カテゴリー「中国文化」の記事

2016年12月29日 (木)

台湾の墾丁に家族で行ってきた

MBAの友人の結婚式には卒業以降これまでも何回か参加してきたのだが、今回はちょうど自分も妻もよく知っている・・・というか、自分たちの結婚式にも唯一カメラさんとして参加してくれた友人が台湾で結婚するということで、家族みんなで台湾に行ってきた(※1)。2歳になった子供もそろそろ飛行機に乗せても大丈夫だろうということで連れて行ったのだが、台湾といっても今回の場所は台北ではなく、南の端っこ・・台南よりも高雄よりもさらに南の墾丁という場所。無事にいて帰ってこれるのか・・・というのが何よりも心配だった(※2)。


■ 墾丁への道のり ■

台湾にそれほど詳しくない自分には墾丁と言われても「そこ、どこ?」という感じだったのだが、地図で見ると台湾の南の端っこ!冬でも暖かい台湾の中でもさらに南ということで、常夏(というほどでもないが)の場所であるらしい。



なんでも台湾では有名なリゾート地らしいのだが、リゾート地の宿命・・・というかこんな南の端っこまで飛行機が出ているはずもなく、移動はかなり大変であることが予想された(※3)。


ここに行くまでの道のりは大きく分けて2つ。

① 東京から台北まで飛行機 → 台北から行けるところまで新幹線で移動(高雄にある左営駅) → 終点からバス or タクシー
② 東京から高雄まで飛行機 → 高雄からバス or タクシー

今回は子供の体力を考えて、②を選択することにした。本当は台北にいったほうが圧倒的に飛行機の便数も多いし、楽な時間に乗ることができるのだが、新幹線+車での移動は体力的につらすぎると判断した。ちなみに車での移動時間は約2時間(100km)。これまた体力を考慮して、バスではなくタクシーをチャーターして移動することにした。

②での最大のネックは、高雄までの便が少なくて航空会社あたり1日1便しかないこと。そして、日本は成田発しかないこと。今回は行きの時間を優先してANAにしたのだが、帰りの高雄発は7:00という強行軍だった。


■ 墾丁での宿泊地 ■

今回の目的は友人の結婚式への参加・・・なのだが、行く先は台北ではなく墾丁。これまでも何回か台北での結婚式に参加しているが、毎回大きなホテルで招待者は数百人というレベルの盛大な結婚式だった。

一方で今回は南の端っこである墾丁ということで、そういったサイズの結婚式ではない。日本風に言えば「リゾート結婚式」である。参加者は全員がわざわざ最低でも数時間かけて式場まで来ないといけないのだ。多分その中でも一番遠距離から参加したのがうちの家族ではないだろうか。大陸から参加した友人はビザをとらなければならないので、精神的な距離はさらにありそうだが。

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今回のリゾート結婚式の場所はその墾丁でも、おそらく最も高級と思われるホテルで行われることになっていた。ホテルの名前は華泰瑞苑(Gloria Manor)。なんと国立公園内に位置するという高級ホテルで、以前は台湾の初代総統である蒋介石の別宅だったところを改装してホテルにしたとのこと(公式サイトはこちら。ちなみに日本語版もあった)。

このホテル、リゾート高級ホテルということで有名らしく、以前台湾に住んでいた妻も知っており、名前を聞いたときに「絶対に行きたい」ということで家族全員での参加が決定したのであった。ちなみに今回は遠距離からの参加ということで、招待客は100人しかないなのだが、全員新郎新婦の負担で1泊することが出来るという条件がついていた。

しかも、実際に参加してみると、なんとホテルは貸切。結婚式は海が見渡れる庭で行い、披露宴はレストラン全部を使いきり、そして二次会はホテルロビーをダンスフロアにしてのダンスパーティー。ざっと計算するだけでも500万以上はかかっていると思われる・・・さすがに結婚式にかける情熱は違うな・・・と思ったのだった。


■ 実際に行ってみて・・・ ■

今回の旅行はとにかく家族が増えてから初の海外で、かつ子供を連れての始めてということで、ものすごく慎重に準備をしていた・・・・主に妻が。
オムツの数は足りてるのか(うちの子供はでかくて、そもそも日本でも合うサイズが近くになかったりする)、幼児食を持っていかなければならない(たぶん麺類は食べてくれるけど、彼の気分次第)、途中でクリーニングをする予定だが服は必要(移動中に吐くかもしれないので)・・・ということを考えていくと、どんどん荷物が増えていき、なんと4泊5日で40kgを超える荷物になった。この重い荷物に加えて、気分が乗らないとほとんど歩かない2歳児を抱っこして、いざ台湾に向かったのであった。


[1日目](東京-高雄移動)

  • 成田行きのバスに無事乗ったはいいが、バスの中で盛大に吐いてしまう、うちの息子。抱っこしてたこちらはTシャツとパンツが死亡(上着を着てなくてよかった・・・)。子供服をちゃんと持ってきたのが正解だった。大人は成田でユニクロのお世話に。
  • 飛行機の離陸時は予想通り椅子に座ってくれない。無理矢理座らせてシートベルトしたら、大暴れしたので「もう無許可だけど、ごめん・・・」と抱っこしたら、フライト・アテンダントさんも見逃してくれる(※4)。本当はダメなんだろうけど。
  • 高雄のホテルは結構いい部屋に止まったのだが、それでも15,000円弱。専用のレストランが使えるということで、そこで食事をしたら、ちゃんと食べてくれた。むしろテンションが上がりすぎて、段差で激しく素っ転び両親ともに顔が青くなる。

[2日目](高雄-墾丁移動+結婚式参加)Img_9537_3
  • 東京でのバスでは吐いたので激しく心配していたのだが、高雄-墾丁間の2時間移動は特に何もなく昼寝をしていてくれた。海沿いの道を一路南へ。
  • ホテルはものすごく豪華でテンションが上がる。蒋介石が使っていたという執務室を息子が気に入り、ずっとそこに入り浸っていた。そこから移動しようとすると泣いて怒るので、庭で行われた結婚式の時も妻は式に参加できず。
  • 同級生たちが息子を可愛がってくれるのだけど、あまり大人になれてない上にほっぺを触られるのがすごい嫌だったらしく、ストレスを溜めてしまう息子。結局披露宴には参加できず、妻と息子の分のご飯は部屋まで運んでもらった。ホテル貸切という気合いの入った結婚式だけあってだいたいのわがままは聞いてもらえる。
  • 二次会のダンスパーティーには自分も参加せず、子供と一緒におやすみなさい。

[3日目](ホテルで1日ゆっくり)Img_0049
  • 2日間の移動の疲れが出てくるだろうと予想していたので、ホテルに延泊。車がないと何もできない場所にあるので、ホテルでタクシーをチャーターし、近くの観光へ。
  • まずは近くにある猫鼻头という岬へ。風が無茶苦茶強いのだが、南国の暖かさで気にならない。これまでずっと移動ばっかりだったので、息子は大喜Img_0062 び。
  • そのまま少し北にある恆春という街まで移動。日本でも公開された海角七号のロケをした場所があり、その近くでお昼ご飯を食べてきたのであった。ちなみに太平洋戦争時は日本軍がこの街におり、米軍と戦ったとのこと(タクシーの運転手さんに教えて貰った)。思わぬところで日本の影響を感じることに。
  • 夜は台湾といえば・・・ということで、友人と家族みんなで夜市へ。最初は怖がっていた息子も、しばらくするとトコトコ歩き出し夜市で買ったものを食べることができて大満足。


[4日目](墾丁 → 高雄)


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  • ホテルを昼前に出て、チャーターしたタクシーで高雄までまた移動。今回も息子は寝ていて何の心配もなし。
  • 高雄のホテルではゆっくり。自分も含めて家族全員、だいぶ疲れがたまってきているので遅めの昼ご飯もホテル内で。
  • ここでも夜市は行かねば・・・ということで、ホテルからすぐ近くの六合夜市へ。台北とは比べるまでもないぐらい小さな夜市だったのだけど、海鮮が多い感じ。ココナッツミルクジュースがこれまでで一番うまい・・と妻が絶賛。
  • 会社のみんなにお土産をということで、パイナップルケーキを購入に。どうせならちゃんとしたブランドを選びたかったので、舊振南餅店というブランドの店まで歩いて行ってきた。確かにずっしりとしてすごく美味しい。

[5日目](高雄 → 成田 → 家)
  • 朝7時の飛行機に乗るために、3時半起床・4時半ホテル発。寒くないのだけが救い。
  • 帰りの飛行機もやっぱり離着陸時には座ってくれない。フライトアテンダントのやや冷たい視線を感じながらも、息子を抱っこ。ちなみに2歳までは抱っこでもいいのだが、2歳になると抱っこ禁止。基準をこういう風におかないといけないのはわかるけど、何となく釈然としない(2歳1日と2歳364日と、生育期間は33%違うんだけど・・・)
  • 行きのバスでの嘔吐で懲りたので、帰りは電車。初めて荷物を成田から送ったのだけど、これ楽だね・・・。
いろいろとトラブルはあったのだが、結果としては息子も海外デビューできて大満足の台湾訪問だった。オムツが外れるようになったら、他の国にも行きたいな。。(さすがにあの荷物はもう嫌だ)。


※1・・・実はこの2年ブログをサボっている間に、自分の結婚式をしたりしていたのである。あの時は子供が泣いて大変だった・・・。
※2・・・いきなり国際線に乗せるのは心配ということで、事前に国内線に乗せて飛行機に慣れさせるという慎重な計画を策定。予行練習ではうまくいったんだけどね・・・。
※3・・・一緒に参加した台湾人の友人に聞いたら、自分もここに来るのは初めてだと言っていた。まあ、台北からだと車で7時間以上かかるらしいからね。。。
※4・・・さすが中華系だけあって、フライトアテンダントの皆様は子供に大変優しい。何で泣いてるの〜(怎么哭啊〜?)と言いながら、ポヨポヨのお腹を触っていたりした。ただ触りたいだけなのかもしれないけど。。

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2014年4月26日 (土)

[書評] 中国を学ぶためにこんな本を読んでみた2 -現指導者層の選出前後を振りかえる-

2014年現在では中国の話と言えば、習近平体人制の対日強硬姿勢だったり、環境問題の話題だったり、あるいはようやく大物が対象とされてきた(一応は)腐敗対策だったりするわけだが、現指導体制が出来る前、2010年や2011年の最大の関心事というのはそもそも「胡錦濤以降の体制はどうなるか」だった。ちょうど僕はそのころは上海にいて、MBA受験の勉強をしていたり、最終的には合格をして学生への準備を始めていたころだったのだが、それこそそういった話題は「他人事ではなく」最大の興味関心だった。

日本では盛り上がるようになったのは随分後だったが、薄熙来の話題は中国に興味がある人の間では長い間のトピックであったし、それこそ一発逆転で李克強が国家主席になるのでは・・と言われている時期もあった。
日本に帰ってきて、中国の生の声はだいぶきけなくなってしまったのだが、あらためてあの頃のことは日本ではどのように語られていたのだろうかということが気になって、最近立て続けに3冊ほど当時の話題を読んでみたのであった。


● チャイナ・ナイン41v5pnkuurl

この本は、中国生まれで日本育ち、成人してからは中国の公的機関の顧問も経験したと いう立場から現代中国について発言をしている遠藤誉さんが書かれた本で、タイトルは中国の最高指導者層である中央政治局常務委員が9人で構成されているところからきている。

この本では当時の関心事だった、家主席が誰になるか(結局は習近平になった)や、結局のところ政治的には完全に終わることになる薄熙来は常務委員になれるのか、といった人事に関することから、そもそも9人が選ばれるのか、それとも7人なのか、といったように多くのトピックが含まれている。

この本はその結果(18大)がわかる前に、現指導者層を予測するということで書かれた一冊で、著者は独自のネットワークも使って指導者層をめぐる権力闘争の内幕の「絵解き」を行っていく。中国にそこそこ長くいた人間としては、こうやって「中の人とつながりがあります」的なこと堂々という人は、あまり信頼が置けない・・・というのがあるのだけれど、そこはある程度割り引いて読むほうも考えるしかない(深淵をのぞいている時には、向こうも覗き返しているという文を思い出す)。


2014年の今となっては結果がわかってしまっていて、当たり外れを語るというのは後だしじゃんけんになってしまって意味がないが、そもそも中国の権力構造がどのようになっていて、意思決定というか「彼らの内側の世界観」がどのようになっているのかを理解するにはうってつけの本だと思う。
このあたりまでは遠藤さんの書く文もも楽しく読むことが出来たのだが・・・、。

● チャイナ・ジャッジ

話の流れ的には前作「チャイナ9」からの続きで、結果として第五世代
では指導層に入れなかったどころか、政治的には51trhekpzl完全に終わることとなってしまった薄熙来に関する多くの謎について語る本。

・・・というと、冷静なノンフィクションかと思いきや、内容的には著者の想像が大半を占めている。これまでは中国生まれで日本育ち、成人してからは中国の公的機関の顧問も経験したという立場からの光るコメントが多かったのに、ちょっとどうしてしまったの・・・というのが正直な感想である。

著者自身も書いている通り、自分の幼少期の体験と関係してくるような内容だっただけに冷静に語ることが出来なくなってしまったのだろうか。事件直後になるべく早く出そうというのもあっただろうと想像するけど、完成度は類書に比べるとかなり低い。前作はなかなかよかっただけに残念。。

 


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● 紅の党

こちらは朝日新聞が2012年に三回に分けて特集された中国の新体制(習近平体制)の立ち上げに対する取材結果を一冊にまとめた本。中国ネタに興味がある方であれ既知の情報が多く、とりたてて新しいネタはない(とはいってもこの取材が行われたのは2012年で、僕が読んだのは2014年であるからこういった評価はフェアではないかもしれない)

この本が書かれたきっかけになるであろう薄熙来は日本ではそれほど報道は

 

されていなったかもしれないが、中国では2010年ぐらいからかなり注目をされていたので、正直なところ中国総局といっても現地で報道されている情報とあまり変わらないな・・というのが率直な感想。

現指導者体制がどのようにして出来あがったか・・・ということをコンパクトに把握するには向いていると思う一冊。


中国の現指導者層の話題が大きく取り上げられた理由の一つに、指導者層入りを狙って派手な動きをしていた薄熙来の失脚と、それに関連する多くの謎があったのは間違いない。実際のところ、僕個人も彼の動きを見ていて「今後、指導層に入ったら、外国人にとって住みづらい国になるんじゃないのかな・・・」と思っていたぐらいなので、直前の失脚と言うのには、こうやって安全装置が働いたのだろうか・・という気持ちをもったぐらいだった。

一方で、薄熙来について公式に発表されたことというのはほとんどなくて、党員としての資格を失ったこと、裁判が行われていること、妻の谷開来は罪が確定していることぐらいである。現在も進んでいる腐敗対策の大物対象である周永康に関連があつだろうといわれているように現在進行形の話題でもあるのだが、基本的には彼の話と言うのは「終わったこと」のようにも見える。もちろん、彼という存在が明らかにした中国の現状課題というのは何も変わっていないようなのだけれども。


あれだけ騒がしい時期を過ごしても、あっという間に歴史の1ページのような扱いになってしまう時間の早さを、この3冊を読み直して改めて感じたのだった。

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2014年1月 8日 (水)

[書評] 中国を学ぶためにこんな本を読んでみた1 -中国共産党の経済政策 & マオ・キッズ-

中国にいたのに中国のことはあまり知らない・・という人は結構多いと思う。ここでいう知らないというのは、もちろん自分の周りについてではなくて、中国の歴史・経済・制度・文化といったいわば「教科書で学ぶことが出来る知識」を知らないという意味だ。

こう書くと「やっぱり中国にいるぐらいだから、中国に興味があったんじゃないですか?」という質問をされることが多い。確かに音楽が好き・・とか、中国はビジネスの場として昔から注目していた・・・という人もそれなりにいるのだが、実際には駐在で向こうに行ったりする人の多くは「なんとなく中国に来てしまった」という人が多い※1。実際に赴任するまで知っているのは三国志だけでした、という人も中にはいるくらいだ(というか、自分が実際にそれに近かった)。


僕自身もそういう人間だったので、帰ってきてからは真面目に中国を勉強しようと心に誓って帰ってきたのだが、なんだか色々あってちっとも実際に勧めることが出来なかった。とはいえ帰国二年目にして、このごろようやくその時間をとれるようになってきたのも事実なので、数カ月前に一念発起して読んだ本をWEB上のサービスであるブクログで管理を始めた(ここが僕の本棚)。
すでに歴史については第一回を先日書いたのだが、これからは出来る限り中国に関しても同じように書いていこう、ということで今回から自分が読んだ中国関係の本を少しずつ紹介していこうと思う。乱読だが、とりあえず中国関係であればオッケーぐらいのスタンスなので、つまらない本に関しても紹介はするのですが。


■ 中国共産党の経済政策 ■

2013年から始まった中国の習近平・李克強指導において中国経済がどのようになっ
ていくか、 31syr7dfcwl_sl500_aa300_ あるいは日 本(企業)がそのマーケットにおいてどのように戦っていくか、を論じた本。

上記のような問題意識のもとに書かれたのであろうことは容易に想像できるのだが、内容は表題からうける印象とは異なり、特に前半は中国における政治経済体制 の入門編と言う感じである。中国の政治体制がどのようになっているか、その政治体制が経済に対してどのように影響を与えているか・・という点から、いわゆ る西欧諸国との経済政策の違いを論じている。

後半は18大以前からの中国の経済問題を提示したうえで、今後の経済体制がどのようになるの かという予想も含めて論じている。後半は実際に中国に赴任経験がある著者の本領発揮というところだが、一方で中国経済にそれなりに興味をもって接している 人間からすると、ほとんどの内容が既知であるように感じる(少なくとも僕はそうだった)。著者の業務の関係上書けないこともあるとは思うし、新書という形 から専門的すぎる内容はかけないところもあるので、仕方ないとはおもうがこの点で評価がちょっと下がる。


中国経済に既に触れている人間には物足りない内容だと思うが、これからかの国について勉強したい、あるいはニュースの背景を知りたいと思う人にはお勧め(僕の評価は★3つ)。

中国は日本の近くにあるし歴史的な問題を抱えているために、どうしても見る目がPositive・Negativeのどちらかに触れてしまうことが多いのだが、客観的に見れば国としての経済レベルが第二位にある国がビジネスとして対象にならないわけがない(ようはすごく大きいマーケットだということ)。

確かに政治も経済も、国の運営制度も異なるので簡単に入るということが出来ないのは事実だけど、それでも目をそらすわけにはいかない・・ということを前提とすれば、やっぱり基本的なことを勉強するというのは重要だよね、ということでこういった本からスタートするというのは決して悪くはないと思います。


■ マオ・キッズ ■

死後30年以上たっても未だに現代中国の意思決定に影響を与える存在であり、
51luftjowl_sl500_aa300_ 現代中国建国の父(といってもいいと思う)である毛沢東。彼の建国思想は
マオイズムという形で、革命の思想的根拠として世界 中に広まっていった。

本 書はそのマオイズムが未だに生きている場所である、ネパール・フィリピン・カンボジア、そして日本を著者が実際に訪れ、話を聞くなかで感じたことをまとめ たルポルタージュである。革命思想を体現するのはいつの時代でも若者であり、マオの思想を引き継いでいるものといういみで、マオ・キッズ達の物語でもあ る。

中国に長く住んでいた自分にとっては、毛沢東というのは一つの政治的・文化的象徴(あるいはアイコン)であり、実際にいまだにマオイ ズムが現役であるというところのまず驚きを覚える。世界中にはまだまだ貧しい国があり、革命(というか反政府)の動きがある国もあれば、内戦が続いている 国もたくさんあるが、純粋な意味でマオイズムが生き残っているというのは(こういってはおかしいが)時代錯誤で非常に奇妙な感じだ。なにせ、マオイズムが 産まれた中国ですら既に共産主義も毛沢東思想は捨てられてしまっているのだから。

ただ、そういった非常に興味深い内容を取り上げているに も関わらず、著者の視点は常に外にある。もちろん現場に行って話を聞き、実際にマオイストたちがいる根拠地にもいくのだが、それでもそこでは常に淡々と話 を聞き、そこはかとないやるせなさを漂わせる文章を書くだけである。そういった姿勢は、僕にはそこにある「問題」(あるいは原因)に興味があるのではな く、ただ僕が感じる奇妙さと同根のものを見続けたい、という純粋な好奇心によるものだと感じられた(特に最終章を読んでその意を強くした)。

同じように先進国にいる自分、特に中国生活を終えて帰ってきた自分がなんとなく「逃げてきたのではないのか」と思ってしまうような自分、にはそういった好奇心が、先進国の残酷さではないかと感じられてしまい、率直にいえば好きではない。
テーマは面白いのに著者のスタンスと、掘り下げ不足が不満ということで★3つ。

マオイズムというのは不思議な思想である。思想的にどのような点が特徴的であるのか、ということを抜きにしても、最も不思議なのは毛沢東自身も恐らくマオイズム等と言うのは信じていなかったであろう・・というのが何よりも不思議な点だ。言い換えれば、共産主義とは違ってマオイズムというのは「毛を見た他人が(勝手に)解釈した」思想なのだ。

カンボジアに行った時には、その不思議な思想が引き起こした惨事(あるいは愚行)でも最大のものの一つであると思われる、クメール・ルージュのキリング・フィールドに行ってきた。その時の感想はここにも書いてあるのだが、やりきれない想い・・というか、もっとはっきり言えば人はここまで愚かしいことが出来るのか、というある種のこっけいさを感じた(もちろん悲劇なのだが、なぜそういった行動が出来るのか・・というのがシステムとしてどうしても許容不可能だった)。

そういった悲劇を引き起こしたマオイズムが未だに残っており、しかも現在でも活動を続けているというのは、未だにそういうことを引き起こすメカニズムが解決されずに残っているということに他ならない。


中国で働きそしてMBAで学ぼうと思ったことの大きな理由の一つが、こういったメカニズムを買える力がビジネスにはあると感じられたことだというのを読んでいてあらためて思い出した。本書にもあるとおり、革命というのは例えそれが成就しても、結局はおいしいところを持っていくのは「上の人間」であり、一般の生活レベルはなかなか上がらない※2
であればこそ、政治ではなくビジネスを広めることで働きかけを行うべき・・・そんな風に考えていたことをあらためて思い出した、そんな一冊。


※1・・・僕のMBAの同級生は中国文化にはあまり興味はないが、中国ビジネスは面白いとおもって10年近く中国語を勉強していた、というツワモノである。自分だったらとても根気が続かない。。。
※2・・・中国も最初の数年間を除いて、生活レベルがあがったのは改革開放が始まってからだ。

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2013年12月23日 (月)

[書評] 歴史を学ぶためにこんな本を読んでみた1 "大国の興亡"

日本に帰ってきたことの一番のメリットは何か・・と言えば、もう本を大量に読むことが出来る、に限る。最後の1年半はiPadの購入とKindle Appのおかげで上海でもかなり日本語の本を読むことが出来るようになったが、それまではたまの帰国に買いこんでいくぐらいしか日本語の本に触れる機会がなかった※1
Kindleも売れ筋のラインアップは充実しているのだが、僕が読みたいような本だったり中国関係の本はあまりなかったりで、そういったいつかは読もうと思っている本と言うのはむなしくAmazonのWishListにたまっていったのだった。特に中国に行ってからは自分の本の嗜好が変わってしまったので余計読みたい本が読めない・・という状況になっていた。

ということで、日本に帰ってきてようやく読めるようになった本のうち、中国関係とか中国「との」関係を考えるための本は少しはblogで紹介していきたいと思っている。
ということで、今日はその第一回目。


決定版 大国の興亡―1500年から2000年までの経済の変遷と軍事闘争〈下巻〉Pic1


昔からいつかは読もう読もう・・と思っていて、全然機会がなくてようやく読むことが出来た。 まず何が大変ってとにかく長い・・・上下巻

あわせて参考文献を除いても700ページを越えている。前半は1500年以降から第一次世界大戦前までの歴史で、ヨーロッパが中心に取り上げられる。正直この時代の歴史を全く知らないと読んでいて話についていくこともできないし、ここでギブアップした人は結構いるのではないかと思う。

後半は「これからの予想」に割かれる分量が多く、読んでいてさらに息切れ感が募る。正直この本が大ヒットしたというのが信じられない。。。日本のことが凄まじくよく書いてあるので、とりあえず買ってみたはいいが、途中で息切れした人が多いのではないのだろうか。


この本、発売当時は日本で大ヒットしたらしいんだけど、その理由は「日本がやたら良く書かれている」から。執筆当時は日本がバブルが終わったころで、景気は一息ついたとはいえ、誰もがこれは一時の休憩と思っていた時期だからか、日本はさらに経済的に拡大していくという論調で書いてある。
しかし15年ちょっと前までは、こういった感じで日本がまだまだ伸び続けると思っていた人は多かったんだよね・・と嘆息せずにはいられない。2000年といえば僕は大学生でいわゆる「不況しか知らない世代」だったので、こんな感じで海外から見えていたのかと思うと、不思議な感じがする。

この本のテーマは、国際関係(特に外交と軍事)について著者の理論に基づいて歴史的な戦争と時代時代の覇権国家(あるいは大国)について分析を行うということにあるのだが、これが中国に関係していると思うのは、当然中国が「次の大国」だからだ※2


この本でも、著者は中国を取り上げていて、-地政学的にも人口と言う意味においても当たり前のように予想可能な話なのだが‐、執筆段階でも将来の大国候補として「中国」は取り上げられている・・・というか、ここで書かれた段階では既にある程度力を持ってきているという位置づけ。やはり見えている人には、当たり前のように見えているのだな、と今の日中間の力を見て思ったりする。

著者のポール・ケネディはいわゆる「ハードパワー」派の人で、この本の主張をざっくり一言で言ってしまえば「国力(特に軍事力)は経済力による支えが必要」ということ(こういう風にざっくり切ってしまうと筆者は間違いなく怒るだろうけど)。もちろん経済力をどのように定義するのか、という話や、経済力を支える諸要素間の相互作用をどのように評価するのか・・・ということで、歴史上で「覇権」を握った国家は違った道のりを歩む。


この本の理論によれば、経済力と軍事力というのは相関関係にあるのだけど、軍事力というのは経済力よりも「やや遅れて」ピークに達するものとしている。拡張期にある時は経済力の伸びが軍事力の伸びを上回るので問題はないが、衰退期に入ると権益を保護するために「経済力の伸び以上に」軍事力に力を注がれる・・というわけだ。

この理論をそのまま今の東アジアにあてはめるというのは出来ないのだけれど、こういった考え方の補助線を持って現状をみるというのは決して無駄にはならない。中国に関して言えば過去30年にわたって10%近くの経済成長を成し遂げてきていて、今でも日本に比べればはるかに経済成長の度合いは大きいが、それでも彼らからみたら「安定期」に入っている。一方軍事費に関して言えば、ここ数年はずっと経済成長以上の伸びを見せてきたし、今後もすぐにその流れが変わるとは思えない。


一方で日本(日本の場合は米国の影響も含むが・・・)ようやく経済が少し上向いたとはいえ、長期的には人口の問題もあり、少なくとも「パイの大きさ」に関しては大きな伸びは期待できない。そういった環境で周辺の軍事力が増大している状況では自国もそれと無関係にいるわけにもいかず、負担も少しずつ大きくなり・・ということが予想されたりもする。

本書でも著者が最後に触れている通り、結局国家にとって重要なのは「軍事」と「経済」のバランスであり、伸びている国と経済的に衰退していく国では当然その平衡点も異なる。今の政治状況は「やり方」や極めて短期的な話にフォーカスしがちだけど、人口減という見立てはもはや変わらないと前提を置くと、これからどのような国家になるべきか・・・というのはもう少しちゃんと議論をされなきゃいけないな、と。

誰でも読める本ではないけれど、既に古典となっている書だけに、国際関係に興味ある方は是非。



※1・・・その代わり中国語の新聞や雑誌を読むようにしていたので、語学面ということでは日本語の本がないほうが良かったわけだが。
※2・・・次というよりも、既にある大国・・という気もするが。

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2013年10月15日 (火)

[書評]対中とか反日とかワンワードではない中国 -「壁と卵」の現代中国論

日本に帰ってきたら、いままで読むことが出来なかった本をたくさん読もうと思っていたのだが、いざ帰ってくると仕事はそれなりにあるし、友人にもあいさつしたいし(なんせ5年半ぶりの帰国だ)、新生活を安定軌道に乗せたりという中であっという間に半年がたってしまった。いいわけをすれば、結婚・転居・帰国・転職と立て続けに大イベントが発生して、休む間もなかったということ※1


5年半の中国にいる間に、中国関係の本だけでもたくさん出ているし、それ以外にも知識の方向性が変わって読みたい本はたくさん出ている。気がつけばAmazonのWishリストは1000冊を超えていて、さすがに一気に読むことはできなくなってしまったが、少しずつ消化をしているというのが現状である。

そういって読んだ中で、中国関係や話しておきたい本についてはこのblogでは書いておこうと思う。今回はそういう本の一発目として、梶谷懐さんの「「壁と卵」の現代中国論  リスク社会化する超大国とどう向き合うか」という本をとりあげたい。


 

目次:
第1章 自己実現的な制度と私たちの生活  
第2章 グローバルな正義と低賃金労働
第3章 赤い国のプレカリアート
第4章 中国とEUはどこが違うのか?――不動産バブルの政治経済学
第5章 米中の衝突は避けられないのか?――中国の台頭と人民元問題
第6章 歴史に学ぶ中国経済の論理
第7章 分裂する「民主」と「ビジネス」
第8章 これからの「人権」の話をしよう
第9章 日本人の中国観を問いなおす――戦前・戦後・現在
第10章〈中国人〉の境界――民族問題を考える
第11章 村上春樹から現代中国を考える

あとがきに代えて――リスク社会化する中国とどう向き合うか


「壁と卵」といっても、本書は村上春樹を論じるものではない。もちろんわざわざタイトルに持ってくるだけあって、著者は村上春樹のファンであると著書内に記してあるが、本書が主題とするのは現代中国におけるいくつかの一般市民とシステムに関する話題 -一つ一つでも十分に大きなテーマとなりうるが、あえて「壁と卵」=「システム」と「個人」という観点から問題点を括っている‐ である。

2011年の後半に出された本書は、ちょうど中国へのジャスミン革命の波及の懸念がひと段落された頃に出された本である※2。2年たって読んでみると、この本で取り上げられている内容と言うのは、確かにあの時の影響を感じさせるものではあるけれど、同時に現在進行形の内容でもある。なぜなら、ジャスミン革命事態は中国で大きなうねりを見せることはなかったけれど、あの時期確かに中国は緊張していたし、今もってその緊張感は変わらず中国の底で流れているようにも感じられるからだ。


この本は章ごとに別々のトピックが取り上げられているので、、全体をまとめて書評することは難しい。そこで、今回はMBAでも似たような話をとりあげた第二章について簡単に僕の考える話を書いておこうと思う。

第二章では先進国のグローバル企業が中国においてCSR活動を広げることについて、批判的な観点からと肯定的な観点、両方を紹介するという形をとっている。どちらかというと本書ではグローバル企業が行おうとしている発展途上国におけるCSR活動については批判的な視点で物事を見ているが、僕には十分にフェアな議論をしているように思えた。

グローバル企業が新興国で行うCSR活動と言うのは、簡単にいえば、例えばNikeで問題視された自動労働(チャイルドレーバー)や、この本が出版された後に繰り返し中国で目の敵とされたAppleへのサプライヤーによる環境破壊に対する対応など、いわゆる「欧米的人権・CSR」から発展途上国における経済活動を改善しようという試みである。
本書ではこういった活動が、単に欧米側の自己満足や現地ニーズにそぐわない形での援助(本書ではプランナーと呼んでいる)となる傾向にあることを指摘したうえで、現地ニーズや状況をしっかり理解したうえで活動を行うことが重要という指摘を行っている※3


こういった「発展途上国におけるグローバル企業の取り組みの偽善性」というのは僕がいいたMBA Schoolでも当然のように議論をされるのだが、個人的には少なくとも現場レベルにおいては企業に属している人間であっても、この問題に対して真摯に取り組んでいる人間もいるし、また効果のある部分もあると考えている。
例えば授業ではNokiaの例をとりあげて、実際に欧州から工場に査察に来て改善指導を行おうとする担当者と、何とか実情を隠そうとする工場側のやり取りのビデオを見たことがあった。このビデオ、最後には担当者が改善活動に疲れきってNokiaを退職するところまでを取り上げていた何ともほろ苦い気持ちにさせてくれたのだが、それでも少なくとも現場レベルでは試行錯誤をしながらも取り組みを何とか成功させようとしているという実例で、単にグローバル企業の取り組みが掛け声だけではない、ということを実感させてくれるものであった。

またAppleのサプライヤーの例に関しても、中国と言う場で議論をしていることもあり、Appleはサプライヤーをたたくだけでなく環境保全分の金額も上乗せして払うべきだという意見が驚くほど多かったのだが、一方で効果が全くないという意見はほとんどなかった※4。というのも、グローバル企業のサプライヤーの例に関して言えば、仮に形だけの対応を行っているような場合に問題視するのは「同じように欧米から来ているNGO」の場合が多いからだ。


「先進国マーケットにおけるマーケティングのために掛け声をあげるグローバル企業」と「同じく先進国の価値観で監視を行うNGO」が、発展途上国という「場」でやり取りをしているという構造である。
この構造だけを見れば、確かに中国地場の外部プレーヤーがやり取りをしているだけでしかないが、一方でそのサプライチェーンには中国企業(正確にいえば中国マーケット)も確かに組み込まれているわけで、全く影響がないということはあり得ない。


結局のところここで僕がいいたいのは、グローバル企業の活動がある意味プランナーとしての活動となって効果がないという批判もまた、企業活動の現場を十分観察していない「プランナー的な批判」になっているのではないか、ということだ。ビジネスというのは、個々の企業活動とは別に現場の人間のなにがしらの思いと言うのは必ず反映されるものだし、むしろ個々のそういう思いと企業の方向性が一致するような仕掛けづくり(あるいは単純に人事)を行うことこそ、企業運営の一つの力なのであはないかと思っている。

何だか話がずいぶんととっちらかってしまったが、本書ではこの章の話題のように、一貫して著者は「壁と卵の対比する視点」(あるいはマクロとミクロの視点)のバランスをとるように気を配って議論を進めている。

わかりやすい「対中戦略」や「反日」の掛け声だけではない、中国という「場と人」を考えるにあたっては、よいきっかけとなるのが本書ではないだろうか。


※1・・・実際に8月中旬の夏休みまでは本当に体の調子が悪くて困っていた。
※2・・・僕がMBAに入学したのは2011年秋だが、時間があった自分は上海でのジャスミン革命の影響でデモが起こると言われた場所に写真を撮りにいったりしていた。今考えれば随分のんきなものである。
※3・・・正確にいえば、そのような参考文献を参照したうえで議論を行っている。
※4・・・ビジネス的には、Appleが金額を上乗せするべきという結論が出るのはおかしな話なので、授業に出ている時は軽い絶望感を感じたのであったが。



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2012年9月16日 (日)

第58週目終了! -ちょっと不穏な中劇場に行ってきた -

ここ数日は日中関係がかなり緊張しているということで、結構個人としては心配(ビビっている)のだが、そのような心配とは無縁に上海はかなりいつもと同じような雰囲気を漂わしている。もちろん領事館がある虹橋地区ではデモが発生しているし、日本人が街中で殴られたり物をかけられたりするという情報も入ってきているけど、少なくとも浦東にいる限りには特に「身近」にそのような危険を感じる・・・ということはない。といことで、ドキドキしながらも授業あり、就職の準備もありというMBA生活第59週目も無事に終了。


■ 街中での移動はドキドキ(することもある)■

今週はこんな時にも関わらず日本から「上海のフィールドワーク」をしにくるという勇気ある方がいらっしゃったので、その方をところどころアテンドすることになった。別に浮世離れをしているとは思わないのだが、普通はこの時期に『上海にある昔の日本関連の建物を調査する』ということをやらないのではないか・・とも思ったりもする。一方で、やはり研究者はこうでなければ、とも思ったりする※1

先生がお越しになった時には、すでに中国全体で不穏な雰囲気になっていたし、領事館からはタクシーで乗車拒否にあいました、という話も流れてきていたので、一緒に街を歩く時にもそれなりに警戒をしていた。こちらに住んでいる人間としては場所と発生時間がわかっているデモなんかよりも、街中でよくわからない人間にいきなり因縁をつけられるほうがはるかに怖いので、とにかく街中での警戒心を抜くことはできないのだ(大げさだが)。

  1. 田舎から出てきてそうな人がきたら避ける
  2. 上海では服装の雰囲気、言葉の訛り、それから肌の色で上海で生まれ育った人間(上海人)かそれ以外の都市から出てきた人間かを、かなりの確率で判断することが出来る。差別と言われるかもしれないが、今回のようなデモが上海で起こると、基本的に参加する人間は田舎から出てきた人間か学生・・というのが一つの定番となっているので、そういった人が近くにいる場合にはなるべく距離をとるようにしていた。だいたい普通に仕事をしている上海人は、わざわざリスクを冒して街中で暴力をふるったりをしないし、そもそもそんな暇もない。

  3. タクシーは大手しか使わない
  4. 上海では日本と同じように複数のタクシー会社が営業をしているのだが、その会社間でも一応格の違い・・というか序列づけがある(金額が違うわけではなく、あくまで対応が丁寧かどうかのざっくりとした目安と言う感じ)。今回は乗車拒否にあったという話が流れてきていたし、タクシーの中はある意味密室になっているということで、出来る限り格が高いタクシー(大衆や錦江というブランド)を利用することにしていた※2。逆に日ごろから対応が悪い個人タクシー(的)である紅い色のタクシーは避けるようにした。

  5. 人が多い中では日本語を大きい声を話さない
  6. これも領事館の通達の中でふれられていたのだが、やはり人が多い中で大きい声で日本語で会話をするのは回りを刺激する可能性がある。ただ、街中をアテンドする必要がある以上、タクシーか地下鉄での移動は避けられず、地下鉄の中では日本語を聞きとめられるとジローーッと見られたりもした。そういう時は逆に見返すと余計緊張が高まるので、だまって横を見るのが正しい対応方法。


こういった感じで街中でのアテンドだけでも緊張するのに、お越しになった先生は観劇が趣味ということで、なんと街のど真ん中にある劇場に中国語劇を見にいったのであった。ちなみに先生との移動中含めて一週間で明らかに日本人であることを確認する視線を感じたのは数回。幸運にも乗車拒否に会うことはなかった。


■ 歴史がない・・・といっても100年!■

今回見にいったのは市内のど真ん中福洲路にある、逸夫舞台という場所である。これまでも前を通ったことは数えきれないほどあるのだが、中を見たことがあるのは一回だけだし、観劇するのはもちろん初めてである。今回見に行った劇は中国語劇の一つで越劇という女性のみで行われる劇。女性のみといっても登場人物が全員女性と言うわけではなく、ちょうど宝塚のように女性が男性も演じるという劇である。ちなみにこういった情報は全て先生から教えていただき、とにかくデモの情報チェックに忙しかったこの一週間は自分で情報をチェックすることが出来なかった。20120914_190015

劇場はざっと見た感じ300人以上入ることが出来る結構大きめの劇場。周りにいるのはほ とんど一般庶民・・・というか普通の上海人のおじさんおばさん方で全然緊張感はない。事実劇が始まってもしゃべっている人もたくさんいたし、写真をとったりするのも全く問題ないという状況だった。


今回はまったく事前に情報を調べずに観劇にいったのだが、今回のストーリーは実在の唐代の人物である李商隠という人物をトピックにした恋愛劇だった。越劇は台詞の合間に歌が入る、ミュージカルのような構成の劇で笑いあり涙ありの総合エンターテイメントという感じの劇である。上映は6幕物で休憩なしで2時間半と結構長い。最初の頃はしっかり見ていた中国人もだんだんとだれ初めて、後半は話声もかなり大きく、移動も自由にしてしまうという日本からするとちょっと考えられない感じになった。今回が越劇を見るのは初めてだったわけだが、劇のレベルもかなり高く、もっといいお客さんの前で演じさせてあげたいな・・・20120914_191253 と思ったぐらいである※3

この劇、一応中国語で行われているのだが発音が呉音(だと思う)で行われているので、台詞を聞くだけではさっぱり聞き取ることが出来ない。これはおそらく他の中国人であっても同じ状況のようで、舞台の両側には普通語で書かれた文字がスクリプトで写されるようになっていた。それでも、唐代の詩なども20120914_215719取り入れているということで、意味がわかったのは8割と言うところだろうか。とり あえず中国人と同じタイミングで笑うことが出来ていたので、たぶんだいたいの理解はあっているのだと思う。


知り合いの中国人に聞くとこの越劇は「まだ100年ちょっとの歴史しかない」とのことだが、100年も続けば立派な伝統だと思う一方、たった100年ではひよっこなのがこの国の歴史感覚なんだよな、とも妙に納得してしまった。
劇場の中でも終了後には多少「お、こいつ日本人」という目線で見られたりもしたものに、さすがに劇場でもめ事を起こすような人はおらず、無事に帰宅することが出来た。もう少し上海が落ち着く時期になったら、もっとしっかり予習をして見に行きたいと思っている。



※1・・・僕は結構保守的な人間なので、出来れば研究と言うのは政治とは切り離して行われるべきだと考えている。まあ研究といっても国際政治とか戦略の研究とかあるわけで、一概に切ることはできないのだけど。
※2・・・上海のタクシーはブランドごとに色が塗り分けられているので、初めて来た人でも色を見ればブランドを識別することが出来る。
※3・・・僕はもともとミュージカルが大好きなので、多少ひいき目が入っているかもしれない。

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2011年7月26日 (火)

【映画紹介】夏休み武狭映画 武狭 -アクションだと思ったら違ったでございます-

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GWに次いで今回は今年第三回目の武狭映画紹介でございます(武狭映画とは何ぞや? という方は以前書いたこちらのエントリーを参照のほど)。今回紹介するのは夏休み向けの武狭映画大本命である、その名もずばり「武狭」。現在の中国のアクションスター筆頭に位置する甄子丹(ドニー・イェン)と、日本人にもおなじみ日本語を話さないと益々格好いい金城武、そして「ラスト・コーション」の体当たりラブシーンを演じてから本土ではしばらく干されてしまっていた汤唯の3人の主役級が共演する・・という豪華俳優陣がウリの一本である。このごろ少し涼しいとはいえ、基本的には太陽が痛い上海で、夏の暑さを吹き飛ばすべく、わざわざ誕生日に見に行ったのであった。まあ、実際には見てびっくりだったわけだが・・・。

■ ストーリー概要 ■
ドニー・イェン演じる刘金喜は10年前にふと田舎のとある村に現れ、偶然出会ったま 演じる村の女性と結婚し、村で生活をしていた。子供も生まれ、貧しいながらも幸せな生活を送る家族。しかし、ある時その村に強盗が押し入る。たまたまその場にいたドニー・イェンは格闘技の経験がないにもかかわらず、幸運にも助けられ二人の強盗を倒すことに成功する。
多少の不自然なところはあるとはいえ、強盗を倒したことを喜ぶ村人達。しかし、死体と事件の検分に訪れた徐百九(金城武)はカンフーの達人である強盗二人を素人が倒したことを信じられず、自分の針師の知識を生かしつつ独自の推理を進めていくのであった。はたして、本当の刘金喜は一体どんな人間なのか・・・彼の過去を調べていく中で徐(金城武)は彼の正体に近づいていくのであるが・・・。

今回は監督である陈可辛の志向が反映されたのか、単純なキッタハッタではなくミステリー仕立てとなっており、アクションと謎解き、そしてそれぞれの登場人物の過去が少しずつ明らかになっていくという仕立てとなっている。

■ 配役と見どころ ■

武狭映画というのは基本的には(少数のアクションスターの中の)「誰が」「どうやって」「どんな敵」を倒すのかを見る映画なので、配役は大変重要である。ということで、今回も主役は甄子丹(ドニー・イェン)。本人もインタビューで言っていたように、この頃映画にでずっぱりである。いつ見ても切れがいいアクションだが、今回は多少うそくさい連付きが多かった。やはり彼は蹴り+突きがあって初めて映える。
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本来であれば準主役として、敵役に注目される配役がされるはずだが、金城武は今回は 探偵役ということでほとんどアクションには参加しない。撮影時には2分の長回し格闘シーンがあったそうであるが、編集段階でゴッソリ削除されたとのこと。彼は中国語を話すとやはり格好いい(と思うが、友人に言わせるとちょっと変らしい)上に、今回は半分くらいは四川語を話している。ところどころ聞き取れない所があるな~と思ったら、四川風の言い回しをしていたようだ(実は、四川語は多少聞き取れるのだけど、いきなり四川語になったりするので耳が追いつかない時のほうが多かった)。245e8bca9417f8d6c8176814

武狭映画には欠かせない「アイドル枠」は汤唯。彼女はラスト・コーション(中国名:色・戒) という映画で濃厚なラブシーンを演じて(それだけが理由ではないが)ここ3年ほど大陸映画界では干されていた女優である。2011年、中国がまさしく総力をあげて「大ヒットさせた」建党偉業(建党伟业)にも撮影は参加したが、編集で全部カットされるという悲哀を味わった(と言いきれないかもしれないが・・・)。
パッと見ると范冰冰に似ていると思ったのだが、夫に対して疑いを持ちつつもそれに耐えて生活を続けていく不安定な心情をよく表現していて、これから頑張って大陸でも活躍してほしいものである(目が大きい女優は好みなので)。

しかし、孙丽・范冰冰・汤唯と似た感じの女優ばかりなので、たまには全然違うタイプの美人は出ないものだろうか。李冰冰は冷たい感じの美人でタイプが違うのだけど背が低いのが難点か。

さて、これだけ魅力的な俳優をそろえているこの武狭、絶対面白いに違いない・・と思って見に行ったのだが、正直ガッカリした。期待値が高かっただけに「本年度最もガッカリした映画」にノミネートされてしまう勢いである(しかし、中国内では評価が高い)。

ガッカリした点をあげるとキリがないのだが、以下三点をあげたいと思う。

  • 甄子丹が出ている時点で、彼がカンフーの達人であることは明らかなのに、謎解きのシーンを引っ張りすぎている。スティーブン・セガールが弱いわけはないのと同じように、甄子丹が弱いわけがないのだ。前半部分のなぞ解きは新機軸で面白いと思ったけど、アクションまでの入りが長すぎて、少々疲れる。そして、アクションシーンになるといきなり全力。
  •   
  • 金城武のキャラ設定が謎。まったく貢献していないと思われる四川語はとまかくとして、彼が「もう一人の自分」を意識しているシーンは意味不明だった。意図はわかるが、あそこまで画面を暗くして演出する意味はゼロ。明らかに欧米の類似の作品から持ってきたアイデアで浮いている。
  •   
  • 戦闘に無理がありすぎ。僕は武狭映画は基本的に「何でもあり」派なのだが、ちゃんとファンタジーの中でも、その文脈に沿った闘いが必要だ。いきなり理由もなく無敵になったりしてはいけない。

と、不満をあげればきりがないのだが、一言でいえばこの監督はアクション映画の「起承転結」をわかっていないのだと思う。毎年毎年同じように出てくる武狭映画の中で自分の色を出したいというのはわかるのだが、まずはそのテンポをわかった上で自分の工夫を載せてほしいものである・・と強く思った。
個人的にベスト3にあげる武狭映画である「十月围城」(日本名:孫文の義士団)ではプロデューサー側ですばらしい仕事をしたので、ぜひ今後もプロデューサーの時の視点で武狭映画を作成してほしいな・・と思いながら、帰宅して口直しをかねて十月围城を見直したのであった。

(※文中の写真はすべて百度百科とWikipediaのものを利用しています)

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2011年7月24日 (日)

宝山にて干爹(後見人)と呼ばれることとなる

土曜日は、宝山にある以前の部下(友人)の家まで遊びに行ってきた。
宝山というのは大地の子の舞台になる「バオスティール」がある場所で、上海の工業化のスタートした地点である(中国の・・といっても言い過ぎでないかもしれない)。ちなみに、バオスティールは中国語では宝钢(宝鋼)という名前が正式名称であり、今でも存続している。
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今では宝山のあたりは、名前はそのままに宝山区という行政区域となり、市内に近い方は 工場街、北側は大手デベロッパーによる大規模開発地域となっている。日本での高度成長の時期に各地につくられた団地とニュータウンという感じだ※1。工場の物資を運んだり、上海外から物資が入ってくる大動脈であり大きなトラックがひっきりなしに通っており、空気は市内に比べてもかなり汚い(団地街は南北を走る動脈の間にあるので、それほど空気は汚くない)。

宝山は危険な鉄鋼工場がつくられたことからもわかるように、市内からはかなり遠い。どの くらい遠いか・・というのを示そうと思って、ちょっと右の地図を作ってみた(linWs000001k先は百度地图)。
通常市内といった時に移動するのはせいぜい赤枠で囲ったあたりで、我が家は左端の方にある「最寄駅」と書いてある場所のすぐ近くにある。その少し左側には虹桥空港、もう一方の右端には浦东空港がある※2。この地図上だと、宝山は一番上、緑色の旗を立てた場所にある。もう、本当に遠い。友人はここから毎日電車(地下鉄一号線)で会社まで通っているとのことだったが、自分にはかなり厳しい距離である※3
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一号線はその名の通り初めて上海に通った地下鉄で、北から南まで上海を貫いている線 なのだが、郊外まで通っていることもあり出稼ぎの人達が多く乗っている線でもある。今回は一号線友谊西路駅で降りたのだが、駅前は上海市区内ではちょっと見られないような風景で、あらためて郊外であることを実感した。

友人の家に行くのは今回が二回目で、メインの目的はもうすぐ2歳になるお子さんに会いに行くことだった。彼女は上海市の近くにある(行政区分では上海市である)崇明岛出身で、子供が生まれてすぐの時に島まで会いに行ったことがあるのだが、まだ寝てばかりで全然意思疎通が出来なかった。大分大きくなったであろう今回は、ちょっとは一緒に遊べるかも・・と期待して家にお伺いしたのだ。
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迎えに来てもらった車を見ると・・早速ご対面!やはり二歳になるとちゃんと両親と意思の 疎通が出来ている。まだ言葉は「爸爸」(お父さん)と「妈妈」(お母さん)しか話せないのだが、言ってることに関してはちゃんと意思表示をする。お母さんが事前に言っていたように、神経質なところがあるみたいで、日本でよくやる「高い高い~」をしたら泣いてしまった・・・!
こちらでは一人っ子ということで、とにかく大切大切に育てるので危ない(!)「高い高い」みたいなことは一切やらないとのこと。もちろん叩いて怒るようなこともしない。ただ、遊びの内容やしつけの仕方は多少違っても、男の子はお母さんが大好きなのは同じようで、お父さんよりもお母さんが大変とのことだった。

今回の訪問では、僕が赤ちゃんの干爹という存在になるということで、一応赤ちゃんの頬にお約束のキスをしてきた。この干爹というのは、日本で言うと「後見人」のようなニュアンスで、特になにをしなくてもいいけど、自分の子供のように思って手助けをする・・というものらしい(百度百科で読んでもよくわからなかった)。
説目節目で贈物をしたり困った時にサポートすればよい・・とのことらしいのだが、外国人(特に、日本人)である自分にそういうことを言ってくれるのは嬉しいし、名誉なことだと感じたので、喜んでお受けしてきた。

ということで、これからは定期的に彼の成長を身に宝山と崇明岛に通う予定です!
(本人は子供どころか結婚すらしていないのに・・・)

※1・・・僕の生まれ故郷は千葉県松戸市で、あそこには国内初の団地(常盤平団地)があったので、非常に懐かしい気持ちになる。道路の雰囲気はそっくりだ。
※2・・・この地図を見ると虹桥-羽田便がいかに便利かわかる。浦东-成田便だとお互いの街から遠すぎる。
※3・・・友人も駅まで毎日車で通っているとのことだったので、車がない自分は間違いなく無理。

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2011年7月 7日 (木)

Short trip in Beijing (石家庄経由で北京に行ってきた) -1日目後半-

1日目前半より続く)Dscn0026_640x480
レストランでの休憩によりかなり体力を回復したので、元気いっぱいで予定通りの時間に 電車に向かった。駅はどこにでもある普通の建物で、この時期には普通に見られる裸族の方々もそこかしこに見られる。中国のローカル線はだいたい時間通りに来ることはないので、駅でかなりの人が待つこととなり、席だけでなく床にも人が寝っ転がっていた※1

僕がのる列車もかなりの長距離を走ってきDscn0028_640x480ているので、今回も遅れるのだろうな~と予想していたが、30分程度の遅延で乗ることが出来てほっと一息。が、なぜか乗った電車は寝台列車・・。本当は动车と呼ばれる中高速鉄道に乗るはずだったのだが、どうやらチケットを間違って買ってしまったようだ。左右三段の寝台がずらりと並んだ列車で、もちろん乗るのは初めて。カーテンもない中で、パンツ一枚の伯父さんやパジャマを着た女の子が寝ていてかなりビDscn0030_480x640 ビる・・・。
とりあえず自分の席(というかベッド)を見つけると、電車はベルも鳴らさずに北京に向けて動き出した。石家庄から北京まではひたすら農地(というか荒野)の風景が続いており、電車はゆっくりと進んでいく。あまりにゆっくり過ぎて、3時間予定のところを4時間かけていくほどだ。

北京到着は結局当初の予定から4時間おくれて午後6時になった。実に家をでてから12時間の旅である。長い・・飛行機に比べて長すぎる・・。到着したのは北京西駅で、これも初めてついた場所だった。

北京はまったく土地勘がないので、適当にコントロールされたDscn0032_640x480_3
列に40分ほど並び、タクシーで宿泊する友人の家まで向かった※2。ようやく荷物を置いて一休み・・・。

その後、初めての北京でまったく中国語も話せないのに、老胡同を改造したホテルに泊まるという友人を地下鉄駅でPick upし向かったのは大董烤鸭店。せっかく北京に来たので北京ダック(烤鸭)を食べてもらいたいと思っていたし、まだ僕もきたことがなかったのDscn0035_480x640 で、少々おしゃれな内装にビビりながらも初めての大董に挑戦してみた(夜が結構遅くてそこしか空いてなさそうという理由もあった)。

中に入ってみると、とにかくおしゃれな内装にびっくり。僕は料理に関しては、全体の平均値では上海のほうがおいしいと思っているけれど、本気になった時の北京のクオリティの高さはすさまじいものがある。北京在住の友人によれば特級の料理人が開いている店で外国人のお客さんが非常に多いとのこと。

僕が行った日は外人は多くなかったものの、おしゃれな(=お金をDscn0041_640x480持っている)若い中国人が多くいた。こんな派手で空間をぜいたくに使った店は上海では作れない(上海は狭いので土地代だけでものすごいコストになってしまう)。
料理も上品でとてもおいしく、大満足で北京一日目を終えたのであった・・・ 。
(写真はFBの僕のアルバムから見ることが出来ます)


※1・・・遅れるのみならず早く行ってしまうこともあるので、日本のようにギリギリにDscn0043_640x480 駅につくなどという冒険をすることはできない。
※2・・・列をとりあえず作って人が順々になるようにしているが、途中でストップ→20人ぐらいを一気に進ませる、というコントロールをしていたので、結局その20人で取り合いになってしまう。1人ずつ行かせればいいのに・・・。

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2011年7月 4日 (月)

Short trip in Beijing (石家庄経由で北京に行ってきた) -1日目前半-

日本の友人(Twitter経由で知り合った友人)が転職休みで中華圏をグルッと一回りしてみたいとのことだったので、自分の観光ついでに北京まで彼を迎えに行ってきた。北京は上海とは違い、中国語なしではほとんど何もできない土地だし、彼は英語はできるが中国語は全くなので、助けが必要だろうと思ってのこと。

4月の頭に北京に行ったばかりで毎回同じというのは芸がないし、スクールが始まる前であまりお金もないので、今回はいつもと違って上海から石家庄までを飛行機で行きDscn0010_640x480、そこから電車で北京に行くというルートを試してみることにした。

上海から石家庄までは、日本でも格安航空で話題になった春秋航空を利用することにし た。この区間のチケットはWEBで早めに買うと99元という超格安(というか安全性に不安のあるレベル)の価格で買うことが出来るのだ。拡張された虹桥空港のTerminal1から早朝7時55分発というかなりしんどい便だったが、予想通り出発は遅れた。ただし遅れるだけならラッキーで、20本ぐらい飛んでいるDscn0011_640x480便のうち2本は取り消しに なっていたので、やはり格安は格安なりのリスクがあるのだ。。

今回春秋航空は初めて使ってみたのが、個人的には他の航空会社とそんなに変わらないと思った。以下、簡単な感想。

      
  • 食事はなし。ただし、他の中華系航空の食事も大しておいしくないので、別に気にならない。
  • 席は狭い。ただ、これも二時間ぐらいのフライトであれば我慢できる。隣のおじさんが寝ぼけて激しく腕を振りまわし、顔面にラリアット喰らった時はさすがに凹んだが・・。
  • 「荷物は一つまでのお預け、合計15kgまで」というのは一応のルールなのだが、余裕で複数個預けている客がいた。航空会社側も一応指摘するのだが、客側が言うことをきくわけもなくやたらと交渉時間が長引き運航に支障をきたすレベルになるので、結局なし崩し的にOKになる模様。
  • 格安を取り返すために、フライト中は機内でいろいろな広告案内がある。わかってれば音楽を聞きながら眠れたのだが、なかったのでず~っと広告を聞いてDscn0013_640x480いた。。

1時間遅れで無事に石家庄についてまず気がついたのが、空気がとにかく汚いこと。 上海も決して胸を張れるようなレベルではないが、石家庄は歩いて普通に呼吸をしているだけで喉が痛くなる※1。空気の汚さにたじろぎつつ、とりあえず空港から北京までの電車が出ている駅に向かうことにする。本当は事前に移動距離やら金額やらを調べておくべきだったのだが、今回はすっかり忘れていDscn0015_640x480 たので、運転手さんの言うとおりの道でお願いした(というか言葉がなまりすぎていてさっぱり聞き取れなかった)。
どうやら空港から電車の駅までは40分ぐらいかかるらしい、ということがわかり出発すると、すぐに目の前で交通事故発生。高速道路を華麗に逆走してきた車と、空港から出て行ったタクシーが正面衝突を起こしていた・・・。この「高速道路逆走」は時々上海でも見かけるのだが、石家庄まで来てまさか目の前で事故を見ることになるDscn0017_640x480 とは思いもよらなかった。自分が乗っているタクシーの運転手も野次馬根性丸出しで事故を起こした運転手同士のケンカに割って入る(逆走してきたおばさんのほうが文句を言っているというのは、理解に苦しむところ・・・)のだが、放っておくと延々と話してしまいそうなので、10分ほどたったところで運転手を呼びだして再出発をした。ちなみに、もちろんその間のメーターは倒れっぱなしである。

空港から駅までの道のりでとにかく目についたのが、マンションのDscn0018_640x480建設だった。 正直、車がないととても住めないような地域にもボンボンと高層マンションが建っており、上海で見られるような土地開発ラッシュが二級都市にも広がっているのだということを感じた※2。住む人がいないマンションを建ててGDPをあげていくのは、これすなわちバブルなのだが・・。

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疲れと腹痛でボーッとしていたが、空港から駅まではだいたい1時間くらいで無事に到着※3。途中からメーターが動いていないことが気になっていたのだが、予想通り到着すると「140元をよこせ」と運転手が言ってきた。正規の料金もわからない中でそんな金額払えるか・・ということで、とにかくタクシーの番号がついた发票(領収書)をよこせと何度も主張すると、だったら100元でいいと折れてくれた。運転手としては「发票がないDscn0022_640x480からサービスだ」ということを繰り返し主張しており、その時には「そんなわけあるかいな」と思っていたのだが、後でPCの前で計算したらおそらく運転手の金額は正規のようだった※4。まるでこれじゃゴネ得みたいで、日本人がほとんどいない街なのに、日本人の印象を悪くしてしまったかもしれん。。。

到着した石家庄駅はとにかく立派!そして、デカイ!
(しかし設備はしょぼい) 。Dscn0021_480x640 駅前には解放軍の銅像が建っており、That's 中国という感じである(過去電車に乗った駅で、銅像が設置されていたことはなかった)。銅像を横目にみつつ、切符を買うために、30度を超える猛暑の中、20kg弱の荷物を肩にかけて長蛇の列に並ぶ。水曜日なのになんでこんなに人が多いのだろう・・・。

道のりも値段も全然予備知識がなかったのだが、30分ほど無事に切符を買うと、一気にお腹が痛くなってきたのでいったん駅前の一番綺麗なホテルに避難。常に「より綺麗なトイレ」から逆算して行動をすることをモットーとしているし、とにかく荷物が大きかったのでホテルの中のレストランしか選択肢がなかったのだ。昼のバイキング用に70元(上海にDscn0023_640x480比べると安い!)を支払い、ようやく一息つくのであった・・。 (以下1日目後半に続く)

※1・・この後北京で聞いた話だと、石家庄は大規模開発と古い家の取り壊しで急激に空気が汚くなっているらしい。
※2・・百度によると、石家庄全体の人口は1000万人強で、市区内人口は300万人弱とのこと。これだけ規模があっても二級都市でである。
※3・・引っ越しにあわせていらなくなる本を北京の友人にあげるため、15kgほどの本をもっていったのだが、それが何よりしんどかった。
※4・・距離にしてだいたい45kmぐらい。単価が1.6元/kmで、長距離の場合には値上げになるのと、高速道路の通行料が上乗せされるので、そんなに間違ってないはず。

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