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2019年8月 1日 (木)

深圳のハードウェア・イノベーションを勉強する

中国に長くいたとはいえ基本的には上海を中心に生活していたので、ここ数年で深圳についてはほとんど知識はない。気がついたらメディアではすっかりイノベーションの都市という扱いになっていて、確かにそういった一面もあるのだろうけど、一方でシリコンバレーにちょくちょく顔を出すようになり「結果だけ見てイノベーティブであるかどうか」を見ることに意味はないということに気がついた身としては、ちゃんと勉強をしようととりあえず関連書籍を二冊読んで見た。Photo_20190801115101

一冊は中国の経済問題に対して様々な媒体で積極的に情報を提供されている梶谷懐先生の「中国経済講義」。刊行されたのは昨年8月で購入後すぐに斜め読みはしていたのだが、今回はじっかり腰を据えて再読。梶谷先生がブログなどで発信されていた様々な内容をまとめたという趣の一冊なのでものすごく新しい内容があるというわけではないのだが、一方で経済週刊誌しか読まずに中国を判断しようとする人にはかなり新しい知見が含まれているのではないだろうか。イノベーションに関する論考は第6章にまとめらている。

もう一冊は実際に深圳でハードウェア製造の会社を経営されている藤岡さんの「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム」。こちらは梶谷先生の本とは大局的に、著者が実際に深圳で悪戦苦闘する中で学んだことがコンパクトにまとめられている。自分のように中国で数年間生活し戻ってきた人間からすると、まず長年にわたり現地で切った張ったを繰り返し、会社を経営し続けるということだけで尊敬に値する。この本もお行儀のよい経営者本にはないような生の迫力があって、単純に著者の冒険を後追いするだけで楽しい。

 

● 公版/公模とデザインハウスについて
今回参考にした二冊の参考書には深圳の独自の強さの源泉として、基本的な機能が一枚のボードとして提供されているという「公版/公模」の存在と、様々な有象無象の部品の中から最適な組み合わせを見つけることを手助けしてくれるデザインハウスの存在があげられている。自分は深圳で実際に活動をしたことがなく、またハードウェア畑の人間ではないのでピントがずれているかもしれないが、この2つの要素が完全にオリジナルな要素であるかというと、少し違うという理解をしている。
まず、いくつかの機能を組み合わせて標準的な機能を一つのボード上で実現して安価に提供する、というのはソフトウェアの世界ではまさにクラウドサービスがそれにあたる。クラウドサービスを提供している大手ベンダーは標準的な機能を実現するための方法論としてテンプレートと呼ばれる組み合わせを提供し、その上でより複雑な機能を実現したいユーザーに対しては、個々の機能の細かい解説を提供している。ユーザーは各機能についてはこの解説を読めば理解することができるが、実際にシステムを組もうとすると、細かな調整を自分で行うか、いわゆる「SI」と呼ばれる専門職に依頼を行う必要がある。原価の都合により、無償か有償かという違いはあるにせよ、ビジネスの発想としては似たようなものがある。

 

また、そもそもソフトウェア(システム構築)においてはルイ・ガースナーがIBMの改革で実現したように、複数のベンダーから提供されたものを専門家が統合するというサービスが90年代から提供されてきた。これも元々はユーザー企業が異なる規格、異なる仕様のソフトウェアやハードウェアを統合してシステムとして動かすことが非常に難しくなっているというところにビジネスチャンスを見出したわけで、各機能/パーツ/コンポーネントのモジュール化の進展と、その統合を行うための知見の不足を補うサービス業の勃興というのは過去にも実現されているビジネスパターンといえる。
さらにいえば、大変古い話になるが「パーツの見極めと買い物ガイド」というサービス時代は、今ではすっかり変わってしまった秋葉原で似たようなサービスが提供されていたことがあり、複数の有象無象のパーツ(品質管理が十分になされていない製品)が出回る集合的な市場においては、複数の場所で見られる現象なのではないかと思っている。



● イノベーションの類型化の重要性

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もう一つ気をつけなければならないと思ったのは、深圳における知的財産の共有化とも呼ぶべき状況(梶谷先生の言葉を借りると、ポストモダン層)は必ずしも中国にのみ発生した状況ではないし、同時に中国国内においても、この形だけがイノベーションのあり様ではないということだ。「中国経済講義」ではちゃんと指摘されているが、例えば華為は特許取得件数が世界有数の企業であるし、クロスライセンスによって多くの利益を得ることができている。

 

また、こういったハイテクに限った話ではなく、例えばチェーン店による火鍋ブームの火付け役となったといっていい小肥羊はそのスープのレシピを、公的には長く秘密にしていた。これなども、料理のレシピは著作権で保護されるのかという問題はあるものの、知的資産の保持という文脈で言えばモダン層の方向性を持っていると言えるだろう。言い換えれば、中国においても(あるいは欧米においても)、イノベーションというのは様々な類型があり、ある方式が他の方式を圧倒するというわけではないということだ。

 
例えばIBMはいち早くオープンソース・コミュニティーのサポートと貢献を会社の方針として進めていたが、一方でWatsonをはじめとするプロプライエタリな製品の開発はいまだに行なっている。ままた、AndroidとiOSはオープンソース vs プロプライエタリという対立構造にあるが、少なくとも権利の状況が現在のビジネスにおいて決定的な意味を持っているようには見えない。
もちろんこういった諸要素をちゃんと考慮している方もたくさんいるわけだが、メディアに出てくるメッセージは極端に振れる傾向にあるので、ちゃんとした理解をするためには、やはり取り上げられている要素について「縦の検討(歴史的なコンテクストの上で評価を行う)」と「横の検討(特定の事例のみを抽出せずに、他との比較を行なった上での評価を行う)」が必要不可欠であるように思う。

 
自分は経済学者ではないので、「なぜ深圳が出来上がったのか」を厳密に議論することはそれほど興味があるわけではないが(※1)、少なくともこの二冊を読んだだけでも「日本に深圳のような場所を作る」というのはかなり荒唐無稽な問いの建て方であるということがわかる。深圳とのようなクラスターを検討する際にあたっては地理的な優位性(要するに、距離が近いことのメリット)というのはほとんど意味をなさないのであるが(※2)、とはいえせっかく近くにあるのだから、しっかりそれを利用するという気持ちではいたいとは思っている。
ちなみにイノベーションのもう一つのメッカであるシリコンバレーでは、こういった「ハードウェアの組み合わせによるイノベーションの創造」というのはなかなかし辛いところがあるので、「全世界におけるイノベーション」という観点からは住み分けが出来るのではないかと感じている。シリコンバレーでハードウェアをやろうと思ったら、どうしてももう少し大きいロボットになるか、センサーのようなものが主になるかな・・・。

 

※1・・・大学院時代に、青木昌彦の比較制度分析を研究室で勉強させられたこともあり、こういった議論は嫌いではないけど、とてもじゃないけど専門家にはなれない・・・。
※2・・・もし距離だけが問題になるのであれば、メキシコやカナダのほうがずっとイノベーションへのキャッチアップが高いはずだが、そうはなっていない。

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