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カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

2020年3月 2日 (月)

アメリカ出張は取りやめになったけど、結果オーライかもしれない。でも、今年はかなりしんどいことになる。

二週間ほど前に、「このままだと日本からの入国が制限されるという可能性もないとはいえなくなってきた」と書いた米国出張。今の所少なくともアメリカではそういった事態は起こっていないけど、出張はキャンセルになった。一緒にいくはずだったお客様が、2月25日から国内外の出張を一斉にストップさせたからだ。
お客様から連絡があった段階では自分だけいくというオプションもあったのだけど、あまり意味がないし、もし家族に何かあった場合には海の向こうから心配しないといけないし・・・ということで自分もキャンセルした。結果として、3月2日段階では正解だったと思っている。


アメリカは2月28日までは対岸の火事だった

今回のキャンセルを伝えた時に、アメリカ側の最初の反応は「日本は大変だなぁ」だった。アメリカ側ではそれほど問題ないんだけど、お客さん側がそうやって決めてしまったなら仕方ないよねぇ・・という感じだったのだ。
週末である28日(日本時間では29日)は少しトーンが変わって、「風邪をひいてしまったようだけど、コロナではないと思うので心配しないでね」という感じで、まだジョークで話せるレベルだった。ただ、現地の社員が日本にくるのは避けた方がいいかもしれない・・というメッセージは出てきていた。


だが、この雰囲気も今週に入ってだいぶ変わってきた。
一つは日米間のUA便が減便になったこと。UA便は本数も多く日系の航空会社に比べて運賃も安いため、日本に来るアメリカ人はよく使っている。これが減便したということで、米国から日本への出張についても本格的にキャンセルが発生するようになった。

次に、アメリカでも感染者が少しずつ増えてきたこと。
インフルエンザが猛威をふるっていようとあまり気にしないアメリカ人ではあるが、今回は予防方法が事実上なく、かつ誰がかかっているかがわからないということで、それなりに心理的に影響が出て来るようになった。うちの会社でも、会社に入る時には手のひらのアルコール消毒をしっかりするようにとの通達が出ている。

最後は、もしかしたら本当に他国からの帰国後に隔離措置がされるかもしれないという雰囲気が出てきたことだ。
現段階ではまだ出国時の制限(といっても強制することはできないが)だけだが、入国時に隔離される可能性があるとなると大事だ。アメリカではこういった措置が一回発表されると、しっかりと運用がなされる。隔離措置により家族と会うこともできなくなるし、仕事にも大きな影響がある。これで、アメリカ側の雰囲気もだいぶ変わったようにみえる。


2020年は不況になる、少なくとも会計年度上半期は(9月までは)

それからもう一つ見えてきたのが、今回のコロナウイルスの問題は2020年度の予算設定に対してメチャクチャでかい影響を与えるということだ。
出張や会議が減ることは色々な方面に影響を与えるけど、それ自体が経済を冷やすことはあんまりない※1。インバウンドや旅行、イベント関連といったところは、現在も既に大打撃を受けているが、これもある意味で「コロナによる直接的な被害」ということで、コロナの問題が解決すれば少しずつ回復して来るだろう(とはいっても、いつまでかかるかわからないので、決して優しい問題というわけではない)。

これに加えてお客さんと話していると、この先行きの不透明感により2020年度の予算が影響を受けていることをヒシヒシと感じる。先ほどは「直接的な被害」という表現をしたが、こういった予算策定の問題 == 正確に言えば、保守的な予算計画による支出削減は「間接的な被害」ということができるだろう。

うちのような研究開発を生業にしているような業者は真っ先に影響を受けるし、成長戦略やデジタル・トランスフォーメーション系のB2Bも影響を受けるだろう。そして、そういった影響は回り回って消費者にも影響を与える。昨年の米中貿易摩擦や消費税増税で弱っていたところに、最後の一撃が加わった感じで、いよいよ不況が来ることがほぼ確定してしまったといっていいだろう。
少なくとも予算の組み換えが行われる可能性がある下半期(10月以降)までの6ヶ月はかなりの厳冬になるに違いない。

このコロナウイルスの影響がつらいのは、ある意味で世界同時に発生してしまうことだ。人口減と高齢化の影響で国内がしんどいから、インバウンドや海外展開で稼ごう・・というストーリーが使えなくなってしまった。もしかしたら中国は予想よりも早く立ち直るかもしれないけど、彼の国もこれから2022年に向けて、決して安定しているわけではない。

今から出来る準備などタカがしれているのだけど、想定していたよりも冬の寒さははるかに厳しくなる予感がしている。これが「終わりの始まり」にならなければいいのだけれども、とこの頃は真面目に心配している。


※1・・・「3月はじめに取締役への報告を行い、3月下旬に納品完了してください」みたいなプロジェクトは結構あると思うのだが、こういったものは今回の措置が直撃するけれど・・・年度内に締めたかったプロジェクトはどうすればよいんだろうね。。。

2020年2月27日 (木)

5GでIoTのコンセプトは実現するのか? 書評: 5Gでビジネスはどう変わるのか

購入したのはかなり前だったのだが、年末は引っ越しで忙しくてなかなか読み進めることが出来ず、読み終わった後はその意味づけをしばらく考えていたせいで感想をかけずにいたのが本書だ。
通信領域で長年にわたって政策提言やコンサルティングを従事されていただけあり、5Gビジネスに関連する内容を網羅的に取り扱っている。IoTと5Gに関する知見を手っ取り早く、かつ全体感を持って手に入れたいというなら、間違いなく本書を最初にオススメする。
ちなみに、著者のクロサカさんは引っ越す前に近所に住んでおられていたようで、時々ご家族と歩いているのをみかけたことがある。流石にお声がけするのは憚られたので、「おお、クロサカさんだ!」と勝手に興奮していたものだ。


2020年現在の米国での5Gの位置付けPhoto_20200227135801

本書にも繰り返し書かれているように、世界各国での5Gを利用したビジネスというのはまだ黎明期だ。5Gならではのメリットを提供しているサービスはほぼ存在しないし、米国でも5Gの商用利用は始まっているものの、メジャープレイヤー(今後企業価値が大きくなると期待されるスタートアップ含めて)はまだ存在しない。
正直なところ2019年末の段階では、5Gを利用したサービスというのは「お金持ちのオモチャ」と呼ばれているような状態だった。

なぜそういう状態になっているかというと、まだ明確なユースケースを描ききれていないからというのが大きい。
本書にもあるように、5Gの特性を考えるとサービス自体はB2CというよりもB2(B2C)のような形にならざるをえない。言い換えるとB2Cのようにアプリを開発して、一気にマスを取りに行く・・といったこれまでのスタートアップの勝ちパターンを適用がしづらいのだ。

すでに一足先に波が来て、そしてその第一波がさりかけているロボティクスと同じように、スタートアップが既存の大企業に採用されるには(B2B2Cの最初のBがスタートアップで、真ん中のBが既存の大企業)かなり明確にユースケースが定義されていなければならない。そして、矛盾するようだがユースケースを明確に定義するためには、最初のお客様との協働実験やβ版の利用が始まり、考慮すべき外的要件を明らかにする必要がある。

つまり「使えるようになるためには、"何に"”どうやって”使えるのかを明確にしなければならない」一方で、「"何に"”どうやって”使えるのかを明確にするためには、まずは使って守らないといけない」のだ。
このジレンマに陥らないようにするには、多少ユースケースが甘くても、言い換えればMVP(Minimum Viable Prodcut)の状態でも利用してくる一般ユーザー(C)に向かうしかない。しかし、5G特性が活かせるようなネットワークが整備されておらず、デバイスも少ない状態ではこちらの方法も難しい。
・・・・ということで、米国のスタートアップ業界でも5Gはまだメインストリームにはなっていない。


本書にもある通り、米国でもおそらく最初に利用が始まるのは動画配信やゲーム、ライブエンターテイメントだろう。その中でも、個人的にはライブエンターテイメントで面白いスタートアップが立ち上がってくるのではないかと思っている。アリーナやスタジアムというのは比較的外的要件が安定しているし、付加価値を出せばチケット代や利用料にも転嫁することがそれほど難しくはない。

それ以外の領域では、既存のメジャープレーヤーが音頭をとってビジネス開発が進むのではないかと思っている。日本の動画配信やゲームのプレーヤーは米国に比べれば小さいが、それでも「大企業発のビジネス開発」であれば日本企業でも十分に面白いものができるのではないかと思っている。


重要だけど、本書にかかれていないこと

各領域のビジネス開発や展望については本書で網羅されている一方で、極めて重要だけど本書にかかれていないことがある。本書の射程ではないということで、クロサカさんはあえて本書から外したのだろうと確信しているのだけど、一方で5Gからのユーザーメリットを享受するためには極めて重要な視点だ。

それは、端的にいうと「センサーは壊れる」ということだ。センサーが壊れると、当然ながらデータを取得することが出来ない。そして、壊れたものは誰かが直さなければならない。
本書の第3章では、分野別の新事業の有望株が挙げられている。この中には、機器の設置者が継続的に機器をメンテナンスするインセンティブが強い領域(ライブ中継やスマートファクトリー)などと、ユーザーにはメリットがあるものの機器の設置者が継続的に機器をメンテナンスするインセンティブが弱い領域(スマートシティやスマートハウス、スマートサプライチェーン)などがある。

現在の携帯基地局の保守業務を見るまでもなく、配置するセンサーの数を増やせば増やすほど、1日あたりに故障する確率というのは増えていく。私は今の業務で、大量のセンサーを導入している工場を見学しに行ったことがあるが、「何もない日というのは1年で数えるほど」という状況だ。これは、工学的に作られるものである以上は仕方がない。工場でも携帯基地局でも、設備を作ったプレイヤーと管理/運用を行うプレイヤーは同じなので、リソースさえ投入すればメンテナンスは可能だ。


では、スマートシティやスマートハウス、サプライチェーンといった「設備の設置や建築を行う業者」と「管理を行う業者」が違う場合には、どうなるのだろう。
例えば以前に住んでいた築20年を超えるマンションでは、故障したインターホンを取り替えようにも在庫がないという状態が発生してしまい、最終的に管理を行う業者が全戸一括して交換するという対応を行なっていた。さすがに、インターホンが使えないマンションなどありえない・・・というのが一般的な妊娠期だろうし、インターホンの変更自体はそれほど難しくはないので、管理業者でも行うことが出来た。


この例と同じように、例えばスマートハウスを売りにしているマンションの壁に埋め込まれたセンサーが壊れた場合はどうすればよいだろうか?上記の事例と同じように考えれば、管理業者が替えるべきだろう。ただ、センサーのように進歩が早く、それなりに専門知識が必要とされる領域に機動的に対応できるような体制(人的リソースを含む)を管理業者が構築できるだろうか・・?

センサーをたくさん利用している場合、ユーザーは各センサーの状態を把握しているという仮定を置くのは無理があるので、故障が発生した場合には、まず「どこで」「何が」壊れているのかを同定するところからスタートするのだ。


本書では、この辺りの問題を「利用に関する費用をどのように分配するのか」といった問題としてまとめているが、主に問題の焦点をビジネス開発時 == 導入時に限定しているように見える。しかし工学的な観点からは、むしろ運用がスタートしてからのほうが重大な問題になるのではないかと思っている。また保守がしっかり行われたとしても、サービス提供者自体がサービスを終了したり、潰れてしまっては意味がない。


5GとIoTの組み合わせのように、統合して、かつ長く運用することにより初めて価値が出せるような領域というのは、長期に渡って持続的なビジネスを設計する必要がある・・・というのは、いうは易しで実際にはすごく難しい。実際に日本では、(そういう意味で使ったわけではないという反応があるだろうが)「100年使える」はずのauのメールがわずか6年でサービス終了という実例があるのだ。

理想的には運営企業が潰れてもデータの引き継ぎが容易にできるように、データ形式を共通化することが望ましいだろう。実際、いわゆるGAFA(というか米国のテックジャイアント)はそのような取り組みを進めている。データをどのように取り使うのか、本書で言われているようなTrustをどのように実現するのかという問題はあるものの、データの可用性と可搬性の観点から、変なところで独自規格みたいなものを作らないで進むことが望ましい・・。

2019年11月28日 (木)

デジタル時代の人材獲得で一番辛いのは銀行

今の仕事についてから色々な業界の人と、イノベーションについて話すようになった。
そして、イノベーションの話をすると、とりあえず全ての業界で大なり小なりデジタルトランスフォーメーション(DX)という単語を聞くようになった。もちろん本音では、「デジタルなんかいらない」と思っている会社もあるだろうけど、そんなことを大声でいう会社はない。そうする意味がないからだ。


デジタルトランスフォーメションは自分でしか出来ない

実際にデジタルトランスフォーメーションをやろうとすると、すぐに気がつくのが、社内に適した人材がいないという現実だ。IT部門はあるかもしれないが、アプリを自分で作っているところは少ないし、そもそもITに関する知識がないというIT部門も少なくない。
そういった会社にとって、ITとかデジタルというのは「買ってくる」ものだったのだ。ところが、DXを実現するためにはどうやら自分でやらなければならない・・・ということにこの頃気が付いたという会社が多い。

そうなると中途か新卒で人材を獲得しなければならないのだけど、自分が見る限り、最も辛いのはメガバンクを含む銀行だ。今現在でも難しいが、今後も今のままだと絶望的だと思う。

まずもって、社内で内製をするという文化がない。IT業界から見ると、金融業界というのは最もお金を落としてくれる業界だ。コンプライアンス要件や、処理能力などの要求が非常に高いがしっかりお金を払ってくれる。
そういった金融業に対してIT業界は優秀な人を贅沢に貼り付けてきた。そういう状況で、内製であえてやろうとする会社は少なかった。
とはいえ、これは何も金融業界に限った話ではない。ただ、実質的にITなしでは業務が回らないにも関わらず、驚くほど社内の専門家が少ないのが金融業界だ。

 

次にガチガチの給与体系。能力よりも年次でお金を払うシステムである銀行では、「優秀だが高給なエンジニア」を雇うための方法がない。
ただ、これも多くの伝統的な業界に共通する。

装置産業としての魅力を失う銀行

そして最後の、そして最も大きい理由として、「銀行でしかできない、先端的な取り組みはほとんどない」ということだ。銀行の中の人はそういうことを言われるのは嫌がるかもしれないが、2020年になろうとする今、銀行というのは巨大な装置産業だ。ITシステムと「資本」をレバレッジするのが、その本質の一端といっていい。
そして、装置産業の中で、最も代替が進むのが銀行なのだ。

装置産業間での比較を考えてみよう。例えば、AIで非常に有能でもある人材が「自動車や二輪車」を作りたいと思っていたとする。彼にとって現実的な選択肢というのは、テスラという例外を除けば、既存のどこかの自動車会社に入ることだろう。

同じことは製造業のほとんどにいうことができる。スタートアップがこれだけ一般化した今でも、モノを作るには資本と設備が必要になる。ファブレスという選択肢もあるが、それではカバーできない領域もたくさんある。
そういった「モノづくり」に興味があり、かつ先端技術もできる人間は一定数はいるので、製造業はそういった人材を獲得することができるだろう。

翻って、金融業はどうだろう。
もしかしたら自分の周りが偏っているだけかもしれないが、「自分はどうしても銀行で与信をやりたいんだ」といって銀行に入った人間を僕は知らない。もともと明確なゴールを置くのが難しい業種だ。
もちろん、金融業で身を建てたいという人間はたくさんいるかもしれないが、そこにAIのような先進技術を掛け算で持っている人間は、Fintechと呼ばれるスタートアップにいったり、あるいはAIコンサルのような仕事を選ぶだろう。
さきほど述べたように、銀行業はいわゆる「ベンダー」にお金を払うことは得意だから、AIコンサルも仕事を取ることはそれほど難しくない。
でも、それでは銀行自身の中にノウハウが残らない。

グループとしての人材レベルを保つために

Fintechはよく「業界への破壊的なイノベーション」と言われる。ただ、個人的には、たとえ業界構造自体が変わらなくても、そういった代替かつ魅力的な存在が出ることで、人材レベルがゆっくりと確実に下がっていくことの方が長期的な影響が大きいと思っている。

そういう観点から、常に注目しているのはJapan Digital Design (JDD)だ。
三菱UFJが設立したFintech子会社は、社員のほとんどが有期雇用で外部から集められた人材で、既存人員の異動はほとんどない。あえて本体から切り離し、給与レベルも本体とは別立てとすることで「先進技術を使って、金融で何かしたい人」を集めることに成功している。

これまでの人事制度が「銀行に入りたい人に、何をさせるか」を考えていたとすると、ちょうど正反対の発想だ。まだ収益に貢献しているとはいえないこの試みだが、個人的には伝統的な企業が人材を集めようとするとこの方法しかないと思っている。

この一点だけで自分にとっては、三菱UFJは「面白い」取り組みをし続ける銀行だ。

2019年8月 1日 (木)

深圳のハードウェア・イノベーションを勉強する

中国に長くいたとはいえ基本的には上海を中心に生活していたので、ここ数年で深圳についてはほとんど知識はない。気がついたらメディアではすっかりイノベーションの都市という扱いになっていて、確かにそういった一面もあるのだろうけど、一方でシリコンバレーにちょくちょく顔を出すようになり「結果だけ見てイノベーティブであるかどうか」を見ることに意味はないということに気がついた身としては、ちゃんと勉強をしようととりあえず関連書籍を二冊読んで見た。Photo_20190801115101

一冊は中国の経済問題に対して様々な媒体で積極的に情報を提供されている梶谷懐先生の「中国経済講義」。刊行されたのは昨年8月で購入後すぐに斜め読みはしていたのだが、今回はじっかり腰を据えて再読。梶谷先生がブログなどで発信されていた様々な内容をまとめたという趣の一冊なのでものすごく新しい内容があるというわけではないのだが、一方で経済週刊誌しか読まずに中国を判断しようとする人にはかなり新しい知見が含まれているのではないだろうか。イノベーションに関する論考は第6章にまとめらている。

もう一冊は実際に深圳でハードウェア製造の会社を経営されている藤岡さんの「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム」。こちらは梶谷先生の本とは大局的に、著者が実際に深圳で悪戦苦闘する中で学んだことがコンパクトにまとめられている。自分のように中国で数年間生活し戻ってきた人間からすると、まず長年にわたり現地で切った張ったを繰り返し、会社を経営し続けるということだけで尊敬に値する。この本もお行儀のよい経営者本にはないような生の迫力があって、単純に著者の冒険を後追いするだけで楽しい。

 

● 公版/公模とデザインハウスについて
今回参考にした二冊の参考書には深圳の独自の強さの源泉として、基本的な機能が一枚のボードとして提供されているという「公版/公模」の存在と、様々な有象無象の部品の中から最適な組み合わせを見つけることを手助けしてくれるデザインハウスの存在があげられている。自分は深圳で実際に活動をしたことがなく、またハードウェア畑の人間ではないのでピントがずれているかもしれないが、この2つの要素が完全にオリジナルな要素であるかというと、少し違うという理解をしている。
まず、いくつかの機能を組み合わせて標準的な機能を一つのボード上で実現して安価に提供する、というのはソフトウェアの世界ではまさにクラウドサービスがそれにあたる。クラウドサービスを提供している大手ベンダーは標準的な機能を実現するための方法論としてテンプレートと呼ばれる組み合わせを提供し、その上でより複雑な機能を実現したいユーザーに対しては、個々の機能の細かい解説を提供している。ユーザーは各機能についてはこの解説を読めば理解することができるが、実際にシステムを組もうとすると、細かな調整を自分で行うか、いわゆる「SI」と呼ばれる専門職に依頼を行う必要がある。原価の都合により、無償か有償かという違いはあるにせよ、ビジネスの発想としては似たようなものがある。

 

また、そもそもソフトウェア(システム構築)においてはルイ・ガースナーがIBMの改革で実現したように、複数のベンダーから提供されたものを専門家が統合するというサービスが90年代から提供されてきた。これも元々はユーザー企業が異なる規格、異なる仕様のソフトウェアやハードウェアを統合してシステムとして動かすことが非常に難しくなっているというところにビジネスチャンスを見出したわけで、各機能/パーツ/コンポーネントのモジュール化の進展と、その統合を行うための知見の不足を補うサービス業の勃興というのは過去にも実現されているビジネスパターンといえる。
さらにいえば、大変古い話になるが「パーツの見極めと買い物ガイド」というサービス時代は、今ではすっかり変わってしまった秋葉原で似たようなサービスが提供されていたことがあり、複数の有象無象のパーツ(品質管理が十分になされていない製品)が出回る集合的な市場においては、複数の場所で見られる現象なのではないかと思っている。



● イノベーションの類型化の重要性

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もう一つ気をつけなければならないと思ったのは、深圳における知的財産の共有化とも呼ぶべき状況(梶谷先生の言葉を借りると、ポストモダン層)は必ずしも中国にのみ発生した状況ではないし、同時に中国国内においても、この形だけがイノベーションのあり様ではないということだ。「中国経済講義」ではちゃんと指摘されているが、例えば華為は特許取得件数が世界有数の企業であるし、クロスライセンスによって多くの利益を得ることができている。

 

また、こういったハイテクに限った話ではなく、例えばチェーン店による火鍋ブームの火付け役となったといっていい小肥羊はそのスープのレシピを、公的には長く秘密にしていた。これなども、料理のレシピは著作権で保護されるのかという問題はあるものの、知的資産の保持という文脈で言えばモダン層の方向性を持っていると言えるだろう。言い換えれば、中国においても(あるいは欧米においても)、イノベーションというのは様々な類型があり、ある方式が他の方式を圧倒するというわけではないということだ。

 
例えばIBMはいち早くオープンソース・コミュニティーのサポートと貢献を会社の方針として進めていたが、一方でWatsonをはじめとするプロプライエタリな製品の開発はいまだに行なっている。ままた、AndroidとiOSはオープンソース vs プロプライエタリという対立構造にあるが、少なくとも権利の状況が現在のビジネスにおいて決定的な意味を持っているようには見えない。
もちろんこういった諸要素をちゃんと考慮している方もたくさんいるわけだが、メディアに出てくるメッセージは極端に振れる傾向にあるので、ちゃんとした理解をするためには、やはり取り上げられている要素について「縦の検討(歴史的なコンテクストの上で評価を行う)」と「横の検討(特定の事例のみを抽出せずに、他との比較を行なった上での評価を行う)」が必要不可欠であるように思う。

 
自分は経済学者ではないので、「なぜ深圳が出来上がったのか」を厳密に議論することはそれほど興味があるわけではないが(※1)、少なくともこの二冊を読んだだけでも「日本に深圳のような場所を作る」というのはかなり荒唐無稽な問いの建て方であるということがわかる。深圳とのようなクラスターを検討する際にあたっては地理的な優位性(要するに、距離が近いことのメリット)というのはほとんど意味をなさないのであるが(※2)、とはいえせっかく近くにあるのだから、しっかりそれを利用するという気持ちではいたいとは思っている。
ちなみにイノベーションのもう一つのメッカであるシリコンバレーでは、こういった「ハードウェアの組み合わせによるイノベーションの創造」というのはなかなかし辛いところがあるので、「全世界におけるイノベーション」という観点からは住み分けが出来るのではないかと感じている。シリコンバレーでハードウェアをやろうと思ったら、どうしてももう少し大きいロボットになるか、センサーのようなものが主になるかな・・・。

 

※1・・・大学院時代に、青木昌彦の比較制度分析を研究室で勉強させられたこともあり、こういった議論は嫌いではないけど、とてもじゃないけど専門家にはなれない・・・。
※2・・・もし距離だけが問題になるのであれば、メキシコやカナダのほうがずっとイノベーションへのキャッチアップが高いはずだが、そうはなっていない。

2017年12月26日 (火)

久しぶりに上海に行ってきた(弾丸で一泊二日)

先週の週末、友人が経営している会社のご好意で上海に弾丸で行ってきた。前回はCEIBSの同期の結婚式に参加するために2年半ぐらい前に行ってきたので、それ以来の上海である。日本にいると「中国すげぇ」という話を聞くので、本当は色々街歩きはしたかったのだが、今回はお呼ばれでスケジュールがバッチリ決まっていたため、全く自由な時間を持つことができなかった。というか、宿泊先すらも自分で選んでいないので、上海に5年半も住んでいたのに、始めてホテルオークラ(花園飯店)に宿泊をしてきた。

今回は「中国でデジタルがどのくらい世の中を変えているのか?」を見る研修に参加させていただく・・・という名目でお邪魔してきたのだったが、まず最初に感想だけ言ってしまうと、自分がいた時と比べて段違いに変わったな〜ということを「一泊二日しただけでは」体感をすることができなかった。まあ、"社会を変えている"というのであれば、やっぱり自分がその構成要素にならないといけないということだ。以下は今回見てきたことの簡単なまとめ。


WeChatを使った支払い

これは日本でもよく言われているので、とりあえず銀行口座を持っていない自分は現地駐在の人から送ってもらったのだったが、結局良い使い道を体験することがなく・・・・。店での利用に関して言うと日本国内にいればNFCを使った(Suicaとかね)支払いをしていて、それと変わらないよね・・・というのが、(繰り返すが)一泊二日での感想になってしまう。

WeChatが世の中を変えることの本質というのは、芝麻信用が”使えない"人間からすると、例えばC2C決済が格段にしやすくなる(とはいえ、これはAliPayもある)ということと、リアル店舗での決済に人が関わらなくてよいということにあるのだけど、これは上海レベルだと自動販売機で使えますぐらいの使い方がまだ提案されていなくて、本領が発揮されていない感じがした。後述するAlipayを使ったスマホで決済できる「盆馬鮮生」なんかも、今の所は"決済がスマホonlyになる"ということで自動化の本領が発揮されていない感じがした。


Alipayを使った盒马鲜生

これも日本では話題になっていた「現金を使わない(というより使えない)」スーパーマーケット。Alipayというと、自分たちの世代にはAlibabaで買い物をする時に使う一種の仮想通貨という感じだったが、今回行った上海ではすっかりリアルな決済でも使えるようになっていた。この決済がリアルになった・・・ということ自体には対して興奮をしなかったのだけど、盒马にはかなり興奮させられた。多分他にいた人とは興奮のポイントが大きく違ったと思うのだけど・・・Img_6939_4

僕が興奮したのは、顔認証による支払いではなく、お届けをするために忙しく店内を歩き回る店員でもなく、単純に「スーパーマーケットがすごく綺麗になっている」ことだった。自分が上海にいた2007年〜2013年というのは確かにみんなの生活がどんどんよくなっていった時代ではあったのだけど、スーパーマーケットで一番存在感があるのは依然としてカルフール(家楽福)だった。中国のカルフールというのは一般的な日本人からみるとでかく雑という感じで、少しずつおしゃれになった店舗が増えているとはいえ、依然として中国のスーパーは大きなカートに大量のものを積み込んで買うという感じだったのだ。

ところが、今回視察に行った盒马は一点一点のレイアウトもこじんまりとしており、店内を大きなカートを押している人など誰もいなかった。もちろんたまたま自分が行った店舗がそうだっただけかもしれないし、あるいは時間的にそういった時間なだけだったかもしれないけど、こういった店舗が上海に出来たということのほうが、自分にとってはずっと驚きだったのである。

シェアサイクル

大量生産・大量死で日本でもよく取り上げられているシェアサイクルについては、そもそもが今回の旅行で移動している半径が極めて狭かったせいか、あるいは整理のよくされた通りにいたせいか(淮海路や南京路)、よくネットで話題になるような溢れるほど道路にあって邪魔しているような光景をみることが出来なかった。道路の端っこに整列されているのは見ることが出来たのだが、それだと東京でNTT Docomoが提供しているシェアサイクルとあんまり変わらない気もするのだった(僕はヘビーユーザーで、この頃はすっかり電車にのる回数が減った)。

少なくとも上海に限っていえば、地下鉄の一駅間が日本よりも全然広いのでこういったサービスはとても便利だと思うけど、だからと言ってそれをすぐに日本に持って来ればいいわけではなく、なんというかシェアサイクルがイノベーションなのかと言われると、まあそうかもしれないね、ぐらいにしか思えないのであった。


タクシー配車アプリ

これも、自分が上海にいた時に比べて明らかに、明らかに(声を大にして!!!)便利になったところだと思う。長く上海に住んでいると、どの通りはタクシーがよく通り、どこならば捕まえやすい・・といった情報が頭の中に入っているものだったが、そういった情報を持たなくてもタクシーを、しかも明らかに正規のタクシーより綺麗な車を、捕まえることが出来るというのはよかった。


今回の旅行で思ったことを最後に3つ

最後に今回の旅行で思ったことを3つばかり、まとめておこう。

1つは中国というのは「人間の使い方」について実に不思議な発展をしている国だということだ。WeChat Payにせよ、シェアサイクルにせよ、デジタルを使うことによる一番のメリットというのは、人間がこれまで作業をしてきたような無駄なことを大幅にカットして自動化することが出来るということにある。これは何も中国だけでなく、全ての国でITというのは人間のそういった負を取り除いて生産性を向上させることに使われている。 中国は様々な理由によりこの「負」を解消することが出来る幅が大きいので、それだけITが出来ることが多いのだけど、一方でその解決をするために膨大な量の人員が投入されている・・・というか、その安い人員が前提となってサービスが設計されている。例えばシェアサイクルは有り余るお金が運営企業に流れ込み、その資金を惜しみなく使い自転車を準備するのだが、その整理をするのは人間である。ITによって「生産性が上がる」人と「流れてくる金で生きる」というコントラストが世界一見える国は中国なんだろう。


2つめは、中国すげぇ論ってやっぱり馬鹿馬鹿しいなということである。こう言い切ってしまうと中国すごくないのか、という反応が来るかもしれないけど、そうではなくて、単純に「中国すごい」と言ってるだけでは意味がないだろうということを、改めて感じたということだ。ちょっと前は、日本にはなぜシリコンバレーがないのか・・?みたいな記事があって、今は中国すごいみたいな記事があるという感じで、歴史的・文化的・経済的なコンテクストなしにそういった議論をする人間が増えたのか、あるいは旬だからそういう人間が寄ってきているのかわからないが、今回自分で見に行ってみて、単純な「中国すげぇ論」はとりあえず遠くから冷たく見守ろうという気になったのだった。Img_6943_4


そして最後に、それでも上海は自分にエネルギーをくれる場所だな〜と改めて感じた。全く自由時間のなかった中で、夕食に行った外灘の懐かしさと美しさに、あらためて中国で過ごした日々が今の自分の基盤になっていると感じた。

2014年4月27日 (日)

[書評] 中国を学ぶためにこんな本を読んでみた2 -現指導者層の選出前後を振りかえる-

2014年現在では中国の話と言えば、習近平体人制の対日強硬姿勢だったり、環境問題の話題だったり、あるいはようやく大物が対象とされてきた(一応は)腐敗対策だったりするわけだが、現指導体制が出来る前、2010年や2011年の最大の関心事というのはそもそも「胡錦濤以降の体制はどうなるか」だった。ちょうど僕はそのころは上海にいて、MBA受験の勉強をしていたり、最終的には合格をして学生への準備を始めていたころだったのだが、それこそそういった話題は「他人事ではなく」最大の興味関心だった。

日本では盛り上がるようになったのは随分後だったが、薄熙来の話題は中国に興味がある人の間では長い間のトピックであったし、それこそ一発逆転で李克強が国家主席になるのでは・・と言われている時期もあった。
日本に帰ってきて、中国の生の声はだいぶきけなくなってしまったのだが、あらためてあの頃のことは日本ではどのように語られていたのだろうかということが気になって、最近立て続けに3冊ほど当時の話題を読んでみたのであった。


● チャイナ・ナイン41v5pnkuurl

この本は、中国生まれで日本育ち、成人してからは中国の公的機関の顧問も経験したと いう立場から現代中国について発言をしている遠藤誉さんが書かれた本で、タイトルは中国の最高指導者層である中央政治局常務委員が9人で構成されているところからきている。

この本では当時の関心事だった、家主席が誰になるか(結局は習近平になった)や、結局のところ政治的には完全に終わることになる薄熙来は常務委員になれるのか、といった人事に関することから、そもそも9人が選ばれるのか、それとも7人なのか、といったように多くのトピックが含まれている。

この本はその結果(18大)がわかる前に、現指導者層を予測するということで書かれた一冊で、著者は独自のネットワークも使って指導者層をめぐる権力闘争の内幕の「絵解き」を行っていく。中国にそこそこ長くいた人間としては、こうやって「中の人とつながりがあります」的なこと堂々という人は、あまり信頼が置けない・・・というのがあるのだけれど、そこはある程度割り引いて読むほうも考えるしかない(深淵をのぞいている時には、向こうも覗き返しているという文を思い出す)。


2014年の今となっては結果がわかってしまっていて、当たり外れを語るというのは後だしじゃんけんになってしまって意味がないが、そもそも中国の権力構造がどのようになっていて、意思決定というか「彼らの内側の世界観」がどのようになっているのかを理解するにはうってつけの本だと思う。
このあたりまでは遠藤さんの書く文もも楽しく読むことが出来たのだが・・・、。

● チャイナ・ジャッジ

話の流れ的には前作「チャイナ9」からの続きで、結果として第五世代
では指導層に入れなかったどころか、政治的には51trhekpzl完全に終わることとなってしまった薄熙来に関する多くの謎について語る本。

・・・というと、冷静なノンフィクションかと思いきや、内容的には著者の想像が大半を占めている。これまでは中国生まれで日本育ち、成人してからは中国の公的機関の顧問も経験したという立場からの光るコメントが多かったのに、ちょっとどうしてしまったの・・・というのが正直な感想である。

著者自身も書いている通り、自分の幼少期の体験と関係してくるような内容だっただけに冷静に語ることが出来なくなってしまったのだろうか。事件直後になるべく早く出そうというのもあっただろうと想像するけど、完成度は類書に比べるとかなり低い。前作はなかなかよかっただけに残念。。

 


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● 紅の党

こちらは朝日新聞が2012年に三回に分けて特集された中国の新体制(習近平体制)の立ち上げに対する取材結果を一冊にまとめた本。中国ネタに興味がある方であれ既知の情報が多く、とりたてて新しいネタはない(とはいってもこの取材が行われたのは2012年で、僕が読んだのは2014年であるからこういった評価はフェアではないかもしれない)

この本が書かれたきっかけになるであろう薄熙来は日本ではそれほど報道は

 

されていなったかもしれないが、中国では2010年ぐらいからかなり注目をされていたので、正直なところ中国総局といっても現地で報道されている情報とあまり変わらないな・・というのが率直な感想。

現指導者体制がどのようにして出来あがったか・・・ということをコンパクトに把握するには向いていると思う一冊。


中国の現指導者層の話題が大きく取り上げられた理由の一つに、指導者層入りを狙って派手な動きをしていた薄熙来の失脚と、それに関連する多くの謎があったのは間違いない。実際のところ、僕個人も彼の動きを見ていて「今後、指導層に入ったら、外国人にとって住みづらい国になるんじゃないのかな・・・」と思っていたぐらいなので、直前の失脚と言うのには、こうやって安全装置が働いたのだろうか・・という気持ちをもったぐらいだった。

一方で、薄熙来について公式に発表されたことというのはほとんどなくて、党員としての資格を失ったこと、裁判が行われていること、妻の谷開来は罪が確定していることぐらいである。現在も進んでいる腐敗対策の大物対象である周永康に関連があつだろうといわれているように現在進行形の話題でもあるのだが、基本的には彼の話と言うのは「終わったこと」のようにも見える。もちろん、彼という存在が明らかにした中国の現状課題というのは何も変わっていないようなのだけれども。


あれだけ騒がしい時期を過ごしても、あっという間に歴史の1ページのような扱いになってしまう時間の早さを、この3冊を読み直して改めて感じたのだった。

2013年9月14日 (土)

四か月間で健康を取り戻そうと四苦八苦してました

4カ月ぶりのエントリー。気がつけば随分とご無沙汰だったな~という感じがする。

この4カ月、何をしていたのかと言うと普通に会社に行き、週に二回ぐらいは飲みに行き、普通に休日は休み、普通に夜眠るという生活・・・言ってみれば、普通のサラリーマンの生活をしていた。ただ普通の生活とちょっと違うのは、日本で生活するのは5年半ぶりで、サラリーマンをやるのは2年ぶりで(人に雇われるという意味においては、3年半ぶり)、初めての結婚生活というのを同時に体験している・・ということ。
つまり、何がいいたいかというとちっともリズムがつかめずに、とっても疲れていたのだ。

実際、日本に帰ってきた直後は大変体調が悪く、健康診断でも肝臓やら血圧やらが普通にひっかかる状態だった。向こうでの最後の半年で体重が増えてしまったというのもあるし、帰国と入社、その他もろもろの事務作業でストレスがたまってしまったというのもあると思う。
そのストレス、自分で感じていたのはかなりのもので、もともと痛めていた背中がさらに悪化してしまい、帰国後3カ月はスポーツ医科学の医者にかかってリハビリをする羽目になった。幸いにも友人にいい病院を紹介されて、3カ月で無事にリハビリ期間を終えることができたのだが、完治と言う状態ではまだなく、いまだにケアは欠かせない。

他にもいきなり高熱が出たり、たった一杯ビールを飲むだけでクラクラするようになったりと、正直自分の体はどうなってしまったんだろう・・という不安を結構長く抱えていたりもして、なんとなくすっきりしない生活をしていたのが、この半年だったというわけである。


もちろん今はこうやってblogに戻ってきたということはそれなりに良くなったということなのだが、この感じが抜けたきっかけとなったのは、夏休みにいった上海だった(やっぱり上海か・・という感じがしないでもない)。
今回の上海は結婚関係のイベントの一つで一週間ほど滞在したのだけど、以前に住んでいた時に息抜きにとまったホテルにゆったりと宿泊することにしたのがよかったみたい。そのホテル、値段の割には食事もよく、またジムとプールがあるということで、滞在期間中は毎日そこで運動をしていた。

ホテルのジムと言うのは、終わったらすぐに部屋にもどればいいし、つかれればそのまま昼寝をすればいいし、利用客はそれほど多くはないし・・ということで、気楽に運動するにはまさに理想的な場所だ。今回の旅行ではその環境をいかして、とにかく体をゆっくりと追い込むということをして汗をかくようにしたのだが、結果的にはそれがよかったようで、日本に帰ってからは見違えるほど体調がよくなった。

おかげでここ数カ月ほとんど出来なかった、本を読む・ものを書く・語学を勉強する・・といった、これまでは日常だと思ってたことがようやく出来るようになってきた。もちろん実際には会社生活にも慣れ、自分の時間の使い方がわかってきたというのもあるのだろうけど、それにしても休み前と後では体の感じが全然違うのには自分でも驚いている。ホントに健康って大事なんですね。。

ということで、少しずつこういう時間もとれそうな今日この頃、またぼちぼちと中国ネタやら考えたことを書いていこうかな・・と思っている。雇われ人になって著しくニュースを見る時間が減ってしまったので、本のネタが中心になるとは思うのだけれど。

2011年12月19日 (月)

金正日死亡報道で思い出した、MBAのケーススタディ

今は冬休みということで午前中はゆっくり眠る時間を確保できているので、今日もいつも通りゆっくり目を覚ましたのだが、目を覚ますとまさに大事件でTwitterのTime Line(TL)が埋まっていた。ここ数カ月は極端に中国関連のニュースから切り離されているせいもあって、まったく予兆をキャッチできていなかったのだが、北朝鮮の金正日主席が死亡したのだ※1。

しばらくは頭がボーッとしていてなかなか考えを巡らせることが出来なかったのだが、しばらくTLを眺めているといろいろ論点が提示されていることがわかってきて、少しずつ自分の意見を書き込むようになった(僕の本日のTwilogはこちらから見れます。どうでもいい内容もたくさん呟いていますが・・・)。
僕はこのblog上・Twitter上では政治関連のことを述べないことにしているのだけど、今回の出来事は純粋にビジネスのこととしてとらえても、いろいろと影響があると予想されるので、主に中国ビジネスの観点から考えをめぐらした結果を呟いたのだ。
その際に、頭にあったのはこれまでの中国生活から手に入れた知識に加えて、この短いMBA期間で読んだ一つのケースのことだった。



■ Harvardではドイツ統一を「教材」としている ■

我々のschoolに限らず、多くのBusiness schoolではHarvard Business school(HBS)の作成したCaseを利用している。特にCEIBSはHBSと提携している・・というか設立時にサポートをしてもらっているので、特に利用が多いのかもしれないが、とにかくとりあえずここまでの教科でHBSのケースを使っている※2

HBSのケースが凄いと思うのは、例えばMarketingやStrategyのようにケースで勉強するのがある意味「当たり前」と言えるような学科だけでなく、経済学(Economics)や統計学(Statistics)などのような学科にもしっかりケースが用意してあることだ。
CEIBSではこういう学科は宿題+座学という形を取っているのだが、経済学向けに準備された数少ないケースの中には、まさに今回の出来事を考える上で一つの参考となるようなケースがあった。

そのケースが取り上げているのは「東西ドイツの統一とその経済的影響」である。
(東西ドイツ統一時の教訓はこちらに簡単にまとめられておりました。豊かで、健康で、活動的な、人生を目指して:春山昇華


もちろんケースで学んだ内容が今回の出来事にそのままあてはまるわけではない(あまりにも諸条件が違いすぎる)。しかし僕が大切だと思うのは、MBAで学ぶことによって何かこういう突発的なことが発生した際に「考えるための手掛かり」を自分のなかから引き出してこれるようになる・・ということだ。

確かにこのケースを読まずとも興味がある人は自分で勉強することはできるだろうし、大学や大学院でより詳しく学んだ人もいるだろう。ただしMBAに来ない限り、こういった枠組みに触れない人もいることは事実であり、MBAはそういった人(僕も含む)に一つのパッケージを提供しているということだ。


■ ざっくりと大枠をつかむことが出来るという強み ■

今はそれこそ世界中の人が自分の意見を述べることが出来るし、コメンテーターというか、とにかく「ある分野に詳しい人」が自分の専門外の分野についても、極めて正しく「聞こえる」話しをすることが簡単にできるようになった。言いかえれば、僕たちは自分でどの情報が正しいのかを判断しなければならなくなってしまった。

こういう状況にあって、何かしらの「考える枠組み」が自分の中にあるというのは、瞬時に判断をしなければならない時に強みを発揮するのだと感じている。例えば、ドイツ統一の事例を知っていれば、統一においてどのような経済問題が発生するのか、それに対して周辺国家がどのような対応を立てるのか、そこにビジネスの機会やリスクが発生するのかということを何となくは判断できるようになる※3


もちろんこういった「マクロ」の情報を知らなくても日々のビジネスをする上では何の問題もないし、マクロ経済よりも目の前の顧客の反応の方が大切というのが一般的な意見だろう。だが、少なくとも自分が中国にいるこの4年と少しで感じるのは、こういった色々な出来事 -それは大なり小なり- 必ずビジネスに影響しているということである。

また自分がいずれ大きな判断を任せられるようなポジションにつきたい・・と思うのであれば、いずれこういう知識や視野の広さは必ず必要になってくる※4。MBAにはそれこそ色々な価値があるのだが、少なくともこういった「色々な引き出しを身につけることが出来る」というのは極めて実務的な意味で有用な一面だと感じている。



※1・・・深夜の段階でニュースを追っている限りでは、どうも今回は事前の情報はほとんどなかったようで、たぶん世界中の人が驚いたのだろう。
※2・・・HBSのケースは内容も当然ながら、その英文自体も非常に面白くて読み応えがあるものが多い。HBSに比べると、CEIBSのケースは英文も内容もまだまだ修行しなければならないと感じる(特に読ませる・・と言うことに関してはHBSは凄く面白い)。
※3・・・経済的なファクターだけで政治が決定されるわけではないので、事態が発生する確率を判断できなくても、複数のシナリオを設定することは可能。
※4・・・僕は以前の職場で明らかに需要-供給曲線を無視した商品計画を見たことがあり、それ以来少なくともミクロ経済はたとえWEBやITであっても判断をする上で重要であると信じている。

2011年11月11日 (金)

MBAをMBA的に見てみる -Finance課程の新設-

MBAというのは、一応「経営を学ぶための学校」と言うことになっているのであるが、それ自体は世間で言うところの学校と言うよりも、事業体というほうがしっくりくる。大学の一部門である場合でも、独自運営されているということが多いし、CEIBSのようにMBA課程しかないようなschoolの場合、よりその傾向は強くなる。
経営というのは何も企業だけを対象にしているものではないので、学校のような事業体もMBAで扱う範囲に含まれる。特にMBAの場合、世界中で同じランキングで評価されるので競争も非常にシビアであり、それぞれのschoolがランキングやプレゼンスをあげようと必死に頑張っている※1


もちろんCEIBSも例にもれず競争を繰り広げており、-特にここ数年でアジアMBAは一気に知名度があがったため、競争がし烈になっている- プログラム策定側代表者はもちろんMBAを持っているし、事務側のTOPはMNC(multi-national company)から来た組織運営のプロフェッショナル、就職サポートメンバーにも複数のMBAホルダーがいる※2。ランキングをあげる、そのためにより良い教授陣をそろえ、学生を集め、寄付金を集め、よいキャリアを提供する・・・これが「事業体としての」MBAの目標である※3。



■ 新たなプログラムの立ち上げ ■

つい先日発表になったのだが、CEIBSは新たにFinance専門のPart-time MBAを立ち上げることになった。
MBAの収入と言うのは基本的には「卒業生や企業からの寄付」か「学生の授業料」の二本立てであって、一つのプログラムの収容学生数をホイホイ増やすわけにはいかないことを考えると、短期的にはEMBAを開いたり寄付講座を開いたりと複線化(サブブランド化)を進めるしかない。

ということで、新たなプログラムも収入増につながることが期待されているわけであるが、もちろん闇雲にコースを増やしたわけではない。


  • CEIBSはこれまでmarketingが強いと言われてきたのだが、一方でCEIBSの上にいるHKUST(香港科技大)、そして現在ライバルになりつつある長江商工学院がFinanceに強いということもあり、率直に言うとFinance部門はCEIBSの弱点と競合の強みが直接ぶつかっているということになる。今回のプログラム設置をきっかけにschool側としてもよりよい指導陣を招き、弱点の補強をしたいということだと思う。

  • 収入に直結するという意味においては、やはりFinance分野というのは学生にとって強いモチベーションになる。我々の学年でもだいたい40%ぐらいはFinance分野への就職を希望しているようで、Finance部門を強くすることは長期的によりよい学生を獲得できるチャンスが広がるはず。

いわば「収入増」と「ランキング対策」の両方を兼ねる戦略として、新たにFinance課程を追加したということである。



■ 成功するかどうかは・・運営次第 ■

この新しいプログラムの立ち上げは学内ではずいぶん前から議論されていたし、学生向けの説明会も複数行われていたのだが、おそらく学生の気分としては反対のほうが強いのではないだろうか(そもそも賛成の人は説明会などに出ないので、バイアスがかかっているが)。学生はCEIBSというschoolがE-MBA課程に力を入れていることも知っているし、よりよくなるためには多くのお金が必要であることを知っているので、感情的な反対はしない・・のだが、それでもやはり懸念点はある。

  1. 学生がドンドン増えてしまうと価値が下がってしまうのではないか?
    → これは中国において他の多くの大学が売上増加のために安易にMBAを増設していることが頭にあると思われる。私も一番最初に頭に浮かんだのはそれだった。
    → 実際には逆になることもあって、優秀な学生が入ってくれれば逆に評判は上がるわけで、もうこれはやってみないとわからない。

  2. 本当に優秀な学生が入ってくるの?
    → これは今のEMBA学生を見ていると、確かに疑問になるのもわかる。EMBAは人数が多いし、年齢が我々よりも高いだけに本当に色々な人がおり・・ここら辺は中国と言う事情を考慮してある程度は(個人としての)許容度はあげなければならないのかもしれない。

  3. MBA学生(特にFinance志望)とどう差別化するの?
    → これは前述したとおり、Finance希望の学生にとってはかなり切実な悩みだと思う。school側としては入学条件(年齢や社会人経験が違う)や期間に差をつけることで差別化するということだったが、はたしてマーケット側がどうとらえるかは分からない。ちなみにこの説明のところで初めて学位は全部MBAであるということをしった※4。

このように色々と不安を持つのは事実なのだが、運営が上手くいけば万事問題なし・・・というのも事実なので、MBA課程に存在する学生としては、既得権益にしがみつかず積極的に改革・・を応援していきたいと思う。もちろん自分がいる間は全く効果はないだろうけど、卒業後も母校のランキングがあがることは自分にとってプラスになるからね。


※1・・・例をあげればアジアNo.1(フランスとのダブルキャンパスなので厳密にはアジアだけではないが)INSEADは、そのものずばりINSEADとHBS(ハーバードビジネススクール)を比較対象としてベンチマークしている。
※2・・・中国には華僑を入れるとものすごい数のMBAホルダーがいる。ちなみに、現在日本人の海外MBA取得はだいたい毎年200人ぐらい。
※3・・・もちろん各schoolにはそれぞれの教育上の目的があって、単にたくさんMBA学生を輩出すればよい・・と考えているschoolはあまりない・・と思う。少なくともこの資本主義全開の大陸にあるCEIBSでも、それなりの教育目標は存在する(ように見える)。
※4・・・ちなみにEMBAも学位としてはMBAということで、今後私が人生でEMABに行くという意味は、少なくとも学位と言う意味ではほとんどなくなった。そうでなくても元々工学修士を持っているので、これ以上学位はいらないが。。

2011年11月 2日 (水)

Lenovo会長、Dow会長の講演 -どのリーダーからも学べること-

以前も書いたことがあるように、MBAには様々な外部講師が講演会や課外授業を提供しに来てくれる。だいたいが実際のビジネスで名を成したエグゼクティブの方が、自分の経験を話してくれるのだが、昨日schoolに来たゲストはその中でもかなりの(というかものすごく)大物だった。一人はIBMのPC部門を買収したことで今や世界中でブランドが浸透しているLenovoグループの会長、もう一人は化学工業のTOPプレイヤーであるDow ChemicalのCEO兼会長である。


■ Lenovo会長が語る国営企業のあり方 ■

Lenovo(中国名:联想)と言えば、中国企業による欧米企業買収の口火を切ったIBMのPC部門買収で世界的に有名なった企業であり、今では世界PC販売シェアで第四位につけている企業である。中国企業がまさに世界展開をしようとするにあたり、先陣を切った企業というのは中国人一般の認識なので、講演会も人が入りきらないくらいの賑わいだった。その会長が来るとは、こんなチャンスはめったにないぞ・・とテスト前にもかかわらず授業を入れ替えて参加したのであった。


・・のだが、残念なことに講演は全て中国語!もちろん同時通訳付きでイアフォンを通して英語が聞こえてくるのだが、この同時通訳のクオリティが著しく低い※1。この講演にかかわらずCEIBSでの中国語・英語同時通訳というのは毎回レベルが低くて、何を言っているかわからなくなるので、結局講演者の言語で聞くことになる。

自分の語学力では中国語での会話は可能と言っても、さすがに講演を聞くにはかなりの集中力が必要であり、また講演の中には四文字熟語(中国語では成语という)が入ってきたり、韻を踏んだりするので内容を追うのに精いっぱい。結局1時間で脳みそがオーバー日0として外に出てきたのであった。


さて、その1時間の中で話していたことだが、もっぱらLenovoがどのように発展してきて、またこれからどのようにmanageしていくか・・ということに集中していた。Lenovoは元々は国営研究所である中国科学院のメンバーが設営したものだが、現在も株式の過半数は中国科学院が持っている準国営企業である。

もちろんmanagementは基本的には民間企業と同じように展開されてるわけだが、例えば株式についてストックオプションを発行する(厳密に言うと中国の会計基準では新株発行によるストックオプションは認められていない)ことができなかったり、報酬についてもある程度制限があったりと、それなりの制約があり、CEOとしてはより自由度がある経営を行いたい・・ということを匂わせていた※2


またCEIBSの教授が「例えばAppleのように数十年後を狙ったinnovationをになう会社でありたいか?」と言う質問をした時に、Lenovoはまだそのような段階にまでは成長しておらず現段階ではoperationを強化している会社だとはっきり明言していたのは、かなり驚いた。一般的に言えば、中国全体のムードとしては「中国はこれまでは世界の工場だったが、この後はイノベーションをになう国家になるのだ!」という感じなのだが、さすがに実際にグローバル企業を経営している身からすると、そういう夢を語ってばかりいるわけにはいかないようだ。これに関しては、中国の教育体制があまり向いていない・・ということも語っており、かなり思い切った発言をするものだと感心しきり、だった※3


ちなみに、会場には数人メディア担当者もいたのだが、翌日(本日)掲載された記事は「Lenovo会長、ユーロ危機に懸念を表明」と全く趣旨と違う内容で、これを見た我々はやはりあの話はかけなかったのかな・・という話をした。確かにユーロ危機については話していたのだが、どちらかというと、今後も巨大マーケットを維持するために頑張ってほしいという内容だったのだ。



■ Dow会長が語る中国戦略 ■

夜にはDow会長本人が講演するということで、これまた多くの学生が・・・と思いきや、水曜日にあるテスト向けの勉強をしている人が多く意外なほどMBA学生の参加は少なかった。代わりに社会人学生(E-MBA)や他校の教授、そしてヨーロッパ委員会からの参加があり、聴衆もかなり豪華。


講演ではまず第一に「学生はぜひ金融だけではなく工業(manufacturing)にも目を向けてほしい」という話を繰り返していた。確かにMBA学生にとってDowのような化学工業というのはあまり魅力的に映らないもので、確か入学時に希望を取った時も志望者は200人中で数人という状況だった。
かくいう会長本人もFinancial MBAでは世界一のWarton school出身で、彼が学生時代も工業に関する授業は二年間で一つしかカリキュラムになかったという。実際、TOPのほうにはかなりMBA卒が多いのだが、目先の給与を考えるとなかなか選択肢とするのは難しい※4

とはいえ、今回の講演でメインだったのはDowの話しではなく、やはり中国がどのように今後発展していくか・・という話しである。もちろんリップサービスも多分に含まれるのだが、彼としては中国と言うのは今後も基本的に発展を続けていく・・という認識であり、今後もDowとしては投資を続けていくようだ。彼の話しの要点をまとめるとだいたい以下のような感じになる。


  1. 中国のインフラストラクチャー投資は基本的には正しい戦略であり、事業継続の基盤となるものである。このインフラストラクチャー投資には人への投資が含まれる。
  2. Global化が進むにあたって今後も中国のみが高い成長率を持つということは難しい。キーとなるのは人材育成であり、外資系はその面で重要な役割を担っているという認識をしている。
  3. 現在のように情報が流通する世界では、情報の囲い込み(もちろんPatentは除く)は意味がない(「Dowでの発見が、他のどこかで行われないということはありえない」という表現をしていた)。世界経済はzero-sumゲームではなく、情報のshareは競争下でのWin-Winを生み出す。
  4. 企業と言うのは本質的に不確実性を嫌うものなので、中国のように「国家がまるで企業のように意思決定をする」のは企業としては”現状は”望ましい。

個人的に特に重要な観点は一番最後の観点で、中国という国家を考えるに当たり大切な視点であると常々思っていることである。もちろん色々な見方があるだろうけど、少なくとも経済発展と言う観点からは「中国という国家は、巨大な組織(共産党)が経営している企業」と考えるのが一番すっきり来る。

いくらGlobal化したとはいえなんでこの方はこういう視点を持てるんだろう・・と疑問だったのだが、彼は元々技術者として香港に駐在経験があるとのこと。現在少しずつFortune 500レベルでも「アジア勤務経験」というのが重視されていると聞いていたのだが、実際に目の前で話をしているのを聞くと、やはり自分がいる場所がHot spot(ただし上海がそうであるとは限らないが・・)なのだと強く感じた。


ちなみにDowの目から見ると、国家として戦略的に行動して人材に投資していると感じるアジアの国家は、シンガポール・中国・韓国であるらしい。日本には競合がいてマーケットを十分に取れないといった要因もあるかもしれないが、やはりこういうところで名前が出てこないのは正直残念。。


■ リーダーから何を学ぶか ■

僕はMBAにいる限りは、できる限り今回のようなLeadership関連のイベントには参加するようにしているし、今後も参加し続ける予定である。はっきり言って自分の興味とはほとんど関係ないような話も結構あるのだが、話しの内容は二の次で参加する価値があると思っている。

僕はよほどの天才出ない限り、人間のキャパシティというのは結局自分があってきた人間たちのキャパシティ最大値による影響が非常に大きいと思っている。人間と言うのはなかなか自分一人では努力し続けることは難しいし、天才出ない限り「自分よりもすごい人がいる」ということを想像し続けるのは難しいとからだ。

そして、その機会と言うのはできるだけ早く、できるだけ多いほうがもちろんいい。この前も同級生と話していて思ったのだが、心が柔らかい間にできる限り高いレベルでそういう「自分が凄いと思う人」に合わないと、きっとどこかで「この人は自分とは違う」とか「自分には理解できない」というように思考停止してしまうと思うのだ※5


もう自分は31歳と若くはないのだが、せっかくこうやって「普段は会えない人からも学べる環境」にいるのだから、できる限りこの機会を生かさずにいつやるんだという気持ちで、これからも人に会い続けていきたいと思う。・・・テスト勉強もしなけりゃいけないんだけど・・・ね。




※1・・・話が長くなってくるとだんだん同時通訳が遅れていき、ある時いきなり遅れをカバーするためにショートカット!ということをするので、話しの流れが捉えられない。しかも、時々英語の中に中国語はいるという謎の同時通訳。
※2・・・こういった話をする時に、かなり細かい数字までスラスラ出てくるのはさすがという気がする。
※3・・・中国の大企業のTOPというのは、あまり政治家と変わりないスタンスの方も多くいるので、人前では中国の国家目標に合致することを話す傾向にあるのだ。
※4・・・化学工業は雇用を生み出すにも役に立つし、環境適応材料を作ることでQuality of Lifeもあがる、発電事業は世界をクリーンにする!と確かにいいことがたくさんあるな・・と思ったのは事実なのだが・・・。
※5・・・もちろん心を柔らかくし続けるというのは一つの才能だと思う。また、この感覚と言うのはどちらかというとスポーツに近いと感じている。サッカーでも若いうちに世界レベルを体験すると、目標が高くなる・・と聞いたことがあるし。