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2008年12月

2008年12月10日 (水)

意思決定のスタイル その② -『頑固』と『意思が強い』の差-

退職が決まってから、ずいぶんとゆっくり仕事をしていたので(だいたい9:30~18:00で仕事、その後はジムで走っていました)、昨日みたいにちょっと長く働いたぐらいで、朝は早速寝過ごしてしまいました。新しい会社に来て、すぐに仕事が見つかるというのはいいことではあるのですが・・・。リハビリなしでいきなり100M走を走り出してしまったようなものです。人生はマラソンだというのに。
ということで、本日からは早くもお客様をもって本格的な仕事に入ったのでした。


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昨日のエントリーで、私の意思決定においては3つの軸があるということを書きました。


  1. ①優先順位づけ

  2. ②極限思考

  3. ③目的志向


その中で、もっとも根本的にあるものが①の優先順位付けの軸であり、この考え方をつきつめると極限思考になるというところまでを書きました。今日はその続き・・。


さて、僕がいうこの極限思考というのは、2つのことを指しています。

①複数の要素があったときに、極限状態では優先順位をどのようにつけるのか?
②極限まで条件が進んだときには、どうなるのか?

①の意味は、『昨日のエントリーに書いた「優先順位」を極限まで進めるとどうなるのか?』ということです。だいたいいつも考えるのは、次のようなシチュエーション。

崖から落ちそうになっている人を両手で支えている。片方にはAさん、片方にはBさんがいてどちらかしか助けることが出来ない。どちらを助けるべきか?

まあ、よく映画であるようなシチュエーションですね。ちなみに昔、友人にこの話をしたら、「そんな不幸を考えるんじゃなくて、双子の女の子の両方から付き合ってくださいといわれたら?」にしたら・・といわれました。ちなみにその場合には『両方と付き合う』が正しい解だと言い張っていましたっけ・・。

  
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②の極限とは、ある条件 -たとえば投入資源や時間- を無限大まで大きくしていった場合に、どうなるかということを考えるということです。

よく仕事をしているとぶち当たるのが『今は追い風だから、人は何人いても足りない。どんどん採用しよう!』という言葉です。じっくり考えると、いやほんの数秒考えただけでも、実際にはそんなことってありえないですよね。マーケットには必ず上限値があって、いつかは資源投入に対する増加割合は0になるはず。
だいたいにおいてこういう台詞は”勢いをつける”ために使うのであって、実際には頭には妥当な数があるはず。

ただ、この「妥当」な数というのが人によって違うことが多いんですね。そこで、出てくるのが極限思考です。
ある条件を可能な限り増加(あるいは減少)させることで、どのようなことが起こるのかを、ある地点を出発点として考えていくのです。

これは数学的にいえば「関数の形」がどのようになっているのかを想像することとほぼ同じです。実世界の関数はだいたいにおいて凹凸があるものですから、このような思考方法を用いることで、どこが最適値かがなんとなく推定できるのです。


また、この極限思考は「起こりうる可能性を可能な限り想定する」という発想にも通じています。極限状態というのは、普通は起こりえないことを想像してみるわけですから、普通の積み上げ式の考え方では想定されないような事象を考えます。
僕はシステムに関連する仕事をしていたので、インフラ設定などの場合にはこういった考え方をすることが非常に役に立っていました。たとえば、

あるタイミングで会員すべてが買い物カゴを開いた場合に、システムはどんな挙動を返すのか?

といったことを想定するわけです。実際にはそんなことが起こる可能性はほとんど限りなく0に近い。ただ、この事象と確率をかけあわせたことを考えておくのが、意思決定をするにあたっては大きな役に立つと信じているのです。


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この極限を考える思考方法は、大学で理系の勉強をしたことが大きく影響をしていると思います。大学の理系(数学・物理)ではコンテクストは違うものの、t→∞やx→∞について考えることがとても重要になります。数学では厳密性を高めるために、物理ではシステムの挙動を予想するために、無限大を考えなければならないのです。

この厳密性やシステム挙動というのは、積み上げ式の思考方法では決してたどり着くことが出来ないものです。思考方法には一般的には演繹法と帰納法がありますが、何かしらの原理を定式化するためには、帰納法だけでは非常に難しいのです(なぜなら、「ない」ことを証明するのはとても難しいことですから。悪魔の証明といわれています。)


一方、法学で大学院までいった友人と話をしていたところ、法律を真剣に学ぶと、やはり同じような「極限状態」を考えるようになるそうです。法律というのは、ある一定の状態を想定して作るものですから、制定する場合にはその「想定外」を想定して作る必要があるというのですね(想定外を想定するっていうのも変な感じがしますが・・・)。じゃないと抜け穴だらけになって、解釈だらけになってしまうからだそうです。


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日本人はよくリスク管理が下手といわれますが、僕はこの「極限思考」というものがあまり得意ではないからだと思っています。多様化が進んだとはいえ日本社会はかなり均一性が高い社会です(中国にいると本当にとそう思います)。そんな常識を外れたようなことはしないし、そもそも考えたりもしない。その「考えたりもしない」人たちがある割合を超えると、そこを考えるほうがコストが大きくなってしまうのですね。

ただ、今後日本人・日本企業、特にサービス企業が海外に出る上では、この極限思考がかかせないと思います。想定できないことを想定しきる力が求められるようになると思うのですね。


さて優先順位をつけて、極限まで可能性を考えたとしても、そこには方向性をつける目的地がなければ意思決定は出来ません(①の軸は、優先順位をつけるということを意味しますが、”どの方向で”優先順位をつけるかを決めてはいません)。そこで、重要になってくるのが目的志向です。

この話については、また明日・・・。

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2008年12月 9日 (火)

意思決定のスタイル その① -『頑固』と『意思が強い』の差-

仕事収めも無事に終わったということで、これまでお世話になった同僚(ほとんどが先輩。なにせ3年9ヶ月での退職!)や、友人たちにお別れとこれからについてのメールを送っています。仕事での関係がなくなったとしても、人間同士は別・・と私は思っているので、こういう時には連絡先のアドレスをすべて保存しておかなきゃ・・と思い、ひたすら記録 → メールでご挨拶を繰り返しています。

メールを送ると幸運にも実に多くの方から返信をいただいています。一緒にした仕事の思い出の話であったり、次の仕事への激励だったり、上海に遊びにいくからアテンドせよ!という依頼であったり・・・。一つ一つが『いかにもこういうこといいそうだな』という返信ばかりで、一人でディスプレイの前でニヤニヤしています。

その返信の中に、僕の働き方に関してコメントがありました。

『GPの自分の意見をしっかりもって動くというところは、一緒に働くと大変かもしれないが(笑)、とても良いところだとおもっているし、中国の水が合ってるんだろうね』

この言葉、中国で働いていた中国人同僚からも言われた言葉なんですよね・・・。


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人の意思決定は、それこそ人の数だけあると思っています。今や当たり前になってしまった「ロジカルシンキング」だって、意思決定の方法は教えてくれますが、実際の意思決定の際に本が手伝ってくれるわけではないですからね。

この『意思決定』って行為はいろんな軸がそれぞれの人の中にあって、その重み付けが変わってくるゆえに、人それぞれの答えがあるのだと僕は思っています(大学院時代はそれを数学的に扱うことを研究していました・・。今、思うと、何と無謀だったのか・・・)。つまり、仮に意思決定方程式というものがあるとすれば、

意思決定方程式=P(F1(軸の選択)、F2(それぞれの軸の基準)、F3(軸の重み付け))

となるのではないか、と。


で、僕の場合、この軸が大きく分けると3つあるんですね。


  1. ①優先順位づけ

  2. ②極限思考

  3. ③目的志向

こんなことをフラフラ考えながら電車に乗っていたのですが、ふと『考え方もまとまったわけだし、せっかくだから自分がなんで頑固なのかをかいとくか!』と思ったというわけです。


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で、①の優先順位付け。これ、仕事でよく聞く話ですよね。「緊急度」と「重要度」をわけて仕事をしなさい・・みたいな話がされるときに必ず出るのが、優先順位をつけましょう、という言葉。
私の場合、これが私生活でもしっかり使われているんですね。もう、かなり頑固に。私生活くらい自分の好きなようにさせてくれ~ということで、かなりわがままいっぱいにやっております。

たとえば、今日、前職の会社に書類をもらいに行ったときの話。友人から『なあ、今度土曜日にマージャンやらへん?』(彼女は大阪に住んでいたため、大阪弁を使います)と誘われました。
一方、僕の土曜日の予定表を見ると、午後に中国語学校が入っています。で、この瞬間に頭の中で"中国語学校>マージャン"という式がぱっと出てきて、結論決定。ええ、もう瞬間的に式が出てきます。

もともと僕は休みの日は外に出歩くよりも、家で本読んでたり運動するほうが好きという、いわゆる一人遊びが出来るタイプなのですが、特に『学校』とか『授業』みたいな「お勉強系イベント」に目がないんですね。だいたいにおいて優先順位一位に鎮座されております。


とはいえ、僕も優先順位をそんな簡単な好みだけで決めているわけではありません。だいたい考えるのは「代替性」。たとえば、このマージャンに誘ってくれる相手が、日本から来ている友人だったら、当然そっちが優先されます。だって、日本から来た友人とマージャンをする機会が何度も「代替」されるとは思えないですから。

こういうことってだいたい誰だって考えているはずなんです。『恋人とは毎週会えるから遠くの友達を優先する』人と、『恋人と毎週会うことを大切にする』人がいるように、人には必ず優先順位があります。ただ、私の場合にはそれをかなり頭の中で、明示的に意識しています。自分はどっちを優先するんだっけ??ということを常に考えているということですね。

たぶん、この優先順位のつけ方と、変わらなさが「頑固」と呼ばれる理由なんでしょうけどね・・・。


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この優先順位付けが仕事の話になると、よりシャープになります。たとえば、よく会議なんかで上司がいう,

AもBも両立できるようにがんばろう!

って言葉は僕にとっては意味のないメッセージに聞こえてしまうんです。理系だったせいか、こういう言葉を聞くとすぐに頭の中に式とグラフが出てきます。

(頭の中)今回の仕事の成果がある関数Z=A^2+B^2があると仮定した場合には、上司の言葉はZを最大化して(あるいは我慢できるレベルよりも上に持っていって)A=B=kという値を見つけよということなのだろうか?でも、それが不可能な場合で(A,B)=(m,n)、(A,B)=(n,m)の二つの解があった場合にはどちらを出せということなのだろうか・・わからん・・・。

これはものすごい単純化がされた話だということは、もちろん理解しています。まず、方程式の形が事前には明確ではありません。また、二つの解の代入値が同じになるという保障もありません。なにより、意思決定とはこの二つの値のバランスをとること、あるいはアウフヘーベンすることにほかならないと思っています。

しかし、一方で単純化した場合に、"よりどちらが大切なのか"は常に気にかかるのも事実です。で、こういう思考をするほとんどの人が次に考えるのは『結局』大切なのはどちらか?ということ。

この「結局」という考え方が、極限思考へとつながっていくわけですね。


と、ここまで書いたところでcocologのご機嫌が斜めですべて消えてしまいました・・・(実際にはアプリ側の問題なんですけど)。上の文は本日二回目の文です。内容は同じですが、書き方は大幅に変わってしまいました・・・。
ということで、続きはまたの機会に。。

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2008年12月 8日 (月)

現職の最終出社日(リクルート仕事納め)

9月1日に日本への帰国を伝えられてから3ヶ月と一週間。
ようやく、本日で現職の仕事がすべて終了となりました。これまで開発を行っていたサイトの開発プロジェクトの振り返りと提言を上司に説明して、リクルートでの仕事はすべて終了です。

思えば、日本への帰国を伝えられてから実に永い三ヶ月でした。

ある時は、転職と日本への帰国の間で(本当に若干だけ)揺れ動いてみたり・・。
ある時は、約束されていたはずの居留許可証の延長を拒否されてパニック(激怒ともいう)になってみたり・・・。
ある時は、なかなか過ぎていかない日々にイライラして酔いつぶれてみたり・・・。

これも、それもすべてはいい思いで・・・というわけでもなく、結局は淡々と終わったという感じです。


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本日が最終出社といっても、同じ上海に住んでいるということで、特に何かしらのイベントがあったというわけでもありません。
おりしも、今の会社の上海内にちらばっている拠点を一箇所に集約する大引越しがようやく本日終了したということで全体朝会もありましたが、特に私に話がふられることもなく。って、今日が最終出社といったのはずいぶん前だったので、たぶんみんな忘れているんでしょうけど。

転職決定から三ヶ月もいると、特にお別れという気分にもならないものです。

机の片付けをして、後は、金曜日にみんなにお別れのお菓子を配るだけ・・・。結局引っ越し先の席には半日しかいませんでした。なんと意味のない引越しだったことか・・・。

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夜は、会社でお世話になった方々にメールを書いていると、社長(総経理)から
「お好み焼きを食いにいこう」、との誘いが。
せっかくの最後の機会だし・・と思い、上司と三人で『お好み焼き 花子』に食べに行きました。

この「花子」。実は、僕がこちらに来て初めて総経理とご飯を食べに来た場所なんですよね。まだ、こちらに来たばかりで、右も左も、というか前も後ろも、上も下もわからないころにつれてこられたんでしたっけ・・。こっちでもおいしいお好み焼きがあることに驚いたり、本社の執行役員と話が出来るということでもりあがったり。今となっては、ああいったことに感動したことが恥ずかしくもあります。


総経理もまさか、最初に私と一緒に来た店と最後の店を同じにしよう・・・という計らいなど1000%確実に考えていなかったはずですが、ここでもこの国に来て、そして第一章が終わるということを感じずにはいられません。
こういうちょっとしたことにも「縁」を感じるようになったのも、この国に来てからのことです。

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お好み焼 花子
上海市徐匯区襄陽南路207-3号 (襄陽南路 x 複興中路)
電話 021-6445-6782
営業 11:30~22:30(年中無休)
交通 公交 襄陽南路(327路)
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さて、あとは金曜日に、本当にメンバーのみんなに一時のお別れを言うだけ。
すぐに新しい仕事が待っているのですから。

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