカーも、フットサルもおよそ「サッカー」はすべて彼らが統括しているのである(管理ではない)。一方、野球は高校野球:高野連、アマチュア:日本野球連盟、プロ野球:日本野球機構と統括団体も異なるし、何より統一的な団体は存在しない(オリンピックってどうやって対応したのだろうか・・・)。

よって今回のWBC監督も極言すれば「プロ野球が選ぶチーム・監督」であればよいわけだ(だから12球団への代表候補アンケートなんかもやっている)。そういう意味ではコミッショナーも仕事を全うしたといえる。


今回、原監督がどう思っているか、それは僕たちにはわからない。一回目の監督辞任の時のように、決して自分の気持ちを表に出すことなく、決められた仕事を全うするのだと思う。その意味で彼は間違いなく『プロ』だ。この薄汚い監督決定のプロセスの中で、唯一救いがあるとすれば、選ばれたのが原辰則という人間だったということ、それだけだと僕は思う。

どこの組織にも外からはうかがい知れない何かがあるように、プロ野球界にも必ずそういう雰囲気のようなものがあるはずである。であるならば、逆説的かもしれないが、プロの選手たちが今回の原監督の下で「一致団結」して戦うことも決して想像できないことではない。
きっと私たちは、飲み下せない何かを抱えて、それでもWBC日本代表を応援するのだろう。少なくとも僕は、今回の流れの上で、それでも戦う『プロ』たちを応援しようと思う。


それにしてもWBCのWはworldの"W"ではなく、watanabeの"W"だったんだな・・というのが今日の感想。いっそのこと「WBC代表監督への就任も読売グループの人事だと思ってほしい」といってくれたら、どれほどか満足になるのだが。

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2008年10月27日 (月)

10月24日で中国にきて一年になりました

ちょっと前の話になってしまうのですが、先週の金曜日(10月24日)で中国に赴任してちょうど一年になりました。思い返すとずいぶんとあっという間の一年・・・というのが、こういう場合の定番ですが、本当にこの一年はあっという間でした。一日一日はすごく永い感じがするんですけど、積み重ねるとあっという間です。

この一年はだいたい、5つのタームに分けることができます。

第一ターム:上海赴任から最初のネットサービスC/Oまで(07年10月~08年1月)
とにかく赴任してからは前任者が残した日を吹いたプロジェクトを必死に形にしました。このころは言葉はまったくわからないわ、人はいないわ、プロジェクトのスケジュールは破綻してるわでとにかく死ぬほど働き、毎日毎日中国語を勉強していましたね。睡眠時間も3時間とかが当たり前で、ソファで寝ていましたっけ・・。食中毒にあって点滴を売ったのもこのころ。


第二ターム:ネットサービスC/O後のリハビリ期間(08年2月~08年4月末)
死ぬ気で立ち上げたネットサービスの無事を見届けて、精神的・肉体的リハビリ期間に入りました。なにせ、1月はC/Oまで寝ずに働き続けたせいで、C/O後の旧正月は日本でぶっ倒れました。こちらに帰ってきてからも人と話したくない・・という日々が続いて。とにかく引きこもっていましたね。憂さ晴らしに上司と遊び倒して一週間で15万ぐらい使ったこともありました。


第三ターム:上司退職で新上司との暗闘(08年5月~08年7月)

僕の短い社会人生活の中でももっとも優秀かつ尊敬できる、上司がGW直前に日本帰国して退職。まったく方向性も異なり、かつ能力も追いつかない新上司のいじめにひたすら耐える毎日。このころストレスで『神経性前立腺炎』なる謎の病気にかかりました。このころは長逗留していた友人ともケンカしたりと精神的に最悪な時期でした。


第四ターム:現状を改革しようといろいろ根回しをする(08年8月~08年8月)

さすがに精神的にいっぱいいっぱいになりそうだったので、いろいろな部署に働きかけて現状改善の種をまきました。見方によっては大ボスへの(今から見れば実は中ボスなんですが・・)クーデターみたいなものだったので、冗談で「こんなことやってたら10月に飛ばされちゃいそうだよね!」とはなしていました。まさか、本当になるとは・・・。


第5ターム:突然の帰国勧告から転職決意へ(08年9月~10月)
瓢箪からコマというわけではないでしょうが、見事に予感的中で日本帰国の辞令を拝命し、二秒後に破棄。すぐに前から狙いをつけていた会社に電話をして、二時間後には転職決定。会社では日本人・中国人へだてなく「おぼれる犬は棒で殴れ」とのごとく、精神攻撃を食らう。一方、これまた中国人・日本人、社内・社外に関係なく支えてくれる人も数知れず。今までいろいろなものの本で読んでいた「人が離れていく」ということを実感するいい機会となった。


・・・こうやって書いてみると、後半は結構暗い感じの駐在生活ですね。実際にはそんなことはぜんぜんなくて上海は変わらず楽しい毎日なのですが。本当はこの一年間で変わったこと・変わらなかったことを書こうと思ったのですが、長くなってきたのでそれはまたの機会に。

とりあえず、二年目は新天地で、引き続き中国生活を満喫していきたいと思います!

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2008年10月21日 (火)

上海ごく一部のスポーツクラブの機器設定

最近、転職を決めてから半ば窓際のような扱いになってしまっているので、結構夜には早く帰ることが出来ます(だいたい18時30分には会社を出ます)。こんなに早く帰れるのは日本にいる時もふくめてこの4年間の間に初めてのことなので、精一杯この時間を使いきろうと・・・ひたすらジムに通っています。

私はもともとかなり太めな体型をしているのですが、社会人一年目の時にメニエール病にかかった際の治療でステロイドを飲んでいら、さらに太めな体型のまま高止まりならぬ太どまりをしている状況です。べつにこの体型でも生きているのに問題はないしな・・・と思っていたのですが、新しい会社の会長から『痩せるように』といわれたことや、家にある全身鏡(なぜか風呂には全身鏡が設置されているのです・・)を見てみると明らかに醜い体がそこにはあるわけで・・・。ということで現在は一生懸命走り、ご飯を減らすという毎日を過ごしております。


上海では急速に経済が発展したおかげで、スポーツジムもかなりはやっています。有名なものではNBAの姚明がプロデュースしているCaliforniaがあります。だいたい淮海路や徐家汇といった人が集まるところにはジムが必ず設置されているといえるでしょう。ちなみに外国人向けや高級マンションにはほぼ必ずジムが設置されています。

私が通っているのは、我が家のすぐ目の前にある一兆伟德ジム。ここは健康食料としては世界的なブランドであるウェイダーが提携して展開しているジムです。三階だての建物の中に、プール・ジム・スカッシュ場・ヨガスタジオなどの設備が準備されています。卓球台も設置されているのがいかにも中国っぽいといえば中国っぽい。

さて、中国のジムでも日本のものと同じようにランニングマシーンがおいてあります。メーカーは日本では聞いたことがなかったMATRIXというメーカーのものです(日本円で一台150万円もするんですね・・・)。このマシーンがざっと30台ぐらい並んでいるんですね。

減量にはやっぱりランニングが一番・・・と思って毎日走っているのですが、昨日驚くべきことに気がつきました。正確に言えば今まで気がついていたのですが、昨日になって確信したのです。
普通ランニングマシーンで走る時には、スピードを調整して走り出しますよね?(それ以外に何を設定するのだ・・)。当然私もピピッとスピードをあわせて見るのですが・・どうも明らかに昨日走ったスピードとは違う。。
やたらスピードが速いのです。
で、おかしいな・・と思って、昨日は知ったマシーンにいってみると、あれ?これは昨日と同じスピード。あれ、あれ?と思って隣のマシーンに行くと、さらにスピードが遅い・・。

どうやら機器のメンテナンス状況が適当なため、スピードがそれぞれ違ってしまっているらしいのです。。そんなことってあるんだ・・。ちなみにネットで調べた限りでは、日本ではそういうことはないらしい。。当たり前ですが。
だって、ランニングマシーンってスピードがちゃんと設定されているから、他のジムに行ったりしても問題がないわけですよね?それが、同じジム内でもマシーンごとによってスピードが違うとは。。

これって私しか気づかないのかな・・と思って見ていたのですが、どうやら気づく人と気づかない人がいる様子。とくに外国人・中国人というきりわけではなく、単純に性格の問題っぽいです。
本当はインストラクターに強く主張したいところなのですが、そんな語学力もまったくなく。仕方なく、いつも決まったマシーンで走ることを心がけるしかない・・。と、覚悟を決めつつしっかりと一時間ランニングをしたのでした。。

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2008年10月20日 (月)

タクシーがつかまらなければ、家から出られない上海の交通事情

先週の土曜日の夜に、ちょっと遠くのところまで食事に行こうと21時ごろ家をでたところ、まったくタクシーがつかまりませんでした。金曜日ならともかく、土曜日の21時すぎなど普通だったらまったく苦もなくタクシーが捕まるはずなのに、家の前を通るのはすべて乗車中のタクシー。横を見ると荷物を抱えている人や、家族連れが座り込んでタクシーを捕まえようとしています。これはいかに??

我が家は南丹东路という上海の中心部と空港までを結ぶ道路のちょうど真ん中あたりにあるので、もともとタクシーは捕まりづらいのですが、土曜日の夜はちょっと異常。30分以上待ってみましたが、まったく捕まえることが出来ません。しかたなく、ちょっと離れた美罗城(上海でも一番大きなステーションモール)まで歩いていくと、ようやくたまたま下車した車を捕まえることが出来ました。
運転手に聞くと、今日はやたらと浦东と浦西の移動が激しいとのこと(上海は市内のちょっと東側に大きな川が流れていて、市内を東と西に大きくわけています。ちょうどこんな感じ)。何でだろうと・・・と思ってちょっと走ったところから聞こえてくるのは・・王力宏!(王力宏は中華圏の超人気歌手です。中華圏といっても、実際はアメリカ国籍も持っているのですが。)そうか~、今日は王力宏のライブの日だったのね・・とようやく合点がいったのでした。

実はこの前の土曜日は上海でのイベントラッシュの一日。
王力宏のライブはあるわ、浜崎あゆみのライブはあるは、郊外ではF1はあるわととにかく5万人規模のイベントが鈴なりです。こうなってしまうと、外国人には上海市内の移動はお手上げ。家にじっとしているしかありません。

上海の移動方法は簡単にわけると、

  1. バス
  2. 地下鉄
  3. タクシー

とあるのですが、もちろん外国人にとってもっとも役に立つのはタクシー。多少意思の疎通が出来ないことはあるもののほぼ間違いなくいきたいところにいってくれます。

地下鉄は、現在急ピッチで建設が進んでおりだいぶ便利になってきたのですが(現在は7本が運行中)、何せ日本に比べて一駅が長い。道が多少入り組んでいることもあるのですが、一駅分あること大体20分以上は歩く必要があります。また路線のつくりに偏りがあるせいか、タクシーで20分の距離が地下鉄を使うと大きくまわってしまうために、1時間近くかかるということもあります。

バスは・・・こちらに来て一年程度ではまずはじめての場合は間違います。とにかく一つの駅に止まる路線の数が多すぎる。確かに上海市内には網の目のようにバスが走っているので使いこなせればものすごく便利なんですが、外国人にはまず無理。・・・と思っていたら、僕の家庭教師の先生いわく上海人でも事前に調べなければまずいきたい所に一回でいくのは無理だとのこと。
他にも『人が多すぎて、降りたい場所で降りることが出来ない』『すりが多い(ひどいときにはかばんに穴を開けられて盗まれます)』といった問題があるため、正直言ってバスに乗ることはお勧めできません。

で、結局タクシー・・というわけになるのですが、土曜日みたいにイベントラッシュになってしまうと、まったく数が足りなくなってしまうんですよね。とはいえ、日ごろはものすごい渋滞を引き起こしているわけで、これ以上数を増やすのは適切ではないし。。
結局インフラが追いついていないというのが、現状の上海の問題点なんですよね。こんなんで万博開いたら大混乱が起きるのでは・・と心配です。オリンピックは二週間我慢すればよかったわけですが、万博は半年ですからね。どうなることやら。。

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2008年10月17日 (金)

いまさらながら、ノーベル賞の受賞をコンサルっぽく考えてみる。

一番最初に断っておくて、僕はコンサルではないし、いわゆる「ロジカル・シンキング」というものを体系的に習ったことはないので、あくまで「っぽく」考えてみた・・・というお話です。

昔、今となっては随分昔の話になってしまうのだけど、僕たちが学生時代だった時のボストンコンサルティング・グループ(以下ボスコン)のインターンのための試験(外資系戦略コンサルの中には、インターンからしか入ることができないところがあり、そのインターンに参加するためには試験を受ける必要があるのだ)のお題で

『日本が○○年後のオリンピックで金メダルを××倍にするにはどうすればよいか?』

というものがあった(○○、××には実際には数字が入っていたのですが、もう昔のことなので忘れてしまいました)。

この目標を達成するには、いわゆる普通の強化方法ではだめで、もっと抜本的な方法を考える必要がある・・そんな値が設定されていました。この問題は普通ではとくことが出来ないような問題について『ゼロベース』で考えて、いかに論理的にそれを語ることが出来るか・・ということを見るための問題だった、と記憶しています。
(ちなみに回答例としては『日本が特異なスポーツ(剣道)を種目にする』『とにかく気化させまくる』『茶道・華道などをスポーツとみなした上で、種目とする』なんかが考えられます。あくまでカンですが)


さて、ノーベル賞の受賞でどうしてこんな話が出てきたかというと、今回のノーベル賞の発表を聞いて昔日本政府が公言していた『今後50年以内に日本人からノーベル賞受賞者を30人出す』という目標を思い出したから、なんですね。

すでにいくつかのニュースで触れられていましたが、今回のノーベル賞物理学賞受賞者のお三方のうちの南部先生はアメリカ国籍を取得されており、○○人というくくりでいうと、アメリカ人に分類されます。
(参考記事:日本にノーベル賞が来た理由
日本人の心情からするとどう考えても南部先生は日本人だと主張したい・・ところではあるでしょうが、国際法にのっとれば国籍を保有している国の人とするのが当然ですから、やはりここはアメリカ人とするのが妥当でしょう。


で、今回一番かいておきたかったのはここです。
『日本人からノーベル賞受賞者を30人出す』というのは、いったん何だったのか??

まず『この問いの真の目的を考えず』『この問題だけを解く』という姿勢でいけば、実は結構この問題は簡単に解けることが、今回のノーベル賞受賞でわかりました。

・現在のノーベル賞は受賞までには業績発表から20年以上かかることもまれではない、
 逆に言えば、今後10年~20年の単位でノーベル賞受賞の可能性がある研究はすでに現段階で明らかである。
・この研究業績を持っている人たちをとにかくどんな方法でもいいから『日本国籍』にする。必要があれば、
 二重国籍をOKにするように国籍法も改正する。最悪の場合、無理やり国籍を押し付けることも可。
・これでも厳しい場合には、とにかく現在進行形で業績を出している人を片っ端から日本に呼び、国籍を・・
 (以下同文)

さすがにこれを50年続けていれば、30人ぐらいは楽勝で『日本人』のノーベル賞受賞者を出すことが出来るでしょう。実際には、ノーベル賞はいろいろな政治的な意図で出されるので、こんなに単純ではありませんが・・・(参照:日本にノーベル賞を出すもう一つの理由)。とはいえ、今回の金融危機でもそれほど痛んでおらず、まだまだ金が余っている日本が本気を出せば比較的簡単なはず!

当然ながら、実際には上記のような方法をとるはずもなく、とれるはずもなく、そして何よりも望んでいないのは明らかです。
では、政府が出した宣言の『目的』とは何なのか・・と、ここで初めて『目的』の部分に戻ってくることになるのです。

ここから先は、すでにいろんなところで書かれているので僕が付け足すことは特にないのですが、今回のノーベル賞受賞で日本の国会で『国籍法の改正』が検討されそう・・と見るたびに、ふと日本の矮小化に触れて、空しい気になるのもまた一つの事実なのです。

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2008年10月15日 (水)

先輩の送別会と、友人からのメールと。

本日は若干・・というか、かなりアルコールが入っています。ただ、どうしても書いておきたかったことがあったので、書いておこうかな・・と。

本日は、今月で帰任される先輩の送別会でした。もし、まかり間違えば自分も『送り出される側』にいたんだろうな・・と思うと、微妙な送別会。おそらく、参加しているみんなも私が本当は送り出される対象だと知っているはずです。

会自体はいつもどおり隠しネタなどもあり、大変楽しく終わりました。さすがにこういう会になると、うちの会社の実力はぬきんでています。いや~、こういうことには命かけますからね。マジで。

で、無事に会も終わり、帰りのタクシーの中。私は偶然にも、帰任する先輩と一緒のタクシーになりました。(そんなことは決してないのに)やっぱり自分の話はしておかなければならない・・と思った私は、話をしだします。

私:『僕、今度の12月に会社やめるんですよ』
先輩:『知ってたよ』
私:『(驚く・・)ですよね・・・?』
先輩:『まあ、いいんじゃん。俺でもお前の年なら、同じことしたよ』

先輩は全部知っていて、自分が帰国する場面にあっても、私が話の口火を切るまではけっして話をしようとはしませんでした。そこには、そうする必要もないとか、僕からの話を待つ・・といったいろんな考えがあったのでしょうけど、決して自分から話をふらない・・という深みを感じたのです。
話したければ話すだろう、そうでなければ話さないだろう・・という大人の対応。。。

それだけで終われば、さっぱりとした一日だったのでしょうが、そうはいきませんでした。心意気に強く感動しながら帰宅した私の日本携帯を見ると、友人からのメールが。

『××くんって知ってる??』

××には私の以前の上司の名前が入ります。

『××くんじゃなくて、××さんだろ?やめたよ』と私は返事をします。

友人からの返事は

『そうそう、その人。やめたらしいよ。転職先。今は、○○にいるんだって』

そのメールを見た瞬間、正直言って唾棄すべきものを見た思いにとらわれました。友人は何も悪気があってその情報を伝えたわけではないでしょう。また、彼と私の関係についても想像できなかったのでしょう。

私にとって、彼は今の会社で最も尊敬できる人間の一人です。本気で腹がたって怒鳴りあいの喧嘩をしたことも何度もあります。ですが、先輩・後輩、上司・部下の関係を超えて、一つの目標に向かって進むことが出来た、数少ない人間であるという気持ちはお互いにいささかもかわらず持っています。

今回の転職でも、彼にはイロイロと相談に乗ってもらいました。異動をつげられた時にも真っ先に彼に連絡をしましたし、その直後に彼から電話が来たときには本当に感動しました(まさか、彼が電話をするような人だとは思っていなかったので・・・・)。
そういう対象が、希望を持って転職した先で、うまくいかず転職したという事実。そのこと自体は僕には理解できるものでしたが、それを嬉々として伝えてくる友人。

もちろん僕と彼の関係性を知らない以上、友人が嬉々として送ってきたというのは僕の深読みな可能性は大いにあります。でも、僕は「××さんだろ?」とわざわざ送り返しているのです。情報論としてはまったく意味のない一言。

そこに意味を読まず、ただ自分のしった(おそらくすぐに会社をやめてしまったという何らかの卑下する感情をこめた)情報を伝える友人と、事実を知った上で僕の話まで一切を触れなかった先輩。

あまりの落差と、そこに見る人間性には、人の運命を決める『何か』があると思わずにはいられませんでした。
転職や退職という、まだまだ日本では非日常のこの世界では、人は本当にわかりやすく自分という器を見せるものだな・・とあらためて思った、そんな送別会の夜でした。

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2008年10月 8日 (水)

家の前でコロンビア人と出会う。

昨日は気分・体調ともに最悪だったため、早々と会社を退社して16時には帰宅しました。本当はこんな早い時間に帰宅するのは御法度なのですが、会社にいてもあまりやることがなく・・・。退社まで秒読みとなった今では(残り37出社日)、多少の無茶は許されるかな・・・と自分にいいわけをしての帰宅です。

家は会社からだいたい30分ぐらいで地下鉄一号線の徐家汇站から約10分ほどのマンションです。かなりはやめの夕食でも食べて寝るか・・と思いながら歩いていると、ちょうど家の駐車場の前に三人の外人 -私も外人なので、正確にいうとラテン系欧米人- がいます。
「ああ、きっと道に迷ってるんだろうな・・」と思いながら、通り過ぎようとすると、案の定「Excuse me?」という声が。う~ん、普通の中国人だったら英語わからないから意味無い掛け声だよ・・と思いながら、「May I help you?」と返事。

それから、彼らが今の状態を説明しようとするのですが・・・なんと、スペイン語だったのですね。それもかなりなまった。
大学でスペイン語に死ぬほど苦しめられたおかげで(スペイン語は選択可能な第二外国語の中で最も簡単なはずだったのですが、私は100点満点のテストで5点をとったことがあります。当然再履修。最後はテストを二日酔いで受けそこなって土下座で単位をもらいましt)、多少は聞き取れるのですが、早すぎてさっぱりわからない。。しょうがないので、英語で無理やり話しかけると、どうやらホテルがわからないらしい。

旅人:「here is tianyaoqiaolu?_」(ここは天钥乔路ですか?)
私:「Yes」
旅人:「here is xujiahui?」(ここは徐家汇ですか?)
私:「Yes」
旅人:「here is tianyaoqiaolu?」
 ・・・以下リピート。

ああ、もう全然わからない!だいたい向こうの英語もかなり不安定でしたし、私も中国に住んで、あまり上手くもない中国語を毎日使っているせいか、英語と中国語がグチャグチャの文になってしまいます。例えば、「今、あなた達は徐家汇駅の近くにいます」と英語で言おうとすると

「现在 you are 徐家汇 station附近」

意味わからない・・・。言ってる自分ですら悲しくなります。
(正しくは、「Now you are near Xujiahui station」「现在你们在徐家汇站附近」)


お互い困った顔をして目をキョロキョロさせていたのですが、よくみると手に何か紙を持っている。ちょっと見せて・・と紙を見ると電話番号があったので、ソッコーで電話をかけます。

相手:「你好?」
わたくし:「你好?你的朋友给我・・・」
相手:「perdon?」

ああ・・今度は、英語か・・・。ということで、電話を通じてなんとか状況を説明すると、どうやらすぐ近くのホテルで待っているらしいことが判明。
「OK,No problem!」と高らかに宣言して、話の流れをよくわかっていない友人達を引き連れていくことにしました。


ラテン系の人たちはだいたいそうなのですが、こうやってちょっとしたやり取りでもすぎに「My friends」といって話しかけてきます。そうやって気楽に生きていても、中国では絶対言葉が通用しないぜ・・と思いながら話していると、どうやらホテル名も場所も忘れてしまい、とりあえずくれば何とかなると思ったとのこと。普通、どうにもなりません。まあ、僕の友人も無謀に遊びに来ますからね・・。

10分ほど歩いたところで目当てのホテルを見つけたので、無事に彼らを送り届けることに成功!御礼だといって20元をくれました。何度も「いらない」っていったのに、これでビールでも飲んでくれ、と。君達きっと長生きするよ。


中国がだいぶ気安い場所になって、英語が通じると思ってくる人が友人も含めてものすごく多いのですが、はっきりいって中国では「英語は全然通じません」。さらに言えば中国人の一般生活者のほとんどが「英語が必要だとも思っていません」。日本で言えば、大阪のおばちゃんにスペイン語で話しかけるのと同じくらい意味がないことです。

世界中に中国を紹介するときに、あらためて「携帯電話はお忘れなく!」ということをセットにすべきだと強く思ったのでした。。。

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2008年10月 6日 (月)

長期休み(国慶節)でよんだ本 その①

国慶節は結局7日間ずっと上海にいました。どこかに遠出してもいいのですが、言葉のことを考えるとなかなか外に足が向かず・・。日ごろ言葉でストレスを抱えやすいのに、せっかくの休みでストレスを増やす必要も無いだろうと思い、家でゆっくりと本をよんだり、運動をしたり、あとは転職に備えて会社で少しずつ仕事の整理をしたりしていました。

中国に住んでいると、なかなか日本の本を買うことが出来ないので、どうしてもまとめ買いをして積読になりがちです。アマゾンで届けることも出来るのですが、書籍税の心配をしたり、なかなかとどなかかったりとイロイロ面倒くさいのでついつい帰国時のまとめ買いになりがちです。この国慶節ではそのたまった本をまとめて処理をしよう・・と家のソファで半分読書、半分昼寝ですごしておりました。

まず最初に読んだのが、「失敗の本質」と「戦略の本質」の二点。
いずれもSECIモデルで有名な野中郁次郎が、戦史をテーマにして「戦略」と「組織」を考察したものです。

あまりに有名な本なので、内容はさらりと。

『失敗の本質』は一言で言えば、太平洋戦争中の日本軍の組織的構造を明らかにすることで、「失敗する」組織==逆説的には「失敗しない組織」とは何か、を明らかにすることを目的としている。太平洋戦争中の戦いの中で、特に日本軍の組織的特徴が明らかになるような6つの戦いをとりあげて、それぞれの失敗の原因とその裏の構造を詳細に解説しています。

一方、『戦略の本質』はより考察の範囲を広げて、第二次大戦以降を含む世界各地の戦闘・戦争の中から、局面を大きく打開するような「逆転」の場面をとりあげることで、「戦略」とは何か?ということを明らかにしようと試みています。

著者達がこの「戦略とは何か?」といういことを明らかにしようとしたときに、特に戦争というテーマをケースとして扱っているのにはいくつかの理由があります。

  1. 第二次大戦以降の戦争は国力すべてをあげた『総力戦』であり、戦略におけるリソース管理・目標設定などの特徴が最も明らかになると考えられるテーマであること

  2. 戦場という特殊な環境の中で、事前の計画ではなく当方と相手の相互作用により連続的に場が変化していく中でこそ、戦略の優劣・有無がより明確になると考えられること


私は個人的に「戦争」「戦史」というテーマに対して大変興味を持っているので、成田空港でこの二冊がセットになって売っているところを見て、その場で衝動買いをしておいたのですが、それなりに頭を使う必要がありそうなテーマだったので、時間がとれるまでと思って寝かしておいたのです。

「失敗の本質」は我々にとって比較的に身近な内容である日本軍を扱っているためか、すいすいと読み進むことが出来ました。また、すでに過去の結論が出ている事象を扱っているわけですから、神の視点からみた場合に「なぜ失敗したのか・・」を明らかにすることは、すっと入り込んでくる内容であるといえます。
一方、「戦略の本質」はそれぞれ異なる時間・地域・コンテクストの戦争から、共通して「戦略とは何か?」という大テーマを抽出しようとしているわけですから、どうしても形而上学的な内容にならざるを得ません。結果として、抽象度が非常に高い、難解なテーマになってしまっていると思います。
個人的には「バトル・オブ・ブリテン」をあつかった章が一番読みやすく、かつイメージのしやすい戦いでした。

本音を言えば、本当はここから「何か」を読み取ることが期待されるような本だと思うのですが、ソファにネッ転がりながら頭の半分腐っている私には、う~ん、戦争って大変ですね、という頓珍漢な完走しか出ないのでありました・・。


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2008年10月 2日 (木)

中国では長期休みに結婚式が行われます

昨日は建国記念・・・ということとは関係なく、長期休みということで行われた部下の結婚式に参加してきました。こちらでは、民族大移動のように長期出稼ぎに出ている人が多いため、こういった長期休みに結婚式を行うことが多いのです。

さて、中国といえばかなり欧米に近づいてきたというイメージがあると思いますが、結婚式に参加してみると、まだまだ中国は独自の文化をもっているのだな~と実感させてくれます。

まず、一番の違いは前撮写真の存在でしょうか?これは台湾発祥の文化らしいのですが、とにかくおしゃれ・・というか、日本人からするとちょっと奇抜な格好をして写真を撮影します。女性にとっては一生の思い出ということらしいのですが、日本人にはかなり恥ずかしい格好のものが多いです。とはいえ、結婚支出の1/10以上を占めることも決して珍しい話ではない、この前撮写真。こちらで結婚式をする際には必須なのです(リンク先は、上海で最大手の写真館、SOPHIAのHP)。とはいっても、結婚式会場ではあまり写真のことは考えなくて大丈夫。普通に参加すればOKです。

こちらの結婚式に参加する場合には、まず招待状がカップルから送られてきます。日本では招待状を発想する前には大体参加・不参加が決まっているものですが、こちらでは長期休みを利用して結婚式を行うために、参加・不参加は後から伝えても問題ありません。日本だと失礼にあたる・・・ってことになりますが、少なくとも上海では無問題。

会場にいったら、日本と同じく御祝儀をカップルに渡します。こちらではこの御祝儀のことを「红包」と呼びます。中国では赤い色は縁起のいい色なんですね。田舎の結婚式場にいったりすると式場が赤と金色ばっかりでかなり驚かされたりします。式場は、普通は10人がけのテーブル席なのですが、服装は日本に比べてかなり自由。正装でなくとも何も言われない・・というか、正装だと逆に浮いてしまうことが多いです。今回は浦东にある通茂大酒店という四つ星ホテルで結婚式が行われました。

こちらの結婚式は招待状に書かれている時間通り始まることはまずありません。今回も17時30分開始とあったのですが、実際に始まったのは18時15分ぐらい。みんなそういうものだと思っているので遅く来る → ますます始まるのが遅くなるという悪循環です。こちらでは何から何まで自分でやりたいカップルが多いので、最後まで新郎は走り回っていました。で、何とか18時15分には新郎・新婦入場により無事にスタート。L7040145
今回は参加してはじめて知ったのですが、いわゆる「結婚の誓い」を披露宴中に行っていました。「健やかなる時も、やめるときも・・・」というのを中国語で言っていたのですが、誓いをさせる人間はプロデュース会社の司会さん。ここら辺は、日本と同様に宗教に寛容なお国柄ということでご愛嬌。

中国語の結婚式では、お色直しは2回から3回というのが普通です。せっかくの機会なので、たくさんドレスを着たいという女性の気持ち+日本に比べてやたらドレスが安いという事情で(だいたいウェディングドレスが600元=1万円ぐらい)日本よりもお色直しが多いのです。
このお色直しなんですが、やたらと待ち時間が長いのが普通なんですね。で、そうするとどんどん参加者が酔っ払ってくる。もともと中国の結婚式はみんなで酒を飲むというのが大きなウエィトを占めるのですが、新郎・新婦もいないのに、みんな飲む飲む。料理もそれにつれて出てくるので、あっという間にテーブルの上がグチャグチャになります。L7040149日本の落ち着いたコース料理になれている身からするとまさに別世界。

驚いたのは3回目のお色直しの入場時に新郎・新婦が歌をデュエットして入ってきたこと。周りは酔っ払いだらけですから、大盛り上がりなわけですが、日本だったら絶対ないですよね。いやー、あれはかなり驚いた。

結局買いは9時ぐらいには終わったのですが、最後のほうはなぜかうちの会社のメンバーがステージで歌を歌っていたり、新郎は恒例の各テーブルお酒一気をやっていたりと無管理な状態で終了。こちらの結婚式は特に終わる時間も決まっていなくて、カップルとテーブルで乾杯が終わったら適当に帰っていいんです。なので、飲み足りない人はいつまでもテーブルで残っていて、気がつくと椅子を並べて寝てる人がいたり・・。

欧米化と伝統文化のハザマで繰り広げられる結婚式は中国文化を知るのにまさにぴったりの場所です。自分が結婚式をするときにはどうしようかな・・。

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2008年10月 1日 (水)

中国建国記念日 -年二回の長期休暇-

本日は中華人民共和国の建国記念日ということで、会社はお休み。というか、中国政府の指示により、今週の月曜日からほとんどの企業は休みに入っています。そのかわり土日に出勤をすることで、休みの数を調整。結果として、月曜日から日曜日までの七連休としているところが非常に多いです。

この建国記念日のことを中国では「国慶節」というのですが、実をいうとあまり盛り上がっていません。会社のメンバーに聞くと毎年同じようなものらしいのですが、二月の旧正月(春节)の時にはものすごい数の爆竹や花火をあげていたにもかかわらず、本日はいたって静かです。

この時期は中国では年二回しなかない大型連休なので(もう一回は旧正月)、多くの人が海外に旅行したり、実家に帰ったりします。結婚式を開くのもこの時期が多いですね。おかげで上海もだいぶ人が減って静かになっているのが何よりうれしいです。空気も綺麗になるし、車もあまり通らないので音が静か。
日ごろは慣れてしまっているのでまったく感じませんが、こうやって静かな日があるといつもいかにエンジン音がうるさいか、クラクションが鳴らされているかを実感します。

独り者の僕としては特にこういった連休ではやることがなくて暇をもてあましてしまうのですが、今年は幸いにも転職をするということで出社して残務整理(12月退社なので、残務というにはまだだいぶありませうが・・)をしようかと思っています。こういうのってどうしても日常ではやりづらいんですよね。メンバーの目が気になるって言うか・・・。

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