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カテゴリー「Off」の記事

2018年3月23日 (金)

光良第一次東京演唱会に参戦

 

この前の日曜日は東京で初めて開催される光良(Michael Wong)の演唱会(ライブ)に参加してきた。光良といえば、私のように2000年代に駐在していた人間はほぼ100%知っている歌手である。日本人がおそらく最初に歌えるようになる中国語の歌の1つは彼が歌ている「童話」だし、他にも「勇気」や「天堂」など数々のヒット曲をもち、かつどれもこれも歌いやすいと来ている。

一方であまりにも駐在員が童話ばかり歌うので、"童話はもういいよ" ==> "光良はもういいよ"となってしまい、いわゆるスーパースターという扱いではなくなってしまっているという歌手でもある。別に本人は悪くはないのだが・・・。生粋の中国人ではなく(彼はマレーシア人)、それゆえに発音がちょっと大陸とは違う・・・とか言われてしまったり、既に40代後半を迎えていることもあり「ピークは過ぎ去った歌手」と日本人には見られているかもしれない(※1)。


そんな感じの先入観があったので、今回のツアーの情報を知った時にまず最初に思ったのは「Zepp東京でやるなんて、売り上げ大丈夫なのかしら。動員する自信がないのかしら」だった。なにせ、すでに二回参戦して、今年も参戦する予定の五月天のライブ会場は日本武道館である。会場のキャパシティを考えるとZepp東京はいかにも小さいし、チケット代から考えても大きな売り上げになるとは思えない。
そもそもこれまで日本では一度もライブをしたことがないということで、これは少しピークをすぎた歌手が、いわば地方営業みたいな気持ちでくるのではないだろうか・・・という、失礼千万な気持ちを持ってしまった。

とはいえ、知っている中華圏歌手のライブを日本で聞くというのは常に貴重な機会である。今回もチケット発売日の発売時間にはしっかりとPCの前でスタンバイをして、確実にチケットを確保。申し込みタイミングが早かったおかげでかなり前の席を取ることができた。

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そして迎えた当日、会場では中華圏スターのライブらしく、言語は中国語が基本である。会場に着くまでは知らなかったのだが、MIFCと呼ばれるファンクラブがあり(Michael Wong International Fan Clubの略だろうか)、そのクラブが来日にもかなり力を尽くしたようである。席はちょうどその方々のすぐ後ろで絶好の場所。何から何までお世話になってしまった感があり、感謝感謝だった。



開場はギターから、ベース、キーボード、ドラムと演奏をしながら入ってくるというシンプルな構成で、最後に光良が入場。最初の感想は、歌手には失礼だが「歌がメチャクチャ上手い」!日頃聴いているデジタル音源に比べて、
声の張りも歌い方も段違い。一瞬でライブに来て良かったと
確信させるレベルだった。



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曲目も日本での公演は初めてということで新旧のヒット曲を満遍なくちりばめていて、一度も聞いたことがない曲はほとんどなかった。衣装替えやステージの変化などは一切なかったものの、ボサノバ風に編曲した如果你还爱我があり(これは途中で歌詞を飛ばしてしまい、歌い終わった後に気づいて再度歌い直すというサービス付き)、引き語りでの天堂と勇気ありと、シンプルながらもメリハリが効いており、全く飽きさせない。勇気は最も好きな曲の一つなので、本当に涙が出そうだった。



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クライマックスでは「日本でも舞台から降りて歌ってもいいかな?」と聴いた後に、無印良品時代の想見你客を歌いながら、何と客席の間を歩く!会場は盛り上がるが、みなこういった展開になれているのか混乱はなく、近づいて握手する人がいるのはもちろん、一緒に自撮りするカップルもいたりする。かくいう自分も、ファンクラブに向かって歩いて来た光良に向かってダッシュで近づき、握手をすることに成功!中華圏スタート最接近した瞬間であった。

最後はもちろん最大のヒット曲である童話で、合計2時間強のコンサートは全て終了。期待値以上の歌声に大興奮して、今後生涯通じて光良のファンであることを誓ったのであった(単純)。


※1・・・日本に帰ってきてからも継続的に中華圏ポップスを聴き続けているのだが、確かに近年は「大ヒット」と呼べる作品はなかったりする。というか、そういう作品がなくてもいまだに現役スター感がある張学友などがすごいのだ。

2018年2月 9日 (金)

港区の幼稚園事情(3)

第一回の記事はこちら第二回の記事はこちら) 私立幼稚園の面接は結果を受け取るまでもなく落ちたということが確信できたので、面接が終わって家に戻ってすぐに次の行動に移ることにした(実際に私立幼稚園は二園ともご縁はなかった)


● 認可外保育園とインターナショナルスクールの見学 ●

第一回でも書いたように、ここ数年のトレンドから確実に抽選となってしまう区立幼稚園のみに期待をかけるのはリスクが高いし、仮に区立幼稚園にも落ちてしまうと、行き先確保の競争倍率がさらに上がってしまうと予想されるので、区立幼稚園への申し込みと並行して認可外保育園とインターナショナルスクールの見学と応募を行うこととした。

港区は子供の数が増え続けているし、比較的お金を持っている家庭が多いということで、幸運なことにインターナショナルスクールや認可外保育園の選択肢は数多くある。こういうこともあろうかとリストアップしておいたことも幸いし、私立幼稚園の面接が終わったその日のうち3件の認可外保育園+インターナショナルスクールの見学申し込みを行うことができた。認可外保育園やインターナショナルスクールは確かに費用がかかるものの、いわゆる入園試験のようなものがほとんどなく、空き枠があれば先着順で入ることが出来るというメリットがある。逆にいうと枠がなければ入ることが出来ないわけで、最も重要になるのは選考へ進むスピードだ。

どこに空き枠があるのかわからないので最終的には全部で家から通うことが出来る5園の見学に行ったのだが、インターナショナルスクールと認可外保育園に実際に見学に行って見ると、私立幼稚園以上に各々の個性があるということを感じた。もちろん私立幼稚園の場合には、いわゆるお受験園は最初から対象にしていなかったというのもあるだろうけど。


まずインターナショナルスクールだが、英語を本気で学習させる園からとりあえず英語で子供と遊ぶことを目的とした園までレベルが様々で、自分の子供にどういったことを期待するか・・・ということを明確にするひついようがあるということがわかった。また、日本語と英語を半々で行う園もあるし、完全に英語だけという園もある。うちの場合、まず「集団行動に慣れてほしい」という気持ちのみだったため、正直なところインターナショナルスクールとはあまりあっているとは言い難かった。

また、インターナショナルスクールへの入園を考えるのであれば、3歳時の入学(幼稚園で言うところの年少入学)ではなくて、なるべく早い時期に行かせた方が良いということもわかった。どこの園でも3歳になると、幼稚園と同じような教育カリキュラムを英語で行おうとするので、それまで全く英語を知らない児童がいきなり参加するというのは、かなりハードルが高いと感じた。


認可外保育園については、港区の場合は早めに声をかければ3歳からの入園はかなり期待できる。港区も他の区と同じように待機児童問題はあるのだが、認可外保育園の場合には親が働いていなくても入園できるという特性上、必ず何人かは保育園から幼稚園に転園する子供がいる。なので、逆に言うと3歳児向けの枠が少し空くと言うわけである。

また認可外保育園は費用を縁側が自由に設定できるため、非常にコストがかかる。一番高いところは家賃とほぼ変わらないぐらいの金額がかかるのだが、それだけ費用をとるだけあって設備も最新だったし、一人当たりの保育士が見る児童数も少なく、行き届いた保育がされるのではないかと感じた。認可外保育園の見学には二園いったのだが、両園ともに喜んで遊んでいたし、「甘えん坊で集団生活に慣れていない」といううちの場合はこちらのほうがあうのではないかということを思うようになった。


● 最終的な行き先 ●

11月はほぼ上述した見学と申し込みで時間と精神を費やしたのだが、インターナショナルスクール3園と認可外保育園2園を見て、最終的にはモンテッソーリ型教育を行なっている認可外保育園に無事に枠を確保することが出来て、4月からお世話になることにした。家から自転車で通える範囲内にあったということが重要だったのは言うまでもないが、最終的には子供がその場所を気に入ってくれたことと、園の教育方針に大変感銘を受けたと言うことが決定要因となった。

実のところ、その園は見学に行くまではあまり志望順位が高くなく、また当初は見学会が一杯で1月以降になりそうだということで候補から外していたのだが、偶然にも空き枠が出来たと言うことで11月中旬に見学会に参加できたという園だった。実際に行って見ると、思ったよりもずっと広く(とはいえ庭がないのが残念だが・・・)、また保育士の数も多く安心して子供預けることができる環境であると感じられた。また、個別面接では色々と細かいところまで話を聞くことが出来、特に「他の幼稚園では受け入れが難しいと言う子供を積極的に受け入れるようにしている」という言葉がとても心に響いた。私立幼稚園の面接では他の子に比べて難しいと感じたうちの子ももちろん問題ないと言うことであったし、「そういった子でも一緒に教育をしていくと変わって行くんです、そういった子供を排除しちゃダメなんですよ」という考え方は素晴らしいと素直に感じることが出来たのだった。


前述したようにインターナショナルスクールと認可外保育園の見学と並行して区立幼稚園の抽選にも申し込んでおり、結果としては幸運にも区立幼稚園の抽選に引っかかることが出来たのだが、その頃には上述した園からご縁をいただいていたこと、先生一人当たりが見ている子供の数が少ない方が自分の子供にはあっているのだはないかと感じていたので、速やかに辞退届を提出した(行き先がないと困っている親御さんがいるだろうと容易に想像がついたので・・・)。

こうして無事に行き先を見つけることが出来たのだが、振り返って見ると幼稚園選びを始めた時にはなんとなく近くの私立幼稚園に行ければいいぐらいにしか思っておらず、子供のことをちゃんと理解できていなかったのではないかという気がしてくる。右往左往しながらも色々な園を見ることで、自分の子供にあうような場所というのを具体的にイメージできるようになったし、最終的には「ぜひここでお願いをしたい」という場所に出会うことができた。まあ、もう一回やれと言われたら嫌だと思うぐらい、心と時間をすり減らしたのは事実だけど。


我が家はおそらく二度とこういう経験はしないだろうけど、2018年以降も港区は子供の数が増え続け、より幼稚園選びは厳しくなることは間違いなく、この長い全3回の文章が誰かのお役にたてれば嬉しい限りである。

2018年2月 2日 (金)

港区の幼稚園事情(2)

前回は港区で「保育園に行っていない子供が幼稚園に入るとしたらどのような選択肢があるか」ということについてまとめたので、今回は具体的に我が家ではどういうように幼稚園選びをしていったかを書いていこうと思う。

● 子供状況の簡単なまとめ ●

幼稚園に受かるか落ちるか・・あるいはどの幼稚園に行くかというのは、実際に経験して見ると子供の個性によって大きな差が出ると思う。人生の選択は大なり小なり「個性」によって変わるところが多いが、この年ぐらいの子供は能力というよりも、まずは生活態度(もっと言えば生き方)に差がありすぎる上に、親のコントロールがきかないので、しっかり子供の特徴を捉えることは重要だと、振り返って見ると思う。うちの子供はだいたいこんな感じ。

  • 体は非常に大きく、2歳半の時点で身長・体重ともに4歳児なみ。どこにいっても「大きいね」と言われる。
  • 性格は頑固、かつ自分の好みが明確にある。服も自分の好みのものしか着ないので、同じ服が何着もある。
  • 人の話をちゃんと聞いて答えたり親とは意思疎通が出来るが、「嫌なものは嫌」という性格なので、例えば知らない人に「お名前は?」と聞かれても答えないことが多い。
  • 一時保育などに行っても、他の子と一緒に遊ぶには好きではない。一緒にいられないというわけではなく、他の子がみんなでダンスをしている時も、横で見ている方が好き。
  • 基本的に家が大好き。知らない場所は大嫌いで、基本的に抱っこされている(重いので親の背中は常に痛い)。
  • 受験段階ではオムツは取れていなかった(便意はわかるらしいが、オムツを取りたくないという強い意志故) 

さすがに親で有る自分は常に一緒にいるので、もう少し外での経験を積んだりした方がよいな・・・というのは気づいていたのだが、知らない場所で知らない人といるのは頑なに拒否したので、結局習い事のようなことはほとんどせずに、入園考査シーズンに入ることになった。


● 幼稚園選びのステップ - 事前準備 - ●

幼稚園選びは、まずは自分の通える範囲内の幼稚園を調べるところからスタートするというのが一般的だと思う。この時に考慮すべきなのは「小学校お受験をさせたいのか」「幼稚園バスが有るか/無いか」「車での送り迎えが許されているか/いないか」の2点だ。バスがあれば楽だが、必ずしもバス停が家の近くを通っているわけでは無いのでルートを事前に調べる、幼稚園によっては車での送り迎えを認めていない、といった要素があるのでしっかり調べておくことが大切。我が家の場合は車もないし、お受験をさせる予定もない。3年間雨の日も含めて子供を通わせるわけで、この段階で無理をすると後々家族が辛くなることが目に見えることから、家の近くで私立2園、区立3園をピックアップした。 また、この時に"念のため"認可街保育園やインタースクールについても通える範囲のものをピックアップしておいた。結果的にこれがあとでものすごく役に立つことになる。


対象となる園をピックアップしたら、次は幼稚園の見学をする。幼稚園によって見学の機会は様々だが、例えば区立であれば月1回〜2回の未就園児向けイベントが開かれていることが多いし、電話を事前にすれば見学のための時間をとってくれるところもある。我が家の場合は、5月くらいから少しずつ活動を初めて、区立1つ、私立1つをそれぞれ見学に行った。もう1つの私立は見学会の時間が限られており、当日に電話をしたが暫く繋がらず、つながったと思ったら既に申し込みがいっぱいということで、その後の激戦を予感させる結果にたじろいだだけであった。

我が家はいわゆる街の保育サークルには参加していなかったので、幼稚園選びの情報を人から聞くということがほとんどできなかった。同じマンションに住んでいる人と立ち話をしたり、区内に住んでいる友人で既に子供が経験をしている人に話を聞くことはできたが、それで手に入る情報は限られているので、やはりここは現代人らしく・・ということでネット検索をしたのだが、これは全然役に立たなかった。というよりもむしろ闇が広がっている感があり嫌になった( のでこういうブログを書いている)。

ネットでは顔が見えないコミュニケーションなので悪口がエスカレートしやすい、とか嘘でたらめが広がりやすいとか、そういう色々なデメリットがあるというのは一般的な話だが、この幼稚園入園情報というのは「本当のところがよくわからない」が「親は必死になっている」ということで、そのデメリットばかりが強調されたような情報交換がなされていた。●●幼稚園は兄弟枠でほぼ一杯だ、とかxx幼稚園はほぼコネで決まっているので事前のコネづくりが重要だ、とか、たぶん実際にあっているところが多いのだろうけど、ちっとも取るべき手が見えなくて、ただ読んでも辛いだけだった。


● 幼稚園選びのステップ - 説明会参加 - ●

私立幼稚園は9月になると説明会を開くので、志望している2園は両方とも夫婦で参加したのだが、これもかなり精神的に疲れるイベントだった。説明会は定員を切ることはしないので希望すれば全員参加できたのだが、両園ともに多くて30人ちょっとの募集のところに200人以上が参加しており、まず競争率の高さにげんなりした。

その上、参加されているお母さんがほぼ99%揃いもそろって紺色のワンピースで参加しており、これも心を暗くさせた。みな本当に同じ格好をしており、そういった服装の方が一斉に会場に入ってきたり、立ったり座ったりするわけで、こういった光景を見るのは大学の入学式が最後だったような記憶がある。 もう一つ驚いたのがいくつかの家族はこれから入園となるお子さんも連れてきていたのだが、説明会の間ちゃんと席に座ることができているのである。我が家の場合には、まず「同じ服をきた大勢の大人がいる」という場に入ることすら嫌がるだろうし、たとえ入ったとしても何もしないで座っているのというのは5分程度しかもたないであろうことを考えると、驚異的だった。


説明会の内容自体は特別なものはなく、園の教育方針や送り迎えのあるなし、通常の園の教育終了後に習い事のようなものを提供している場合にはその説明などがなされる。こういった情報は願書を書く時に重要になるであろうとちゃんと話は聞いておいたし、実際に書く際の参考になったが、それぞれの幼稚園ですごい差があったわけではないように個人的には感じた。むしろ、説明会では実際の園に入ることができるので、設備を見ることが出来る数少ないチャンスであると捉えた方が良いと思う。

ちなみに、説明会の場でしか願書を配布しない幼稚園もあるので、要注意である。


● 幼稚園選びのステップ - 願書提出から面接まで- ●

説明会の参加が終わるといよいよ願書記入と提出の時期がすぐに迫ってくる。願書は一般的な内容の他に「どうしてこの幼稚園を志望するのか」とか「子供の教育で気をつけていることは何か」といったことを書かなければならないのだが、これまた大変に難しかった。本音を言ってしまえば「家から近い幼稚園」で「元気に育ってくれればいい」と思っているのだが、そういう書き方ではダメだろうと、それなりに教育方針やら説明会で聞いた園の良さを交えて願書を作成した。

IT業界にいる人間からするとまず願書はPCで作成したいのだが、配布された願書に手書きという形になっているので、複数枚コピーを取って練習してから本番を完成させた。手書きの書類など、中国でビザ申請をする時以来なのではないか・・・。また、願書はメールで行えばいいと思うのだが、願書提出時に面接の順番を決めるというオペレーションを行なっているところがほとんどだったので、願書は手持ちで提出する必要がある。


「願書提出は早い方が熱意を示すことが出来るので有利」というような噂はネットではよく言われることで、実際のところはどうだったのかよくわからないが、確かに願書を出すために1時間以上前から並んでいる人はたくさんいた。港区では私立幼稚園の面接がほぼ同じ日(だいたい11月1日〜3日)に行われるので、複数の園を受けるためには面接時間が被らないようにしなければならない。並んでいる人の中には夫婦で手分けして願書を提出しており、時間が被らないように列の順番を入れ替えるようなことをしていた。我が家の場合も2園受ける予定でいたので、最初に願書を出すところは早めの日程になるように、30分ほど願書の列に並んだ。最初の方の方々は代行を頼む・・・ということをしていたようである。


願書を出すと面接日程の時間をもらえるので、あとはその時間に園に行くだけである。 面接では子供もいわゆる「面接用のお服」を着て行くことがほとんどであろうが、我が家に関していうと子供が強硬に反対したために普段着で参加した。見た限り普段着で参加したのはうちだけだった・・・。また面接では名前がわかるように名札を胸につけるのだが、これも強硬に嫌がったために、隙を見て背中に貼り付けるということをした。この段階で、明らかに一人だけ浮いている。

1園目の面接は、まず子供と親が別々の部屋に入り子供の遊びを見て、その後に園長と親が面接をするというものだった。子供と親が別々になるというところで泣く子もいたのだが、うちの場合は奇跡的にそこは泣かずに遊ぶことができた。別々になっているので何をしているかはわからないのだが、親としては泣かなかっただけでも良しとしたい気分である。 園長との面接ではまず出した願書を読んで質疑応答があるとのことだったが、質問は一つしかなく終了した。ネットではほとんどコネで決まると言われている園であり、また面接で何をみているかさっぱりわからないといわれている園だったのだが、まさしく同じ状況に出会い、受かろうが落ちようが運次第だけど、たぶん落ちただろうと気持ちを切り替えた。

2園目の面接は、親子が体育館に集まり書類を記入し、その後まず子供だけで能力を見るということだった。こちらの場合は子供が早々と大泣きしたため考査をする部屋に呼ばれてみることができたのだったが、例えばりんごの絵を見せて名前を言わせるとか、園の部屋内に簡単なアスレチックみたいなものを作りそれがどれだけ出来るかを見るというものだった。説明会では「日頃の様子を観察します」と書いてあったのに全然違うじゃないか・・と思ったのだが、まあ、幼稚園業界というのはそういうものなのかもしれない。 うちの子供の場合、部屋の雰囲気と先生の雰囲気がとにかく嫌だったらしく(これは家に帰って来て一緒にお風呂に入って聞き出した)大泣きしていたため、考査らしきものは何もできず終了。考査の部屋で大泣きする我が子を抱っこして絶望的な気持ちになったものである。あれだけ願書の準備とかしたのに・・・・。


園の合格発表は翌週に速達で届きます・・と言われていたのだが、この段階で1000%受かることはないということを確信できたので、迅速に行動を始める必要があるということを決心して、家に帰って早速次の行動を開始することにした。 長くなったので、園決定までの活動についてはまた次回へ。。。。

2017年12月26日 (火)

久しぶりに上海に行ってきた(弾丸で一泊二日)

先週の週末、友人が経営している会社のご好意で上海に弾丸で行ってきた。前回はCEIBSの同期の結婚式に参加するために2年半ぐらい前に行ってきたので、それ以来の上海である。日本にいると「中国すげぇ」という話を聞くので、本当は色々街歩きはしたかったのだが、今回はお呼ばれでスケジュールがバッチリ決まっていたため、全く自由な時間を持つことができなかった。というか、宿泊先すらも自分で選んでいないので、上海に5年半も住んでいたのに、始めてホテルオークラ(花園飯店)に宿泊をしてきた。

今回は「中国でデジタルがどのくらい世の中を変えているのか?」を見る研修に参加させていただく・・・という名目でお邪魔してきたのだったが、まず最初に感想だけ言ってしまうと、自分がいた時と比べて段違いに変わったな〜ということを「一泊二日しただけでは」体感をすることができなかった。まあ、"社会を変えている"というのであれば、やっぱり自分がその構成要素にならないといけないということだ。以下は今回見てきたことの簡単なまとめ。


WeChatを使った支払い

これは日本でもよく言われているので、とりあえず銀行口座を持っていない自分は現地駐在の人から送ってもらったのだったが、結局良い使い道を体験することがなく・・・・。店での利用に関して言うと日本国内にいればNFCを使った(Suicaとかね)支払いをしていて、それと変わらないよね・・・というのが、(繰り返すが)一泊二日での感想になってしまう。

WeChatが世の中を変えることの本質というのは、芝麻信用が”使えない"人間からすると、例えばC2C決済が格段にしやすくなる(とはいえ、これはAliPayもある)ということと、リアル店舗での決済に人が関わらなくてよいということにあるのだけど、これは上海レベルだと自動販売機で使えますぐらいの使い方がまだ提案されていなくて、本領が発揮されていない感じがした。後述するAlipayを使ったスマホで決済できる「盆馬鮮生」なんかも、今の所は"決済がスマホonlyになる"ということで自動化の本領が発揮されていない感じがした。


Alipayを使った盒马鲜生

これも日本では話題になっていた「現金を使わない(というより使えない)」スーパーマーケット。Alipayというと、自分たちの世代にはAlibabaで買い物をする時に使う一種の仮想通貨という感じだったが、今回行った上海ではすっかりリアルな決済でも使えるようになっていた。この決済がリアルになった・・・ということ自体には対して興奮をしなかったのだけど、盒马にはかなり興奮させられた。多分他にいた人とは興奮のポイントが大きく違ったと思うのだけど・・・Img_6939_4

僕が興奮したのは、顔認証による支払いではなく、お届けをするために忙しく店内を歩き回る店員でもなく、単純に「スーパーマーケットがすごく綺麗になっている」ことだった。自分が上海にいた2007年〜2013年というのは確かにみんなの生活がどんどんよくなっていった時代ではあったのだけど、スーパーマーケットで一番存在感があるのは依然としてカルフール(家楽福)だった。中国のカルフールというのは一般的な日本人からみるとでかく雑という感じで、少しずつおしゃれになった店舗が増えているとはいえ、依然として中国のスーパーは大きなカートに大量のものを積み込んで買うという感じだったのだ。

ところが、今回視察に行った盒马は一点一点のレイアウトもこじんまりとしており、店内を大きなカートを押している人など誰もいなかった。もちろんたまたま自分が行った店舗がそうだっただけかもしれないし、あるいは時間的にそういった時間なだけだったかもしれないけど、こういった店舗が上海に出来たということのほうが、自分にとってはずっと驚きだったのである。

シェアサイクル

大量生産・大量死で日本でもよく取り上げられているシェアサイクルについては、そもそもが今回の旅行で移動している半径が極めて狭かったせいか、あるいは整理のよくされた通りにいたせいか(淮海路や南京路)、よくネットで話題になるような溢れるほど道路にあって邪魔しているような光景をみることが出来なかった。道路の端っこに整列されているのは見ることが出来たのだが、それだと東京でNTT Docomoが提供しているシェアサイクルとあんまり変わらない気もするのだった(僕はヘビーユーザーで、この頃はすっかり電車にのる回数が減った)。

少なくとも上海に限っていえば、地下鉄の一駅間が日本よりも全然広いのでこういったサービスはとても便利だと思うけど、だからと言ってそれをすぐに日本に持って来ればいいわけではなく、なんというかシェアサイクルがイノベーションなのかと言われると、まあそうかもしれないね、ぐらいにしか思えないのであった。


タクシー配車アプリ

これも、自分が上海にいた時に比べて明らかに、明らかに(声を大にして!!!)便利になったところだと思う。長く上海に住んでいると、どの通りはタクシーがよく通り、どこならば捕まえやすい・・といった情報が頭の中に入っているものだったが、そういった情報を持たなくてもタクシーを、しかも明らかに正規のタクシーより綺麗な車を、捕まえることが出来るというのはよかった。


今回の旅行で思ったことを最後に3つ

最後に今回の旅行で思ったことを3つばかり、まとめておこう。

1つは中国というのは「人間の使い方」について実に不思議な発展をしている国だということだ。WeChat Payにせよ、シェアサイクルにせよ、デジタルを使うことによる一番のメリットというのは、人間がこれまで作業をしてきたような無駄なことを大幅にカットして自動化することが出来るということにある。これは何も中国だけでなく、全ての国でITというのは人間のそういった負を取り除いて生産性を向上させることに使われている。 中国は様々な理由によりこの「負」を解消することが出来る幅が大きいので、それだけITが出来ることが多いのだけど、一方でその解決をするために膨大な量の人員が投入されている・・・というか、その安い人員が前提となってサービスが設計されている。例えばシェアサイクルは有り余るお金が運営企業に流れ込み、その資金を惜しみなく使い自転車を準備するのだが、その整理をするのは人間である。ITによって「生産性が上がる」人と「流れてくる金で生きる」というコントラストが世界一見える国は中国なんだろう。


2つめは、中国すげぇ論ってやっぱり馬鹿馬鹿しいなということである。こう言い切ってしまうと中国すごくないのか、という反応が来るかもしれないけど、そうではなくて、単純に「中国すごい」と言ってるだけでは意味がないだろうということを、改めて感じたということだ。ちょっと前は、日本にはなぜシリコンバレーがないのか・・?みたいな記事があって、今は中国すごいみたいな記事があるという感じで、歴史的・文化的・経済的なコンテクストなしにそういった議論をする人間が増えたのか、あるいは旬だからそういう人間が寄ってきているのかわからないが、今回自分で見に行ってみて、単純な「中国すげぇ論」はとりあえず遠くから冷たく見守ろうという気になったのだった。Img_6943_4


そして最後に、それでも上海は自分にエネルギーをくれる場所だな〜と改めて感じた。全く自由時間のなかった中で、夕食に行った外灘の懐かしさと美しさに、あらためて中国で過ごした日々が今の自分の基盤になっていると感じた。

2017年12月15日 (金)

港区の幼稚園事情(1)

2017年後半の最大のトピック、かつ最大のストレスは迷うことなく息子の幼稚園選びだった。「選び」というとまるでこちらが自由に選べるように聞こえるが実際はそんなことはなく、「なんとか年少(3歳児クラス)で行けるところを見つけなければならない・・・という使命感で右往左往したという感がある。
世の中には「幼稚園浪人」なる、「3歳になったけど行くところがない子供を指す」言葉があり、おそらくほとんどの地域においては全く縁のない言葉だと思うのだが、我が家においては極めて現実的な出来事だった。やはり一人の親としては何とか子供に行き先をみつけてあげたいという気持ちがあり、神経をすり減らしつつも無事になんとか乗り切ることができたので、今後誰かの役に立つかもしれないので、今回の活動と考えたことを残しておこうと思う。

住んでいるところがかなり特定できてしまうので本当は区までは公開したくなかったのだが、WEBで調べると魑魅魍魎な情報ばかりで心が暗くなること間違いないので、何かのお役に立てるのであれば・・・ということで、区名までは公開することにした。


● 港区の状況 ●


東京都港区は雑誌なんかで面白おかしくとりあげられたりするセレブな街である・・・と思われていて、実際にそういうところもなくはないのだが(なんせ区内に六本木やら麻布があったりするわけで・・・)、いわゆる湾岸部にはかなりの数のタワーマンションがボコボコ建てられている人口増加区である。タワーマンションがたつとだいたい数100世帯が一気に地域に増えるのだが、この中にはかなりの数の「乳幼児を持つ家族」が含まれる。実際に住んでみると、確かに家賃は安くはないのだが馬鹿高い一部の物件を除けば、東京都内に住む共働き夫婦であれば十分に払えるレベルであり、周りに子供が多いと子供向けの施設が増えていくので、より子供が増える・・・というサイクルが回り始めて、子供がドンドン増えている。


共働きの夫婦に子供ができた場合には、どちらかが会社をやめない限りは保育園という選択肢を取ることが一般的なので、港区では保育園もドンドン増えている。ただ、いわゆる「待機児童」問題は港区にもあるため、港区は独自で"保育室"という制度を作って、就業している夫婦の子供を受け入れる体制を整えようとしている(※1)。

一方で、幼稚園というのはだいたいにおいて9:00〜14:00(5時間)を基本としているので、こちらに子供を通わせたいと思うのは専業主婦家庭か、自営業、あるいはどちらかが自宅勤務をしている家族になる、というのが一般的なところなのだが、港区の場合には「小学校受験への準備」のために通わせたいと思っている家庭もそれなりにいる。幼稚園のHPをみるとわかるが、かなりはっきりと「お受験準備」をうたっている幼稚園もあり、こういったニーズにより「2歳までは保育園 → 3歳から幼稚園」というルートもある。


さらに港区の場合、隣の品川区からの流入もある。品川区は区立幼稚園が全て2年保育のため、3年保育を考える家庭は区をまたいで応募をするということがよくあるとのことである(※2


こういった「子供が増えて、かつそれぞれの家庭の事情により保育園ではなく幼稚園を選択したい」という世帯が増える一方(需要が増える一方)、幼稚園の供給はそれほど増えない。
まず幼稚園は保育園より設置基準が厳しいため、土地がただでさえ少ない都心ではそれほど増やしようがないという事情がある。保育園であれば、例えば都内では認可保育園・認証保育園・認可外保育園という区分けにより、経済合理性を一定レベル追求しても合理的に増やすことができるだろうが、よう恵鎮の場合にはそういった機動的に数を増やすことが難しい。
また、保育園の増加というのは政治的な議論によるものが大きいが、幼稚園の増加というのが政治的な議論になっているというのはほとんど聞いたことがない。港区の場合、清家あいという区議会議員の方がかなり積極的に活動しているとのことだが、行政の積極的な介入対象となるのはどうしても区立幼稚園のみなので、なかなか枠が増えていかないというのが現状のようだ。


この需要と供給のアンバランスにより、まず区立幼稚園の3年保育は毎年抽選を行う幼稚園が発生している。2016年までは、「区立全体の定員」と「区立全体の入園希望者」はほぼバランスが取れているものだったが、これはあくまで全体の話なので、個々の通園可能な幼稚園を見てみると、どうしても区立に入れない子供も出てくる(※3)。
だいたいの親は子供がどこにも行けないということは避けたいと思うものなので、自分の通える範囲内の区立幼稚園が抽選になりそうだと思うと、通える範囲の私立幼稚園にも応募する。高校・大学受験と同じように、どうせ受験するなら数園と考える親が多いので、結果として私立幼稚園の倍率は凄まじいことになる。

・・・ここまでが、港区の幼稚園事情である。


● 取りうる選択肢 ●

今まで、区立幼稚園とか私立幼稚園という言葉を書いてきたが、保育園に行っていない3歳児を持つ家庭が取りうる選択肢というのは以下のようなものがある。

  • 区立幼稚園・・・文字通り港区が運営している幼稚園。3年保育を行っている幼稚園と2年保育のみの幼稚園が混在している。上述したように、毎年多数の3年保育を行う幼稚園で抽選が行われる。区立幼稚園は私立幼稚園の入園試験が全て終わった後に行われるので、区立一本で行こうとすると、抽選落選 → 幼稚園浪人という恐怖を親が持つことになる。

  • 私立幼稚園・・・お受験向けから街の幼稚園まで様々であるが、学校法人が運営している私立幼稚園。区の条例だったか、もう幸せだったかは忘れたが、全ての私立幼稚園が同じ週に試験を行うので、あまり多くの幼稚園を受験することはできない。できる限り多くの幼稚園を受験したい家庭は、並ぶ順番などを工夫して、試験日が重ならないようにしている。

  • 認可外保育園・・・港区には多くの認可外保育園があり、特色ある保育(教育)サービスを提供している。認可・認証保育園であれば両親ともに働いていることが求められるのだが、認可外保育園であればそういった基準はないので、幼稚園にもともと入れる予定だった家庭がこちらを選択することもできる。保育園なので0歳〜2歳から持ち上がってくる子供がいるが、保育園 → 幼稚園ルートを選ぶ家庭が必ずあるので、4月からは枠が開くというところが多い。ただし、幼稚園に比べると桁違いに高い。家賃が2倍になりまして・・・みたいな感覚になるところもある。

  • インターナショナル・・・法的には認可外保育園となっているところとそうでないところがあるが、いわゆる「英語の幼稚園」。バイリンガルと、完全な英語という2パターンがあるが、いずれにしても英語教育が行われているところが共通点。多くの場合は、保育園のように3歳以前の幼児も対象としている。親が英語が全くわからないと、大変辛い目にあいそうである。ここも幼稚園に比べると桁違いに高い。

  • 認可・認証保育園・・・厳密に言うと条件から外れてしまうが、認可・認証保育園も対象となる。ただし、2号認定を受けないといけないので、これまではどちらかが働いていなかった家庭は、共働きにしなければならない。パートでも認定対象になるということだが、いずれにしても家庭生活が大きく変わってしまうことは避けられない。こちらも3歳からは枠が空いているところが多い。我が家も一時これを検討した。

  • 塾や習い事・・・上記で分類できないような、「塾・習い事」を提供している企業も多く存在している。ただ、毎日というわけにはいかないので、こちらの選択肢を選ぶ場合には複数の場所を掛け持ちすることが多いようだ。


書き出してみると結構多いのだが、大体の場合においては当初は「区立」か「私立」かの二択になるのではないだろうか。我が家もそうだったが、認可外保育園やインターは必要とされる金額が全然違うし、共働きを行うというのは結構大きな選択肢である。そもそも働きたくても様々な制約により働けない人もいる。


一方で、区立か私立か・・という選択肢しか頭にないと、私立に落ちた時に一気に追い詰められることになるので、実はいろいろ選択肢があるのだよ・・ということを知っておくのは良いと思う。


こういった環境下で我が家も幼稚園選びのシーズンを迎えたのである(以下続く)。

※1・・・これは上述の通り、子持ち世帯の人口が増え続けているということが要因として多いらしい。
※2・・・区立幼稚園は港区在住が条件であるが、私立幼稚園はその限りではない。
※3・・・港区にはお台場も含まれていて、お台場にある区立幼稚園はだいたい定員に満たないことが多いが、他の地域から通うのはかなり大変。

2017年12月 1日 (金)

Blogのタイトルを変えてみた

毎回、書く書く詐欺みたいになっていて半ば(というかほぼ100%)放置状態になっていたこの本家Blogだが、やっぱりそろそろ書きたい気持ちが盛り上がってきたということで、気分一新のためにタイトルを変更してみた。これまでは"Outsider's eye after CEIBS"というタイトルで、どちらかというと「中国を外から見てみます」というつもりでいたのだが、現実は会社の仕事やら育児やらで全く中国のことをウォッチし続ける余裕などなし(だいたい気持ち的には3:7で家事が多い)。また、中国もいた頃(2007年〜2013年)とはすっかり様変わりしてしまったところもあり、今更外からウダウダいうことにあんまり意味があるとは思えない気がしてきた。

一方で、帰国してからの約5年間はそれなりに努力したこともあり、これからもそういう気持ちだけでは持っていたいと思うようにもなったので、タイトルをシンプルにEndeavor after CEIBSに変更してみた。CEIBSを入れておくのは、未だにこのBlogを読んで情報収集しましたと言ってくれる人がいるので、そういう方に見つけてもらいやすくするため。CEIBSの情報って日本語だとほとんどないしね。さすがに5年前なので、かなり古くなってしまっているけど、それでも雰囲気は感じてもらえるのかもしれない。

ちなみに、さっき書いた「努力」だが、気分的には子育て+家族:仕事でいうと、9:1ぐらい。仕事では、頑張ったことがあったかなぁ・・・という感覚である。もちろん個々の瞬間では頑張っている時もあるけど、全体でみるとダラダラ進んでしまったな〜と感じている。そろそろ職場は替え時なのかもしれない。まあ、5年近くも働くとそれなりにしがらみも増えてきて、フラッと会社を変えるというわけにはいかないんだけど。


ただ、ここ1年ほどは仕事でかなりtechyな内容に触れることができていて、これはこれで学生時代に戻ったようで、純粋に知的好奇心からかなり楽しむことができている。基本的に取り組んでいるのはCloudとAIなんだけど、この領域は随分進んだようで、実は世の中に「本来は与えることが出来る」レベルからすると、まだ始まってもいないレベルであるということが感覚としてわかってきた。こういう領域に仕事人生残り半分(ではないが・・・)になったところで触れられるのは、とてもありがたいことだと思う。

ということで、タイトルが変わったblogでは中国にかかわらず、自分が努力して時間を使っていること、それこそ不妊治療や子育てみたいなこともドンドン書いていこうと思う。ちなみに、時間が出来てきたのでエンターテイメントを楽しむ余裕もあり、そこの備忘録はこちらにとることにした。こちらはまだ記事が少ないので、ひっそりとやっていこうと思っている。

2017年6月11日 (日)

このごろ何勉強してるの?と聞かれて

先日、MBAの同窓会というか、CEIBSの説明会のようなものがあって1学年上の先輩にふと「この頃は何勉強してるの?」と聞かれてから、ずっと心の中にもやっとしてものが残っているような気がしている。


中国にいた時にはまず持って中国語を勉強しないとお話にならなかったし、それがひと段落したらMBA向けにTOEFLとGMATをひたすら勉強する生活を送り、実際にMBAに入ればスクールの勉強+自分がその時々に興味があることをしていたので、振り返ってみると結構勉強している時間が長かった。さらに言えば、大学院を卒業してから日本では2年半しか働いていないわけで、なんというか基本的に人生勉強しっぱなしという感も否めない。

それが日本に帰ってきてからは全然生活が変わってしまった。
まず何よりも変わったのは、結婚して子供ができたこと。僕は極度のビビりなので、妊娠期間中ととにかく妻の体調が心配で勉強なんてものをする気にもなれなかったし、子供が産まれたらとにかく子育てに全力投球ということで自分の時間などほとんど持つことができなかった。2歳半をすぎて、ようやく生活習慣が安定してきてくれたので、少しは夜に時間を持つことができるようになって、フラッとこういう感じで書くことができるようになったけど、これまでは「寝るのが遅く」「いつ起きるのかわからない」ので、とにかく子供と一緒に寝てしまうという生活で、家ではほとんど活動をしていなかったのである。

2つめは会社の仕事。僕は今、外資系ITでマーケティングの仕事をしているのだけど、とにかく勉強しなければならないことが凄く凄く多い。まず、本国からは大量のマーケティング関連+技術関連の資料がドンドコ出てくるので、それを読み込まなければならない。その上、日本国内で作られるリサーチレポートやら戦略関連の資料なども読まないと溜まっていってしまうので、その処理だけでもかなりの時間がとられる。おかげで現在の製品領域に本格的に関わってから1年ちょっとでかなりのことがわかってきたのだけど、それでも相変わらず時間をとられることには変わらない。自分で望んで仕事にしているくらいだから、嫌いなわけではないのだけど、今の技術変化はすごく早いので、とにかく頑張ってキャッチアップしないとあっという間においていっていかれてしまうのだ。
比較すればコンサル時代のほうが資料という意味では全然楽だった。確かに、プロジェクト立ち上げの時には集中的に資料を読む必要があるのだけど、一回巡航速度に入ってしまえば比較的自分の時間はコントロールできた。一方で、今は自分でそのあたりをコントロールするのが結構難しくなっている。

3つめは、日本は誘惑・・・というか色々なことができすぎてなかなか集中ができないところがあるな〜というのは個人としての反省。中国にいる時にがお金もそれほどなかったので、映画へ行こうとかあんまりそういう気も起きなかったし、本を買うにも日本から輸入しないといけないので自由があったわけではない。それに比べれば、今ではTVをつければ動画配信サービスで自由に映画が見れるし、ちょっと街に出かけることも全然楽にできる。ゲームをする時間もあれば、本も自由に見れるということで、正直なところ「勉強」以外で時間を使っていることが圧倒的に多い。


というような感じで、勉強らしい勉強というのはやっていなかったし、特にそのことを自分でもおかしいと思ってはいなかったのだけれども、一方で「そろそろ生産的な時間の使い方をせねばな・・」というのは年頭から思っていたので、先輩の何気ない一言は大変胸にささったのだった。

ただ、ここで「よーし中国語検定をやろう」とか「英語もだいぶ慣れたからCPAあたりをとるか」という気になるのは、なんとなく安易だな〜という気もしていて、多分人生も後半戦に入っている自分としては「明確なゴールがない勉強」というのをするべきなんじゃないかなと思っている。今までの人生、基本的には入試があり、あるいはなんらかのテストがあり、それをクリアするために勉強する・・・というのがほとんどだったのだけれど、もう少し、自分が生きていく上での知的好奇心といった、そういったものをちゃんと探す時間が必要なんじゃないかなと感じているのがその理由だ。じゃあ、何がそれにあたるの・・・というのはすぐに言えないのだけれども、ちょっと時間を使って探した上で、ちゃんと勉強はしていきたいのよね、という気になっている。

2017年2月13日 (月)

五月天の武道館ライブに行ってきた(2年連続2回目)

五月天はC-Popにちょっとでも触れたことがある人であれば、誰でも知っているバンドだ。日本と比べてそれほどバンド文化とはいえない大陸や台湾であるが、台湾出身のこのバンドは、まさにアジアのスーパーバンドと呼べる地位を築いている。日本ではそれほど知名度はないが、その稼ぎは日本のバンドの比ではない(※1)

この五月天、日本のバンドやエンタメ業界を常にリスペクトしてくれており、しょっちゅう日本にも来てくれている。台湾ではそれまであんまりなかったバンドを始めるにあたって、参考にしたのが日本のバンドだということもあり、Glayとコラボをしたり、日本語のHPを開いて日本でも活動をしている。日本向けにはちゃんと日本語歌詞で歌を歌っていて、しかもその日本語も年々上手くなり、日本マーケットに関する本気度も非常に高い(※2)

この五月天だが、嬉しいことに日本でもライブを開いてくれている。もしかしたら、色々なフェスにゲストとして参加をしているのかもしれないが、私がちゃんと認識しているのは昨年の日本武道館のライブが初。このころはまだ子供が1歳ちょっとだったので、当然連れて行けるわけもなく、義母にお願いをして夫婦で行ってきた。
ライブなど滅多にいかないので、他のアーティストと比較することが出来ないのだが、新旧合わせた名曲をたくさん歌い、日本語歌詞での歌も歌い、さらにゲストでは親交のあるflumpoolも参加する盛りだくさんの内容で大変満足度の高いステージだった。中華圏らしくステージの最後にはスポンサーを読み上げてお礼をするというシーンもあり、日本にいながら上海を久しぶりに思い出すことができる時間だった。

昨年も2days両方とも満員にする動員力を見せつけたので、今年も来てくれるのではないか・・・と密かに期待していたのだが、昨年の10月ごろに無事に今年も来日するということで、速攻でチケットをゲット。今年も2歳になった息子を義母に預けて妻と参戦してきたのであった(※3)。

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今回も2daysの土曜日のほうのチケットを買って向かったのだが、昨年と同じく最寄駅の九段下駅を降りるとそこは既に日本ではない。五月天は台湾や大陸ではチケットを取ることが非常に難しいので、台湾や大陸からファンがこのライブを狙ってくるし、日本に住んでいる中国語話者も大挙して訪れるので、デフォルトの言語は中国語となる。道には偽物グッズを売る店も出てくるし、中華街で中華まんを売る店が屋台を作っていた。

武道館にたどり着くと、グッズ販売に長蛇の列・・・夫婦ともにこういうグッズには全く興味がないので、グッズは一切無視して進むのだが、日本限定版も多く出ているらしく、ファンの人にとっては重要な場なのだろうと思う。グッズに興味がなさすぎて、ライブに合わせてファンが振る光る棒(ペンライトというにはデカイ)を2年連続で買い忘れてしまったのが残念。あれがないと、手をどうしていいかわからないんだよね・・・五月天の曲は縦乗りの曲が多いし。


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ライブのお祝いの花を見に行くと、仲の良いGLAYから来ているのはいいとして、なぜかさくらももこからも届いていた。ファンであるという話を聞いたことはないのだけど、事務所で近いとかあるのだろうか・・・ちなみに五月天の日本でのマネージメントはアミューズが担当している。大手事務所で契約できてよかった。

ライブ自体はアンコールも含めて全部で2時間半弱。今年も新譜から随分と古い曲まで幅広くヒット曲を合計で27曲もやってくれたので大満足。ライブではみんなで一緒に歌うのが基本なので、ステージ両サイドには歌詞も表示されて、多少覚えていない曲でも問題ない。昨年はステージ側の反対側にも大きく歌詞が表示されていたが、今年はそれはなかった。あんまり後ろを見て歌う人はいないからかな・・・。

MCはほぼ全て中国語で行われるのだが、それほど難しい言い回しはしないので、中国語で通常会話ができるレベルであればほぼ聞き取れるレベル。中国語がわからないお客さんもいるので、MCの間はステージ奥に訳がリアルタイムで表示されるようになっている。・・・が、当然スピードには間に合わないので、結構はしょられているところもあるし、今年は中国語で下ネタを話していたが、そういったニュアンスは全く訳されな

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いので、やはり中国語ができるに越したことはないというライブである。中華圏のライブでは、ほぼ毎回ゲストが出てくるのであるが、今年はポルノグラフィティのハルイチがゲストで出演。今度台北でライブをやる・・・ということでタイアップのようであったけど、もともと日本語歌詞を提供しているということでもあったので、それなりに仲は良いのかもしれない。昨年度のflumpoolはMVを一緒に撮ったりしていたので、多分本当に親しいのだろうけど、今年はステージだけではそれはよくわからなかった。

ちなみに、このライブに来ている人は中国語話者か中国語での五月天が好きで来ているので、日本語歌詞での歌が来ると若干微妙な雰囲気になる。とはいっても愛する五月天が日本でさらにファンを広げるためには日本語歌詞はやはり必要だと思うので、魅力を失わないレベルでこういうのは必要だと思う(※4)。

最後は皆で突然好思你を合唱すて幸せな2時間半はあっという間に終了。ヒット曲が多すぎて、聞きたかったけど今回聴けなかった曲もたくさんあるので、来年もくるのであれば是非参戦予定。あとは・・・・Lala Shu(徐佳莹)が来てくれたらすごい嬉しいのだけど、それは難しいかなぁ。。

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[曲目一覧]

1.軋車

2.do you ever shine(日本語版)

3.HooSe

4.DNA

5.你不是真正的快樂

6. 生存以上生活以下

7.人生有限公司

8.瘋狂世界+ 候鳥

9.我心中尚未崩壞的地方

10.知足

11.人生海海(今天我在這裡)

12.春天的吶喊

13.離開地球表面(jump)

14.Dancin'Dancin'(傷心的人別聽慢歌日本語版)

15.孫悟空

16.乾杯

17.約翰藍儂+我

18最重要的小事

19.天使

20.憨人


アンコール1回目

21.Buzzin'Buzzin'(派對動物日本語版)

22.入陣曲

23.頑固

24.song for you(vs.岡野昭仁/ポルノグラフィティ)

25.OAOA(日本語版)

アンコール2回目

26.突然好想你

27. 最好的一天
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※1・・・・・古くは海賊版の問題、今はストリーミングによりCDは売れないが、日本にはないこまめな営業活動やライブ、タイアップなどにより、中華圏のトップスターの収入は十億単位になることは珍しくない。
※2・・・・・あれだけ売れているんだから、そんなに日本向けにカスタマイズしなくてもいいんじゃないの・・・と思わずにはいられないのだが・・・多分商売のこととは別に日本が純粋に好きでいてくれてるのだと思う。
※3・・・・・昨年は夫婦二人で昼寝の間に出掛けて、起きた時には二人がいない・・・という状況で大変にふてくされていたので、今年は夫婦別々に出かけるという小技を繰り出して、出かけてきた。帰った時もそれほど機嫌が悪くなかったので、大成功である。
※4・・・・・同じことをK-Pop大好きの友人も言っていたので、原語好きのファンはどのアーティストでも同じことを思うようなきがする。

2017年1月 3日 (火)

2017年になった。なってしまった。

気がつけば2017年である。今年の場合は、なった・・・というよりも、なってしまった・・・という感の方が強い。ああ、気がついたら1年が終わったんだな、という感覚。


このblogが事実上ストップしたしまったのが2015年の1月。
それからの2年間は人生の中で、たぶんもう2度とないぐらい子供との時間を過ごした。毎日なるべく早く家に帰り、子供の面倒を見ていたし、独身時代は午前まで飲んでいることも当たり前だったが、そもそも飲み会の数も激減した(最大でも週1回)。

日本に帰ってきた時に3年ぐらいは冬眠生活には入ろうと思っていたのだが、仕事面では冬眠したままもうすぐ4年が経とうとしている。そろそろ環境を変えなければならないな〜という思いは日々、本当に日々強くなっていく一方。
・・・・そんな感じで、また1年が明けたというのが正直な感覚である。

30代後半になって迎えるこの1年に対して、「さて、何か目標を立てようか?」と考えたときに、一番驚いたのは「明確な目標を立てるのが驚くほど難しくなっている」ことだった。

  • 仕事を始めたことろは「できなかった、××を出来るようにする」ということを目標に出来た。
  • 中国時代は、とにかく毎日が必死だったけど仕事の面では目標を立てることが出来た。
  • MBA受験を考え、実際に入学してからは、毎年の期限を明確にすることが出来た。
  • 帰国後も妊活やら結婚式やら、子育てで目標を明確にできた。

・・・が、子供がある程度大きくなってちょっと余裕が出来た今年、なかなかそういう目の前を変化させる何かということ目標にすることが出来なくなっていることに気づいた(子供はまだまだ大変なんだけど・・・大変じゃなくなることなんてあるのだろうか。。。)

30代半ばの友人達がスポーツの趣味にはまり出すのがわかるようになった気がする。スポーツは目標を明確に出来る。そういうことがないと人生があっという間にすり減っちゃうんじゃないの・・・ということを、何となく頭で理解出来る歳になったということかもしれない。もちろん、家族と毎日を過ごせるというのが、何よりも大切なことなんだけど。

・・・・ダラダラと書いてきてこの1年を迎えるにあたって、まだ色々なことが整理できていないというのが正直な気持ちなんだけど、何となく見えてきたのは、もう少しプロセスを大切にしようということ。明確な目標が見えなくても、あるいは設定できなくても、とりあえず歩くということにも意味があるんじゃないの?ということ。

ということで、やはり自分の原点に戻るためにもちゃんと、色々書いていこうという気になったのだった。なので、今年はもう少しちゃんと更新をすることにしました。

あと、自分の時間をちゃんと記録することにした。どのくらい勉強していて、どのくらい睡眠をとっていて・・・そういうことを続けたら、次の一歩を大きく踏み出すときにきっと何か役に立つだろうと信じている。

ということで、まったく煮え切らないスタートではありますが、何卒今年もよろしくお願い致します。

2016年12月29日 (木)

台湾の墾丁に家族で行ってきた

MBAの友人の結婚式には卒業以降これまでも何回か参加してきたのだが、今回はちょうど自分も妻もよく知っている・・・というか、自分たちの結婚式にも唯一カメラさんとして参加してくれた友人が台湾で結婚するということで、家族みんなで台湾に行ってきた(※1)。2歳になった子供もそろそろ飛行機に乗せても大丈夫だろうということで連れて行ったのだが、台湾といっても今回の場所は台北ではなく、南の端っこ・・台南よりも高雄よりもさらに南の墾丁という場所。無事にいて帰ってこれるのか・・・というのが何よりも心配だった(※2)。


■ 墾丁への道のり ■

台湾にそれほど詳しくない自分には墾丁と言われても「そこ、どこ?」という感じだったのだが、地図で見ると台湾の南の端っこ!冬でも暖かい台湾の中でもさらに南ということで、常夏(というほどでもないが)の場所であるらしい。



なんでも台湾では有名なリゾート地らしいのだが、リゾート地の宿命・・・というかこんな南の端っこまで飛行機が出ているはずもなく、移動はかなり大変であることが予想された(※3)。


ここに行くまでの道のりは大きく分けて2つ。

① 東京から台北まで飛行機 → 台北から行けるところまで新幹線で移動(高雄にある左営駅) → 終点からバス or タクシー
② 東京から高雄まで飛行機 → 高雄からバス or タクシー

今回は子供の体力を考えて、②を選択することにした。本当は台北にいったほうが圧倒的に飛行機の便数も多いし、楽な時間に乗ることができるのだが、新幹線+車での移動は体力的につらすぎると判断した。ちなみに車での移動時間は約2時間(100km)。これまた体力を考慮して、バスではなくタクシーをチャーターして移動することにした。

②での最大のネックは、高雄までの便が少なくて航空会社あたり1日1便しかないこと。そして、日本は成田発しかないこと。今回は行きの時間を優先してANAにしたのだが、帰りの高雄発は7:00という強行軍だった。


■ 墾丁での宿泊地 ■

今回の目的は友人の結婚式への参加・・・なのだが、行く先は台北ではなく墾丁。これまでも何回か台北での結婚式に参加しているが、毎回大きなホテルで招待者は数百人というレベルの盛大な結婚式だった。

一方で今回は南の端っこである墾丁ということで、そういったサイズの結婚式ではない。日本風に言えば「リゾート結婚式」である。参加者は全員がわざわざ最低でも数時間かけて式場まで来ないといけないのだ。多分その中でも一番遠距離から参加したのがうちの家族ではないだろうか。大陸から参加した友人はビザをとらなければならないので、精神的な距離はさらにありそうだが。

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今回のリゾート結婚式の場所はその墾丁でも、おそらく最も高級と思われるホテルで行われることになっていた。ホテルの名前は華泰瑞苑(Gloria Manor)。なんと国立公園内に位置するという高級ホテルで、以前は台湾の初代総統である蒋介石の別宅だったところを改装してホテルにしたとのこと(公式サイトはこちら。ちなみに日本語版もあった)。

このホテル、リゾート高級ホテルということで有名らしく、以前台湾に住んでいた妻も知っており、名前を聞いたときに「絶対に行きたい」ということで家族全員での参加が決定したのであった。ちなみに今回は遠距離からの参加ということで、招待客は100人しかないなのだが、全員新郎新婦の負担で1泊することが出来るという条件がついていた。

しかも、実際に参加してみると、なんとホテルは貸切。結婚式は海が見渡れる庭で行い、披露宴はレストラン全部を使いきり、そして二次会はホテルロビーをダンスフロアにしてのダンスパーティー。ざっと計算するだけでも500万以上はかかっていると思われる・・・さすがに結婚式にかける情熱は違うな・・・と思ったのだった。


■ 実際に行ってみて・・・ ■

今回の旅行はとにかく家族が増えてから初の海外で、かつ子供を連れての始めてということで、ものすごく慎重に準備をしていた・・・・主に妻が。
オムツの数は足りてるのか(うちの子供はでかくて、そもそも日本でも合うサイズが近くになかったりする)、幼児食を持っていかなければならない(たぶん麺類は食べてくれるけど、彼の気分次第)、途中でクリーニングをする予定だが服は必要(移動中に吐くかもしれないので)・・・ということを考えていくと、どんどん荷物が増えていき、なんと4泊5日で40kgを超える荷物になった。この重い荷物に加えて、気分が乗らないとほとんど歩かない2歳児を抱っこして、いざ台湾に向かったのであった。


[1日目](東京-高雄移動)

  • 成田行きのバスに無事乗ったはいいが、バスの中で盛大に吐いてしまう、うちの息子。抱っこしてたこちらはTシャツとパンツが死亡(上着を着てなくてよかった・・・)。子供服をちゃんと持ってきたのが正解だった。大人は成田でユニクロのお世話に。
  • 飛行機の離陸時は予想通り椅子に座ってくれない。無理矢理座らせてシートベルトしたら、大暴れしたので「もう無許可だけど、ごめん・・・」と抱っこしたら、フライト・アテンダントさんも見逃してくれる(※4)。本当はダメなんだろうけど。
  • 高雄のホテルは結構いい部屋に止まったのだが、それでも15,000円弱。専用のレストランが使えるということで、そこで食事をしたら、ちゃんと食べてくれた。むしろテンションが上がりすぎて、段差で激しく素っ転び両親ともに顔が青くなる。

[2日目](高雄-墾丁移動+結婚式参加)Img_9537_3
  • 東京でのバスでは吐いたので激しく心配していたのだが、高雄-墾丁間の2時間移動は特に何もなく昼寝をしていてくれた。海沿いの道を一路南へ。
  • ホテルはものすごく豪華でテンションが上がる。蒋介石が使っていたという執務室を息子が気に入り、ずっとそこに入り浸っていた。そこから移動しようとすると泣いて怒るので、庭で行われた結婚式の時も妻は式に参加できず。
  • 同級生たちが息子を可愛がってくれるのだけど、あまり大人になれてない上にほっぺを触られるのがすごい嫌だったらしく、ストレスを溜めてしまう息子。結局披露宴には参加できず、妻と息子の分のご飯は部屋まで運んでもらった。ホテル貸切という気合いの入った結婚式だけあってだいたいのわがままは聞いてもらえる。
  • 二次会のダンスパーティーには自分も参加せず、子供と一緒におやすみなさい。

[3日目](ホテルで1日ゆっくり)Img_0049
  • 2日間の移動の疲れが出てくるだろうと予想していたので、ホテルに延泊。車がないと何もできない場所にあるので、ホテルでタクシーをチャーターし、近くの観光へ。
  • まずは近くにある猫鼻头という岬へ。風が無茶苦茶強いのだが、南国の暖かさで気にならない。これまでずっと移動ばっかりだったので、息子は大喜Img_0062 び。
  • そのまま少し北にある恆春という街まで移動。日本でも公開された海角七号のロケをした場所があり、その近くでお昼ご飯を食べてきたのであった。ちなみに太平洋戦争時は日本軍がこの街におり、米軍と戦ったとのこと(タクシーの運転手さんに教えて貰った)。思わぬところで日本の影響を感じることに。
  • 夜は台湾といえば・・・ということで、友人と家族みんなで夜市へ。最初は怖がっていた息子も、しばらくするとトコトコ歩き出し夜市で買ったものを食べることができて大満足。


[4日目](墾丁 → 高雄)


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  • ホテルを昼前に出て、チャーターしたタクシーで高雄までまた移動。今回も息子は寝ていて何の心配もなし。
  • 高雄のホテルではゆっくり。自分も含めて家族全員、だいぶ疲れがたまってきているので遅めの昼ご飯もホテル内で。
  • ここでも夜市は行かねば・・・ということで、ホテルからすぐ近くの六合夜市へ。台北とは比べるまでもないぐらい小さな夜市だったのだけど、海鮮が多い感じ。ココナッツミルクジュースがこれまでで一番うまい・・と妻が絶賛。
  • 会社のみんなにお土産をということで、パイナップルケーキを購入に。どうせならちゃんとしたブランドを選びたかったので、舊振南餅店というブランドの店まで歩いて行ってきた。確かにずっしりとしてすごく美味しい。

[5日目](高雄 → 成田 → 家)
  • 朝7時の飛行機に乗るために、3時半起床・4時半ホテル発。寒くないのだけが救い。
  • 帰りの飛行機もやっぱり離着陸時には座ってくれない。フライトアテンダントのやや冷たい視線を感じながらも、息子を抱っこ。ちなみに2歳までは抱っこでもいいのだが、2歳になると抱っこ禁止。基準をこういう風におかないといけないのはわかるけど、何となく釈然としない(2歳1日と2歳364日と、生育期間は33%違うんだけど・・・)
  • 行きのバスでの嘔吐で懲りたので、帰りは電車。初めて荷物を成田から送ったのだけど、これ楽だね・・・。
いろいろとトラブルはあったのだが、結果としては息子も海外デビューできて大満足の台湾訪問だった。オムツが外れるようになったら、他の国にも行きたいな。。(さすがにあの荷物はもう嫌だ)。


※1・・・実はこの2年ブログをサボっている間に、自分の結婚式をしたりしていたのである。あの時は子供が泣いて大変だった・・・。
※2・・・いきなり国際線に乗せるのは心配ということで、事前に国内線に乗せて飛行機に慣れさせるという慎重な計画を策定。予行練習ではうまくいったんだけどね・・・。
※3・・・一緒に参加した台湾人の友人に聞いたら、自分もここに来るのは初めてだと言っていた。まあ、台北からだと車で7時間以上かかるらしいからね。。。
※4・・・さすが中華系だけあって、フライトアテンダントの皆様は子供に大変優しい。何で泣いてるの〜(怎么哭啊〜?)と言いながら、ポヨポヨのお腹を触っていたりした。ただ触りたいだけなのかもしれないけど。。

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