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2011年7月

2011年7月28日 (木)

school開始前の飲み会を二つ

僕が行くschoolの入学式は8月8日なのだが、多くの学生は上海という新しい土地や、中国語に慣れるために早めに上海入りをしている※1。また7月頭から中国語と英語の課外授業が大学から提供されており、希望者で抽選に通った学生はこれに参加している。
8月からschoolが始まるので何も焦ることはないんじゃないの・・という気もするが、学生としては少しでも早くクラスメイトのことを知っておきたいし、学校側もお互いにサポートし合うことを望んでいるので、学生間でも学校主催でも飲み会が開かれている。

個人的にはこういった飲み会はあんまり得意ではないので、これまではあまり参加しないようにしていたのだが、MBAというのは人脈づくり(英語でいうとnetworking)がメインの目的であるし、学内であっても必ずしも全員と同じ授業を取るわけではないので、声がかかれば参加するようにしている。
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第一回として、先々週に日本料理屋の柚子(浦东店)で行われた飲み会に参加してきた。 中国では「食べ飲み放題」というシステムが日本料理店にはあり、いくら飲んでも食べても一定の金額で収まるので、こういった飲み会では重宝されている※2。これまで何人かはLinkedinやFacebookでやり取りをしていたのだが、ほとんどは知らないメンバーばかりの中、20人ちょっとの飲み会がスタート。

「日本料理」というホームグラウンドでの飲み会であり、また基本的には「初対面の人達と 一緒になろう」という雰囲気であったため、非常に快調に会話が進む。ただ、席が中国人と非中国人の席に分かれてしまい、自分は完全に中国人側に取り込まれた(会話で中国語を使っているので)。
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そのうち中国人らしくお酒の勧め合いが始まり、日本酒を一気飲みする羽目になる。周りの女性人が「飲める男は格好いい」みたいなコールをするのでドンドン飲みがエスカレートして、最後はフラフラになった。そのままお定まりのコースでカラオケに行ったのだが、あまりに頭が痛かったので途中で抜けて帰ってきた(しかし、本日まったく知らないはずの人にこの前会ったねと言われたので、ところどころ記憶がないらしい)。ホント、中国人との飲み会は恐い。

本日は学校主催のpre-course終了記念を兼ねた飲み会で、コースを受講していない学生も合わせて100人以上が参加した。体が結構しんどかったのだが、今日は多くの人と会うチャンスだったので気合いを入れて参加することにした。10人ずつでテーブルに座って話すスタイルだったのだが、基本的にやはり同国人と座るほうが気が楽らしく、スペイン人はスペイン人同士、韓国人は韓国人同士で座っている。日本人は1人だし、pre-courseに出ていないので最初は席が見つからなかった。

結局FBで知り合っていた韓国人と一緒の席に座ったのだが、一度座ってしまえばあとはお互いに「何人か?」「何の仕事をしてたの?」と決まり切ったことを聞きあうので、ドンドン会話は進む。さすがに100人以上いると一回では名前が覚えきれないものの、かなりの人数と話をすることが出来たし、前回気があった友人ともあらためて気が合うことを確認できたので、やはり参加して正解だった。

最後に、前回今回と参加していていくつか面白いな~と思ったことを簡単に書いておこうと思う。

  • やっぱりどこの国の人も「母国語が通じる人間」と座りたいものなんだな~と気付いた。よく「海外にいると日本人は、日本人ばっかりで固まっている」みたいな意見を聞くけど、スペイン人も韓国人もインド人も、なるべく自分たちで固まって座っていた。最初はみんなそんなもんなんだと思うので、そんなに悲観せずにそこで果敢に突撃できるかで勝負が分かれるぐらいの気持ちでいいと思う。

  • 既に「とにかく飲んでいるグループ」「多くの人と話したいから参加しているグループ」「なるべく早く帰りたいグループ」とはっきりグループ分けが出来ていた。school内で行われたにも関わらず参加すらしていない人もいたように、結構個々の意思ははっきりしている。こういうのに参加したいかどうかは性格によるので、早めに自分の立ち位置は決めたほうが快適に過ごせると思う※3

  • 自分の好きなことがあれば自分で自信をもって話した方がいい。自分の場合は「スポーツ」と「酒」という二つの興味の柱があるので、その話から親しくなるようにしている。特にスポーツはMBAに来るような学生はだいたい自分がやっていたりするので、手っ取り早く仲良くなるには良いと思う。今日は「マドリッドに住んでいるのに好きなのはバルセロナ」というスペイン人とやたら盛り上がった(最後は向こうがスペイン語で何言ってるか全然わからなかった)
 

正直あまり体調がよくないので食事とビールの味もよくわからなかったのだが、これからもこういった機会には参加していきたいな~と思いつつ、早めに抜けてきたのでした(はやく体調良くしたい・・・)。


※1・・・今年度は約半分が非中国人(ただし華僑は非中国人にカウントされる)
※2・・・とはいえ、一般の店でビールを飲むだけだったらそちらのほうが安いので、利用するのは多少給与がいい層になる。
※3・・・Twitterでアドバイスをもらったのだが、自分が積極的に行くのが苦手なら積極的に行く人を一人でも友達を作っておけばよいと思う。今日も、その友人にいろんな人を紹介してもらった。

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2011年7月27日 (水)

近況報告: ちょっと喉が痛い

先週の火曜日に初めてschoolに宿泊した日から、ちょっと体調を崩していて、なかなかしんどい。泊まった日に起きた時にすぐに気がついたのが、声が出ないということ。僕はしょっちゅう風邪をひいているのだが、喉に来ることはほとんどなくて、いつもは微熱を出しているのだ(氷枕は僕の人生に欠かせない)。

ほとんど声が出なかったので「これはまずいな・・」と思ったのだが、日をたつにつれて胃から腸に菌が来たようで、今日は1日中寝ていた。
宿舎は結構古い建物で空気が若干汚いということや、初日に浴びたエアコンの空気がずいぶんとカビていたことがなかなか良くならない原因だと思うんだけど、あと数日はだまし騙し生活していかざるを得ない。

とりあえず今は日本から持ってきた薬を飲みながら、コホコホと空咳をする毎日である。実際にschoolが始まってしまっていたらもっと辛かったと思うので、今は安静にしております。
このblogは自分の備忘録も兼ねているので、一応ご報告ということで。。。

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2011年7月26日 (火)

【映画紹介】夏休み武狭映画 武狭 -アクションだと思ったら違ったでございます-

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GWに次いで今回は今年第三回目の武狭映画紹介でございます(武狭映画とは何ぞや? という方は以前書いたこちらのエントリーを参照のほど)。今回紹介するのは夏休み向けの武狭映画大本命である、その名もずばり「武狭」。現在の中国のアクションスター筆頭に位置する甄子丹(ドニー・イェン)と、日本人にもおなじみ日本語を話さないと益々格好いい金城武、そして「ラスト・コーション」の体当たりラブシーンを演じてから本土ではしばらく干されてしまっていた汤唯の3人の主役級が共演する・・という豪華俳優陣がウリの一本である。このごろ少し涼しいとはいえ、基本的には太陽が痛い上海で、夏の暑さを吹き飛ばすべく、わざわざ誕生日に見に行ったのであった。まあ、実際には見てびっくりだったわけだが・・・。

■ ストーリー概要 ■
ドニー・イェン演じる刘金喜は10年前にふと田舎のとある村に現れ、偶然出会ったま 演じる村の女性と結婚し、村で生活をしていた。子供も生まれ、貧しいながらも幸せな生活を送る家族。しかし、ある時その村に強盗が押し入る。たまたまその場にいたドニー・イェンは格闘技の経験がないにもかかわらず、幸運にも助けられ二人の強盗を倒すことに成功する。
多少の不自然なところはあるとはいえ、強盗を倒したことを喜ぶ村人達。しかし、死体と事件の検分に訪れた徐百九(金城武)はカンフーの達人である強盗二人を素人が倒したことを信じられず、自分の針師の知識を生かしつつ独自の推理を進めていくのであった。はたして、本当の刘金喜は一体どんな人間なのか・・・彼の過去を調べていく中で徐(金城武)は彼の正体に近づいていくのであるが・・・。

今回は監督である陈可辛の志向が反映されたのか、単純なキッタハッタではなくミステリー仕立てとなっており、アクションと謎解き、そしてそれぞれの登場人物の過去が少しずつ明らかになっていくという仕立てとなっている。

■ 配役と見どころ ■

武狭映画というのは基本的には(少数のアクションスターの中の)「誰が」「どうやって」「どんな敵」を倒すのかを見る映画なので、配役は大変重要である。ということで、今回も主役は甄子丹(ドニー・イェン)。本人もインタビューで言っていたように、この頃映画にでずっぱりである。いつ見ても切れがいいアクションだが、今回は多少うそくさい連付きが多かった。やはり彼は蹴り+突きがあって初めて映える。
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本来であれば準主役として、敵役に注目される配役がされるはずだが、金城武は今回は 探偵役ということでほとんどアクションには参加しない。撮影時には2分の長回し格闘シーンがあったそうであるが、編集段階でゴッソリ削除されたとのこと。彼は中国語を話すとやはり格好いい(と思うが、友人に言わせるとちょっと変らしい)上に、今回は半分くらいは四川語を話している。ところどころ聞き取れない所があるな~と思ったら、四川風の言い回しをしていたようだ(実は、四川語は多少聞き取れるのだけど、いきなり四川語になったりするので耳が追いつかない時のほうが多かった)。245e8bca9417f8d6c8176814

武狭映画には欠かせない「アイドル枠」は汤唯。彼女はラスト・コーション(中国名:色・戒) という映画で濃厚なラブシーンを演じて(それだけが理由ではないが)ここ3年ほど大陸映画界では干されていた女優である。2011年、中国がまさしく総力をあげて「大ヒットさせた」建党偉業(建党伟业)にも撮影は参加したが、編集で全部カットされるという悲哀を味わった(と言いきれないかもしれないが・・・)。
パッと見ると范冰冰に似ていると思ったのだが、夫に対して疑いを持ちつつもそれに耐えて生活を続けていく不安定な心情をよく表現していて、これから頑張って大陸でも活躍してほしいものである(目が大きい女優は好みなので)。

しかし、孙丽・范冰冰・汤唯と似た感じの女優ばかりなので、たまには全然違うタイプの美人は出ないものだろうか。李冰冰は冷たい感じの美人でタイプが違うのだけど背が低いのが難点か。

さて、これだけ魅力的な俳優をそろえているこの武狭、絶対面白いに違いない・・と思って見に行ったのだが、正直ガッカリした。期待値が高かっただけに「本年度最もガッカリした映画」にノミネートされてしまう勢いである(しかし、中国内では評価が高い)。

ガッカリした点をあげるとキリがないのだが、以下三点をあげたいと思う。

  • 甄子丹が出ている時点で、彼がカンフーの達人であることは明らかなのに、謎解きのシーンを引っ張りすぎている。スティーブン・セガールが弱いわけはないのと同じように、甄子丹が弱いわけがないのだ。前半部分のなぞ解きは新機軸で面白いと思ったけど、アクションまでの入りが長すぎて、少々疲れる。そして、アクションシーンになるといきなり全力。
  •   
  • 金城武のキャラ設定が謎。まったく貢献していないと思われる四川語はとまかくとして、彼が「もう一人の自分」を意識しているシーンは意味不明だった。意図はわかるが、あそこまで画面を暗くして演出する意味はゼロ。明らかに欧米の類似の作品から持ってきたアイデアで浮いている。
  •   
  • 戦闘に無理がありすぎ。僕は武狭映画は基本的に「何でもあり」派なのだが、ちゃんとファンタジーの中でも、その文脈に沿った闘いが必要だ。いきなり理由もなく無敵になったりしてはいけない。

と、不満をあげればきりがないのだが、一言でいえばこの監督はアクション映画の「起承転結」をわかっていないのだと思う。毎年毎年同じように出てくる武狭映画の中で自分の色を出したいというのはわかるのだが、まずはそのテンポをわかった上で自分の工夫を載せてほしいものである・・と強く思った。
個人的にベスト3にあげる武狭映画である「十月围城」(日本名:孫文の義士団)ではプロデューサー側ですばらしい仕事をしたので、ぜひ今後もプロデューサーの時の視点で武狭映画を作成してほしいな・・と思いながら、帰宅して口直しをかねて十月围城を見直したのであった。

(※文中の写真はすべて百度百科とWikipediaのものを利用しています)

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2011年7月25日 (月)

中国にきて4回目の誕生日

本日無事に中国で4回目の誕生日を迎えることが出来た。これまでの3回の誕生日に加えて、今回はネット上で多くの方にメッセージをいただけて、大変うれしい一日でした。あらためてご連絡をいただいた方に御礼を申し上げます。

毎年誕生日にはその年に感じていることをblogに書いているはず・・・と思っていたのですが、何と昨年はエントリーなし!確かに昨年の今頃はTOEFLとGMAT試験に追われていて心の余裕が全くなかったので、エントリーを書くこともできなかったのかもしれない。昨年のこの頃は追い込んで勉強していたためテストも絶好調だったが、8月に反動で微熱が止まらないという状態になったんだっけ・・(つくづく体が弱い)。

今年もCEIBSのクーラーの空気が体にあわなかったのか、初めて宿泊した日以来喉の痛みと咳が止まらないという状況で、誕生日を迎える羽目になった。どうしてこんなにからだが弱いの・・と情けないことこの上ない。

とはいえ、昨年の今頃に比べると今年はずっといい誕生日だった。
昨年はMBA受験を決めていたけど、なかなかテストの点数が上がらず不安というか毎日追われているような中で生活をしていた。多くの人には落ちてもそれはそれでいい経験というアドバイスをもらったし、自分でも実際そう思ってもいたが、一方で「受からないと次の道が見えないのだー!」と自分に強いプレッシャーをかけていた。
結果として自分の期待しているほど点数は伸びなかったわけで、そこには自分として恥ずかしさもあるのだが、それでもああやって追い込んだおかげで結果として合格することが出来たと思っている。

毎年誕生日がくると「1年分の目標」みたいなのを立てようと思うのだけど、今年はもう、ビジネススクールで精一杯吸収して、一つでも多くのことを発信するという以外の目標以外考えられない。
ビジネススクールについては色々な意見があるし、自分でもまだ体験していないことなので一つ一つの内容まで触れることはできないけれど、自分で決めた以上そこでのやりきりは当たり前のことだと思うのだ。しかも、今回は自分だけの力ではなく、多くの方からご支援をいただいているのだからなおのことだ。

僕は日本のいる人が思っているよりも中国がいい市場だとは思わないし、安易に参入できるような場所だと思っていない。それでも、僕はこの国(地域)に自分の未来を定めたわけで、そういった僕が学んだこと・感じたことが、真剣にこの地域と自分の未来を考える人達に届けばこれ以上ない幸せだと思う。

読みづらい文章、安定しない更新とダメダメなblogですが、今後ともよろしくお願いいたします。

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2011年7月24日 (日)

宝山にて干爹(後見人)と呼ばれることとなる

土曜日は、宝山にある以前の部下(友人)の家まで遊びに行ってきた。
宝山というのは大地の子の舞台になる「バオスティール」がある場所で、上海の工業化のスタートした地点である(中国の・・といっても言い過ぎでないかもしれない)。ちなみに、バオスティールは中国語では宝钢(宝鋼)という名前が正式名称であり、今でも存続している。
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今では宝山のあたりは、名前はそのままに宝山区という行政区域となり、市内に近い方は 工場街、北側は大手デベロッパーによる大規模開発地域となっている。日本での高度成長の時期に各地につくられた団地とニュータウンという感じだ※1。工場の物資を運んだり、上海外から物資が入ってくる大動脈であり大きなトラックがひっきりなしに通っており、空気は市内に比べてもかなり汚い(団地街は南北を走る動脈の間にあるので、それほど空気は汚くない)。

宝山は危険な鉄鋼工場がつくられたことからもわかるように、市内からはかなり遠い。どの くらい遠いか・・というのを示そうと思って、ちょっと右の地図を作ってみた(linWs000001k先は百度地图)。
通常市内といった時に移動するのはせいぜい赤枠で囲ったあたりで、我が家は左端の方にある「最寄駅」と書いてある場所のすぐ近くにある。その少し左側には虹桥空港、もう一方の右端には浦东空港がある※2。この地図上だと、宝山は一番上、緑色の旗を立てた場所にある。もう、本当に遠い。友人はここから毎日電車(地下鉄一号線)で会社まで通っているとのことだったが、自分にはかなり厳しい距離である※3
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一号線はその名の通り初めて上海に通った地下鉄で、北から南まで上海を貫いている線 なのだが、郊外まで通っていることもあり出稼ぎの人達が多く乗っている線でもある。今回は一号線友谊西路駅で降りたのだが、駅前は上海市区内ではちょっと見られないような風景で、あらためて郊外であることを実感した。

友人の家に行くのは今回が二回目で、メインの目的はもうすぐ2歳になるお子さんに会いに行くことだった。彼女は上海市の近くにある(行政区分では上海市である)崇明岛出身で、子供が生まれてすぐの時に島まで会いに行ったことがあるのだが、まだ寝てばかりで全然意思疎通が出来なかった。大分大きくなったであろう今回は、ちょっとは一緒に遊べるかも・・と期待して家にお伺いしたのだ。
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迎えに来てもらった車を見ると・・早速ご対面!やはり二歳になるとちゃんと両親と意思の 疎通が出来ている。まだ言葉は「爸爸」(お父さん)と「妈妈」(お母さん)しか話せないのだが、言ってることに関してはちゃんと意思表示をする。お母さんが事前に言っていたように、神経質なところがあるみたいで、日本でよくやる「高い高い~」をしたら泣いてしまった・・・!
こちらでは一人っ子ということで、とにかく大切大切に育てるので危ない(!)「高い高い」みたいなことは一切やらないとのこと。もちろん叩いて怒るようなこともしない。ただ、遊びの内容やしつけの仕方は多少違っても、男の子はお母さんが大好きなのは同じようで、お父さんよりもお母さんが大変とのことだった。

今回の訪問では、僕が赤ちゃんの干爹という存在になるということで、一応赤ちゃんの頬にお約束のキスをしてきた。この干爹というのは、日本で言うと「後見人」のようなニュアンスで、特になにをしなくてもいいけど、自分の子供のように思って手助けをする・・というものらしい(百度百科で読んでもよくわからなかった)。
説目節目で贈物をしたり困った時にサポートすればよい・・とのことらしいのだが、外国人(特に、日本人)である自分にそういうことを言ってくれるのは嬉しいし、名誉なことだと感じたので、喜んでお受けしてきた。

ということで、これからは定期的に彼の成長を身に宝山と崇明岛に通う予定です!
(本人は子供どころか結婚すらしていないのに・・・)

※1・・・僕の生まれ故郷は千葉県松戸市で、あそこには国内初の団地(常盤平団地)があったので、非常に懐かしい気持ちになる。道路の雰囲気はそっくりだ。
※2・・・この地図を見ると虹桥-羽田便がいかに便利かわかる。浦东-成田便だとお互いの街から遠すぎる。
※3・・・友人も駅まで毎日車で通っているとのことだったので、車がない自分は間違いなく無理。

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2011年7月21日 (木)

MBA受験の道のり -なぜMBAを受けるのか その0-

本日は、上海で駐在員として働いており、かつMBA(と僕が行くschool)に興味を持たれている日本人の方からご連絡をいただいて、一緒に食事をしてきた。そういえば昨年の今頃はテスト勉強をひたすらしていたな・・・と思いながら二時間ほど、なぜMBAに行きたいのか、自分の場合はどう考えていたかということをお話ししてきた。

自分の年齢的なものもあり、僕の周りだけでも数人が来年のMBA受験を考えている。それぞれキャリアも違うし、目的も違うので単純にくくることはできないのだけど、今日話していて改めて自分の考えがまとまった部分もあるので、「MBA受験の道のり 1.なぜMBAを受けるのか ~その0~」として簡単にまとめておこうと思う。
今回は「~ その0 ~」なので、たぶん一般的に思われている(かもしれない)ことに対する突っ込みという形です。


■ あなた(自分)の価値はそれほど低くない ■

MBAに行く理由の一つとして「キャリアチェンジ」がよくあげられる※1。営業一本やりできた人がMBAを取ってマネジメントに行きたい、とかエンジニアがMBAで学んだことを利用して自分のベンチャーを立ち上げたという話は「MBAに行って変わった自分!」みたいな特集があるとよく出る話題だ。

確かにそういうキャリアチェンジのチャンスは、MBAの魅力の一つと言えると僕も思う。MBAでは経営の基礎について学ぶことができる(と聞いている)し、短い時間とはいえ集中して勉強することで、自分の興味あることにトライする時間はある。

でも、落ち着いて考えてほしい。

僕も含めて、MBAに進む前に「実地で学んだこと」の価値というのは、高々二年間、それも日本ではあまり評価されない『学校での勉強』で圧倒的に塗り替えられてしまうものだろうか。もちろんそうではない。
MBAで学ぶことが出来るのは、一般的に経営に必要と考えられている科目であって、いわば多くの人にとっては「かけているモノを埋めに行く」時間なのだ※2。だから、キャリアチェンジをするといっても、過去の自分を否定する必要はないし、そうすることのメリットは何もない。MBAとはこれまでの自分が歩いている道を軌道修正する場所・・ぐらいの気持ちで考えたほうがよいはず。


■ MBAは『ダーマの神殿』じゃない ■

キャリアチェンジをするのであっても「過去の自分」と「変わった自分」の格差が余りにも大きいのであれば相当な努力が必要だし、雇用する側によほど強い理由がなければ職を見つけることさえできないだろう。

MBAに行ったら「自分の思うように職を変えることが出来る」ともし思っている人がいたら、それはちょっと違う※3。MBAはレベルがある程度上がったら自由に職業を変えることができる『ダーマの神殿』ではないのだ※4。だいたい体力を維持して働くことができる期間が30年ぐらいとして、20代の数年間を全否定することに意味があるだろうか。

MBAはどちらかといえば「天空闘技場」であると僕は思う※5。これまでの自分の能力を持ちつつ、色々な学生たちとやり合う(交流して、議論する)ことで自分の能力をあげていく場所なのだ。もし自分の努力が十分であれば、新しい自分を作ることができるかもしれない(ちょうど強くなっていくと念能力が目覚めるように)。

当たり前だが、僕は自分がMBAに行くと決めたように、MBAに対して肯定的な人間である。だからこそ上記のように「簡単にチャンスをつかめる場所ではない」と理解したうえで、やはり学びに来る人が増えればそれは自分にとっても社会にとってもいいことであると考えている。

次回はようやく、自分はなぜMBAに行ったのか、ということについてちょっと書き始めようと思います(長い前置きですいません・・・)。



※1・・・MBAのメリットがまとめられたエントリーについては、次回当たりに取り上げる予定です。
※2・・・戦略コンサルなどで既に実地で同じような内容をやっている場合は異なる。あくまで僕のようなキャリアの場合を想定して書いています。
※3・・・もし、いたら。。という仮定の話です。また努力と運次第では全然違う道もあるので、あくまで一般的な話です。
※4・・・ダーマの神殿はドラゴンクエストシリーズに出てくる転職するための場所。ただし、後期作品では「上級職」の概念があるので、多少MBAと似ているところはあるかもしれない・・。
※5・・・漫画「HUNUTER×HUNTER」に出てくる格闘用の舞台。強くなっていくと上にあがっていくことが出来、またある程度以上の階に行くためには特殊な能力が必要になる。

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2011年7月15日 (金)

生活向上用に自転車購入

先日の宿舎決定に続いて本日はVISA申請に浦东に行かねばならず、ついでに学校にもよってきたので、これ幸いとばかりに自転車を買いに行ってきた(ちなみにVISAは申請書類が足りずやり直し・・・これについても無事に取得出来たら書く予定)。

僕が現在住んでいる浦西はある程度街がまとまっており地下鉄も多いので、徒歩での移動もそれほど大変ではないのだが、schoolがある浦东側は新しく開発が行われた場所なので、建物が無駄に大きく、また間隔も広い。さらにschoolは浦东の中でも中心部(陆家嘴や世纪大道)ではなく、そこからタクシーで20分ほど行ったところにあるので、ちょっと買い物に行くだけでも一苦労・・という場所にある。

school内にはスーパーがないので買い物に頻繁に行くことを考えると、やはり自転車が欲しいな・・ということで、今日は空いた時間に自転車を買いに行ってきた。ちなみに本格的に自転車に乗るのは、上海に来てから初めてである(来たばかりのころは車がおっかなくてとても自転車に乗る気がしなかった)。

買いに行ったのはschoolから2kmほど歩いたところにある、綜合スポーツ用品店のDecatholonという店(中国名:迪卡侬)。フランス資本で上海にもいくつか店舗がある専門小売で、スポーツ専門店が少ない上海では貴重な場所だ(もう少し詳しく調べて、こちらも書く予定)。

自転車を買うだけであれば、もっと近くにSpecializedの輸入専門店があったのだが、ここは高くて購入は断念(できれば一万円ぐらいで買いたいと思っていたので・・)。Decathlonではちょうど狙っていた価格帯(800元~)のスポーツサイクルを見つけることが出来たので、早速色を決めて購入を決定。基本的に買いものは事前にある程度目星をつけておいて、即決で決めるタイプなのでほとんど時間をかけることはない。
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自転車を購入といっても、フレームとタイヤがついているだけなので、アクセサリは別途購 入しなければならない。一応スポーツサイクルなので、スタンドもアクセサリに含まれるのである。今回は最低限の装備ということで、空気ポンプ、スタンド、ドリンクホルダーなどを合わせて購入した。
本当は前輪・後輪にそれぞれカバーをつけたかったのだが、なぜか店内で売っているものは型があわずはめ込むことができなかった・・・(写真はアクセサリを付けている店員さん)。いかにも中国らしく、作業に時間がかかると入れ替わり立ち替わり店員が来るのだが、みな技術レベルは同じなので、全く作業は進まない。なぜ自分ならできる・・と思うのだろう。
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Decathlonでは購入前に実際に商品を試すことが出来るのだが、それが格好の遊び場とな るらしく、小さい子供が何人も自転車に乗って中をこいでいた。基本的に上海では子供は甘やかされており(特に浦东のような中級以上ではその傾向が強い)、買い物客がいても平気な顔で店内をこぎまわっていて、危ないことこの上ない。

一度結構大きめの子が背中にぶつかってきて商品ごと転んでしまったのだが、文句をずっと言っていたのでさすがに無視。ああいう子が大きくなった時、ちゃんとマナーを守れるようになるのだろうか・・・(お母さんは、あら大変!みたいなことを言ってたけど、お父さんは謝罪に来た)。

30分ほどでセッティングも終わったので、試走がてらschoolまでこいで戻った。実に4年ぶりぐらいのスポーツサイクルなので、すぐに腿が痛くなり情けない気持ちになる。日本ではクロスバイクで東京-京都を往復したりしていたはずなのに・・。久しぶり過ぎてまだ体が言うことを聞かないので想像よりも50%ほど遅いスピードでタラタラとschoolまでこいでいく。また、いくら慣れたとはいえ、車の運転マナーが変わるわけではないので、ヘルメットを付けるのも忘れない。下手したらひき逃げされてしまう可能性もあるので、とにかく安全第一である。

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schoolには学生用の駐輪場があるのだが、なぜか『学校の外』にあるため、盗まれないか は甚だ心配。とりあえず頑丈な鍵で止めてきたけど、自転車ごと持っていかれたらおしまいだし・・・明らかに周りの自転車と比べて「新品」だったし・・・管理人は昼も夜も常に「寝ている」人なので、ほとんど期待できないし・・・。せっかく気持ちよく乗れる自転車を買ったので、次回行くまでに(もちろんその後も)盗まれないでいるといいな・・。

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2011年7月14日 (木)

プログラム期間中の宿舎決定 -そこに至るまでの顛末②-

前回は、校内宿舎の申し込みで「申し込み開始日即申し込み終了!」という状況と、それについて管理部長に問い合わせを入れたところまで、でした(前回についてこちらからご確認を)。本日はその続き。

■ 管理部長からの返信 ■

驚いたことに、翌日朝には管理部長から返信が帰って来たのだった。文中には「私も事態よく把握していないが、あなたが主張していることは、事前コース(pre-course)向けの宿舎割り当てがそのまま延長されるのはフェアでないということでよいか?」とあった。
自分としては現状の「理由」まではわからないのでその旨を再度明確にしたうえで、管理部長が懸念しているようなことが起こっている可能性があるとの返信。こちらもすぐに、返信が帰ってきて学内調査の上で、担当者から連絡をくれることになった。

前回書いたように、僕としては対応がされないものと想定してので、上記のような真摯な返信が帰ってきたことに感動した(感動レベルが非常に下がっている・・・)。その後、admin officeからメールが来て「たとえpre-courseに所属していても、正式コース開始後の利用のためには再度の申請が必要であるという」という連絡が行われた。僕の担当者(それぞれの学生には担当者がつく)によれば、僕はpre-courseを除けば申請順位が非常に速かったので、可能性は十分にあるとのことだった。


■ 一人部屋確定から申し込みまで ■

申し込み自体は既に開始直後に終わっていたので、担当者から連絡をもらってからは「とりあえず待てばよいだろう・・・」ということで、school近くの家賃などを調べはしたものの、積極的には動かないで待っていた(まあ、動けないし)。そんなこんなで7月の結果報告日になったのだが・・・全然結果が来ない。う~む、これはやっぱり落ちたのかな?と思い、おそるおそる担当者にメールを送ると「あ、ごめん、1人部屋取れてるから、いつでも登録に来て」との返信。う~む、嬉しいんだが、こんなに適当でいいのかな?と嬉しさ半分、当惑半分。

ただ、これで家賃に関しては最小限に抑えることができる!とまずは一安心。余り早く入居すると無駄な家賃もかかるし、一方でビザの申請もあるし・・ということで、7月二週目になって登録に行ってきたのでした。Dscn0152_640x480

受付で登録場所を教えてもらいテクテクと学内を歩いていくと、どこから見ても作業場のよ うな場所が・・・。教えてもらった場所は明らかにここ何だけど、どこから見ても電機関連の修理場所にしか見えません。
さらに奥の方に入っていくと、ようやく受付場所発見!・・・これ、受Dscn0153_640x480付場所というよりも作業する職員の休憩所・・という雰囲気。これまで何度かメールや電話でやり取りしていた人(めっぽうイライラさせ てくれた人)ともようやくここで初対面。・・・まあ、何というか、部屋を見て実際にあって「ごめん、怒っていた俺が間違いだったよ」という気分になったのでありました。別に反省したというわけではなく、まあ、つまりそこまで期待すべなかった、ということであります※1

■ 学生宿舎の様子(共用部分)■Dscn0142_640x480

鍵は上海市内で共通で利用可能な交通カードに登録すればOKということで、ものすごく簡 単に手続きは終わった。ここまで来るまでのやり取りを考えると、拍子抜けするほどの短さである。ちなみに、今年は例年になく160人が宿舎入居を希望したとのことで、数人は二人部屋すらも獲得できず外に住むことになったらしい。一人部屋Dscn0151_640x480 に関しても、予定よりも多少増員したがそれでも希望者には全然いきわたらなかったとのこと。
(自分も申し込みがもう少し遅ければだめだったと言われた。やはりギリギリだったのだな・・と今更ながらびびった)。

学生宿舎は全部で4つあるが、自分が割り当てられたのは一番奥にあり、そして一番暗い棟である(電球がついておらず物理的に暗い)。右が入ったところの写真。郵便受けがものすごい並んでいるのは、二人部屋もありかなりの人数を収容できるからだと思う。
ちなみにロビーにはなんと自動販売機がある。日本では当たり前のようにある自動販売機だが、上海では街かどで見かけることはまずない※2。自分の生活圏で見かけるのは二号線沿線の地下鉄駅内で、これが1年ぐら い前に初めて設置された時には、感動したものだ。
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また隣の二号棟には、共用のコインランドリーがある・・・のだが、見学のために中に入った時にはビビってしまた。言葉は悪いが、バイオハザード(by カプコン)の1シーンを思い出してしまった。写真だと綺麗に写っているが、実際には蛇口から水がぽたぽた垂れており、全体が湿っぽい(一方、乾燥機のところは妙に暖かい)。

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宿舎に住む学生は、一回10元(130円程度)でクリーニングサービスを利用できるらしいので、自分で選択することはほとんどないようだが、自分で選択するのは慣れてない人にはちょっと厳しいかもしれない※3。ここを見るまでは自分で対応しようと思っていたが、おそらく自分も毎日依頼をすることであろう・・(毎日運動する予定、ホントに予定なので)。

■ 部屋のご紹介 ■Dscn0147_640x480

自分が割り当てられた部屋は、二階の角部屋。目の前は学生共用スペース・・なのだが 、この共用スペースは電気はないし、古い埃かぶったソファーが置いてあるだけなので、間違いなく使われていないと思われる(写真だとフラッシュをたいているので明るいけど、実際はほぼ光はない)。

部屋は机が二つに、シングルベッドが一つのシンプルな作り。椅子Dscn0154_640x480が学校にあるような木の椅子であることも含めてシンプルすぎるぐらいである。公式情報には10平米とあったので、どれだけ狭い部屋かと身構えていたのだが、実際には倍の20平米ほどあるらしくて、個人で済むには十分である。そもそも長くても1年半しかすまないわけだし、交換留学をする可能性も考えれば、これで十分。

入り口横には小さいクローゼットがあるのDscn0155_640x480だが、なぜか布団と枕が入っていた・・。少なくと も半年間にはこの部屋は使われていなかったはずなので、この部屋の前の住人が使っていったものかもしれない。管理人のおじさんに頼んで早々と処分させていただいた※4

風呂+シャワーは一つにまとめられた小スペース。小さいけど、おDscn0157_640x480そらくお湯も出るだろう から(まだ確認していないので、早く確認せねば・・と今気が付いた)最低限の設備はカバーできている。外国人にはちょっと厳しいかもしれないけど、そもそも部屋にトイレがあることを感謝しなければ。以前TOEFLを受けに大学に行った際には、共同便所で溝だったので、激しく動揺した(が、中国ではいたって普通である)。トイレの水が異常に茶色くて何か買ってこなければ・・と思ったが、タンクを調べたらただのサビのようで、水の影響ではないことがわかり一安心。

窓からは中庭を見ることが出来るけど、これは日が入ってくるぐら いの位置づけという感じ。繰り返しになるがこれで1850元/月なので、文句をいったらバチが当たる。足りない設備(衣装ケースや、Dscn0158_640x480できれば個人用のミニ冷蔵庫は買っておきたい。共用冷蔵庫はよくモノがなくなるとのことだったので)を買い足せば十分快適な生活を送ることが出来そう。

・・・ということで、5月中旬から心配しっぱなしだった家の確保が無事にできたのであった。この後も事務手続きの不備で学校に入るためのカードが発行されなかったり、支払いのために行ったり来たりをさせられたのだが、これはお約束ということで、ようやく次の生活のメドが立ったのでありました。

※1・・・根はいい人たちが多いので、すぐに仲良くなることが出来ました。こういう時に中国語を話せるとすごく便利
※2・・・自動販売機を置くと、中身どころか箱ごと持っていかれる危険性が高いと思われる。鉄くずはそれなりの値段で売ることができる。
※3・・・利用可能時間も結構短いので、人に依頼しないで自分で張り付いているのは難しいと思われる。数も少ないようだし。
※4・・・これじゃあんまりだな~といいながら、なぜか新しいシーツを下さった。よくわからないのだがいただけるものなので、ありがたく頂戴して早速ベッドに曳かれている。

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2011年7月12日 (火)

もうちょっとばかり発言回数を増やそう

ここ数日でTwitter上の通称「中国クラスタ」でちょっとした議論になったことが二つあった。どちらも中国の情報を日本語(あるいは日本側)で伝えるということの話で、その流れを見ていて僕個人としても考えることがあったので、今日はそのことをちょっと書いておきたいと思う。


■ 話題1: 日経の適当なランキング ■

話題の1つ目は7月9日に日経で報道されていた、中国ヒット商品ベスト25(リンクはこちら)について。この「ベスト25」、中国をしっかり見ている人には甚だ評判が悪い。

  • 中国とうたっているが実際には「上海」ではやっているものをまとめただけ。
  • 現地人から見て流行っているものではなくて、日本人にとって流行っているように見えるものを取り上げている。
  • 2011年といってる割には数年前から定着しているものも含まれている。

僕個人としても、最初の感想は「これはない」である。理由も上にあげたのと同じ。とにかく「ちょっと上海に来て適当に話題になっているものをまとめました」感があふれているのだ。もしかしたらなにがしかの調査期間を使ったのかもしれないが、それであれば調査方法をしっかりと開示してほしいと思う(その上で批判がフェアでなければ、謝罪いたします・・・)。

これが批判されたのは、もちろん日経新聞という(一応)経済面では日本を代表する新聞サイトがこれを報じたからである。付け加えて言えば、これの詳細版を21万円という高額で売っているということがわかったからかもしれない。とにかく、中国報道にかかわっている人の多くがこのランキングに憤慨していた。

■話題2 中国で一番有名な日本人 加藤氏について ■

二つ目の話題は「中国で一番有名な日本人」加藤嘉一氏に関するTwitter(とblog)の書き込みである。加藤嘉一氏は北京大学に留学後、中国国内で「中国語」で言論を展開する日本人ということで、色々なメディアに取り上げられているので知ってる方も多いと思う。僕ももちろん日経BPのコラムや、中国語の記事も呼んでおり、彼のことは前から知っていた。
(日本に帰った時に本屋で「中国で一番有名な日本人」と書いてあるオビを見た時にはかなりヒいた・・・一番有名ということはさすがにない。蒼井そらのほうが有名だと個人的には思う(30代以下限定))

話題の元には彼を批判するコラムが日本語版ニューズウィークに乗ったことで、こちらも中国関連の方がいろいろとこの記事および加藤嘉一氏について意見(または批判)を書きこみ、一時はかなりTwitterのTLが盛り上がった。
僕も個人的な意見を少しは持っていたのだが、とてもそこに突入する気にもなれず、また後から考えてみるとずいぶんとアホな観点だったので、参戦しなくて正解だったと思う。。(彼への批判と擁護は、元々は彼の言論からスタートしたのだが、途中で拡散してしまったのでここで追うことはしない)


この二つの記事と、最近自分の周りに起こっていること -日本に帰って色々話したり、school入学準備をしたり -を合わせて気付いたのは「自分が知っていることを、ちゃんと伝えてまとめることには価値がある」ということだ。 「な~に当たり前のことを言ってるの!」と思われる方が多いと思うのだが、これ、自分にとって本当に発見です。

自分の性格もあるだろうし、あるいは大学院の理系で学んだということも影響していると思うが、自分は「something new(=新しいこと)」を追求すべきで有るという考え方がすごく強い。もっと言うと、「自分が簡単に獲得した既に世の中に知られていると思われること」をドヤ顔で伝えるのは恥ずかしいことだと思っていた。blogの内容も基本的には個人の体験(つまり自分が体験したという新しいこと)にしたいと思っていた。

今回の議論で、『自分にとっては常識でも、知られていないこと』がたくさんあり、『一つのことでも背景知識が違えば解釈が異なる』ことが実に身近に転がっていることに気付いた。そして、それぞれの背景知識と解釈を併せて情報を発するということは、自分が思っているよりも価値があることであると思うに至ったのです※1
個人としては「直接働きかける人」でありたいと思っているけど、もうちっと自分の見方を問うて、フィードバックをもらう必要もあるな・・というのが今の正直な気持ち。ショボイ内容であれば、しょぼさを指摘してもらい、少しずつ上げていけばよいと考えています。

とまあ、要は「自分としても知っていることを積極的に発信していきます。たとえ内容がしょぼいなと思ってもまずは土俵に上がることにしました」ということをいいたいだけだったのだが、自分的には一つハードルを越えて頑張ります!宣言なのです。

※1・・・考えてみれば、学校で使う教科書も既に知られている内容が繰り返し書かれているが、価値があるものはやはり価値がある。

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プログラム期間中の宿舎決定 -そこに至るまでの顛末①-

プログラム期間中に決まった収入のない学生にとって、家賃は結構な負担になる。日本でも報道されているように、上下しながらも上海の家賃は確実に上がっているので、数年前に比べても家賃負担は多くの学生にとって大きい(実は学費も毎年あがっているのだが・・・)。

もちろんSchool側も宿舎を期間中の宿舎を提供するのだが、数が限られているため必ず自分の希望通りの場所を取れるとは限らない。私費で留学している自分にとっても家賃のような固定費はなるべく安く確定したいということで、是非とも校内宿舎に住みたかったのだが、ようやく本日宿舎に入居することが出来た。ここまで来るまでに色々とやり取りがあったので、今日はその顛末を書いておこうと思う。

■ 学校提供宿舎について ■

自分が進学するCEIBSは1年半のプログラムで、各学年200人が在籍するので、毎年半年間は約400人が学ぶことになる(実際は交換留学があるので、もう少し少ない)。この学生に対して学校側は各学年180人分の宿舎を用意している。

2011年入学生にはテレビありの棟が1棟、テレビなしの棟が2棟提供されることが決まっており、それぞれ一人部屋と二人部屋がある。一人部屋は全部合わせて60人分のキャパシティがあり、それ以外の学生は2人部屋に入ることになる。一人部屋、二人部屋の贅沢さえいわなければ希望する学生は毎年全て受け入れられるらしい。

家賃は一番安い部屋で950元/月、一番高い部屋で2500元/月。家賃が高い上海で光熱費混みでこの金額はかなりの節約となる。上海の家の契約は1年なので、1年半だと契約更新時の家賃交渉をしなければならないし、備品が壊れた時には毎回大家と交渉しなければならないので、その手間を考えると、お金が厳しい外国人学生にとっては非常に魅力的だと思う。ただし、部屋は非常に狭いのでお金がある人は外の方がよいと考えるはず。

僕はといえばもちろん節約すべきところは節約したいので、校内に住むという選択肢を第一に考えていた。ただし1人部屋が取れれば・・・の限定つき。
そもそも「自分の空間」を大切に思うタイプであるし、過去の先輩方の話を聞いても、またこれまでの自分の経験と照らし合わせても二人部屋で住み続けることは不可能であると確信していたからだ。
希望通りの部屋が取れれば、18カ月で約40万円の負担。リーズナブルなこの部屋をとれますように・・・というのが僕の希望であった。


■ 申し込みから今日に至るまでの顛末 -1- いきなり部屋が一杯■

自分たちの一つ上に当たる日本人先輩から「申し込みがOPENしてすぐに申し込めば一人部屋を取ることができるから」とアドバイスをいただいていたので、学校側が提供しているWEB上の共有サイトで申し込みOPEN日はチェックしていたのだが、実際にOPENしたのは予告日よりも一週間ほど早い木曜日だった。

国外から(一応自分もここに含まれる)来ている2011年入学のメンバーの大半はすでにFacebookやLinkedinのグループページで情報共有をしているので、申し込み受け付けはグループページで知ることが出来た。「これは早く申し込まねば!」ということで、受付翌日には、早速日本から申込書をメールした(情報を知ったのが申し込み開始翌日だったので、見てその日のうちに申し込みをした)。

メールを送り終わってさすがにこれは大丈夫だろう・・と思ってると、すぐにschool側から返信が帰ってきて「すでに今年の一人部屋は一杯になりました」と書いてある・・。ありえん!と思い、すぐに日本のバイト先からschoolの担当者に電話すると以下のように伝えられた。

  • ① 今年は例年になく学生が宿舎入居を希望しており、一人部屋はすでに一杯である。
  • ② 入居申し込みは4月から行われており、申し込み用紙はいつでも取得可能であった。
  • ③ 部屋の割り当ては「先着順」でおこなれており、完全に公平である。
        (これは自分が②に対して「情報のOPENは昨日であり不公平」だと主張したことへの回答。笑いな
      がら回答されて激しくイラついた。)
  •  ④ 各学生からの担当者から情報が伝えられたというのであれば、その回答内容を
       メールで送るべきであり、口頭の回答は認められない。

④に関して補足すると、中国ではよく告知された情報と実際の処理が異なるので、別途個人として自分のadmin担当者に確認したのだが・・・という意見への回答である。こういったまさに「木を鼻でくくる」ような態度は、中国の事務処理でよくあることなのだが、まさかB-Schoolの担当者からされるとは思ってもいなかったので、正直怒りがフツフツとこみあげてきた。
(かなり大きな声で中国語で話していたため、バイト先の人がヒいたと思われる・・)


■ 申し込みから今日に至るまでの顛末 -2- 対策を考える ■

ひとしきり落ち着くために散歩をすますと、久しぶりに「中国的対応」をされて闘争心が燃え上がったのと、二人部屋に住む or 学外に住むというどちらもゲンナリするような選択肢を受け入れたがったので、まずはできることをしようと決意。

まずはこういった対応が昨年以前も行われていたかを確認するために、在学中の先輩に問い合わせると「あり得ない対応なので抗議すべきである」との回答をもらった。いきなり学校側に喧嘩をうるようなことは自分も若干躊躇していたのだが、こういう回答をもらったことで遠慮なく前に進むことができる。電話で直接話した感じだと明らかに学生側からのクレームを受け付けるような態度ではなかったので、先輩からはまず管理責任者の連絡先を教えてもらった※1

次にクレームとして伝えるべき内容を考える。こういう時に、感情のまま「おかしい、やり直せ」というのはスマートでないし、そもそも自分としても圧力をかけるようなことはしたくない。そこで、まずは疑問点と理由を明確にすることにした。

【疑問点】 なぜWEB上で公式にOPENになる前から申し込みが可能で、またそのように主張しているのか?

【考えられる理由】
  ① 不正があって本当にずっと前から申し込みを受け付けていた。
  ② 事務処理上・手続き上のミス
   pre-courseを受ける学生は宿舎の利用が可能で、その申し込みは4月から行われて
   いるというのは事実として確認している。またpre-courseに申し込んだ学生から
      正式プログラム開始後の18ヶ月の権利も獲得したという書き込みもあった。しかし
      公式書類上ではpre-courseの宿舎利用は「その期間に限り、その後の権利を保障し
   ない」と明記されていた。

正直にいえば、自分の中では今回の手続きも①が理由だと考えており、②であるという可能性はあまりないと思っていた。3年半も過ごしていると、発想がすぐに『裏口』になってしまうのだろうか・・・。

しかし、繰り返しになるがクレームを入れるにあたって明確に「不正が行われている」とか「やり直しをしろ!」というのはいい方法とは言えない。もし「不正が行われている」という表現をすると、『もし実際に不正が行われていたとしても』それを認めることが難しい中国社会では逆に是正効果が効かない可能性がある※2
そこで、①のような不正があったのではないか・・ということをにおわせながら、あくまで②のような勘違いがあったのではないか?という質問のメールを送ることとした。表現も抑え目にし、もし勘違いがあったなら改善することが全体の向上につながる、というとを強調した。

以上のような考え方に沿って、その日のうちに数時間かけて証拠類の準備と文面の推敲をおえて送ったのだが、本音を言えば改善は期待していなかった。仮に②のような勘違いだとしても既に入居した学生には権利を与えてしまったのであれば、今更それをひっくり返すようなことはしないであろうと思っていたし、最も考えられる対応としては「貴重な意見をありがとう。いくつか業務上のミスがあったようなので、来年から改善します」という返答が送られてくるだろうと思っていたのだった※3

しかし、管理部長からは翌日朝には、はやくも返答が来たのであった。

と、思ったよりも長くなってしまったので、続きは次回へ・・。(このごろこんなのばっかり....)

※1・・・こういう対応をするのは自分のschoolだけかと思って、念のためハーバードに留学していた友人に確認したところ、おかしいことがあったら言うべきとこちらも同じようなアドバイスをいただいた。持つべきものは友人である(というか先輩なので、感謝の念しかない)
※2・・・このあたりは住んでいると理解できることなのだが、とにかく面子を気にする文化では「お前は間違っている」というのは帰って逆効果である。たとえ間違っていたとしても、逃げ道を用意するような主張の方が結果としていい方向に進むことが多い。
※3・・・中国は巨大な官僚国家である。

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2011年7月10日 (日)

またも東洋医学を受けてきた(今回はマッサージのみ)

二年ほど前に体調不良で東洋医学を受けている、というエントリーを書いたのだけど、また近頃同じような軽いめまいを感じていたので、またもマッサージを受けている。

去年もGMATの勉強真っ最中の8月に原因不明のめまいと微熱に悩まされたのだけど、どうやら「夏の風物詩」として自分の体に記憶されたらしい・・・といいたいぐらい、毎年7月~9月はめまいに悩まされている。
今回は日本で一月半も色々な人と呑んで食べて話した後に、さらに中国に戻ってきてから北京にいったりした疲れが出たのだろうと思うけど、そんな理由の分析よりも回復を早めねば!ということで、今回もマッサージに行ったのであった。

これまでは海外旅行保険があったので、正規の病院にかかることが出来たのだが、今回は留学までの狭間の期間で保険が切れているため、マッサージ店に行くことにした※1。向かったのは娄山关路にあるマッサージ屋で、2年ぐらい前から定期的に行っているところ。空いている時にはいつも同じ人にお願いしているので、触っただけでだいたい自分のどこが悪いかを分かってくれる人である。

今回もまず横になって「いつも通りお願いしますね~」というと、まずは背中全体を触って「背中のココとココが悪くて・・」と指摘をしてくれたのだが、自分が痛いと感じる部分とぴったり重なっている。こういう医療行為でないマッサージでも、やはりプロは違うな~と感じる瞬間。
何やらものすごく凝っていたらしく、いつもよりもかなり強い力でグイグイと押し込んでもらう。当然こちらもかなり痛いのだが、信頼している人でもあるし、早く体調を戻したいので「ウグッウグッ」とうめき声をもらしながらも我慢してひたすら押し込んでもらった。

あまり揉んでもらうと後から揉み返しが来たらまずいな~ということで、今回は1時間で終わりにしたのだが、帰宅途中から汗が全身から噴き出すこと。2年前の治療の時もそうだったのだけど、中医にいくととにかく汗が止まらなくなる。しかも体で感じる感覚としては、体の中から汗が噴き出してくる感じで、暑くもないのにシャツがビショビショになるくらいだ。本日時点ではまだ完全に回復したわけではないけれど、大分体が軽くなったのでもう2・3回は集中的に通うつもりだ。

wikipediaを見るとマッサージは日本でも医療行為としてOKのようだけど、実際に日本で医療行為として病院でマッサージを受けたことは一度もない。現状では代替医療という位置づけになっているようだけど、針とかマッサージは個人の体験レベルでは非常に効果があるので、日本でももっと活発になればよいのに・・と思っていたりする。
(東京でマッサージを受けるとすごく高くてびっくりする。土地代が高いんだろうけど、気軽に利用できるレベルじゃないよね・・)

※1・・・保険がきく中医科にいくと、海外旅行保険を利用することが出来てほぼタダで受診が出来る。保健がないとだいたい4万円~。

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2011年7月 9日 (土)

MBA受験の道のり -予告編-

自分が入るBusiness School(以下B-school)(CEIBS)のカリキュラムが始まるまでようやく残り一カ月になったのだが、その前に自分がどういう経緯でB-schoolに入学することを考え、どうやって学校を決定し、そしてどのように受験をしたのかということを簡単にまとめておこうと思う。

例によって中国のアイドルネタやら自分の旅行ネタやらで間が空いてしまうと思うけど、自分の経験のまとめにもなるし、何より「一度も日本に帰らずに、中国(海外)でMBA受験をする」経験をもっている日本人はほとんどいないと思うので、もし今後そういう方がいた時に少しでもお役にたてればと思い、ツラツラと書いていきたいと思う。

構成としては以下のような流れになる予定。結構長くなるような気がするので、気長にお付き合いいただけるとありがたいです。

 1. なぜMBAを受けるのか?    前置 その1
 2. 志望校決定プロセス -アジアMBAの理由-
 3. 合格までの基本的な方法論
 4. TOEFL対策 および受験記(全部で5回ぐらい)
 5. GMAT対策
 6. 推薦書をお願いした方々
 7. エッセイについて(前・後編予定)
 8. インタビュー(全3回)
 9. まとめ


 

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2011年7月 7日 (木)

Short trip in Beijing (石家庄経由で北京に行ってきた) -1日目後半-

1日目前半より続く)Dscn0026_640x480
レストランでの休憩によりかなり体力を回復したので、元気いっぱいで予定通りの時間に 電車に向かった。駅はどこにでもある普通の建物で、この時期には普通に見られる裸族の方々もそこかしこに見られる。中国のローカル線はだいたい時間通りに来ることはないので、駅でかなりの人が待つこととなり、席だけでなく床にも人が寝っ転がっていた※1

僕がのる列車もかなりの長距離を走ってきDscn0028_640x480ているので、今回も遅れるのだろうな~と予想していたが、30分程度の遅延で乗ることが出来てほっと一息。が、なぜか乗った電車は寝台列車・・。本当は动车と呼ばれる中高速鉄道に乗るはずだったのだが、どうやらチケットを間違って買ってしまったようだ。左右三段の寝台がずらりと並んだ列車で、もちろん乗るのは初めて。カーテンもない中で、パンツ一枚の伯父さんやパジャマを着た女の子が寝ていてかなりビDscn0030_480x640 ビる・・・。
とりあえず自分の席(というかベッド)を見つけると、電車はベルも鳴らさずに北京に向けて動き出した。石家庄から北京まではひたすら農地(というか荒野)の風景が続いており、電車はゆっくりと進んでいく。あまりにゆっくり過ぎて、3時間予定のところを4時間かけていくほどだ。

北京到着は結局当初の予定から4時間おくれて午後6時になった。実に家をでてから12時間の旅である。長い・・飛行機に比べて長すぎる・・。到着したのは北京西駅で、これも初めてついた場所だった。

北京はまったく土地勘がないので、適当にコントロールされたDscn0032_640x480_3
列に40分ほど並び、タクシーで宿泊する友人の家まで向かった※2。ようやく荷物を置いて一休み・・・。

その後、初めての北京でまったく中国語も話せないのに、老胡同を改造したホテルに泊まるという友人を地下鉄駅でPick upし向かったのは大董烤鸭店。せっかく北京に来たので北京ダック(烤鸭)を食べてもらいたいと思っていたし、まだ僕もきたことがなかったのDscn0035_480x640 で、少々おしゃれな内装にビビりながらも初めての大董に挑戦してみた(夜が結構遅くてそこしか空いてなさそうという理由もあった)。

中に入ってみると、とにかくおしゃれな内装にびっくり。僕は料理に関しては、全体の平均値では上海のほうがおいしいと思っているけれど、本気になった時の北京のクオリティの高さはすさまじいものがある。北京在住の友人によれば特級の料理人が開いている店で外国人のお客さんが非常に多いとのこと。

僕が行った日は外人は多くなかったものの、おしゃれな(=お金をDscn0041_640x480持っている)若い中国人が多くいた。こんな派手で空間をぜいたくに使った店は上海では作れない(上海は狭いので土地代だけでものすごいコストになってしまう)。
料理も上品でとてもおいしく、大満足で北京一日目を終えたのであった・・・ 。
(写真はFBの僕のアルバムから見ることが出来ます)


※1・・・遅れるのみならず早く行ってしまうこともあるので、日本のようにギリギリにDscn0043_640x480 駅につくなどという冒険をすることはできない。
※2・・・列をとりあえず作って人が順々になるようにしているが、途中でストップ→20人ぐらいを一気に進ませる、というコントロールをしていたので、結局その20人で取り合いになってしまう。1人ずつ行かせればいいのに・・・。

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2011年7月 4日 (月)

Short trip in Beijing (石家庄経由で北京に行ってきた) -1日目前半-

日本の友人(Twitter経由で知り合った友人)が転職休みで中華圏をグルッと一回りしてみたいとのことだったので、自分の観光ついでに北京まで彼を迎えに行ってきた。北京は上海とは違い、中国語なしではほとんど何もできない土地だし、彼は英語はできるが中国語は全くなので、助けが必要だろうと思ってのこと。

4月の頭に北京に行ったばかりで毎回同じというのは芸がないし、スクールが始まる前であまりお金もないので、今回はいつもと違って上海から石家庄までを飛行機で行きDscn0010_640x480、そこから電車で北京に行くというルートを試してみることにした。

上海から石家庄までは、日本でも格安航空で話題になった春秋航空を利用することにし た。この区間のチケットはWEBで早めに買うと99元という超格安(というか安全性に不安のあるレベル)の価格で買うことが出来るのだ。拡張された虹桥空港のTerminal1から早朝7時55分発というかなりしんどい便だったが、予想通り出発は遅れた。ただし遅れるだけならラッキーで、20本ぐらい飛んでいるDscn0011_640x480便のうち2本は取り消しに なっていたので、やはり格安は格安なりのリスクがあるのだ。。

今回春秋航空は初めて使ってみたのが、個人的には他の航空会社とそんなに変わらないと思った。以下、簡単な感想。

      
  • 食事はなし。ただし、他の中華系航空の食事も大しておいしくないので、別に気にならない。
  • 席は狭い。ただ、これも二時間ぐらいのフライトであれば我慢できる。隣のおじさんが寝ぼけて激しく腕を振りまわし、顔面にラリアット喰らった時はさすがに凹んだが・・。
  • 「荷物は一つまでのお預け、合計15kgまで」というのは一応のルールなのだが、余裕で複数個預けている客がいた。航空会社側も一応指摘するのだが、客側が言うことをきくわけもなくやたらと交渉時間が長引き運航に支障をきたすレベルになるので、結局なし崩し的にOKになる模様。
  • 格安を取り返すために、フライト中は機内でいろいろな広告案内がある。わかってれば音楽を聞きながら眠れたのだが、なかったのでず~っと広告を聞いてDscn0013_640x480いた。。

1時間遅れで無事に石家庄についてまず気がついたのが、空気がとにかく汚いこと。 上海も決して胸を張れるようなレベルではないが、石家庄は歩いて普通に呼吸をしているだけで喉が痛くなる※1。空気の汚さにたじろぎつつ、とりあえず空港から北京までの電車が出ている駅に向かうことにする。本当は事前に移動距離やら金額やらを調べておくべきだったのだが、今回はすっかり忘れていDscn0015_640x480 たので、運転手さんの言うとおりの道でお願いした(というか言葉がなまりすぎていてさっぱり聞き取れなかった)。
どうやら空港から電車の駅までは40分ぐらいかかるらしい、ということがわかり出発すると、すぐに目の前で交通事故発生。高速道路を華麗に逆走してきた車と、空港から出て行ったタクシーが正面衝突を起こしていた・・・。この「高速道路逆走」は時々上海でも見かけるのだが、石家庄まで来てまさか目の前で事故を見ることになるDscn0017_640x480 とは思いもよらなかった。自分が乗っているタクシーの運転手も野次馬根性丸出しで事故を起こした運転手同士のケンカに割って入る(逆走してきたおばさんのほうが文句を言っているというのは、理解に苦しむところ・・・)のだが、放っておくと延々と話してしまいそうなので、10分ほどたったところで運転手を呼びだして再出発をした。ちなみに、もちろんその間のメーターは倒れっぱなしである。

空港から駅までの道のりでとにかく目についたのが、マンションのDscn0018_640x480建設だった。 正直、車がないととても住めないような地域にもボンボンと高層マンションが建っており、上海で見られるような土地開発ラッシュが二級都市にも広がっているのだということを感じた※2。住む人がいないマンションを建ててGDPをあげていくのは、これすなわちバブルなのだが・・。

Dscn0019_640x480
疲れと腹痛でボーッとしていたが、空港から駅まではだいたい1時間くらいで無事に到着※3。途中からメーターが動いていないことが気になっていたのだが、予想通り到着すると「140元をよこせ」と運転手が言ってきた。正規の料金もわからない中でそんな金額払えるか・・ということで、とにかくタクシーの番号がついた发票(領収書)をよこせと何度も主張すると、だったら100元でいいと折れてくれた。運転手としては「发票がないDscn0022_640x480からサービスだ」ということを繰り返し主張しており、その時には「そんなわけあるかいな」と思っていたのだが、後でPCの前で計算したらおそらく運転手の金額は正規のようだった※4。まるでこれじゃゴネ得みたいで、日本人がほとんどいない街なのに、日本人の印象を悪くしてしまったかもしれん。。。

到着した石家庄駅はとにかく立派!そして、デカイ!
(しかし設備はしょぼい) 。Dscn0021_480x640 駅前には解放軍の銅像が建っており、That's 中国という感じである(過去電車に乗った駅で、銅像が設置されていたことはなかった)。銅像を横目にみつつ、切符を買うために、30度を超える猛暑の中、20kg弱の荷物を肩にかけて長蛇の列に並ぶ。水曜日なのになんでこんなに人が多いのだろう・・・。

道のりも値段も全然予備知識がなかったのだが、30分ほど無事に切符を買うと、一気にお腹が痛くなってきたのでいったん駅前の一番綺麗なホテルに避難。常に「より綺麗なトイレ」から逆算して行動をすることをモットーとしているし、とにかく荷物が大きかったのでホテルの中のレストランしか選択肢がなかったのだ。昼のバイキング用に70元(上海にDscn0023_640x480比べると安い!)を支払い、ようやく一息つくのであった・・。 (以下1日目後半に続く)

※1・・この後北京で聞いた話だと、石家庄は大規模開発と古い家の取り壊しで急激に空気が汚くなっているらしい。
※2・・百度によると、石家庄全体の人口は1000万人強で、市区内人口は300万人弱とのこと。これだけ規模があっても二級都市でである。
※3・・引っ越しにあわせていらなくなる本を北京の友人にあげるため、15kgほどの本をもっていったのだが、それが何よりしんどかった。
※4・・距離にしてだいたい45kmぐらい。単価が1.6元/kmで、長距離の場合には値上げになるのと、高速道路の通行料が上乗せされるので、そんなに間違ってないはず。

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