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2009年10月18日 (日)

索尼(SONY)の存在感

上海は世界中の電化製品が手に入る街だ。もちろんアジアにあるという地域性はあるが、巨大マーケットを求めて世界中のメジャープレーヤーが進出してきているので、だいたいのメーカーのものは手に入るし、その上中国ローカルの面白デバイスも手に入る。

そんな中で日系企業はどうか・・というと、それぞれの領域でそれなりにがんばっている。根が広告屋なので、どうしても広告という観点から見てしまうのだが、松下はテレビ(VIERA)でバスラッピングをしてがんばっているし、TOSHIBAは李冰冰をメインとしてPCの広告を地下鉄で展開している。
佳能(Canon)はIXUSが好調だし、夏普(Sharp)は携帯やテレビで気を吐いている。

正直いろいろな問題は山積みではあるとおもうのだが、それでも結構日本企業は上海でも存在感は発揮できているのである。しかし、ここでなかなか名前が出てこない企業が一社だけある。それが索尼(SONY)だ。勘違いしていただきたくないのだが、SONY自体の知名度は中国でもすさまじく高い。また製品に対する憧れのような気持ちもそうとうに中国人は持っている。ただ、なんと言うかSONYといえば「これ!」といえるようなConsumer向けの商品がなかなか展開できていない・・というのが現状である。

現状でSONY製品で一番の知名度といえばダントツでPSPだろう。日本ではDSに押されてしまっているが、中国では機能面がニーズとマッチしていることもあり多くの人が保有している。それでも、やはり元気がないという印象は否めない。


SONYが現状で苦境に陥っているのはIR情報を見ても明らかだ。2009年の決算発表では過去最大の赤字を計上している。そして、NET上でも多くの人がその原因として出井時代の戦略ミスをあげている(ちなみにWikipediaの書きっぷりも珍しく揶揄するような表現になっている)。

経営者はその業績で評価されるべきであるので、出井さんの評価が低いのはしかたがないことだと思う。ただ、ここ一ヶ月ぐらいで関係する二つの記事を見ると、Wikipediaにかかれるような「ソニーの経営戦略をものづくりからコンテンツ重視に転換したことでソニー凋落の原因を作った」単純に物事を切り分けることができないのではないかとと思う。

「まず先に、第2ソニー、第2トヨタ、第2東京を作った方が良いよ」  出井伸之氏に聞く(後編)「もはやニッポンはモノづくりでは勝てない」(NB Online)
ソニー新体制の正念場、大物OBが檄文で憂う(東洋経済)

この二つの対照的な記事を並べてまず思うのは、出井さんのソフトへの傾倒ぶりと、それを理解することが出来なかった(あるは理解した上で対立していた)SONY社内の対比である。

出井さんはSONY退職後自分でコンサルタント会社「クオンタムリープ」をつくり、個人的にはこれで一丁上がりになるかと思いきや、先日吉本興業を実質的に買収して話題を提供したばかりだ。報道をみても感じるのだが、つくづくソフトが好きなんだと思う。

一方で、東洋経済の記事はすっごい単純化してしまうと「昔のSONYのものづくりはよかった」
ということである(記事中には6000文字とあるので、そんなに単純化できないとは思うのだが)。中国のように世界中のメーカーの製品を見ることが出来、かつ変なサービスが次から次へとでてくるものを見ていると、過去にもどればいいってものではないと思うのだけど、まだまだ日本ではそういうものづくりの意見が強いのだろうか・・・。


僕は個人的には出井さんという人間は、ものすごくExcellentな経営者であったに違いない・・と思っている。もちろんあったことはないのだけど。Excellentというか「経営者であることに対して自覚的」である日本でも数少ない経営者ではないかと思うのだ。

随分昔になってしまうけど出井さんがSONYをやめた後に書いた迷いと決断 (新潮新書)
を読んだことがある。

迷いと決断

この中で繰り返し語られているのが、創業者とその後継者にあって自分にないカリスマについてと、いかに会社という有機体を変革するのか・・という話である。よく知られているように出井さんが社長になる際には前任者が「消去法で選んだ」という発言をしたことにも見られるように、出井さんは創業者とその取り巻きへの強烈なコンプレックスに悩まされることになる。その自分への問題意識と会社への問題意識が==の関係になり、会社の統治機構を変えていこうという話になるのだが、結果としては既に明らかなように道半ばで退任せざるを得なくなる。その後、一時はPlayStationを作り上げた久多良木さんの退場などもあり、最終的に現状のストリンガー体制となったのだ。


今回の東洋経済の記事を見てもあらためて感じるのは、SONYの中にある、というか今もあると思われている路線対立と、OBが口を出してしまうという悪弊が残っているということだ。まさしく、それこそが出井さんの変えたかったもののはずなのだが、その変革自体も道半ばで終わってしまったということなのだろうか。

今はSONY時代の発言をしないのでなんともいえないが、出井さんは「ソフトへの戦略」をとりたかったのではなくそれを旗印にSONY自体を作り直したかったのではないかと思う。そう考えると今回の「第二のトヨタ」という発言もしっくり来る。出井さんにもしあと5年あったら結果は変わっていたのか・・・とも思うが、一方で与えられた期間で変革を起こすのがリーダーだとしたら、それが出来ないと判断された時点での変更もやむをえないという気もする。この辺はまだ僕には判断できないでいある。

ただ、同じNBOnlineで掲載されていたGEの記事と比較すると、「企業文化の違い」というか「企業の懐」というか、そういうものがどれだけ経営に影響を与えるかということを考えられずにはいられない。あのウェルチだってGEを変革するのに10年もかかったというのであるから、やはり大きければ大きいほど時が必要になるのかもしれない。ここら辺もまだ若い僕にはよくわからないでいる。


話がいろいろ飛びすぎてしまったので上海でのSONYという話に戻ろう。
中国でSONYの存在感がない・・というのは、まさしく現在の戦略(ソフト重視)の結果にほかならない。インターネットという巨大な情報流通ネットワークですら国家が監視するこの国では、ソフトとハードの融合によるビジネスというのは非常に展開がしづらい。

さらに言えば、中国企業はその統治形態からも想像以上にスピードが速く、すぐに戦略自体も模倣してくる。NETには百度があるように、携帯アプリに関しても中国移動(チャイナモバイル)もOphoneプラットフォームを開発し、まずは既存ユーザーを抑えにかかっている。先日のエントリーでも触れたようにNETゲームも外資規制を導入し、自国産業の育成を図っている。


こんな中で中国で存在感を発揮しようとすれば、やはり(個人的には)悔しいかな「ものづくり」というか「ブランド」のマネタイズに注力をするしかにように思う。ソフトの流通という「パイプ」への参入が難しい以上、既に確固たるものとなっているブランドを利用してまずは「モノ」を売るということを考えたほうがよいように、個人的には考えている。

長期的にはSONYの方向性というのは間違えていないようには思うのだけれど、一方で規制が強い新興市場を狙うのであればソフトではなくハードにふったほうがよいというも明らか。マーケットの変化にあわせて柔軟にビジネスモデルを変化させていけるかが、この中国を制するためには必要なこと。それが実現されるかどうかは、まさしく「イエスマンばかりいる」のかどうかが、鍵になる・・・のではないかな。。

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