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2019年5月

2019年5月 4日 (土)

社長が変わって会社が変わり、米系企業でも忖度が支配する(一時的に)

組織というものは良かれ悪しかれトップの意向によって雰囲気が変わるものだけど、米系外資系の場合、レイオフを日本に比べてはるかに容易に行えることもあり、社長が変わるというイベントはかなり会社の雰囲気に影響を与える。僕が勤めている会社も、この2月に部門社長がかわりかなり雰囲気が変わった。一般的に米系組織ではリーダーが変わると、まず前任の否定から入るので(全てについてではないが・・)、目をつけられていた部門ではかなりの荒療治が行われる。



よくSNSでは日本企業のよくないところとして「意思決定基準が明確ではない」とか「上司への忖度が酷い」みたいな話を見るが、実際に米系企業に勤めている身からすると、米系企業だからと言って忖度がないということはなく、むしろ人事権を自由にできる上司が上にいる場合にはその度合いははるかに強い。就任したてのリーダーというのはだいたい最初に自身が進めたいと思う方向性や重要指標などに言及する。
こういった場合の中間管理職というのは、まずは方針に忠実であることを示す必要がある。日本では「上が変わったからと言って、俺たちのやることは変わらねえから・・」みたいな発言をする人が格好いいと思われるし、個人的にもその気持ちはわかるのだが、米系ではまず「Yes」からスタートせざるを得ない。

 

一方で実際の仕事では、むしろ明確にされていないような意思決定を依頼しなければならないことのほうがはるかに多いが、リーダーが変わったばかりの組織ではそういった「おそらく何らかの方向性はあるだろうが、まだ明確にされていない」ことを中間管理職が上にあげなくなり、急速に忖度が支配する・・・というよりも、上司の判断基準がわかるまでは、とりあえず様子見という判断がなされることがいきなり増える。誰も虎の尾を踏むような真似はしたくない、ということだ。

 

なので一般のイメージとは裏腹に、米系企業で「強い社長が大方針を打ち立てて、中間管理職が一斉に動き出す」みたいなことは実際にはほとんどない。強い社長が来て改革が急速に動き出すのは、基本的に社長がマイクロマネジメントだからだ。中間管理職側としても、基準がよくわからないまま判断を委譲されて、報告をあげてみたらハシゴを外される・・・というよりはマイクロマネジメントでも最初に判断基準を学べる機会があったほうがよい。



ということで、米系企業では否応無しに新リーダー着任時は「いきなりこれまでの方針が否定されて、打ち手が打たれる」部門と「なんとなくこれまでと同じことをするが、意思決定スピードが遅くなる」部門が並存することになる。我が社も例外ではなく、色々なところで変化時特有の澱みを感じるようになった。あと数ヶ月すれば、落ち着くところに落ち着く(はず)だが、暫くは粛々と日々の業務を行うということが続きそうだ。



GW直前にその部門社長と1:1で面談をしたのだが、日本は重点マーケットということで引き続き強化をして行きたいとのことだった(具体的な打ち手はこれからだが)。なにせ、実質的に話すのが初めてなので、こちらもやたらと緊張したのだが、印象的だったのは「小さな企業(スタートアップ)で成功するには、経験は十分条件で、スタートアップで上手く行くようなDNAを持っていることが重要だ」と話していたことだった。
基本的にこういったスタンスは前に勤めていた大企業では許されないので、なるほど生涯をスタートアップ関連で生きている成功者はそういった思考になるのだな、と感心した。まあ、話している間は“ジェダイになるにはフォースが必要で、フォースを持つかどうかは生まれながらに決まっている、みたいな話だな”とか、そんなことを思っていたのだが。。。

 

一寸先は闇という言葉が人生でこれまでにないくらいヒシヒシと感じるようになった2019年。なんとか平穏に年を越せるようにしたい。。。

2019年5月 3日 (金)

流行りにのって令和元日に考えたことを書いてみる

我が家はほとんどテレビを見ないのであまり意識はしなかったのだが、4月30日と5月1日は年越しのような感じの番組がいろいろ流れていて、世の中では王いう雰囲気なんだなというのを旅行先でようやく感じることとなった。個人的にはこの10連休は子供の面倒を10日連続で見なければならないという以上の意味を見出すのは難しいのだが、せっかくなので流れにのってなんとなく思ったことを書いておこうと思う。



僕は昭和生まれなので年号の上では令和は3つめになるだけど、昭和天皇の崩御の際の記憶はほとんどないので、実質的には平成の人間といってよいのだと思う。平成になってからいわゆる義務教育を修了し、大学院まで行き、社会人になり、中国大陸で暮らすようになり、またまた学生生活を送り、結婚をし、子供が産まれた、これが自分にとっての平成だった。言い換えれば、自分のことだけを考えて、自分の思うように生きてきた30年だった。そう、平成は「僕の物語」の時代だった。

 

これから始まる令和は、まさにその初めの日がそうであったように、子供達が子供たちの物語を生きる時代になる。人生100年時代という言葉を人から言われるのは癪である一方、確かにあと30年以上は働かないといけないのはほぼ確定した未来だが、それでも我々の世代(いわゆるアラフォーというやつだ)は、少しずつ物語の主役をバトンタッチしていかなければならない※1

バトンタッチを考える際に、自分は二つの顔を考える。一つはいってみれば「公人としての自分」で、これは今までの生き方の延長線上にある。急に今から世界を変えるような発明ができるわけではなく、政治家として理想に燃えた生活を送るわけでもない。これまでの人生で理解した自分の能力と特性を活かして、この社会の一員として価値提供をしていくということである。
もう一つの面は「父親としての自分」で、はっきり言ってしまえば、衰退しつつあるこの国家においてどのように生き残るべきか、あるいはこの国を超えてどのようにいきていくのかの路を教えてあげるということだ。
残念ながら、その2つの顔というのはときに正反対の方向性のなるのかもしれないけど、つまり公人としてはこの社会に貢献することを目指す一方で、私人としてはこの社会から離れてどれだけ独自のポジションを築くことができるかを考えるわけで、それは大なり小なり我々の世代が戦わなければならない矛盾なのだ。



既に、日本という国全体を考えれば敗色濃厚な撤退戦を戦っている最中であり、ここから先の見通しはさらに暗い。ただし、それは個々の人生の敗北を意味するわけではない。1人の人間として出来うる限られた範囲であっても日々が幸せであると感じられる、そういった日常を送れるように、そして願わくばその範囲が少しでも広がるようにしていきたいという、極めて当たり前の願いが、新しい時代の幕開けに思うことだ。



※1・・・こういう時に頭に浮かぶのはドラゴンクエストⅤである、やっぱり世代的に。

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