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2008年11月

2008年11月23日 (日)

無事に一ヶ月の居留許可延長 -Z-VISA延長方法-

中国(にかかわらず外国)で働くには、その国で働くためのVISAが必要になります。中国でもビザの種類はいくつかあるのですが、一般的な日本人がこちらで持っているのは『居留許可証』になります。

この居留許可を取得するには、大体次のような手順を踏みます。

  1. ビザなしで入国(日本人は二週間まで可能)か期間限定の労働ビザ(※1)を取得し、中国に入国する
  2. 中国側で所定の手続きをして、労働ビザ(Z-VISA)申請用の資料を準備する
  3. 日本に帰って中国大使館に書類を提出して、Z-VISAを取得する
  4. 中国に戻り、所定の書類とあわせて『居留許可証』を取得する

(※1)これはF-VISAと呼ばれるVISAなのですが、2008年の年末現在で取得はほとんど不可能になっています。Z-VISAを取得する場合には、必要書類を日本で準備しておいてビザなしで中国に入国したほうがよいでしょう

このZ-VISAと居留許可の関係がよくわかりづらいのですが、一応僕は以下のようなものであると認識しています(まあ、言葉のママですが)。

【Z-VISA】中国に『労働するために』入稿することを許可されたVISA。就労許可証の取得が出来る(あるいは必要)
【居留許可】VISAを持った上で、かつ『中国に住むことが』許可されたという証明書

一度取得してしまえば、居留許可を更新するだけでも自動的にZ-VISAも更新されるという仕組みです。


今回転職するにあたり現在の会社との約束の中でもっとも大切なのが、この『居留許可』を現在の会社側で更新するということ。居留許可はいわば中国で働くための証明書なのですから、外国人にとっては命の次に必要ともいえるもの。また、景気が悪くなってきたり、日系企業が問題を起こしたりとか、とにかくさまざまな理由で『必ず発行される』とはいえるものではないのが実情。
そのため、今回の転職にあたっても、

・居留許可を延長できるのであれば、12月までは勤務する
・居留許可が延長できないのであれば、切れる前に転職先企業と労働契約を結びなおすために早期退職をする

ということを確認の上で、12月まで残ることとしたのでした。

ところが・・・。
てっきりこの約束はちゃんと守られるものと思って、先日日本に帰ったところ人事部から「居留許可は延長しない」との旨が。ありえん!と思って(この大切さがわからんのか・・)激しく、それは激しく抗議したところ、何とか一ヶ月であれば -つまり退職までは- 許可をするとのOKをもらいました。

ただ、心配だったのがこの「一ヶ月の延長」ってのが出来るのかどうか?


公式のHPを見ても「申請は1年単位で延長も可能」としか書いていないし、日本人に問い合わせてみても「そんなのやったことがない」という意見ばかり。人生がかかっているのに・・(実際は再取得も出来るのですが、面倒くさすぎる)と思いながら、おっかなびっくりで中国に帰ってきたのです。

早速こちらの人事部を通じて公安局に聞いてみると意外にもあっさり「出来ますよ」との返事。本当に??っていうか、居留許可証の延長の権限って公安局なんだっけ?入国管理局なんじゃないの?と思いながら、だまされたと思って提出してみることに。

延長の際に必要となるのは、基本的には最初の申請時と変わりません。中国語の面倒くさい書類に関しては大体会社側が手配してくれるので、自分で用意するのは以下のとおりでした。

  1. 駐在発令書(日本語でOK)
  2. 縦4.5cm×横3.5cmの写真5枚
  3. 自分のパスポート
  4. 臨時滞在許可証
  5. 最終学歴証明書(卒業証明書)

3つ目の臨時滞在許可証というのは、自分が住んでいる(滞在している)地区の担当公安でもらうことの出来る証明書です。一応、中国に入国してから48時間以内に取得しなければならず、出入国を行う場合には『毎回(!)』もらいなおす必要があります(実際にはそういうことをやっている人を見たことはないのですが・・・)。
そして、今回の申請で追加になっていたのが、最後の「最終学歴証明書」。これ、去年こちらに入国した際には一切必要がなかったのですが、今回延長申請をする際には必要になりました。当初の予定では持っていないはずだったのですが、最悪の場合には転職先で再取得することを想定して取得しておいたのが役に立ちました。不幸の中にも幸運あり・・・って感じです。


上の書類をまとめて人事から提出して一週間。本当に大丈夫か・・・、何かいちゃもんつけられないか・・、そもそも一ヶ月の延長なんて本当に出来るの・・・と不安でしょうがありませんでした。まだまだ中国では担当者のサバキによってOKだったことが駄目になるなんてことはよくあるものですから・・。

そんな心配とともに迎えた金曜日。

無事に居留許可がGET出来ました!いや~、本当にうれしかったですね~。人事部の事務を担当している女の子からは「一ヶ月しか延長していないから、1月にはまた再申請必要ですよ。日本に帰るんですか??」と聞かれたのですが、ご機嫌な私はお構いなし(まだ会社では公式に退社を発表していないため、知らない人も多いです)。浮かれて、パスポートを握り締めていたのでした。。


ということで、居留許可を延長しようとしていて、なおかつ数ヶ月しかしない・・・という奇特な人がいたらお伝えします!

居留許可は数ヶ月単位でも延長可能です!
(ただし、2008年11月現在の情報です)

実際には数ヶ月の延長なんて意味がないですから、一年単位での延長をするべきだと思いますし、そもそもこれがレギュラーの対応なのか、偶然OKだったのかもさっぱりわからないので、まったくお勧めは出来ませんが・・・。とにかく私は無事に残り一ヶ月ちょっとの在住を獲得したのでした。

これで、残り一ヶ月、悠々と転職手続きを進められます!
(すぐに次の会社で再取得の手続きを始めるのですが・・)

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2008年11月19日 (水)

日本と中国の「公」と私の関係 -厚生次官が狙われている、のか-

海外にいるとどうしても日本のニュースが遠い感じになってしまうのですが、日本では「政治テロ」とでも呼ぶべき事件が起こっているということを、いつも巡回しているblogから知りました。

  これが1930年代の再来でなければいいんですが(Baatarismの溜息通信)
  殺す理由(Chikirinの日記)

 <<新聞サイトより>>
 元厚生次官狙い連続襲撃か 東京・中野で妻刺され重傷(NIKKEI NET)  
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20081118NT002Y99718112008.html

とてもとても危険なことだと思います。もちろん、日本人全体にとって。


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私は週二回朝に中国語の授業を受けていて、だいたい20分ぐらいの雑談からスタートするのですが、今日はだいぶ話が膨らんで中国のこれからの発展という話になりました。こういう話になると大体僕と先生の意見は一致して、これから波はあるけれども中国の経済体制も政治体制も改善は進んでいく、となります。

ただ、先生が今日、面白いことを言っていて、中国の小中学校の歴史の時間では『一般の人々にとっては上がどうであるかはどうでもよく、衣食住が満ち足りていることが重要である』と教えるのだそうです。そのせいなのか、成人してもだいたいの中国人は政府の形や政策よりも、目の前の衣食住やお金儲けのほうがはるかに重要だと考える人のほうが多いということ。

確かに、この国の人たちに『中国って何審制?(日本は三審制)』とか『この法律はどの部署が管理するの?』と聞いても、答えられない人が圧倒的に多いです。そういうのは「上」の人たちがやることであって、自分たちには関係がないことだと思うのでしょうね。
(もちろん自分に関係ある場合には猛烈に勉強します)


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こういった「公」と自分を分けて考える癖って、日本人にもよく見られる考え方ですよね。たとえば、

・官僚にはもっと国民のことを考えて行動してほしいですよねというインタビュー
・政治家は私心なく行動してほしいという評論

なんかはテレビを見れば、それこそ毎日どこかしらで聞くことが出来ます。実際には、政治家も官僚も「国民」であることには変わりがないんですが・・。こういった思考の癖というのは、これまでの歴史や教育、文化などが絡み合ったものなので一概に何が原因とはいうことが出来ませんが・・。


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今回の殺人事件も日本でのNETの反応を見ていると、一部では「わかる気がする」や、ひどいものになると「ヤッホー!」と喜ぶ意見もあるようです。反応は人それぞれ、一つ一つには意見することが出来ないのですが、総体として今回の事件がもし次官を狙ったテロであるとすれば、相当に日本にとって打撃になる・・・というのが私の意見です。

このご時勢、新聞を見てもテレビを見ても、そしてNETでも官僚をたたくのはむしろ当たり前になっています。確かにシステムとして制度疲労を起こしているのは間違いがないと感じますし、聞くべき批判も多い。一方、実際に官僚の人たちと話してみると、特に若手の人たちは大体理想に燃えてがんばっているんですよね。


僕の大学は卒業生の何割かは公務員になるという大学ですから、彼らがどういう人間であるかは少しは知っているつもりです。そして、彼らのほとんどが民間に出ても十分に活躍できるだけの見識と才能を持っていることも確かです。そんな彼らが自分の人生として「官僚」という仕事を選ぶ。私はそんな彼らを少なからず尊敬しています。

民間にいくよりも低い給料で、ほとんど毎晩のように徹夜し、メディアからはたたかれ、天下りという『退職金』もなくなり、しかも影響範囲はドンドン小さくなっていく。それでも少なくない数の優秀な学生が官僚の道を選ぶというのは、そこには何かしらの使命感があると考えるのは普通だと思います。

今回の事件はそこにさらにマイナスの要素 -命を失う可能性がある- を付け加えてしまうことになるかもしれない。私はそう思っています。

これまでのマイナス条件に加えて、命まで失う可能性がある。そんな仕事を自ら選んでくれる人がどれほどいるのか・・・というと、少なくとも私はそこまでの使命感はないと言わざるを得ません。もちろん、「それでもやりたい人間がやるべきだ」という意見もあると思うのですが、いわば『システムとしては』人材獲得の魅力は確実に低下しているといえるでしょう。そして、それは日本という国の国力を下げる結果を導くはずです。


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中国では改革開放から30年たち、優秀な人間が公的部門に進まなくなってきた・・・という問題意識が高まってきています。これまでは名誉・権力、そして金銭を手に入れるためには官僚になるのが最もいい道のりだった。だからこそ、多くの問題がありながらも優秀な人間が公的部門に参加してきたのです。

しかし、経済が発展するにつれて、選択肢は確実に増えてきています。よりリスクが少なく(中国の場合は命の危険性というものも含めてリスクです)、よりチャレンジングな機会が外資系企業や国営企業で手に入るようになるにつれて、少しずつ学生の嗜好は変わってきているのです。私個人としては、公的部門がもっとも実入りがいい・・ということが変わるのはとてもいいことだと考えていますが、一方、この広大な国家を「経営」するための人材獲得が困難になっているという危機意識はきわめて健全だと思います。


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すでに国を出てしまった人間として、大きなことは言えないということも自覚していますし、大上段に「日本国民は今回の事件を真剣に考えなければならない!」と主張する気もありません。ただ、国家が優秀な人材を持つということは、必ず自分たちにも「いずれ何かしらの」メリットがあると考えたほうが合理的です。少なくともマイナスは何もない。

なので、せめて今回の事件に対して「喝采を送る」ことだけはやめたほうがよい。
そんな風に私は考えています。

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2008年11月17日 (月)

日本の格差社会の言説と、中国の不景気の言説と。

ここ数ヶ月の世界的な金融危機により、中国景気もかなりの減速が確認されるようになりました。

中国今年度第三四半期までの経済成長は9.9%

もともと2008年はオリンピックの影響(反動)で中国の景気がこれまでに比べて若干落ち込むことはわかっていたのですが、金融危機の深さ・速さが予想以上で、実体経済にも影響を与えているというところです。確かに昨年度は上海だけなら12%以上、中国全体でも10%以上の経済成長を達成しているわけですから、今年度は確かに低成長といえます。また上記の記事にもあるとおり、物価上昇率は7.0%ですから、経済成長はしていても、それほど可処分所得が増えているわけではない・・というのが多くの人々の実感値なわけです。

ただ、この9.9%という値・・、先進国と比較すると圧倒的に高いというのもまた事実なんですよね。何せわが母国はバブル崩壊以降はどんなにがんばったって3%に行くかいくないかというのが精一杯だったわけですから(もちろん母数の金額が違うので単純に比較はできませんが)。

こちらでメンバーと話していると、『今は転職しようにもいい仕事がないから、今の会社でがんばる』という言葉を聞きます。こちらではここ数年、もっとも手っ取り早く給料を上げるために転職を繰り返すことが当たり前になっていました。実に上海での平均在職期間は11ヶ月。一年に満たない期間で転職を繰り返していたわけです。
メンバーの感覚で、

・これまでは転職すれば給料が上がる
  ↓
・今は転職しても、給料が(それほど)あがらない
  ↓
・今は不景気なので我慢するしかない

という論理になっているわけです。


この感覚は確かにこれまでは当てはまっていたと思うのですが、個人的にはもう今後はこういった『転職すれば給料があがる』時代は二度とこないのでは、と思っています。まったくデータもなくあくまで個人的な感覚なのですが、今回の中国経済の調整期は来年の半ば~後半まで続くと思っています。具体的には膨大な債務を抱えている地方の債務整理とそれに伴う金融機関の破綻がくるのではないかと思います。
その後、2011年~2015年ぐらいまではまた高成長の時代がくると思っているのですが、この新たな成長期はおそらく今のような『量の拡大』の時代から『質の向上』の時代に変化すると思っています。そうなった場合、現状のように経験や労働力を評価されるのではなく、より厳しく選抜された能力が重要視されることになります。結局『単純に』転職を繰り替えす時代からより積極的にキャリア設計が必要とされる時代がくるのではないでしょうか。

そういう観点から見ていると、今回の景気調整で求められるのは何よりも『パラダイムが変わったのだ』という一人ひとりの意識改革ではないかと思います。前のような時代はもう来ない・・という前提に立つことが出来なければたとえば今後も年10%弱の景気成長が続いたとしても、悲観的なマインドを塗り替えることは難しいでしょう(あくまで私個人の仮説がスタートですが・・・)


一方、現状の日本の『格差社会』議論を見ていると、そういったパラダイムの変化についていくことが出来ないという社会が一足早く訪れているような気がします。

日本の所得格差は中位 10年間でやや縮小

ここ数年、繰り返し繰り返し格差社会という言葉繰り返された日本ですが、実際には『格差』が拡大しているのではなく『全体として沈んできた結果、浮いている人間が目立つようになった』というのが正しいのではないのか・・と感じています。

池田信夫blog:「格差社会」の幻想

またベストセラーになった『希望格差社会』にもあるように、現状の閉塞感は特に若年層が未来に対して何かしらのアクションを取りづらい『空気』にもあるように思います。


日本の格差社会という問題を語るにはあまりにもデータが少なく、また知識・勉強が足りないのでこれ以上は何かを書くことは出来ないのですが、近頃の米国発の金融危機、中国の景気減速議論、そしてOECDの発表を見て経済を考察しその中でどのようにsurviveしていくかを考えるためには、データでの議論はもちろんのこと、その場にいる人間のマインドセットや『期待』といったものをいかに考慮し、あるいは働きかけていくことが重要であると感じています。

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2008年11月14日 (金)

上海で日本人同士の結婚って?

世界にはそれこそいろいろな都市がいろいろな国にあるのだけれど、今、僕が住んでいる上海が、世界で最も日本人が多い街らしい。仕事の関係で駐在している人、留学をしている人、一旗あげようと野望を持ってくる人、それから・・なんかの拍子で流れ着いてしまった人・・とたくさんいるだろうけど、永住者を除いてもこの街には47,000人の日本人がいるらしい。

中国で"家族"で生きるということ(Nikkei)

確かに、街を歩いていて日本人とあわない日はないし、それこそ静安寺にある久光百貨店にいけば日本人だらけで、一瞬日本にいるかのような錯覚を覚える。街を歩けばどこにでも日本料理はあるし、多少味に我慢すれば職という観点からはそれほど困らない(ちなみに、こちらでは日本料理は一般的には『食べ飲み放題』と言って、飲み物と食べ物両方が好きなだけ頼めるというシステムになっている。初めてこちらに来た時には「食べ放題」の間違いなんじゃないかと思った)


当然、それだけの数の日本人がいれば"出会い"もある。
時には結婚にいたることもあるはずだ。僕がいっている語学学校でも、卓球での交流会がきっかけで出会い、結婚をしたカップルがいた。


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それでも、上海で、特に女性が結婚相手を見つけることは容易ではないと思う。
確かに記事の中にあるとおり、上海は既婚・子どもがいる女性にとってはとても働きやすい環境にある。男性が家事を手伝うのは当たり前の文化だし、日本よりも労働時間は短い。食事や家事は阿姨(お手伝い)を日本から比べれば信じられないくらい安く頼める。

むしろ、大変なのはそこまでの過程、言ってみれば「相手探し」だ。
(自分も含めて)上海にいる独身男性は大まかにいって「日本に彼女がいる」「特定の彼女はいない」のどちらかにわけられる。

独身の女性のターゲットとなるのは、普通に考えれば「特定の彼女はいない」になる(日本に彼女がいる相手を狙ってもいいのだが)。いかにその人たちと出会い、関係を深めていくか。
で、この「特定の彼女はいない」人たち。決して、「彼女がいない」というわけではないことが多い。「何人か彼女がいます」という人のほうが多いのではないだろうか(中国では浮気は命がけであるにもかかわらず・・)。


一般的に20代の日本人は、この街ではもてる。
こういう時に男性は適当だと思うのだが、多少の言葉の壁など突破してくる女性がいれば、別に彼女が中国人だろうが日本人だろうが気にしない・・という男性は本当に多い。一方で、日本人の独身女性に向かって、多少の言葉の壁など突破してくる男性・・・というのはあまり見たことがない。中国に住んでいる欧米人と日本人の組み合わせなら見たことがあるのだが。。

この国の日本人がらみで見かけるinternationalなカップルはだいたい「日本人男性」と「中国人女性」の組み合わせだ。まあ、これはそもそもこちらに来ている独身男性・独身女性の割合が違うので当たり前といえば当たり前。


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駐在員の奥様たちにとっては、中国の生活はまさしく「サイコー」だということだ。何せ貨幣価値が違うから裕福な生活は出来る、何もしなくても生きていける、友達はすぐに出来る、だんなは家にいない・・となればこれ以上何を望むというのだろうか?
転職する前の会社でも、同僚が帰国になる際に「私は中国に残る!」と宣言した奥様がいたぐらいだ(ちなみにだんな様は「俺がいないとこの家には住めないんだぞ!」と当たり前のことを宣言して、一緒に日本に帰って言った(笑))

でも、それは「日本から来た奥様たち」の話。
珍しいからこそ今回の記事でも取り上げられたと思うのだが、同僚を見ていてもやっぱり女性がこの国で一人で働いていくのはまだまだ大変なんだ・・・と感じる、今日この頃。


え?私はどうするのかって??

・・・たぶん、中国人と結婚でしょうね・・・。
きれいな人が多いし、一生中国に住むのであれば中国人と一緒にいたほうがいいし・・・(日本人同士で結婚すると言葉や文化の面で回りと合わせていくのが大変)。
・・・何より出会うのは中国人ばかりだし・・・。

まあ、中国人との結婚も家族との関係や、子どもとかそれはそれで大変なんですけどね。

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転職先企業の紹介 -ワンジーテクノロジーズ-

会社側にも正式にOKになったことだし、そろそろ転職先の会社について明記しておこうと思う。
(正式には労働契約を結ぶのは2009/1/1からなので、あくまで内定という位置づけだけど・・)


今回、私が転職する会社はワンジーテクノロジーズという会社です。以下、ざっとした紹介。


日本会社名:ワンジーテクノロジーズ株式会社
中国会社名:网纪信息技术(上海)有限公司
URL:http://www.natec.cn
主な業務内容:(中国側)中国国内におけるWEB開発、システム開発、自社メディアの運営
          (日本側)オフショア開発、人材派遣      


会社のストラクチャーとしてはちょっとわかりづらいのですが、形としては中国側の会社は日本側の100%の子会社になります。

①現会長:真崎が2005年に上海で企業
②その後日本側に「ワンジーテクノロジーズ」を設立し、中国側は100%子会社となる


今回私が入社するのは、中国側の「网纪信息技术(上海)有限公司」になります。遠くない未来には日本側にも所属をする予定ですが、まずは現状としては中国側での業務をメインに行う予定です。メインMISSIONは大きく分ければ、

1.採用活動の仕組み化
2.営業活動 -大口顧客へのコンサルティング提供およびパートナーシップの構築-
3.企業活動全体のモデル化・環境最適化

になります。ざっくりとしてMISSIONなのは、自分でもまだどういった仕事をしていくかが見えていないから・・というのが大きいかな?
あわせてブログのタイトルを変更するとともに、プロフィール欄に本名と連絡先を明記しました。今後、興味があることや御連絡があればいつでも御連絡ください。

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2008年11月13日 (木)

「窓際」になったのは、自分の選択でしかない。

昨日、転職先の社長・会長と一緒に夜ご飯を食べていた時のこと。
(ちなみに昨日は焼肉。おかげで今日の体重は2kg増。アリエン)

私:今の会社じゃすっかり「窓際」ですよ。もうやめちゃうって決めちゃうと仕事もないですから。
会長:でも、自分で「窓際」にいったんでしょ。選んだんでしょ。

突然投げられた言葉に、思わず体が固まって、次の言葉が出てくることが出来ませんでした。数秒たって何とか「そうですね。自分で選んだんですよね」というのが精一杯。会長はその後すぐ、
「俺が大企業にいっても、すぐに窓際って感じするけどね」と返してくれましたが。


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非公式ながらも会社をやめるということを伝えてから二ヶ月。今では毎日会社に行くものの、ほとんど仕事がありません。

【理由1:やる気がない】
当たり前といっては当たり前ですが、一番の理由は「やる気」です。情けない話かもしれませんが、どうせがんばっても頑張らなくてもあと数ヶ月でおさらばであればアクセク働く意味もなくなろうというもの。ということで、このごろはWikipedia先生で雑学が増える一方です。


【理由2:仕事を始めると迷惑がかかる】
一応、自分の中で言い訳にしているのがこれ。
NET企画の専門家・・・という触れ込みでこちらに来ているので、自分が退職してしまうとその後の面倒を見る人間が誰もいなくなってしまいます。後任も来ないし。お金がないので採用も出来ないし。
ということで、何か「これってあったらいいな・・」と思っても、いかんいかん迷惑をかける・・と自分に語りかけて仕事をすることをやめている。


世の中一般でいうと、これっていわゆる「窓際族」だよね・・と軽口をたたきつつ、あと若干の同情を期待しつつ口をついたのが昨日の夕食の言葉でした。


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会長の言葉で動きが止まったのは、たぶん自分で「自分が理由であること」がわかっていたから、そしてそんなことでガタガタ言うな、という指摘が的を得たからだと思います。

今回の転職の直接のキッカケは確かに日本への帰国命令でしたが、僕自身、5月の時点で今のような体制が続いていくのであれば不満を表明すべきであると考えていましたし、そしてその結果として日本への帰国になるということも十分に予想していました。言い換えれば半ば確信犯的に、上司の執行役員に反対の意見を述べていたわけです(ちなみに日本の人事部からは「そんなことで帰国にはなったりしないよ~」といわれていましたが、やはりここは自分の予想通りだったと勝ち誇ってしまいました。われながら馬鹿)。

つまり今の境遇に関して言えば、ほぼ100%自分で作り出したものですし、もっと言えば中国に来たのも自分の決断なわけですから、100%以上腹くくって決めたもののわけです。なので、いつまでも泣き言を言っているのはやっぱりカッコウ悪いのです。


もう一つ、そんなことでガタガタいうなというのは・・・きっと、叱咤激励でしょう。。
これから転職する場所ではもっともっとつらいことがある、自分で決めたことだったら泣き言言わずにやり切れや!ということだと受け止めました。


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簡単には一般化することは出来ないし、それぞれの状況があるわけですが、それでも今回言われたことって多くの大企業に勤めている若手社員に当てはまることだと思うんですね。


『上司が頭が古くて・・・』
『給料が下がってしまって・・・』
『残業ばっかりで嫌になる・・・』


ベンチャーの経営者から見れば、「だったらやめれば?自分で選んだんでしょ?」と言い捨てるんだろうな・・と、そんな風に思ったわけです。もちろん、ベンチャーの経営者といえでも自分で選んだ道ですから、泣き言いえないというのは同じ立場なわけですが。

まだまだ自分が甘いな、と反省するのと、
これからいく環境ではそうやって全部を「自分が選んだこと」と割り切れる強さが必要なんだ、
と思わせてくれるそんな一幕でした。

ああ、それにしても、反省・・

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今回の転職がサラリーマンをやめることになること

10月31日より約二週間ほど日本に戻り、いろいろな人と話をし、相談をし、そして最終的に今いる会社を退社することとしました。今いる会社については、これからの方向性とか考えることも多いのですが、それは正式に退社が決まってからゆっくりと考えていきたいことですし、自分がここで何を学び、何を考えたのかは振り返らなければならないと思っています。

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9月1日に日本への帰国を伝えられて、反射的(発作的ともいう)に転職を決め手から二ヶ月間。いろいろなことを日本側から言われました。

曰く『会社なんていつでもやめることが出来る』、
曰く『あせってやめるには惜しいほどいい会社である』、
曰く『日本に帰ってきてもいつでも海外に行くチャンスがある』

どれも全てあたっているものの、なんとなく心にひびくことがなく、結局日本に戻って、もし戻った場合に上司になる方と人事部と最終面談を行うこととしました。何かを知るために話す・・というよりも、自分の決心を最終的に自分の中で正当化するための面談です。


今回日本に帰った場合に用意されているポジションは、同じくNET開発のメンバーとしての業務でした。ただ、

部長 → 現在、会社内でもかなり評価の高い方。ロジカルで組織思考と噂
課長 → 元、上司。たぶん半年ごとには部長になっているはず(以前は私が所属する部の部長だった)

と、会社側としてはかなり思い切っていい環境を準備してくれました。また、仕事の内容・業績ともに全社的にももっとも面白いといわれる部署を用意してくれており、正直言って会社側としては常識的な範囲で切れるカードの中では最高のものをきってきたといえるものでした。

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帰国後に予定されている上司とのMTGは、比較的平穏に行われました。さすがに社内でも名が売れているだけにオーラもあり、また話す内容も的確。ついでに私の欠点についても的確(少なくとも第一印象に関しては)でした。一方、人事部とのMTGは、サヨナラをいうためのMTGは平和的だったのですが・・・(その後の大荒れの内容はいずれ記録しておこうと思います)。

細かい内容は書ききれないほどなのですが、とても有意義なMTGでした。ただ、結果としてはこのMTGが僕の転職の決断をより「確信」へと導いてくれたのも確かです。

【その1:リーダーシップへの考え方】
今回僕が日本に戻る際の条件としてあげたいたのが「マネージャー以上の帰国であること」。年次から考えるとこれはかなり無理な要望であって、おそらく受理されることはないと思ったのですが、やはりオファーがあったのはメンバーでの仕事でした。

ただ、要望自体は上司(予)にも伝わったいたらしく、彼とリーダーシップの話になったのですね。
そこで、彼が言ったのは「これからの○○社ではストラテジー最上ではなく、いかにメンバーの力を下支えできるかといったリーダーシップが問われる」ということでした。それに対して、僕の返答は「むしろ現状においては足りないのはストラテジーであり、必要とされるのは明確な決断をし、指揮をとるようなリーダーシップである」というものです。

当然ですが、この2つの考え方は二項対立ではありません。どちらかにより重きをおくかということと、どちらかがより効果的であるかという分析の違いでしかないのです。ただ、メジャーかマイナーかをとれば、明らかに上司(予)の考え方のほうがメジャーであり、やはり急速に大企業化(ドメスティックな日系企業化)していく会社では一般的なのではないかと思います。

だが、やはりそれは僕にはあわない。

より深く、より強く思考された戦略に沿って動き、各自の役割が定義された上での有機的な結合こそが組織を強くしていく・・・それが今の僕の考え方であり、そのような姿を『今は』追い求めていきたいと思うのです。


【その2:『大人になる』ことを求められる】
人事部とのMTGでは、これまでも、あるいは”大荒れにもめた”際にも「大人になること」を求められました。この『大人になる』とはどういうことなんでしょうか。

ある人曰く、『まずは上のいうことにしたがって見る』
ある人曰く、『年齢によって対応を変える』
ある人曰く、『道理が立たなくても我慢してみる』

他にもいろいろ定義はあると思うのですが、組織の中でうまくやっていく「処世術」を身に着けるべきである・・というのが骨子であると僕は理解しています。


で、私にとっては、こういうのって一番嫌いなんですね。

・誰が言うかはとても重要ということは理解可能だが、「上」が言うからOKというのは理解できない。
・年齢は尊敬に値することではあるが、だからといって年下を馬鹿にしていいとは言っていないが、実際にはそうやっていることが非常に多い。
・道理なき対応が正しいことは少ない。

僕は、常にそうやって考えて生きているんですね。いいかえれば(これは人事部の言い方をすれば)「ピュア」に物事に取り組んで行きたいわけです。優先順位と目的をはっきりさせ、自分で決定範囲を明確にする。これこそが人の能力をより伸ばしていくと信じているのですね。現状では。

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最終的に人事に退職を伝え、かつ納得してもらった言葉は次のようなものです。

僕は日本にいて日本語をしゃべって顔も日本人なんですけど、少なくとも一般的な日本人とはちょっと考え方や感情表現が違うんですね。だから、そういうことを期待されるとものすごくやりづらいですし、自分が快適に生きていくことが出来ないのです。だけど、海外にいれば、もとから外国人として「努力」する必要がある。そういったすでに「外国人」として同じ動きを期待されない中で、努力していくほうが僕にとってはずっと楽である。


今までの会社が悪いとは思いません。もちろん腹も立つこともあったし、今回の一連の騒ぎでより嫌いになった部分も多かったけど、それでもシステムそのものを否定しようとは思いません。おそらく日本の中でもかなり自由にやれるであろう今の会社でも僕が不満を感じるということは、『僕がそのシステムにあわなかっただけ』。なので、僕はこのシステムから一時避難をすることにしたのです。

これが、僕の転職の理由です。

それってつまり、今回をもってサラリーマンをやめるっていう、そういう宣言だと、僕は思います。
次も確かに「サラリー(給料)」をもらうことには変わりはないんだろうけど、日本的なシステムの中で期待される「サラリーマン」とはさようならをするのです。

・・・で、次はどうすりゃいいか・・・ってのは、もう少ししたらまた書きます。

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