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カテゴリー「Off」の記事

2019年6月17日 (月)

日本ではS級が今後生まれるだろうか (書評: 中国S級B級論 ―発展途上と最先端が混在する国)

中国ウォッチャー的には、twitterとブログで中国政治を解説している水彩画@suisaigagaga が書籍デビューすると言うことがおそらく一番の楽しみであったであろう本書。とはいえ、話題性だけの数多ある色物中国本ではなく、本作の執筆陣はいずれも実力派揃いである。それぞれの領域で積極的に発信をされている方々ばかりなので、常日頃から発言をチェックしている人にはやや物足りないかもしれないが、いわゆる「遅れてて笑える中国」から「最先端のIT活用大国である中国」まで日本人がもつ中国のイメージが変化していく中で、実態として彼の国はどのような状態にあり、どうしてそのような進化と並存が可能になったのかを解説するのが本書の狙いである(詳しくはここをご参照のほど)


● S級が生まれる前の中国と、サービスの萌芽 ●517yla18bwl_sx342_bo1204203200_


2007年〜2013年という自分が大陸に住んでいた時期は、本書で取り上げられたS級はちょうどサービスの芽が生まれた頃にあたる。Wechatはすでに存在していたが、まだpayment機能は実装されていなかったし、Alipayはweb上では利用可能だったが、今のように広くどこでも利用できるものではなかった。4Gは商用化されていたが、アプリによる様々なサービスが実現する直前という時期だったと言えるだろう。当時使っていたスマホはHTC製、いまではすっかり存在感を失ってしまったが当時はトップメーカーだった。


一方で、S級が産まれるような土壌というのはすでに十分に育まれていたように思える。米国のTopスクールをでた中国系の人間が大陸に移ってきてビジネスに参加するということも普通にあったし、TencentやAlibabaは積極的に中国国内の理系トップを高給で採用をするようになっていた。給料が高いが仕事は激務・・・というのが、当時の中国国内におけるこれらの企業のイメージだ。
また、スタートアップの成長スピードもかなりのもので、中国における食べログのような存在であった大众点评は、私が最初に務めた企業で上海に赴任した時に作ったサービスをわずか数ヶ月でコピーしてリリースし、営業体制もあっという間に構築してしまった(今では合併して美团大众点评という会社)。この会社とはその後数年経ってビジネススクール時代に訪問することがあって、「あの機能を実装したのは、自分なんだよ」と話したら、驚かれて色々と深い話をすることができた。


デジタルの世界では、そのころはアプリというよりもWEBサービス全盛だったし、さらにWEB上のサービスといってもFlash利用がものすごく多かったのだが、それでも当時のデザインレベルやゲームアイデアなどは急速に改善しており、遠からず米国にキャッチアップすることは容易に想像される未来だった。本書で取り上げられる企業のいくつかはまだほとんど世界に知られていなかったが、それでもS級への揺籃期にあたる時期に僕は上海にいたのだろう。


 


● S級は屍の上に ●


本書の主要テーマではないのでそれほど深堀はされていないテーマの一つに、中国における猛烈な競争環境があげられる。シェアサイクルが一つの例としてあげられているように、中国では新しいサービスが生み出されると、雨後の筍という言葉ではとても生易しいぐらいのスピードで猛烈な速さで次々と類似サービスが産まれてくる。さらに、そこに豊富な資金が提供されることで、広大な国内展開と国際展開が同時行われ競争環境は加速されるという構造にある。


この過酷な競争環境は猛烈な勢いで製品の改善を促す一方で、投入された資金があっという間に消費されていくという状況もうみだし(中国語では焼銭と呼んでいる)、資金が尽きた企業は市場から退場をしていくことになる。さらにこれらの新興企業に加えてAlibaba, Tencent, Baiduなどの既存プレーヤーが時に投資を行い、時に類似サービスを立ち上げて市場を加速させる。


 


そういって競争の末に本書でS級と呼ばれるサービスが立ち上がるのだが、その裏には膨大な数の屍(退場した企業と実を結ばなかった投資)が並ぶことになる。中国のように成長が早い市場では、新興企業での失敗自体は必ずしもキャリアでマイナスになるわけではないし、個々の人間にとっては有意義な経験となることも多いはずだが、それでも投資側からすると投下資金が溶けてしまうという現実には変わりがない。
中国のイノベーション議論ではその社会実装の柔軟性が取り上げられることが多いが、資金投入側のリスク許容度という意味においても日本との違いは大きい。


 


● 今後日本でS級はうまれるだろうか ●


本書を読んでいてずっと自分の頭の中にあったのは「中国ではS級が”新しく"産まれた。では、日本はどうだろうか・・・?」という疑問である。自分もプレーヤーの一部であるだけに、あまり悲観的な話をすべきではないが、この疑問に対する答えは残念ながらNoだ。
完全に整理しきれていないものの、中国においてS級が産まれ、日本において産まれないであろうと想像されるのは主に以下の理由だ。



  1. 人材の高い流動性
    中国国内において問題とされていることの一つに「人材がなかなか一つの企業に定着しない」というのがあげられるのだが、ことイノベーション関連に関して言えば、この流動性の高さは武器になっている。特に「立ち上げ → 撤退」が繰り返される分野においては、人材流動性が高い社会では前職の失敗が必ずしもキャリアの停滞を意味しない。人材が常に撹拌されているような状況においては、「過去の経験」をすぐに最前線や高い地位で使うことができる可能性があり、社会全体としての活力を生み出している。


  2. 国際展開のスピード
    中国のS級と呼ばれるスタートアップは、国内に広大な市場を持つにも関わらず、創業当初からすぐに国際展開を狙っている。確かにAlibabaやTencentといったプレーヤーは非関税障壁とも言える国策によって守られていたが、今ではそういった保護が必要ないぐらい、圧倒的なスピードで国際展開が行われる。これは、一つには中国人のハイレベル人材は英語を苦にしないこと、もう一つには各国に中国系人材(中国語を話せる人材)が多くいるということが要因としてあげられるだろう。確かに中国においても「まずは中国市場で成功して・・・」という考えはあるが、そもそものスピードが違うので、日本から見るとあっという間に国際展開が行われているように見える。


  3. 投入資金の柔軟性
    成長中の今だから出来ることという気もするものの、上述したように中国における投資熱というは凄まじいものがある。明らかに技術的にはおかしいもの、あるいはコンセプト自体がずれているものであっても、とりあえず派手で成長感が出ていればお金が集まるという状況も一部にはあるようだ。社会全体としては壮大な丁半博打をしているようなものだが、国全体を一つのVCとして見てみれば、どこかが当たれば他の損を十分にカバーできるわけで、このような(ある意味向こう見ずな)ダイナミズムが成長のスピードを押し上げているように感じる。


本書はそれぞれの分野における入り口を提供するという趣があるので、中国についてすでに一定の知識がある人には物足りないかもしれないが、全体を通して読むことで週刊誌やWEBメディアで得る断片的な情報では描けない中国像の一部を提供することができている。もちろん、これで全てだ・・という気は毛頭ないが、最初の一歩として手に取るにはかなりのおすすめである。

2019年5月 4日 (土)

社長が変わって会社が変わり、米系企業でも忖度が支配する(一時的に)

組織というものは良かれ悪しかれトップの意向によって雰囲気が変わるものだけど、米系外資系の場合、レイオフを日本に比べてはるかに容易に行えることもあり、社長が変わるというイベントはかなり会社の雰囲気に影響を与える。僕が勤めている会社も、この2月に部門社長がかわりかなり雰囲気が変わった。一般的に米系組織ではリーダーが変わると、まず前任の否定から入るので(全てについてではないが・・)、目をつけられていた部門ではかなりの荒療治が行われる。



よくSNSでは日本企業のよくないところとして「意思決定基準が明確ではない」とか「上司への忖度が酷い」みたいな話を見るが、実際に米系企業に勤めている身からすると、米系企業だからと言って忖度がないということはなく、むしろ人事権を自由にできる上司が上にいる場合にはその度合いははるかに強い。就任したてのリーダーというのはだいたい最初に自身が進めたいと思う方向性や重要指標などに言及する。
こういった場合の中間管理職というのは、まずは方針に忠実であることを示す必要がある。日本では「上が変わったからと言って、俺たちのやることは変わらねえから・・」みたいな発言をする人が格好いいと思われるし、個人的にもその気持ちはわかるのだが、米系ではまず「Yes」からスタートせざるを得ない。

 

一方で実際の仕事では、むしろ明確にされていないような意思決定を依頼しなければならないことのほうがはるかに多いが、リーダーが変わったばかりの組織ではそういった「おそらく何らかの方向性はあるだろうが、まだ明確にされていない」ことを中間管理職が上にあげなくなり、急速に忖度が支配する・・・というよりも、上司の判断基準がわかるまでは、とりあえず様子見という判断がなされることがいきなり増える。誰も虎の尾を踏むような真似はしたくない、ということだ。

 

なので一般のイメージとは裏腹に、米系企業で「強い社長が大方針を打ち立てて、中間管理職が一斉に動き出す」みたいなことは実際にはほとんどない。強い社長が来て改革が急速に動き出すのは、基本的に社長がマイクロマネジメントだからだ。中間管理職側としても、基準がよくわからないまま判断を委譲されて、報告をあげてみたらハシゴを外される・・・というよりはマイクロマネジメントでも最初に判断基準を学べる機会があったほうがよい。



ということで、米系企業では否応無しに新リーダー着任時は「いきなりこれまでの方針が否定されて、打ち手が打たれる」部門と「なんとなくこれまでと同じことをするが、意思決定スピードが遅くなる」部門が並存することになる。我が社も例外ではなく、色々なところで変化時特有の澱みを感じるようになった。あと数ヶ月すれば、落ち着くところに落ち着く(はず)だが、暫くは粛々と日々の業務を行うということが続きそうだ。



GW直前にその部門社長と1:1で面談をしたのだが、日本は重点マーケットということで引き続き強化をして行きたいとのことだった(具体的な打ち手はこれからだが)。なにせ、実質的に話すのが初めてなので、こちらもやたらと緊張したのだが、印象的だったのは「小さな企業(スタートアップ)で成功するには、経験は十分条件で、スタートアップで上手く行くようなDNAを持っていることが重要だ」と話していたことだった。
基本的にこういったスタンスは前に勤めていた大企業では許されないので、なるほど生涯をスタートアップ関連で生きている成功者はそういった思考になるのだな、と感心した。まあ、話している間は“ジェダイになるにはフォースが必要で、フォースを持つかどうかは生まれながらに決まっている、みたいな話だな”とか、そんなことを思っていたのだが。。。

 

一寸先は闇という言葉が人生でこれまでにないくらいヒシヒシと感じるようになった2019年。なんとか平穏に年を越せるようにしたい。。。

2019年5月 3日 (金)

流行りにのって令和元日に考えたことを書いてみる

我が家はほとんどテレビを見ないのであまり意識はしなかったのだが、4月30日と5月1日は年越しのような感じの番組がいろいろ流れていて、世の中では王いう雰囲気なんだなというのを旅行先でようやく感じることとなった。個人的にはこの10連休は子供の面倒を10日連続で見なければならないという以上の意味を見出すのは難しいのだが、せっかくなので流れにのってなんとなく思ったことを書いておこうと思う。



僕は昭和生まれなので年号の上では令和は3つめになるだけど、昭和天皇の崩御の際の記憶はほとんどないので、実質的には平成の人間といってよいのだと思う。平成になってからいわゆる義務教育を修了し、大学院まで行き、社会人になり、中国大陸で暮らすようになり、またまた学生生活を送り、結婚をし、子供が産まれた、これが自分にとっての平成だった。言い換えれば、自分のことだけを考えて、自分の思うように生きてきた30年だった。そう、平成は「僕の物語」の時代だった。

 

これから始まる令和は、まさにその初めの日がそうであったように、子供達が子供たちの物語を生きる時代になる。人生100年時代という言葉を人から言われるのは癪である一方、確かにあと30年以上は働かないといけないのはほぼ確定した未来だが、それでも我々の世代(いわゆるアラフォーというやつだ)は、少しずつ物語の主役をバトンタッチしていかなければならない※1

バトンタッチを考える際に、自分は二つの顔を考える。一つはいってみれば「公人としての自分」で、これは今までの生き方の延長線上にある。急に今から世界を変えるような発明ができるわけではなく、政治家として理想に燃えた生活を送るわけでもない。これまでの人生で理解した自分の能力と特性を活かして、この社会の一員として価値提供をしていくということである。
もう一つの面は「父親としての自分」で、はっきり言ってしまえば、衰退しつつあるこの国家においてどのように生き残るべきか、あるいはこの国を超えてどのようにいきていくのかの路を教えてあげるということだ。
残念ながら、その2つの顔というのはときに正反対の方向性のなるのかもしれないけど、つまり公人としてはこの社会に貢献することを目指す一方で、私人としてはこの社会から離れてどれだけ独自のポジションを築くことができるかを考えるわけで、それは大なり小なり我々の世代が戦わなければならない矛盾なのだ。



既に、日本という国全体を考えれば敗色濃厚な撤退戦を戦っている最中であり、ここから先の見通しはさらに暗い。ただし、それは個々の人生の敗北を意味するわけではない。1人の人間として出来うる限られた範囲であっても日々が幸せであると感じられる、そういった日常を送れるように、そして願わくばその範囲が少しでも広がるようにしていきたいという、極めて当たり前の願いが、新しい時代の幕開けに思うことだ。



※1・・・こういう時に頭に浮かぶのはドラゴンクエストⅤである、やっぱり世代的に。

2019年4月22日 (月)

高齢者の事故を防ぐためには、技術×法制が必要

自分にもまだ幼児と呼べる子供がいるので、こういった事故を聞くたびにものすごく辛い気持ちになるのだが、またも高齢者の運転している自動車による事故で小さいお子様が亡くなられた。
事故の理由については今後の捜査により判明すると期待されているが、こういった事故が発生すると自動車会社はこういった事故を防ぐようにすべきだ」といった意見がSNSで多く見られるようになる。もっと極端になると「自動運転なんかにお金を使うよりも、こういった事故を防ぐ技術を先に開発すべきだ」という意見もある。
繰り返しになるが自分にも幼い子供がおり、そのように思う気持ちも十分に理解するし、実際に我が家でも「どんなに交通ルールを守っていても、車が暴走して突っ込んで来ることがある」という前提で、どのように安全を守るべきかという話を妻としたりする。一方で、新たな技術の社会実装支援を仕事としている人間としては、こういった問題は「技術的に完全に防ぐことはできない」ということも理解している。そこで、今回はそのメカニズムを簡単に解説しておこうと思った次第だ。
 
なお自分は勤務している企業において、複数の自動車関連企業とプロジェクトを実施しているが、当然のことならが今回の記事には業務上で得た知識は含まれていない。また、本記事における主張は個人的なものであり、組織を代表した意見ではないことを明記する。

今回のような事故を防ぐ技術

自動車による暴走事故を防ぐ技術として最も一般的な技術は、前方や後方に障害物がある場合に、自動でスピードを緩める機能でpre-crash safety systemと呼ばれている(該当するwikipediaの技術はこちら)。これはすでに商用化されて久しい技術であり、多くの自動車メーカーによって提供がなされている。駐車場に車を入れる際にお世話になったことがある人もいるだろう。
この技術よりも、より直接的に「アクセルとブレーキの踏み間違い」を防ぐ技術としては、ペダル踏み間違い時加速抑制装置がある。これは、「誤ってアクセルを踏んでしまった場合」に自動車が急加速することを防ぐ技術だ。説明としてはこちらのHPがわかりやすいと思うが、ビデオを見ても分かる通り、ドライバーが踏み込んだ際にも車は急に出発をしたりしない。一方で注意が必要なのは、車が加速しない場合にドライバーがアクセルを踏み続ける場合にはやがて車は加速するように設計がされている。これは後ほど述べる緊急対応を行うためにドライバーの自由度を残しているためだ。こちらの技術もすでに実用化がされており、後付けで装着が可能な装置も発売されている。
他にもドライバーが何らかの理由で運転中に急に意識を失ってしまう、あるいは正常な判断ができないと外部から理解できるような状況においては車を安全に路側帯に止める機能であるとか、車同士が通信を行なって車間距離を適切にたもつといった技術のような、商用化が見えているものの実搭載はなされていない技術も多く存在する。


技術だけでは「すぐに」問題を解決できない3つの理由

こういった技術は自動車会社(あるいは部品サプライヤー)によって開発が行われているが、残念ながら技術的なアプローチだけでは今回のような事故を防ぐことは当分の間(自動車のモデルチェンジでいうと数世代)はできそうにない。これにはいくつかの理由がある。

  1. 緊急時対応は依然として残る
    先ほどのLink紹介時にも書いたように、今の自動車では「緊急対応時に備えて、最後の判断はドライバーが行うことができる」という考え方が基本的な設計思想である。こういった緊急対応の例、日本では想定することはなかなかないが、「自動車の前方と後方に銃を構えた強盗が立っている」という場合を想定しよう。こういった場合、(議論はあるだろうが)ドライバーはその強盗を跳ね飛ばして逃げるということは、自衛のための手段として想定される。逆に自動車が「前後に人がいるために動くことが出来ない」と判断して動くことが出来ず、かつ強盗にドライバーが危害を加えられた場合には、訴訟問題となるだろう(もちろん実際には、購入時の事前の合意などが問われるだろうが・・・)。

    こういった犯罪の場合でなくても、例えば「急に道路が陥没したので、緊急避難として前に車があってもアクセルをふむ」、あるいは「上からものが落ちてきたので、急発進をした」とか、我々日本人に理解しやすい例としては「地震が発生して逃げ場が塞がれそうだったので壁を壊して逃げる必要があった」といった例が考えられる。いずれも、ドライバーが自分の判断で「周囲の状況を理解していても」急発進や急加速をせざるを得ないという状況である。

  2. 現在想定される技術の限界点
    SNSでは「自動運転の時代になれば、こういった緊急対応の問題は自動車側で適切に処理することが出来る」という意見を見ることもある。では、こういった緊急時対応すらも自動車側(駆動系+ソフトウェア)に任せて最適な道を瞬時に判断できるようなことが現在の技術の延長線上で可能だろうか・・? 

    残念ながら現在のアプローチでは非常に難しいと言わざるを得ない。現在想定されている技術で自動運転を実現する際には(いったんここでは自動運転Levelは3~5で幅を持たせると仮定して)近距離+中距離の周囲の情報を取得し、かつマクロの情報を組み合わせて自動車の制御を行うことが想定されているが、いずれにしても「自動車をコントロールする」ソフトウェアを事前に学習させる必要がある。この記事で想定しているような緊急時対応は発生頻度が極めて少ないと考えられるので、通常発生するような状況に対しては有用である機械学習を活用した方法よりも、技術者が様々なケースを想定して事前にプログラムを行うことになるだろう。

    そういった人間がマニュアルでプログラムを行う場合に発生し、かつ解決な問題が2つある。一つは、「人間が想定した以外のことには対応できない」ということであり、もう一つは「AIのコントロールと、マニュアルのコントロールを瞬時に判断して、切り替えることが非常に難しい」ということである。自動運転というと、我々のような40代前後の人間はナイトライダーに出てくるナイト2000のような車を想定するが、現在の技術で実現可能な自動運転車はナイト2000のような汎用的な知識を持つことが出来ない。こういった状況で自動運転車に全てを任せるということは、先ほど述べた①の問題については、ドライバーが運転を諦めるという選択肢しか存在しない。

  3. 技術伝播にかかる時間
    これは現在でも見られる問題ではあるが、最新の技術というのは広く行き渡るにはかなりの時間がかかる。例えば、先ほど紹介したペダル踏み間違え時加速抑制装置はすでに商用化されているが、必ずしも全ての自動車に搭載されているわけではない。現在のところ自動車の平均的な買い替え時期というのは7~9年ぐらいと言われているが、これは平均値であるから、全ての車が先進的な事故抑制装置を持つようになるまでにはそれ以上の時間がかかる。更に言えば、こういった装置は文字通りの全ての自動車が標準装備するか、強制がされない限り常に購入者側に選択基準が存在することになる。現在でも理論的には日本では「エアバッグがない車が普通に走行できる」ことを考えると、今日紹介したような抑制装置が行き渡るまでにはかなりの時間がかかると言えるだろう。

個人的には特に③の理由により、今回のような事故を防ぐには技術的な面での改良よりも、法制面での対応のほうが"実効性が高く"かつ"迅速に"事故を減らすことが可能であると考えている。法制面により対応が可能であるということは、言い換えれば問題解決は我々の選択に依存しているということだ。

2018年3月23日 (金)

光良第一次東京演唱会に参戦

 

この前の日曜日は東京で初めて開催される光良(Michael Wong)の演唱会(ライブ)に参加してきた。光良といえば、私のように2000年代に駐在していた人間はほぼ100%知っている歌手である。日本人がおそらく最初に歌えるようになる中国語の歌の1つは彼が歌ている「童話」だし、他にも「勇気」や「天堂」など数々のヒット曲をもち、かつどれもこれも歌いやすいと来ている。

一方であまりにも駐在員が童話ばかり歌うので、"童話はもういいよ" ==> "光良はもういいよ"となってしまい、いわゆるスーパースターという扱いではなくなってしまっているという歌手でもある。別に本人は悪くはないのだが・・・。生粋の中国人ではなく(彼はマレーシア人)、それゆえに発音がちょっと大陸とは違う・・・とか言われてしまったり、既に40代後半を迎えていることもあり「ピークは過ぎ去った歌手」と日本人には見られているかもしれない(※1)。


そんな感じの先入観があったので、今回のツアーの情報を知った時にまず最初に思ったのは「Zepp東京でやるなんて、売り上げ大丈夫なのかしら。動員する自信がないのかしら」だった。なにせ、すでに二回参戦して、今年も参戦する予定の五月天のライブ会場は日本武道館である。会場のキャパシティを考えるとZepp東京はいかにも小さいし、チケット代から考えても大きな売り上げになるとは思えない。
そもそもこれまで日本では一度もライブをしたことがないということで、これは少しピークをすぎた歌手が、いわば地方営業みたいな気持ちでくるのではないだろうか・・・という、失礼千万な気持ちを持ってしまった。

とはいえ、知っている中華圏歌手のライブを日本で聞くというのは常に貴重な機会である。今回もチケット発売日の発売時間にはしっかりとPCの前でスタンバイをして、確実にチケットを確保。申し込みタイミングが早かったおかげでかなり前の席を取ることができた。

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そして迎えた当日、会場では中華圏スターのライブらしく、言語は中国語が基本である。会場に着くまでは知らなかったのだが、MIFCと呼ばれるファンクラブがあり(Michael Wong International Fan Clubの略だろうか)、そのクラブが来日にもかなり力を尽くしたようである。席はちょうどその方々のすぐ後ろで絶好の場所。何から何までお世話になってしまった感があり、感謝感謝だった。



開場はギターから、ベース、キーボード、ドラムと演奏をしながら入ってくるというシンプルな構成で、最後に光良が入場。最初の感想は、歌手には失礼だが「歌がメチャクチャ上手い」!日頃聴いているデジタル音源に比べて、
声の張りも歌い方も段違い。一瞬でライブに来て良かったと
確信させるレベルだった。



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曲目も日本での公演は初めてということで新旧のヒット曲を満遍なくちりばめていて、一度も聞いたことがない曲はほとんどなかった。衣装替えやステージの変化などは一切なかったものの、ボサノバ風に編曲した如果你还爱我があり(これは途中で歌詞を飛ばしてしまい、歌い終わった後に気づいて再度歌い直すというサービス付き)、引き語りでの天堂と勇気ありと、シンプルながらもメリハリが効いており、全く飽きさせない。勇気は最も好きな曲の一つなので、本当に涙が出そうだった。



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クライマックスでは「日本でも舞台から降りて歌ってもいいかな?」と聴いた後に、無印良品時代の想見你客を歌いながら、何と客席の間を歩く!会場は盛り上がるが、みなこういった展開になれているのか混乱はなく、近づいて握手する人がいるのはもちろん、一緒に自撮りするカップルもいたりする。かくいう自分も、ファンクラブに向かって歩いて来た光良に向かってダッシュで近づき、握手をすることに成功!中華圏スタート最接近した瞬間であった。

最後はもちろん最大のヒット曲である童話で、合計2時間強のコンサートは全て終了。期待値以上の歌声に大興奮して、今後生涯通じて光良のファンであることを誓ったのであった(単純)。


※1・・・日本に帰ってきてからも継続的に中華圏ポップスを聴き続けているのだが、確かに近年は「大ヒット」と呼べる作品はなかったりする。というか、そういう作品がなくてもいまだに現役スター感がある張学友などがすごいのだ。

2018年2月 9日 (金)

港区の幼稚園事情(3)

第一回の記事はこちら第二回の記事はこちら) 私立幼稚園の面接は結果を受け取るまでもなく落ちたということが確信できたので、面接が終わって家に戻ってすぐに次の行動に移ることにした(実際に私立幼稚園は二園ともご縁はなかった)


● 認可外保育園とインターナショナルスクールの見学 ●

第一回でも書いたように、ここ数年のトレンドから確実に抽選となってしまう区立幼稚園のみに期待をかけるのはリスクが高いし、仮に区立幼稚園にも落ちてしまうと、行き先確保の競争倍率がさらに上がってしまうと予想されるので、区立幼稚園への申し込みと並行して認可外保育園とインターナショナルスクールの見学と応募を行うこととした。

港区は子供の数が増え続けているし、比較的お金を持っている家庭が多いということで、幸運なことにインターナショナルスクールや認可外保育園の選択肢は数多くある。こういうこともあろうかとリストアップしておいたことも幸いし、私立幼稚園の面接が終わったその日のうち3件の認可外保育園+インターナショナルスクールの見学申し込みを行うことができた。認可外保育園やインターナショナルスクールは確かに費用がかかるものの、いわゆる入園試験のようなものがほとんどなく、空き枠があれば先着順で入ることが出来るというメリットがある。逆にいうと枠がなければ入ることが出来ないわけで、最も重要になるのは選考へ進むスピードだ。

どこに空き枠があるのかわからないので最終的には全部で家から通うことが出来る5園の見学に行ったのだが、インターナショナルスクールと認可外保育園に実際に見学に行って見ると、私立幼稚園以上に各々の個性があるということを感じた。もちろん私立幼稚園の場合には、いわゆるお受験園は最初から対象にしていなかったというのもあるだろうけど。


まずインターナショナルスクールだが、英語を本気で学習させる園からとりあえず英語で子供と遊ぶことを目的とした園までレベルが様々で、自分の子供にどういったことを期待するか・・・ということを明確にするひついようがあるということがわかった。また、日本語と英語を半々で行う園もあるし、完全に英語だけという園もある。うちの場合、まず「集団行動に慣れてほしい」という気持ちのみだったため、正直なところインターナショナルスクールとはあまりあっているとは言い難かった。

また、インターナショナルスクールへの入園を考えるのであれば、3歳時の入学(幼稚園で言うところの年少入学)ではなくて、なるべく早い時期に行かせた方が良いということもわかった。どこの園でも3歳になると、幼稚園と同じような教育カリキュラムを英語で行おうとするので、それまで全く英語を知らない児童がいきなり参加するというのは、かなりハードルが高いと感じた。


認可外保育園については、港区の場合は早めに声をかければ3歳からの入園はかなり期待できる。港区も他の区と同じように待機児童問題はあるのだが、認可外保育園の場合には親が働いていなくても入園できるという特性上、必ず何人かは保育園から幼稚園に転園する子供がいる。なので、逆に言うと3歳児向けの枠が少し空くと言うわけである。

また認可外保育園は費用を縁側が自由に設定できるため、非常にコストがかかる。一番高いところは家賃とほぼ変わらないぐらいの金額がかかるのだが、それだけ費用をとるだけあって設備も最新だったし、一人当たりの保育士が見る児童数も少なく、行き届いた保育がされるのではないかと感じた。認可外保育園の見学には二園いったのだが、両園ともに喜んで遊んでいたし、「甘えん坊で集団生活に慣れていない」といううちの場合はこちらのほうがあうのではないかということを思うようになった。


● 最終的な行き先 ●

11月はほぼ上述した見学と申し込みで時間と精神を費やしたのだが、インターナショナルスクール3園と認可外保育園2園を見て、最終的にはモンテッソーリ型教育を行なっている認可外保育園に無事に枠を確保することが出来て、4月からお世話になることにした。家から自転車で通える範囲内にあったということが重要だったのは言うまでもないが、最終的には子供がその場所を気に入ってくれたことと、園の教育方針に大変感銘を受けたと言うことが決定要因となった。

実のところ、その園は見学に行くまではあまり志望順位が高くなく、また当初は見学会が一杯で1月以降になりそうだということで候補から外していたのだが、偶然にも空き枠が出来たと言うことで11月中旬に見学会に参加できたという園だった。実際に行って見ると、思ったよりもずっと広く(とはいえ庭がないのが残念だが・・・)、また保育士の数も多く安心して子供預けることができる環境であると感じられた。また、個別面接では色々と細かいところまで話を聞くことが出来、特に「他の幼稚園では受け入れが難しいと言う子供を積極的に受け入れるようにしている」という言葉がとても心に響いた。私立幼稚園の面接では他の子に比べて難しいと感じたうちの子ももちろん問題ないと言うことであったし、「そういった子でも一緒に教育をしていくと変わって行くんです、そういった子供を排除しちゃダメなんですよ」という考え方は素晴らしいと素直に感じることが出来たのだった。


前述したようにインターナショナルスクールと認可外保育園の見学と並行して区立幼稚園の抽選にも申し込んでおり、結果としては幸運にも区立幼稚園の抽選に引っかかることが出来たのだが、その頃には上述した園からご縁をいただいていたこと、先生一人当たりが見ている子供の数が少ない方が自分の子供にはあっているのだはないかと感じていたので、速やかに辞退届を提出した(行き先がないと困っている親御さんがいるだろうと容易に想像がついたので・・・)。

こうして無事に行き先を見つけることが出来たのだが、振り返って見ると幼稚園選びを始めた時にはなんとなく近くの私立幼稚園に行ければいいぐらいにしか思っておらず、子供のことをちゃんと理解できていなかったのではないかという気がしてくる。右往左往しながらも色々な園を見ることで、自分の子供にあうような場所というのを具体的にイメージできるようになったし、最終的には「ぜひここでお願いをしたい」という場所に出会うことができた。まあ、もう一回やれと言われたら嫌だと思うぐらい、心と時間をすり減らしたのは事実だけど。


我が家はおそらく二度とこういう経験はしないだろうけど、2018年以降も港区は子供の数が増え続け、より幼稚園選びは厳しくなることは間違いなく、この長い全3回の文章が誰かのお役にたてれば嬉しい限りである。

2018年2月 2日 (金)

港区の幼稚園事情(2)

前回は港区で「保育園に行っていない子供が幼稚園に入るとしたらどのような選択肢があるか」ということについてまとめたので、今回は具体的に我が家ではどういうように幼稚園選びをしていったかを書いていこうと思う。

● 子供状況の簡単なまとめ ●

幼稚園に受かるか落ちるか・・あるいはどの幼稚園に行くかというのは、実際に経験して見ると子供の個性によって大きな差が出ると思う。人生の選択は大なり小なり「個性」によって変わるところが多いが、この年ぐらいの子供は能力というよりも、まずは生活態度(もっと言えば生き方)に差がありすぎる上に、親のコントロールがきかないので、しっかり子供の特徴を捉えることは重要だと、振り返って見ると思う。うちの子供はだいたいこんな感じ。

  • 体は非常に大きく、2歳半の時点で身長・体重ともに4歳児なみ。どこにいっても「大きいね」と言われる。
  • 性格は頑固、かつ自分の好みが明確にある。服も自分の好みのものしか着ないので、同じ服が何着もある。
  • 人の話をちゃんと聞いて答えたり親とは意思疎通が出来るが、「嫌なものは嫌」という性格なので、例えば知らない人に「お名前は?」と聞かれても答えないことが多い。
  • 一時保育などに行っても、他の子と一緒に遊ぶには好きではない。一緒にいられないというわけではなく、他の子がみんなでダンスをしている時も、横で見ている方が好き。
  • 基本的に家が大好き。知らない場所は大嫌いで、基本的に抱っこされている(重いので親の背中は常に痛い)。
  • 受験段階ではオムツは取れていなかった(便意はわかるらしいが、オムツを取りたくないという強い意志故) 

さすがに親で有る自分は常に一緒にいるので、もう少し外での経験を積んだりした方がよいな・・・というのは気づいていたのだが、知らない場所で知らない人といるのは頑なに拒否したので、結局習い事のようなことはほとんどせずに、入園考査シーズンに入ることになった。


● 幼稚園選びのステップ - 事前準備 - ●

幼稚園選びは、まずは自分の通える範囲内の幼稚園を調べるところからスタートするというのが一般的だと思う。この時に考慮すべきなのは「小学校お受験をさせたいのか」「幼稚園バスが有るか/無いか」「車での送り迎えが許されているか/いないか」の2点だ。バスがあれば楽だが、必ずしもバス停が家の近くを通っているわけでは無いのでルートを事前に調べる、幼稚園によっては車での送り迎えを認めていない、といった要素があるのでしっかり調べておくことが大切。我が家の場合は車もないし、お受験をさせる予定もない。3年間雨の日も含めて子供を通わせるわけで、この段階で無理をすると後々家族が辛くなることが目に見えることから、家の近くで私立2園、区立3園をピックアップした。 また、この時に"念のため"認可街保育園やインタースクールについても通える範囲のものをピックアップしておいた。結果的にこれがあとでものすごく役に立つことになる。


対象となる園をピックアップしたら、次は幼稚園の見学をする。幼稚園によって見学の機会は様々だが、例えば区立であれば月1回〜2回の未就園児向けイベントが開かれていることが多いし、電話を事前にすれば見学のための時間をとってくれるところもある。我が家の場合は、5月くらいから少しずつ活動を初めて、区立1つ、私立1つをそれぞれ見学に行った。もう1つの私立は見学会の時間が限られており、当日に電話をしたが暫く繋がらず、つながったと思ったら既に申し込みがいっぱいということで、その後の激戦を予感させる結果にたじろいだだけであった。

我が家はいわゆる街の保育サークルには参加していなかったので、幼稚園選びの情報を人から聞くということがほとんどできなかった。同じマンションに住んでいる人と立ち話をしたり、区内に住んでいる友人で既に子供が経験をしている人に話を聞くことはできたが、それで手に入る情報は限られているので、やはりここは現代人らしく・・ということでネット検索をしたのだが、これは全然役に立たなかった。というよりもむしろ闇が広がっている感があり嫌になった( のでこういうブログを書いている)。

ネットでは顔が見えないコミュニケーションなので悪口がエスカレートしやすい、とか嘘でたらめが広がりやすいとか、そういう色々なデメリットがあるというのは一般的な話だが、この幼稚園入園情報というのは「本当のところがよくわからない」が「親は必死になっている」ということで、そのデメリットばかりが強調されたような情報交換がなされていた。●●幼稚園は兄弟枠でほぼ一杯だ、とかxx幼稚園はほぼコネで決まっているので事前のコネづくりが重要だ、とか、たぶん実際にあっているところが多いのだろうけど、ちっとも取るべき手が見えなくて、ただ読んでも辛いだけだった。


● 幼稚園選びのステップ - 説明会参加 - ●

私立幼稚園は9月になると説明会を開くので、志望している2園は両方とも夫婦で参加したのだが、これもかなり精神的に疲れるイベントだった。説明会は定員を切ることはしないので希望すれば全員参加できたのだが、両園ともに多くて30人ちょっとの募集のところに200人以上が参加しており、まず競争率の高さにげんなりした。

その上、参加されているお母さんがほぼ99%揃いもそろって紺色のワンピースで参加しており、これも心を暗くさせた。みな本当に同じ格好をしており、そういった服装の方が一斉に会場に入ってきたり、立ったり座ったりするわけで、こういった光景を見るのは大学の入学式が最後だったような記憶がある。 もう一つ驚いたのがいくつかの家族はこれから入園となるお子さんも連れてきていたのだが、説明会の間ちゃんと席に座ることができているのである。我が家の場合には、まず「同じ服をきた大勢の大人がいる」という場に入ることすら嫌がるだろうし、たとえ入ったとしても何もしないで座っているのというのは5分程度しかもたないであろうことを考えると、驚異的だった。


説明会の内容自体は特別なものはなく、園の教育方針や送り迎えのあるなし、通常の園の教育終了後に習い事のようなものを提供している場合にはその説明などがなされる。こういった情報は願書を書く時に重要になるであろうとちゃんと話は聞いておいたし、実際に書く際の参考になったが、それぞれの幼稚園ですごい差があったわけではないように個人的には感じた。むしろ、説明会では実際の園に入ることができるので、設備を見ることが出来る数少ないチャンスであると捉えた方が良いと思う。

ちなみに、説明会の場でしか願書を配布しない幼稚園もあるので、要注意である。


● 幼稚園選びのステップ - 願書提出から面接まで- ●

説明会の参加が終わるといよいよ願書記入と提出の時期がすぐに迫ってくる。願書は一般的な内容の他に「どうしてこの幼稚園を志望するのか」とか「子供の教育で気をつけていることは何か」といったことを書かなければならないのだが、これまた大変に難しかった。本音を言ってしまえば「家から近い幼稚園」で「元気に育ってくれればいい」と思っているのだが、そういう書き方ではダメだろうと、それなりに教育方針やら説明会で聞いた園の良さを交えて願書を作成した。

IT業界にいる人間からするとまず願書はPCで作成したいのだが、配布された願書に手書きという形になっているので、複数枚コピーを取って練習してから本番を完成させた。手書きの書類など、中国でビザ申請をする時以来なのではないか・・・。また、願書はメールで行えばいいと思うのだが、願書提出時に面接の順番を決めるというオペレーションを行なっているところがほとんどだったので、願書は手持ちで提出する必要がある。


「願書提出は早い方が熱意を示すことが出来るので有利」というような噂はネットではよく言われることで、実際のところはどうだったのかよくわからないが、確かに願書を出すために1時間以上前から並んでいる人はたくさんいた。港区では私立幼稚園の面接がほぼ同じ日(だいたい11月1日〜3日)に行われるので、複数の園を受けるためには面接時間が被らないようにしなければならない。並んでいる人の中には夫婦で手分けして願書を提出しており、時間が被らないように列の順番を入れ替えるようなことをしていた。我が家の場合も2園受ける予定でいたので、最初に願書を出すところは早めの日程になるように、30分ほど願書の列に並んだ。最初の方の方々は代行を頼む・・・ということをしていたようである。


願書を出すと面接日程の時間をもらえるので、あとはその時間に園に行くだけである。 面接では子供もいわゆる「面接用のお服」を着て行くことがほとんどであろうが、我が家に関していうと子供が強硬に反対したために普段着で参加した。見た限り普段着で参加したのはうちだけだった・・・。また面接では名前がわかるように名札を胸につけるのだが、これも強硬に嫌がったために、隙を見て背中に貼り付けるということをした。この段階で、明らかに一人だけ浮いている。

1園目の面接は、まず子供と親が別々の部屋に入り子供の遊びを見て、その後に園長と親が面接をするというものだった。子供と親が別々になるというところで泣く子もいたのだが、うちの場合は奇跡的にそこは泣かずに遊ぶことができた。別々になっているので何をしているかはわからないのだが、親としては泣かなかっただけでも良しとしたい気分である。 園長との面接ではまず出した願書を読んで質疑応答があるとのことだったが、質問は一つしかなく終了した。ネットではほとんどコネで決まると言われている園であり、また面接で何をみているかさっぱりわからないといわれている園だったのだが、まさしく同じ状況に出会い、受かろうが落ちようが運次第だけど、たぶん落ちただろうと気持ちを切り替えた。

2園目の面接は、親子が体育館に集まり書類を記入し、その後まず子供だけで能力を見るということだった。こちらの場合は子供が早々と大泣きしたため考査をする部屋に呼ばれてみることができたのだったが、例えばりんごの絵を見せて名前を言わせるとか、園の部屋内に簡単なアスレチックみたいなものを作りそれがどれだけ出来るかを見るというものだった。説明会では「日頃の様子を観察します」と書いてあったのに全然違うじゃないか・・と思ったのだが、まあ、幼稚園業界というのはそういうものなのかもしれない。 うちの子供の場合、部屋の雰囲気と先生の雰囲気がとにかく嫌だったらしく(これは家に帰って来て一緒にお風呂に入って聞き出した)大泣きしていたため、考査らしきものは何もできず終了。考査の部屋で大泣きする我が子を抱っこして絶望的な気持ちになったものである。あれだけ願書の準備とかしたのに・・・・。


園の合格発表は翌週に速達で届きます・・と言われていたのだが、この段階で1000%受かることはないということを確信できたので、迅速に行動を始める必要があるということを決心して、家に帰って早速次の行動を開始することにした。 長くなったので、園決定までの活動についてはまた次回へ。。。。

2017年12月26日 (火)

久しぶりに上海に行ってきた(弾丸で一泊二日)

先週の週末、友人が経営している会社のご好意で上海に弾丸で行ってきた。前回はCEIBSの同期の結婚式に参加するために2年半ぐらい前に行ってきたので、それ以来の上海である。日本にいると「中国すげぇ」という話を聞くので、本当は色々街歩きはしたかったのだが、今回はお呼ばれでスケジュールがバッチリ決まっていたため、全く自由な時間を持つことができなかった。というか、宿泊先すらも自分で選んでいないので、上海に5年半も住んでいたのに、始めてホテルオークラ(花園飯店)に宿泊をしてきた。

今回は「中国でデジタルがどのくらい世の中を変えているのか?」を見る研修に参加させていただく・・・という名目でお邪魔してきたのだったが、まず最初に感想だけ言ってしまうと、自分がいた時と比べて段違いに変わったな〜ということを「一泊二日しただけでは」体感をすることができなかった。まあ、"社会を変えている"というのであれば、やっぱり自分がその構成要素にならないといけないということだ。以下は今回見てきたことの簡単なまとめ。


WeChatを使った支払い

これは日本でもよく言われているので、とりあえず銀行口座を持っていない自分は現地駐在の人から送ってもらったのだったが、結局良い使い道を体験することがなく・・・・。店での利用に関して言うと日本国内にいればNFCを使った(Suicaとかね)支払いをしていて、それと変わらないよね・・・というのが、(繰り返すが)一泊二日での感想になってしまう。

WeChatが世の中を変えることの本質というのは、芝麻信用が”使えない"人間からすると、例えばC2C決済が格段にしやすくなる(とはいえ、これはAliPayもある)ということと、リアル店舗での決済に人が関わらなくてよいということにあるのだけど、これは上海レベルだと自動販売機で使えますぐらいの使い方がまだ提案されていなくて、本領が発揮されていない感じがした。後述するAlipayを使ったスマホで決済できる「盆馬鮮生」なんかも、今の所は"決済がスマホonlyになる"ということで自動化の本領が発揮されていない感じがした。


Alipayを使った盒马鲜生

これも日本では話題になっていた「現金を使わない(というより使えない)」スーパーマーケット。Alipayというと、自分たちの世代にはAlibabaで買い物をする時に使う一種の仮想通貨という感じだったが、今回行った上海ではすっかりリアルな決済でも使えるようになっていた。この決済がリアルになった・・・ということ自体には対して興奮をしなかったのだけど、盒马にはかなり興奮させられた。多分他にいた人とは興奮のポイントが大きく違ったと思うのだけど・・・Img_6939_4

僕が興奮したのは、顔認証による支払いではなく、お届けをするために忙しく店内を歩き回る店員でもなく、単純に「スーパーマーケットがすごく綺麗になっている」ことだった。自分が上海にいた2007年〜2013年というのは確かにみんなの生活がどんどんよくなっていった時代ではあったのだけど、スーパーマーケットで一番存在感があるのは依然としてカルフール(家楽福)だった。中国のカルフールというのは一般的な日本人からみるとでかく雑という感じで、少しずつおしゃれになった店舗が増えているとはいえ、依然として中国のスーパーは大きなカートに大量のものを積み込んで買うという感じだったのだ。

ところが、今回視察に行った盒马は一点一点のレイアウトもこじんまりとしており、店内を大きなカートを押している人など誰もいなかった。もちろんたまたま自分が行った店舗がそうだっただけかもしれないし、あるいは時間的にそういった時間なだけだったかもしれないけど、こういった店舗が上海に出来たということのほうが、自分にとってはずっと驚きだったのである。

シェアサイクル

大量生産・大量死で日本でもよく取り上げられているシェアサイクルについては、そもそもが今回の旅行で移動している半径が極めて狭かったせいか、あるいは整理のよくされた通りにいたせいか(淮海路や南京路)、よくネットで話題になるような溢れるほど道路にあって邪魔しているような光景をみることが出来なかった。道路の端っこに整列されているのは見ることが出来たのだが、それだと東京でNTT Docomoが提供しているシェアサイクルとあんまり変わらない気もするのだった(僕はヘビーユーザーで、この頃はすっかり電車にのる回数が減った)。

少なくとも上海に限っていえば、地下鉄の一駅間が日本よりも全然広いのでこういったサービスはとても便利だと思うけど、だからと言ってそれをすぐに日本に持って来ればいいわけではなく、なんというかシェアサイクルがイノベーションなのかと言われると、まあそうかもしれないね、ぐらいにしか思えないのであった。


タクシー配車アプリ

これも、自分が上海にいた時に比べて明らかに、明らかに(声を大にして!!!)便利になったところだと思う。長く上海に住んでいると、どの通りはタクシーがよく通り、どこならば捕まえやすい・・といった情報が頭の中に入っているものだったが、そういった情報を持たなくてもタクシーを、しかも明らかに正規のタクシーより綺麗な車を、捕まえることが出来るというのはよかった。


今回の旅行で思ったことを最後に3つ

最後に今回の旅行で思ったことを3つばかり、まとめておこう。

1つは中国というのは「人間の使い方」について実に不思議な発展をしている国だということだ。WeChat Payにせよ、シェアサイクルにせよ、デジタルを使うことによる一番のメリットというのは、人間がこれまで作業をしてきたような無駄なことを大幅にカットして自動化することが出来るということにある。これは何も中国だけでなく、全ての国でITというのは人間のそういった負を取り除いて生産性を向上させることに使われている。 中国は様々な理由によりこの「負」を解消することが出来る幅が大きいので、それだけITが出来ることが多いのだけど、一方でその解決をするために膨大な量の人員が投入されている・・・というか、その安い人員が前提となってサービスが設計されている。例えばシェアサイクルは有り余るお金が運営企業に流れ込み、その資金を惜しみなく使い自転車を準備するのだが、その整理をするのは人間である。ITによって「生産性が上がる」人と「流れてくる金で生きる」というコントラストが世界一見える国は中国なんだろう。


2つめは、中国すげぇ論ってやっぱり馬鹿馬鹿しいなということである。こう言い切ってしまうと中国すごくないのか、という反応が来るかもしれないけど、そうではなくて、単純に「中国すごい」と言ってるだけでは意味がないだろうということを、改めて感じたということだ。ちょっと前は、日本にはなぜシリコンバレーがないのか・・?みたいな記事があって、今は中国すごいみたいな記事があるという感じで、歴史的・文化的・経済的なコンテクストなしにそういった議論をする人間が増えたのか、あるいは旬だからそういう人間が寄ってきているのかわからないが、今回自分で見に行ってみて、単純な「中国すげぇ論」はとりあえず遠くから冷たく見守ろうという気になったのだった。Img_6943_4


そして最後に、それでも上海は自分にエネルギーをくれる場所だな〜と改めて感じた。全く自由時間のなかった中で、夕食に行った外灘の懐かしさと美しさに、あらためて中国で過ごした日々が今の自分の基盤になっていると感じた。

2017年12月15日 (金)

港区の幼稚園事情(1)

2017年後半の最大のトピック、かつ最大のストレスは迷うことなく息子の幼稚園選びだった。「選び」というとまるでこちらが自由に選べるように聞こえるが実際はそんなことはなく、「なんとか年少(3歳児クラス)で行けるところを見つけなければならない・・・という使命感で右往左往したという感がある。
世の中には「幼稚園浪人」なる、「3歳になったけど行くところがない子供を指す」言葉があり、おそらくほとんどの地域においては全く縁のない言葉だと思うのだが、我が家においては極めて現実的な出来事だった。やはり一人の親としては何とか子供に行き先をみつけてあげたいという気持ちがあり、神経をすり減らしつつも無事になんとか乗り切ることができたので、今後誰かの役に立つかもしれないので、今回の活動と考えたことを残しておこうと思う。

住んでいるところがかなり特定できてしまうので本当は区までは公開したくなかったのだが、WEBで調べると魑魅魍魎な情報ばかりで心が暗くなること間違いないので、何かのお役に立てるのであれば・・・ということで、区名までは公開することにした。


● 港区の状況 ●


東京都港区は雑誌なんかで面白おかしくとりあげられたりするセレブな街である・・・と思われていて、実際にそういうところもなくはないのだが(なんせ区内に六本木やら麻布があったりするわけで・・・)、いわゆる湾岸部にはかなりの数のタワーマンションがボコボコ建てられている人口増加区である。タワーマンションがたつとだいたい数100世帯が一気に地域に増えるのだが、この中にはかなりの数の「乳幼児を持つ家族」が含まれる。実際に住んでみると、確かに家賃は安くはないのだが馬鹿高い一部の物件を除けば、東京都内に住む共働き夫婦であれば十分に払えるレベルであり、周りに子供が多いと子供向けの施設が増えていくので、より子供が増える・・・というサイクルが回り始めて、子供がドンドン増えている。


共働きの夫婦に子供ができた場合には、どちらかが会社をやめない限りは保育園という選択肢を取ることが一般的なので、港区では保育園もドンドン増えている。ただ、いわゆる「待機児童」問題は港区にもあるため、港区は独自で"保育室"という制度を作って、就業している夫婦の子供を受け入れる体制を整えようとしている(※1)。

一方で、幼稚園というのはだいたいにおいて9:00〜14:00(5時間)を基本としているので、こちらに子供を通わせたいと思うのは専業主婦家庭か、自営業、あるいはどちらかが自宅勤務をしている家族になる、というのが一般的なところなのだが、港区の場合には「小学校受験への準備」のために通わせたいと思っている家庭もそれなりにいる。幼稚園のHPをみるとわかるが、かなりはっきりと「お受験準備」をうたっている幼稚園もあり、こういったニーズにより「2歳までは保育園 → 3歳から幼稚園」というルートもある。


さらに港区の場合、隣の品川区からの流入もある。品川区は区立幼稚園が全て2年保育のため、3年保育を考える家庭は区をまたいで応募をするということがよくあるとのことである(※2


こういった「子供が増えて、かつそれぞれの家庭の事情により保育園ではなく幼稚園を選択したい」という世帯が増える一方(需要が増える一方)、幼稚園の供給はそれほど増えない。
まず幼稚園は保育園より設置基準が厳しいため、土地がただでさえ少ない都心ではそれほど増やしようがないという事情がある。保育園であれば、例えば都内では認可保育園・認証保育園・認可外保育園という区分けにより、経済合理性を一定レベル追求しても合理的に増やすことができるだろうが、よう恵鎮の場合にはそういった機動的に数を増やすことが難しい。
また、保育園の増加というのは政治的な議論によるものが大きいが、幼稚園の増加というのが政治的な議論になっているというのはほとんど聞いたことがない。港区の場合、清家あいという区議会議員の方がかなり積極的に活動しているとのことだが、行政の積極的な介入対象となるのはどうしても区立幼稚園のみなので、なかなか枠が増えていかないというのが現状のようだ。


この需要と供給のアンバランスにより、まず区立幼稚園の3年保育は毎年抽選を行う幼稚園が発生している。2016年までは、「区立全体の定員」と「区立全体の入園希望者」はほぼバランスが取れているものだったが、これはあくまで全体の話なので、個々の通園可能な幼稚園を見てみると、どうしても区立に入れない子供も出てくる(※3)。
だいたいの親は子供がどこにも行けないということは避けたいと思うものなので、自分の通える範囲内の区立幼稚園が抽選になりそうだと思うと、通える範囲の私立幼稚園にも応募する。高校・大学受験と同じように、どうせ受験するなら数園と考える親が多いので、結果として私立幼稚園の倍率は凄まじいことになる。

・・・ここまでが、港区の幼稚園事情である。


● 取りうる選択肢 ●

今まで、区立幼稚園とか私立幼稚園という言葉を書いてきたが、保育園に行っていない3歳児を持つ家庭が取りうる選択肢というのは以下のようなものがある。

  • 区立幼稚園・・・文字通り港区が運営している幼稚園。3年保育を行っている幼稚園と2年保育のみの幼稚園が混在している。上述したように、毎年多数の3年保育を行う幼稚園で抽選が行われる。区立幼稚園は私立幼稚園の入園試験が全て終わった後に行われるので、区立一本で行こうとすると、抽選落選 → 幼稚園浪人という恐怖を親が持つことになる。

  • 私立幼稚園・・・お受験向けから街の幼稚園まで様々であるが、学校法人が運営している私立幼稚園。区の条例だったか、もう幸せだったかは忘れたが、全ての私立幼稚園が同じ週に試験を行うので、あまり多くの幼稚園を受験することはできない。できる限り多くの幼稚園を受験したい家庭は、並ぶ順番などを工夫して、試験日が重ならないようにしている。

  • 認可外保育園・・・港区には多くの認可外保育園があり、特色ある保育(教育)サービスを提供している。認可・認証保育園であれば両親ともに働いていることが求められるのだが、認可外保育園であればそういった基準はないので、幼稚園にもともと入れる予定だった家庭がこちらを選択することもできる。保育園なので0歳〜2歳から持ち上がってくる子供がいるが、保育園 → 幼稚園ルートを選ぶ家庭が必ずあるので、4月からは枠が開くというところが多い。ただし、幼稚園に比べると桁違いに高い。家賃が2倍になりまして・・・みたいな感覚になるところもある。

  • インターナショナル・・・法的には認可外保育園となっているところとそうでないところがあるが、いわゆる「英語の幼稚園」。バイリンガルと、完全な英語という2パターンがあるが、いずれにしても英語教育が行われているところが共通点。多くの場合は、保育園のように3歳以前の幼児も対象としている。親が英語が全くわからないと、大変辛い目にあいそうである。ここも幼稚園に比べると桁違いに高い。

  • 認可・認証保育園・・・厳密に言うと条件から外れてしまうが、認可・認証保育園も対象となる。ただし、2号認定を受けないといけないので、これまではどちらかが働いていなかった家庭は、共働きにしなければならない。パートでも認定対象になるということだが、いずれにしても家庭生活が大きく変わってしまうことは避けられない。こちらも3歳からは枠が空いているところが多い。我が家も一時これを検討した。

  • 塾や習い事・・・上記で分類できないような、「塾・習い事」を提供している企業も多く存在している。ただ、毎日というわけにはいかないので、こちらの選択肢を選ぶ場合には複数の場所を掛け持ちすることが多いようだ。


書き出してみると結構多いのだが、大体の場合においては当初は「区立」か「私立」かの二択になるのではないだろうか。我が家もそうだったが、認可外保育園やインターは必要とされる金額が全然違うし、共働きを行うというのは結構大きな選択肢である。そもそも働きたくても様々な制約により働けない人もいる。


一方で、区立か私立か・・という選択肢しか頭にないと、私立に落ちた時に一気に追い詰められることになるので、実はいろいろ選択肢があるのだよ・・ということを知っておくのは良いと思う。


こういった環境下で我が家も幼稚園選びのシーズンを迎えたのである(以下続く)。

※1・・・これは上述の通り、子持ち世帯の人口が増え続けているということが要因として多いらしい。
※2・・・区立幼稚園は港区在住が条件であるが、私立幼稚園はその限りではない。
※3・・・港区にはお台場も含まれていて、お台場にある区立幼稚園はだいたい定員に満たないことが多いが、他の地域から通うのはかなり大変。

2017年12月 1日 (金)

Blogのタイトルを変えてみた

毎回、書く書く詐欺みたいになっていて半ば(というかほぼ100%)放置状態になっていたこの本家Blogだが、やっぱりそろそろ書きたい気持ちが盛り上がってきたということで、気分一新のためにタイトルを変更してみた。これまでは"Outsider's eye after CEIBS"というタイトルで、どちらかというと「中国を外から見てみます」というつもりでいたのだが、現実は会社の仕事やら育児やらで全く中国のことをウォッチし続ける余裕などなし(だいたい気持ち的には3:7で家事が多い)。また、中国もいた頃(2007年〜2013年)とはすっかり様変わりしてしまったところもあり、今更外からウダウダいうことにあんまり意味があるとは思えない気がしてきた。

一方で、帰国してからの約5年間はそれなりに努力したこともあり、これからもそういう気持ちだけでは持っていたいと思うようにもなったので、タイトルをシンプルにEndeavor after CEIBSに変更してみた。CEIBSを入れておくのは、未だにこのBlogを読んで情報収集しましたと言ってくれる人がいるので、そういう方に見つけてもらいやすくするため。CEIBSの情報って日本語だとほとんどないしね。さすがに5年前なので、かなり古くなってしまっているけど、それでも雰囲気は感じてもらえるのかもしれない。

ちなみに、さっき書いた「努力」だが、気分的には子育て+家族:仕事でいうと、9:1ぐらい。仕事では、頑張ったことがあったかなぁ・・・という感覚である。もちろん個々の瞬間では頑張っている時もあるけど、全体でみるとダラダラ進んでしまったな〜と感じている。そろそろ職場は替え時なのかもしれない。まあ、5年近くも働くとそれなりにしがらみも増えてきて、フラッと会社を変えるというわけにはいかないんだけど。


ただ、ここ1年ほどは仕事でかなりtechyな内容に触れることができていて、これはこれで学生時代に戻ったようで、純粋に知的好奇心からかなり楽しむことができている。基本的に取り組んでいるのはCloudとAIなんだけど、この領域は随分進んだようで、実は世の中に「本来は与えることが出来る」レベルからすると、まだ始まってもいないレベルであるということが感覚としてわかってきた。こういう領域に仕事人生残り半分(ではないが・・・)になったところで触れられるのは、とてもありがたいことだと思う。

ということで、タイトルが変わったblogでは中国にかかわらず、自分が努力して時間を使っていること、それこそ不妊治療や子育てみたいなこともドンドン書いていこうと思う。ちなみに、時間が出来てきたのでエンターテイメントを楽しむ余裕もあり、そこの備忘録はこちらにとることにした。こちらはまだ記事が少ないので、ひっそりとやっていこうと思っている。

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