CEIBS教授が語る「中国経済の5つの迷信」
少し古い記事になってしまうのだが、ウォール・ストリート・ジャーナルに、僕が行くB-schoolであるCEIBSの教授のコメントが取り上げられていたので、今日はそれを紹介したい。短い記事なので、説明が足りない所が多いのだけど「中国のビジネススクール」にいる立場としての意見で、非常に面白いと感じた。
記事のタイトルは「Five Myths About Business in China」(中国ビジネス,5つの神話)インタビューを受けたのはJohn Quelch教授である。
■ John Quelch 教授について ■
John Quelch教授はLondon Business School(LBS)でDean(学部長)を務めた後、ハーバードで中国ビジネスに関する研究を行い、現在は僕が在籍しているCEIBSで教鞭を振るっている。専門はグローバル(特に新興国)マーケティングで中国市場に関する様々な研究も行っている。今年は学内の教育委員会の委員長にも就任しMBAコースの売りでもある「中国国内のマーケティング」を担当されていることもあり、CEIBSの教授の中でもスター教授の一人であると思う(教育における貢献によりCBEも受けている、School HP上のプロフィールはこちらを参照)
今のところ必修授業の担当教授としては名前が掲載されていなかったので、1年目後半以降から選択可能な授業のどれかを担当していると思われる。僕もタイミングが合えばぜひ授業を受講したいと思っている。
■ 記事のサマリー ■
この記事では中国に関する「5つの神話(迷信)」についてQuelch教授が反対の意見を述べるという形で構成されている。以下はそれぞれの5つについて簡単にまとめたものである※1。
1. Chinese consumers don’t consume( 中国の消費者は消費をしない)
基本的にバカげた意見である。中国の人口はアメリカの4倍であるがGDPに占める個人消費の割合は全体の1/3でありまだ中国においては90%以上が年5000ドル以下で暮らしている。つまり、まだ個人の消費拡大余地は非常に大きい。その利用としては社会保障は未成熟であることがあげられる。。一人っ子政策により家族のサポートを受けるという老後の保証もできないこともある。しかしながらこの問題に関しては中国政府は社会保障整備のための投資を行っている。これがうまくいけば、より消費は活発になるだろう。
2. Chinese consumers aren’t social(中国の消費者はソーシャルではない)
中国社会は競争が激しく、流動性が高い。そこでは、個人ブランドや関係性(socialな関係性)が重要になる。またある調査によれば、SNSなどのソーシャルメディアは週当たり平均で5.6時間利用され、 54%が毎日利用している。実際の消費活動でもタオバオでの見知らぬ人通しの交渉や、Flash marketingも進んでいる。
3. Chinese can imitate but can’t innovate(中国は真似は出来るが、創造はできない)
中国は現実と世界の工場として欧米企業への輸出を行う一方、製品コントロールが聞いていない所では模倣が行われているのは事実である。低労働作業は賃金上昇により内陸部やベトナムやインドネシアなどの他のアジアに移っており、中国企業はサービス産業に適応する必要があり、それはうまくいくと考えている。
中国企業がサービス産業に適応すると考える理由は3つある
- 中国企業の製造管理レベルは上がっており、多くの機会を柔軟にとらえることが出来ている。
- 中国企業はマージン拡大のために、オリジナルのブランドを構築し、研究開発に投資をしている。例として太陽電池とBYDが取り上げられている。
- 博士号取得者の増加と華僑の帰国
4. Chinese managers won’t go global(中国のマネージャーは国際的になれないだろう)
世界経済はグローバル化しており、中国人マネージャーは英語の重要性を理解している。中国人は文化的な面において、グローバル化が進まない日本経済よりも、遥かにオープンでで直接的である。また海外企業の買収を進めることで、海外企業を運営する経験も増えている。さらに言えば欧米企業(Fortune500)でも、アジアにおけるキャリアがより重要になるであろう。
5. Chinese students are passive(中国の学生は受動的である)
「上海の学生の理科系の点数は高い」というのは、しばしば欧米では、中国の教育システムが多大なプレッシャーを与えている結果であると誤解されている。しかし現在の社会ではcreativeであるためにはまず基礎が必要であり、中国の家庭では教育が非常に重要視されているのである。
また、10%近い成長が続いている経済状況では、勉強のために時間を割くことによる機会損失は大きい。それゆえに少なくともCEIBSでは学生は非常に他のビジネススクールと同じように授業に積極的に参加している。
■ 僕の意見 ■
インタビューを見ていただくとわかる通り、全体として非常に前向きなトーンで中国経済を語っている。もちろん、自分が所属しているschoolがメインとしているマーケット(すなわち中国)を悪く言う意味はないので、これは100%そのまま受け取ることはできない。
1. Chinese consumers don’t consume( 中国の消費者は消費をしない) :
中国のように人口が巨大な国家では消費は「割合(%)」ではなく、「量」で測るべきであると考えるので「消費はしない」というのは確かに誤りであると思う(シェアを取る必要がないということではなく、成長マーケットではまずマーケットに参入し売り上げ確保をするほうがよいということ)。
しかしながら、文中にあるような公的な老後の保障や、全国民にいきわたるような健康保険制度が実現するにはまだまだ多くの財政的・政治的・行政的な課題が山積みである。個人的には全国レベルの公的な皆保険制度ではなく、むしろ地域単位でビジネスも絡めたの相互補助的な保険制度のほうが実現可能性が高いと思う。
(詳しい制度設計のアイデアはまだないので、just ideaなのだが・・・)
2. Chinese consumers aren’t social(中国の消費者はソーシャルではない):
この意見に関しては教授の意見の通りだと思う。中国においては個人的なつながりである「关系」が非常に重要である。またチャットツールやBBSが本当に盛んに利用されており、口コミ効果は非常に重要である。
3. Chinese can imitate but can’t innovate(中国は真似は出来るが、創造はできない):
現在まさしく日中間でも話題になっているテーマ(高速鉄道)も思いだされるような話題であるが、個人的には中国企業のinnovationの能力はまだまだ低いと考えている。もちろん今後は向上していくだろうが、人口が多く国土が広大なので「山は高く底辺も低い」という感じで向上は進んでいくだろうと想定している。
一点だけ気を付けるべきなのは、マスコミの報道の多くは平均値かそれ以下を取り上げるが、中国においてはinnovationというのは必ずしも平均値だけでなく山の高さが重要だということである。まだまだ「マネをすること」が堂々と行われていることの正の側面(皮肉ではない)として、「いいものがいったん出ると一気にマーケットに浸透する」ということがあげられる。少数のイノベーターがマーケットを一気に変える可能性があるのが、中国マーケットなのだ。
4. Chinese managers won’t go global(中国のマネージャーは国際的になれないだろう)
なぜか日本企業が対象として言及されているのだが・・・この問題に関しては、中国企業の実態についてはあまりにサンプル例が少ないので判断は保留したい。しかし、韓国最強の企業であるサムスンを見てみると、なかなかアジアの企業の中で欧米人がコアマネージメント層になるのは難しいのではないかと考えているのだが・・・。
(中国には華僑の存在があるので、その点は前提が異なることは押さえておきたい)
5. Chinese students are passive(中国の学生は受動的である):
この質問については、質問に対して正面からは回
答をしていないと感じる。「基礎をしっかり理解していること」と「家庭の教育熱が高いこと」と個々の学生が積極的であることは論理的には繋がらない。
また、そもそも質問自体が多少曖昧で「passive」であることの反対語が「creative」である明確にされてない(文中からはcreativeが反対語であるように使われている)。仮にcreativeが反対語であるとすると、確かに新しいことを生み出すためにはこれまでの知見をしっかりと押さえておく必要があるのだが、そのことで必要十分条件を満たしているわけではない。
■ どこに焦点を当てるか ■
自分も含めて中国のビジネススクールで学ぶ意味というのは、中国市場を理解し、どのようにすればよりビジネスをうまく行うことができるかを理解することだ。そのため、どうしても焦点を「うまくいっている」企業に当てざるを得ない※2。そのため、一般的な認識のもととなる「平均的な」企業に対するものとは異なる分析結果がかたられることもある。また、CEIBSという中国を代表するビジネススクールとしては、中国マーケットの魅力をよりアピールし、結果としてCEIBSのプレゼンスをあげたいという気持ちも当然ある。
しかし、全てがポジショントークであると理解するのも誤りだ。なぜなら、現在の経済は平均値よりも、優れている部分がどれだけ優れているかが重要であり、中国においては優れたコンテンツはすぐに模倣されることにより、全体の進歩が想像よりも早く進んでいくからだ。
この記事に限らず大切なのは筆者がどのような部分にフォーカスを当てて語っているのかを正しく理解することである。内容をいたずらに盲信したり、逆に強烈に反対するのではなくある一部分について記述されたことをそれぞれつなぎ合わせていくことが、この地理的経済的に変化が大きい中国を理解するキーになると考えている。
※1・・・直訳ではなく、各項目の内容を再構成している。誤訳があった場合にはご連絡いただけるとありがたいです。
※2・・・失敗例の分析から、どうすれば失敗をせずに済むかという研究もあるので先端例のみを取り上げているわけではないということは記しておく。
« スタートを前にして、上級生からのアドバイス | トップページ | 近況報告:嵐の前の静けさを楽しむ一週間 »
「経済・政治・国際」カテゴリの記事
- (勉強内容備忘録): Next 教科書シリーズ 国際関係論[第3版] 第II編 国際関係の現状分析(2024.05.09)
- Amazonの人事政策と自らの仕事を結びつける「構成の巧さ」: (書評)テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法 (その2)(2024.05.07)
- 結局は人間関係こそが命になる: (書評)テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法 (その1)(2024.05.05)
- (勉強内容備忘録): Next 教科書シリーズ 国際関係論[第3版] 第I編 序論と歴史分析(2024.04.15)
- 勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第11章(貨幣システム)(2024.03.14)
「MBA」カテゴリの記事
- CEIBSが今年のFT MBA ranking5位に(2019.03.06)
- CEIBSが提供する1+1 lecture Tokyoに行って来た(2019.03.04)
- MBA留学時の借金返済完了(2018.01.29)
- このごろ何勉強してるの?と聞かれて(2017.06.11)
- [書評]対中とか反日とかワンワードではない中国 -「壁と卵」の現代中国論(2013.10.15)
「On」カテゴリの記事
- (勉強内容備忘録): Next 教科書シリーズ 国際関係論[第3版] 第II編 国際関係の現状分析(2024.05.09)
- Amazonの人事政策と自らの仕事を結びつける「構成の巧さ」: (書評)テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法 (その2)(2024.05.07)
- 結局は人間関係こそが命になる: (書評)テックラッシュ戦記 Amazonロビイストが日本を動かした方法 (その1)(2024.05.05)
- (勉強内容備忘録): Next 教科書シリーズ 国際関係論[第3版] 第I編 序論と歴史分析(2024.04.15)
- 勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第11章(貨幣システム)(2024.03.14)
コメント