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2011年4月

2011年4月28日 (木)

震災からの自分を振り返って思ったこと

3月11日に起こった東日本大震災から数えて本日は49日にあたる。未だに多くの問題が未解決のまま残されており、また個人としては震災発生から一度も日本に戻っていないことから、振り返りとしては早いタイミングかとも考えたが、ごく個人的なことについて記録代わりに振り返りを残しておきたいと思う。

地震が発生した3月11日は、1年余り準備に時間をかけたビジネススクールから無事に合格通知をもらうことが出来た日だった。昼の13時ごろに合格通知メールをもらい、Twitter上で報告と御礼をしている時に、地震は発生した。当初はマグニチュードが非常に大きいことのみがTL上で流れてきて、津波や原発についての情報は散発的にしか確認できなかった。当日はちょうど会社にいたためテレビを見ることもできなかった(たとえ、見れたとしても日本の映像は見れないのだが・・・)。

明けて翌日になるとTL上で原発の内容がちょくちょく流れてくるようになった。学部と大学院で原子力工学(原子物理学ではないので、主に発電や発電所についての勉強をする)をかじった自分としては明らかに「デマ」とわかる内容だったので、とりあえず否定の内容をポツポツ呟いていると、数人からRTされてあっという間にフォロワーが1000人を超えてしまった(それまでは400人ぐらい)。
翌週にはTwitter上でジャーナリストの方にRTされたことでフォロワー数も3000人を超え、mentionを使っての質問や御礼をいただいたりということで、多くの方が関心を持っているということが直に伝わってきた。遠くからでも何か役に立てることを・・と思い、その後は10日間ほどはニュースや解説記事を見て呟き続けることとした。今回は既存メディアの質問にもバイアスが強くかかっていたので、Ustreamやニコ動で生の素材を見ることが出来たので、それがものすごく役に立った。

10日ほどたつと、少なくとも工学的にはある程度事象の行き先が見えたので「原発解説モード」はいったん終了し、

今まではただ楽しくTwitterを使ってきたのだが、今回はフォロワーが急に増え、また皆の関心が高い社会的な問題を呟き続けるということで、いろいろSocialへの考え方が変化した部分があった。


1.RTによるデマは簡単に広まることを実感

今回はそれこそ色々な人が、個々の観点から発言していたけれど、それが次々とRTで拡散していくのはある意味壮観でもあり、驚いた。日常は中国クラスタを多めにフォローしているのだけど、中国関連に関しては正しく情報を分析できる方が、原子力に関してはあっという間にデマの波にのまれてしまうのは正直ショックだった。それ以外にも、これまで冷静な議論をされていた方の多くが瞬間瞬間で誤った情報を拡散しているというのは、Socialの一面を垣間見た気がした(今回を機にキュレーター論は平時のみにしか役に立たないという認識をもった)。
多くの人は善意で情報を流しているのだろうけど、そこを一歩立ち止まって情報の真偽を確認しない人が多いというのは、良くも悪くも発言がしやすくなったことと裏表であると思う。

マキャベリの「地獄への道は善意という名の石でしきつめられている」を実感したのが今回の一件だった。


2.どんなに御礼があっても誹謗中傷はやはり凹む

フォロワーが増えてくると、プラスの意見だけでなく、マイナスのmentionももらうようになった。大体割合でいうと8:2ぐらいでpositiveな内容が多いのだが、正直いうと、この2割でも心理的なダメージは大きい。数字的には8割はpositiveなわけだが、心理的には5:5とか4:6でダメージがくる。
「スルー力」という言葉があるが、確かにフォロワーが増えてくるとリスペクトなしの発言も増えてくるというのを実感した。一々かまっていることが出来ないと割り切ってからは、ちゃんと文言を読めていないと感じた人、リスペクトがない人はさっさとブロックするようにした。今ではSocialだからと言って、必要以上に対応する必要はないと割り切っている。


3.全部のmentionを対応することは不可能

これまで何回かフォロワーが多い人にmentionをして返事がもらえない・・という経験があって、『フォロワーが増えると冷たくなるもんだな・・』と思っていた。しかし、実際に自分がそれなりのフォロワー数を抱えるようになると、とても全部のmentionには対応しきれないことを実感した。
内容として議論が展開できそうでもそれなりに下調べが必要だったり、過去にすでに呟いている内容を再度質問されたりしても、一つ一つは対応することが出来ない。フォロワーが増えることで思わぬ方とつながったりするのはすごくうれしいが、やはりどうしても失礼してしまうこともあるのだな・・というのも初めて実感することが出来た。
(芸能人とかこういう気持なのだろうか・・・)

呟きを辞めた後ももちろんリアルな時間はすぎていくわけで、4月末の現状でも未だに原発問題は解決には程遠い状態であるし、派生する工学的問題(廃炉対応や汚染冷却水の処理、ロボットを利用した作業)などは未解決なまま残っている。政治的・社会的な問題はこれからようやく議論が始まったばかりだ。
残念ながら工学的・科学的な観点からは依然として誤った議論は続けられているし「セカンドオピニオンを確認する」「前提条件を吟味する」といった態度を取っている人はごく少数である。はっきり言えば今回の原子力問題は既に政治問題化してしまった。

原子力発電は建設コストが莫大であり社会的影響が大きいことから、学問としてリスクコミュニケーション学が成立するほど、もともと政治的・社会的要素の強い分野である。今回個人的には、各分野にいる方々がその知見や研究内容を十分に発揮することが出来ず、問題がすぐに政治化してしまったことであると、何より残念だった(といっても各分野の人が気安く発言できるわけではないことも理解している)。
僕は既に当該分野を離れてしまった人間なので、原発推進・反対といった政治的立場はない。ただし、科学に対して真摯でない態度・雰囲気が広がることは残念に思っているし、結局それが最終的には自分たちに帰ってくるというようには感じている。

TL上やFacebookでのやり取りに若干疲れてしまったので、今後基本的には原発問題について呟くことはしない。1日でも早く事実と前提に基づいた議論が展開出来るようになることを祈っている。

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2011年4月19日 (火)

入学予定のMBA Communication Sessionに参加

本日は8月から進学予定のCEIBS開催のMBA Communication Sessionというイベントに行ってきた。招待メールによると「クラスメイトにいち早く出会う機会を提供するとともに、入学後のキャリア教育などについても説明を行う」とのことで、連絡が来たのが開催の一週間前で、しかもいきなり上海で開かれるということで間違いなく中国人向けのServiceだと思ったのだが、メールは普通に英語で来ている(CEIBSは学内公用語は英語ということになっている)し、せっかく上海にいるんだったら・・・と思ってトコトコと二号線に乗って出かけてきた。

CEIBSの学校自体は上海科技馆駅からタクシーで20分ほどいった場所にあるのだが、陆家嘴にも別館・・というか金融センターという建物を持っており、今日はそこで行われた(川沿いにある建物ですばらしく夜景がきれいな場所である・・)。受付で名札を見ると、想像通り中国名がずらり・・・外国人は自分も含めて3人しかいなかった。結局残りの2人は参加しなかったようなので、非大陸人は自分一人という状態。

Session会場に行くと、やはり想像通り会話は全部中国語。聞き取りと日常生活は問題ないのだが、なぜMBAに来たのか?とか現在の地震の状況を説明するほどの語学力はないので参ったな~と思っていたのだが、偶然Interviewで一緒になった中国人を見つけて話しかける。ラッキーなことに彼も僕のことを覚えていてくれたので、彼にくっついて周りの中国人と「中国語で」会話をはじめると、やはり彼らもまさか外国人が参加するとは想像していなかったらしく、全員から「中国で働いているのか?」「中国語はわかるのか?」そして「地震の影響はなかったか?」と聞かれた。中国から見ると福島も東京も差不多(そんなに変わらない)ので、やはり気になるようだ。

しばし雑談していると、Admission OfficeのDirecterが前に出てきて無事にSessionがスタート。PPTを使って説明をするのだが、話す内容は今年の学生は○○な人が多いとかGMATの平均点が過去最高になったとかで、招待メールの内容とは全然違っていた。自分としては中国というのはこういうものだと思っているのでフンフンと聞いていたのだが、あれを全然知らない外国人が来たら絶対怒るだろうな・・・とは思う。

続いて、キャリアイメージをつかむためということで卒業生のスピーチを聞くことが出来たのだが、なんとこれが数人は中国語。確かに会場に外国人は自分一人だったので中国語の方が圧倒的に効率がいいのだが、う~んこういうのってあまり良くないよな~とは感じた。聞く分には問題ないので内容を聞き取ることが出来たのだけど、こういうちょっとした積み重ねがReputationを決めるので、Admission Officeとしては手を抜いてはいけないと思うんだよなぁ。。

ということで、以下は今日のSessionに参加しての感想。

■1. 参加したAlumniは全員金融かVC関連に就職
CEIBSはウリとしてはマーケティングが強いということになっているけれど、やはり給与面でのキャリアアップを考えると、学生としては金融やFund managerへの希望が強いようだ。これは香港のMBAにいった先輩も同じことを言っていたのだが、やはり大陸でのキャリアアップというと金融というimageはあるらしい(というか、これはMBA進学に関しては全世界的にそうなんではないだろうか・・・)。結構いろんな人と話してみたが、自分のように最初からMarketingが希望という学生は自分だけだった。

■2.Admission Officeが名前を覚えてない
本日は数人のAdmission Officeの職員が参加していたのだけど、担当者以外自分のことを全く把握していなかった。ほぼ全員と話したのだが、

あいさつする → なんで日本人がいるんだ?と驚かれる → 
いや、上海で働いてるからと説明 → 地震は大丈夫だったか? → 
幸運にも東京は問題ないんだ 

みたいなやり取りを毎回繰り返した。事前に参加登録しているのだし、せめてどんな学生が来るかぐらいは覚えておいた方がいいんじゃないだろうか、と心配になってしまった。ここだけでなく他の香港のMBAのapplicationでも感じたのだが、日本人の自分からするとBack Officeが今一つ弱いように感じる。欧米系のMBAは一切受験していないのでわからないのだが、窓口機能はしっかりしたほうが長期的にReputationは上がると思うのだよね(特に学生は口コミで情報を仕入れるのだから・・・)

■3.日本人は少ないと実感
これは入学前からわかっていたことなんだけど、やはり本日Sessionに参加してみてあらためて実感。Officeの人から「そういえば、5年前ぐらいに日本人がいてな~」みたいな話をされて、後は現在在学されているお二人の話しか伺うことが出来なかった。今年も少なくとも決まっているのは僕で、あとはapplyは出したけどまだわからないのがいるな~みたいな反応だった。まだまだマイナーだし、中国にポッと来て溶け込むのは非常に難しいとは思うけど、今ならユニークな経験を積めるということを声を大にしてお伝えしたい(Unique is Value?という命題はあるけど、投資分は帰ってくるとは思う)

■4. 同級生はやはりユニーク
Session初めのPPTでの紹介でも触れられてたけど、CEIBSは年々留学生(International student)の割合が増えている。多くは華僑であるという事実はあるんだけど、本日の紹介ではチュニジアやインドからの留学生も紹介されていた。華僑を除くと韓国人が最大シェアで毎年10人ぐらいは入学するとのこと。日本人ももっと増やしたいんだけど・・・と言ってたけどこればっかりは卒業生が大活躍するしかないよねと思ったのでありました・・・。

中国人も基本的には名門大学出身なんだけど、国営企業出身だったり共産党員だったりと外国人の自分にとってはかなり面白い人が多かった(そもそも中国の企業名だと知らないのもまだまだある)。共産党員というのは今までも会ったことはもちろんあるのだけど、強烈に現在の首相(名前はあえて書かないけど・・)を批判している同級生に対して「私は共産党員だからそういうのパス」を聞いて、「おお、こういう風にいうもんなのか!」とかなりびっくりした。周りからもやや驚かれていたようで「よくあんな面倒くさいのやるね!」とか「仕事始めたら関係ない!」といろいろ言われていたけど、どうやら家族関係(+仕事)で党員になったほうが有利だったっぽい。というか、明らかに彼女は幼かったんだけど、そこら辺は入学後にゆっくり聞いてみる予定。
こういった人達とのNetworkingが目的の一つだったので、自分としてはこういう驚きは大満足だった。

■5. やっぱり中国語は必須
これはOfficeのmemberにも同級生にも言われたのだけど、なんだかんだいってもCEIBS終了後に中国に関連した仕事をしたければ高いレベルの中国語は必須条件。マーケット理解のため、という意味もあるけれども、英語が苦手な中国人メンバーもいるので中国語もできたほうがいいよ、とアドバイスをされた。学校としては優秀な留学生を獲得したい一方、中国には英語が話せないけど優秀な実業家がたくさんいるのも事実であり、そこをどう調整していくかは課題であるらしい。
個人的にはそれってInternational Schoolとうたっている以上、英語を推奨するべきだとは思ったのだけれども、何というかそれなりの時間を大陸で過ごしてきた自分にとってはすごく自然なアドバイスで、あらためて「自分が中国の学校に入るのだ」ということを実感した一言だった。

全体としてはたった数時間で同級生の雰囲気がわかり、かつ色々話が聞けたということで非常に有意義なSessionではありました。同時に、今程度の中国語だとお話にならん・・というのもわかったのも事実で、自分をinspireするいい機会になったのでした。

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2011年4月12日 (火)

北京からの夜行列車で考えたこと

今回(4月3日~6日)の北京旅行では、帰りは夜行列車を利用した。今まで北京には仕事でもプライベートでも何度も行ったことがあったが、夜行列車を使うのは初めてだ。出張の時には当然飛行機を使った方が早いし快適なので列車を使うメリットはないし、プライベートでの移動も、翌日からの仕事を考えれば列車という選択はなかなかとりづらかった(なにせ乗車時間だけで10時間である)。
ただ今回は暇な時間が相当あるのと、風景を見てみたいと思っていたので夜行列車に乗ってみた。しかもベッドではなく普通の椅子席である(これは節約のため。ベッドだとほとんど飛行機と変わらなくて、さすがにバカバカしいと思った)。

椅子席だと隣の人によって快適度が大きく違う。中国では一般的に若い人のほうがマナーがいいので、できれば若い人がいいな・・と思っていたのだが、残念ながら中年のおじ様であった。かなり体が大きくドンドン横にはみ出てこようとしてくるのだが、何回か体を張ってブロックしたらそれ以上は寄ってこなくなった(何事も最初が肝心である)。

北京南駅を予定よりやや「早く」出発した列車はゆっくりと闇の中を進んでいく。夜になったら風景など何も見えないだろうな・・・と思っていたが、予想通り何も見えない。というか、予想以上に真っ暗で何も見ることが出来ない。
ときおり道路が平行して走っている時には、ポツポツと並んでいる街灯の光が見えるが、そうでない時には光すらない。こんなのって日本ではあんまり想像が出来ない(新幹線から光が見えない・・というのはあまり想像が出来ない)。時々光が見えると思うと、線路沿いにある工事中のコンクリートの打ちっぱなしを明るく照らす光だったり、半分時が止まってしまったような小さな街の入り口の光だったりする。

そういった光景を眺めていると、想像力ばかりが広がって行って色々なことが頭に浮かんでくる。コンクリートの建物を作っている工員達はおそらく小学校ぐらいしか出てないんだろう・・とか、安全管理が緩いから何人かはなくなっているんだろう・・とか、そもそもなんでこの建物を作っているかもわからない人もいるんだろう・・とか。

上海や北京のような大都市では、(曲りなりにも)個人のキャリア意識も強くなってきているし職業選択の自由もある。でも、ちょっと足を延ばせばまだまだ「(単純労働としての)人が国家発展のために労働する」という現実があるのだと思うと、改めて自分が日本人として生まれて、この国で自由に働くことを「選択すること」が出来るのは、幸運なことだと感じる(もちろんこれは自分の視点であり、それぞれの人生にはそれぞれの視点の幸せがあることは理解している)。

たくさんの選択肢があることが幸せにつながる・・・と思えるほど僕は人生に対して楽観的ではないし、走り続けることが苦痛である人が常に多数であるとも思う。それでも、自分としてできることを、と思いなおす、そんな光景だった。僕はまだまだこの国では経済の発展こそが、個々人の幸せに直結すると信じている。

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2011年4月11日 (月)

北京テキトー食べ歩き旅行 3日目 -最後はすき焼きで締めました編-

北京テキトー旅行の最終日(3日目)はこれまでの疲れがあるので、ゆっくり起床。11時ごろに泊まっていたホテル(サービスアパートメント)を出て、友人宅に行きました。ダラダラと荷物を置き、昼ごはんを食べに・・(本当に食べたばっかり)

昼食は北京で働いていた時によく言っていた紫雲寺橋近くの、ごく普通の街の20110405301食堂に行き ました。中国らしく10元程度で普通に麺食べることが出来る食堂なのですが、ここでしか食べることができないbiang biang麺(通称びゃんびゃん麺)という麺を食べに来たのです。この麺は店の人が「中国語にはない麺を作りたい」ということで考えた麺らしく、表示できる漢字がありません。
どんな料理か・・というのは右の写真をみればわかる通り、本当にただの脂ぎった麺です。麺というよりもラザニアの外側がたくさんおいてあるような料理で、ただお腹にたまるだけという代物です。友人曰く「これは北京の二郎」らしいです。麺喰いの僕としては、こういうモチモチした麺は好物なのですが、調子に乗って食べると後からお腹の中でふくらんでくるという劇薬でもあります。。。20110405302

こういう脂ぎったものは食べられない・・という友人の分までお腹に収め、北京観光ということで798芸術区という場所に行ってきました。ここは、元々は工場だった地域を北京市が芸術家向けに作り直した、いわば「官製SOHO」です。官製であるのでオリジナルのSOHOのように完全に自由な表現が出来るわけではないが、それでも他の場所に比べれば芸術的な匂いがする場所なのです(穿っ てみれば、ここでガス抜きをしているともいえる)。

芸術系ということでカップルのデートスポットでもあるし、大学生ぐらいの人達が集団で観光にくるにも適している場所です。なにせ広いので、1日中時間をつぶすことも可能です。まあ、我々食べ過ぎグループは早々にカフェに入り、お休みモードに入ってしまったわけですが・・・(こういう場所は大好きなので、もう少し歩き回ってもよかっ20110405303たです。残念)。ちなみに右の写真は車を解体して、オブジェを作るという芸術作品。何かに似ているのは中国のお約束ということで。

二日間の疲れは如何ともしがたいということで、早々に芸術区を出た後は一路マッサージ 店へ。広告にあるクーポンを利用したとはいえ足+全身二時間で88元は驚異的に安い!上海で僕が日ごろ20110405304行っているところは1時間の全身で120元ですからね・・・(ただそこは外れがないので、もう他にはいけなくなってしまった)。マッサージが終わったら、また腹が減ったといい、北京最後の晩餐ですき焼きを食べに行きました。友人に全部まかせていたので、場所も名前もわからない店なのですが、肉がうまい!という記憶だけが残っています・・・。これまでのダメージが蓄積しているせいで、十分に食べることが出来なかったのが心残りといえば心残り。

帰りは北京-上海間夜行列車で変えることになっていたので、駅まで送ってもらい今回の食べ歩き旅行は無事に終了。体重増という負債を抱えたまま、上海へと戻っていったのでした。

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2011年4月 9日 (土)

北京テキトー食べ歩き旅行 2日目後篇 -羊を食べつくすのだ編-

前篇より続く)無事に万里の長城に上りきり当初の目的を達成したので20110404278_2
くだりはロープ ウェーを使いました。歩いて下る体力はあったのですが、とにかく人が多くて(しかもみなほとんど登りを目的としている)帰りに無駄な時間がかかりそうだったのと、せっかくなので気持ちよく長城を終りにしたいと思ったからです。
ロープウェーだとわずか5分ぐらいで地上までついてしまうので、何か拍子ぬけする感じでしたが(何度も言うように)「世界遺産」ということで、老若男女が楽しめるためにはこちらのほうがよいかな・・・ と。非常にボロいロープウェーなので、いつ壊れるかわからないと20110404281 いう恐怖も味わえて二度おいしいです。

長城のふもとにはいかにも観光地らしくお土産やさんやら、軽食が食べられるレストランやらが並んでいます(右の写真が二日目も昼食で食べた炸酱面)。お土産はどこの観光地でも見られるようなTシャツや記念バッジなんですが、なぜか一角ではラクダに乗れるサービスが・・・。そもそも長城でラクダが20110404279いる意味がまったくわからないのですが、ラクダな んて一度も乗ったことないし、今後も乗れるチャンスがいつめぐってくるかわからないので、迷わず乗ラクダを選択。一乗り10元でございました(ちなみにかぶっている帽子は登山口でかった日差しよけ用の帽子。これがあるとないとでは大違いだと思った)。

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長城から16時半ごろに北京に戻り街をブラブラした後は、ディナーとして新疆料理を食べに 行きました。北京には中国の各省の出張所があり、だいたいその出張所には一般人でも各省の名物料理を食べることが出来るレストランがあります。今回行ったのは新疆ウイグル自治区のビルで「新疆飯庄」という店です。やはり本場の味が食べられるということで有名らしく、ついたら番号札を取って並ばなければなりません。結構早めにいったのですが30分ほど待つこと20110404286 となり(僕はその間ソファーで死んでいました)、その間にひとしきりメニューを見たり、お菓子をながめたりすることが出来ます。

新疆料理というとやはり羊肉というイメージがあるのですが、このレストランはピラフも麺も餃子も、そして串もあらゆるものがうまい!特にピラフは肉を使っていないものの、ニンジンの香ばしさと味が絶妙に調整されていて、日本人の口にあうことは間違いない一品20110404291_3 でした。それから、忘れてはいけないのはヨーグルト。これは肉に付けて食べることもできるのですが、個人的には単体で食べるほうがお薦め。一般的に日本で売っているヨーグルトよりも幾分柔らかいのですが、食前・食中・食後と常に横に置いておきたい一品です。

「ゆっくり食べましょう~」と話していても、目の前に出てくればガツ20110404295_2 ガツと食べてしまうもので、パンパンになったお腹をさすりながら食後の散歩で后海に向かいました。后海というのは、何というか北京のデートスポットというか盛り場というか、とにかくそんな感じの場所で、湖の周りには欧米風のバー(のようなもの)が並んでいます。上海で言うと外滩と新天地を合わせたような感じです(・・・ちょっと違うかも)。
バーの中では素人さんが歌を歌っていて(一部外人もいる)、それ20110404296_3 を聞きながら飲んだり食べたりというのが楽しみ方です。池に沿って歩いていくとお土産物屋がならんでいる通りもあり、そこでは「いかにも中国」というようなモノは大体買うことが出来ます。個人的にはいつも通り、カンフー服に興味が惹かれたのですが、何せ腹いっぱいだったし昼間の疲れで足は痛いしで華麗にスルーをして、2日目は無事に終了したのでありました。
(実際はその後、落ち着いたバーに言って呑んだくれておりまし20110404300_2 た・・・)

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2011年4月 7日 (木)

北京テキトー食べ歩き旅行 2日目前篇 -万里の長城に登るのだ編-

北京のテキトー旅行二日目は、今回のメインイベントである万里の20110404250長城観光に行きまし た。これまで何度も北京に行っているにもかかわらず「往復すると遠い」「トイレが汚そう」という理由から観光をしぶっていたのですが、今回ほど時間があることは二度とないだろう・・ということで、一念発起。長城に行くことにしたわけです。

長城は北京からはかなり距離があるので、交通機関に乗っていく20110404251 必要があります。昔はバスで行かなければならなかったのですが、今では電車がふもとまで連れてってくれるので楽ちんです。北京北駅から電車で1時間ほどゆられるとあっという間に長城のふもとである八達嶺駅へつきます。
てくてくと歩いていくと、そこには早速登山口が(この場合は登道口か・・・)!。八達嶺からは南側と北側にそれぞれ登ることが出来て、なおかつ徒歩とロープウェーを選択することが出来ます。今回20110404252 は距離が長く、なおかつ「登ってる感」を感じられそうな、北側をてくてくと登ることにしました(同行者はロープウェーを選択)。

登り始めるためにはまずチケットを買わなければならないのですが、さすがに世界遺産の観光地というだけあり、人がものすごい。やたら並ばなければいけないことが一目でわかったので、おっかなびっくりでトイレにGO。想像通り・・・の汚さ・・・だったのですが、後20110404257 のことを考えて我慢我慢で準備万端。ちなみに同行者によると「中の下」ぐらいの汚さらしく、まだまだ世界は広いことを改めて感じたのでした(物事を絵で記憶するタイプなので、一回目に入ってしまうと記憶が定着しちゃうんですよね・・・)。

30分ほど並んでようやくチケットを手に入れると、そこにはまさしく写真で見た長城の光景が!・・・って人が多いです、多すぎです。20110404258 てっきり入口を超えた後は順調に登っていけるとばかり思い込んでいたのですが、人が詰まって全然前に進むことができません。かなり勾配がきついのでゆっくり登る気持ちもわかるのですが、それにしても前に進まない。詰まる理由は主に3つ。

①カップルが手をつないだまま登っていく
カップルが手をつなぐ・・・というか男性が引っ張っていってあげてい20110404261 るのですが、ぴったりくっつくわけではなくかといって手を離すわけでもないので、やたらとデッドスペースがあります。追いぬこうにも縦にも横にも広がっているので、なかなか抜かすことができません。

②記念撮影が激しい
そりゃー、広い中国で世界遺産まで来たのだから記念写真を撮りたいの20110404264もわかります。そこは中国人のことですので、一度「撮りたい」と思ったらしっかり自分の好みに合わせて撮りたいのです。ということで、ベストポジションを並んでまったり、ポーズをとったりと時間と場所をぜいたくに使って準備します(右の写真は他人がポーズをとっているのをこっそり撮りました)。これでまた前に進まなくなってしまうんですね・・・。

③休憩でも全力で休憩20110404272
基本的に長城は横幅が4mぐらいしかなく、ほとんど休憩場所がありません(元々は防衛用の壁だったので・・・)。ただ距離は長いし、坂は厳しいで、休憩も必要。ということで、団体様が壁際でお弁当を広げて休憩することとなります。だいたい坂を登りきってちょっと下ったところで皆が休むので、一ヶ所に人がゴチャッとしてしまうんですね。これも道をふさぐ理由です。

と、文句ばかり垂れておりますが、やはり長20110404265城からの眺めは絶景でした。なぜかオリンピックの標語の看板が残っていたりしましたが、これも記念の一つだと思えば許せるというもの。こんな山の中を攻めてくるほど昔の騎馬民族の機動力はすさまじかったのだな・・・、むしろここまで来たらつなげちゃわない?みたいなノリでつくられたんじゃないかと想像しつつ、ゆっくりと長城を登っていきます。

最後の500mはロープウェーから下りた観光客と合流して、20110404275ますます人が多くなる中、最大 勾配の壁を一歩一歩登っていきます。さすがにここはちょっと気を抜くと転げてしまいそうで怖かったですね・・。歩き続けること1時間と少しで無事に最高地点までたどり着くことが出来ました。右の下から二番目の写真が最高地点から下をながめた写真です。最高地点からは来た道を下るしかないので、流れは淀むし、写真をとりたい人ばかりということで大混雑です。ち20110404276 なみに一番下の写真が最高地点からの風景。写真だとうまく見えないのですが、延々と長城が続いているのを見ることが出来ます。

ということで、無事に(怪我もお腹を壊すこともなく)長城を制覇し、旅行の最大の目的を達成したのでした(長くなったので、後半に続く)

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北京テキトー食べ歩き旅行 1日目

中国では清明節という、日本で言うと「お盆」にあたる祝日があります。なくなった御先祖をお迎えするという趣旨の祝日なのですが、今年は4月4日・5日がそれにあたります。短い休みなので、これまでは毎年普通に家にいたのですが、今年は何せ無職期間中ですし、元 同僚に誘われたこともあり北京に短期旅行に行ってきました。ということで北京旅行のご報告をします。

上海-北京間は人の移動もかなり多いため、上海のそれぞれの空港から定期便が出て います。今回はチケット確保も全て元同僚s(上海1名・北京1名)にしてもらったので、オールフリーの旅行。身一つで空港にいけばOKという状態でした。20110403224_2
今回は荷物がすこぶる軽かったので、初めて機会でのチェックインを試してみました。右の写真にあるような機会を使うのですが、パスポートを読み込むとあとは全てボタンを押すだけ。マイル会員番号も自動で表示されてくるというすぐれもので、デルタの面倒くさい(そして時々情報が間違っている)チェックインより遥かに便利です。中華系だと思ってなめててすいません。

特に飛行機の遅延もなく、無事に北京に到20110403228着したら、まずは腹ごしらえ。僕はとにかく麺好 きなのですが、上海ではなかなかおいしい炸酱面(ジャージャーメン)が食べられないので、一食目は炸酱面の店に連れてってもらいました。
昼間っからこの量かよ!というぐらいの面を三人で喰らい大満足・・・。炸酱面が好きというよりは、この太くて平たい面が好きなんですよね。食べると腹にズンッとくる食べご耐えっぷりが大好きです。20110403233

腹ごしらえ(というかこの時点ですでに食べ過ぎ)が終了したので、まずは初日の観光とい うことで世界遺産の天堂公園へGO(最もメジャーな故宮は過去に行ったことがあるので、今回はパス)。明と清の時代に、皇帝が儀式をしたという公園でとにかくデカイ!公園内にはいくつか建物があるので、道案内の看板がかけられてるの20110403231ですが「○○までは700m」とか、そんな距離表示ばかりで、とても一つの敷地内にいるとは 思えません。
明清時代に儀式を行った塔は現在も残されているのですが、現在は1年に1回だけ観光客向けのお祭りとして行われているだけで、現在は位牌がおさめられてました。

公園内の塔の周りにはには石畳が整備された部分があって、そこ20110403229 では靴を脱いで趣味(というか学生時代にやっていた)少林寺の演武を一人でやってきました。中国映画などで見るような石畳が綺麗にならんでいるわけで、やはり武道をやっていたものとしてはテンションがあがります。

とにかく広い天堂公園ですが、昼食をたらふく食べて時間がなかったこともあり、パパッと見て、北京のおしゃれポイントである前门大20110403241街(前門大街)に移動します。これまでも仕事で10回以上北京にはきていますが、今回見 た前门大街は再開発が終わったばかりということで、今まで見た北京の中で間違いなく一番洗練された場所でした。
道は歩行者天国になっており、両側には衣料品の路面店やブランドショップが入っています。歩いているのも若者が多く、ファッションも東京とほとんど変わりません。北京といえば上海より田舎っぽい20110403243 といわれていますし、これまでも実際にそう思っていたのですが、オリンピックが終わってゆっくりとですが確実に変化しているのを感じました。
道の出口(北側の出口)から見える夜景も綺麗で、これまでの北京のイメージが大きく変わりました。これなら住んでもいいかも・・。

夕食は北京にきたらやはり一回は!ということで、北京ダックの店20110403246 へ(ここも連れてってもらったので場所も店もさっぱりわからない・・・)。21時には閉店になってしまうのに、入ったのは20時過ぎということで、ガツガツとダックを食べます。ダック以外はイマイチ(たぶんみんな早く帰りたがっていたに違いない)だったのですが、ダックはさすがに旨い!
中国ではダックを食べる時、普通のレストランでは皮以外の部分も食べます。肉は薄い餃子の皮のようなもので包んで食べるのです20110403249 が、それ以外にも炒めてもらったりスープに入れたりしてもらいます。今回はスープにしてもらったのですが、濃厚なのにしつこくない・・という理想の味。初日だけで体重増加は確実な量を喰らい、1日目は無事に終了したのでした・・・・(2日目に続く)

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2011年4月 1日 (金)

ワンジーテクノロジーズ退社のご報告

以前のエントリーで御報告していたとおり、昨日3月31日をもちまして、2年3ヶ月在籍しましたワンジーテクノロジーズ(上海)有限公司(中国名:網紀信息技術(上海)有限公司)を退職いたしました。

在職中は多くの方に御支援をいただき、大変感謝しております。あらためてこの場で御礼申し上げます。

本日4月1日から3ヶ月ほどは定職にはつかず、いくつかいただいているお仕事を契約ベースで進めていきたいと考えています。日本に戻ってゆっくり旅をしたいとも思っていたのですが、もう少し時間を明けてから戻ろうと考えています。

今後も変わらず中国で生きていきますので、これからもよろしくお願いいたします!

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