自分で自分の首をしめる国になるのか
今回の日本に対する運動、というか出来事というのは少なくとも僕の周りでは「単なる日本人向けのデモンストレーション」という枠を超えて、色々な感想を抱かせるような出来事となった。もちろん僕がその対象となる日本人である、ということを多少差し引いてみる必要はあるものの、遠くヨーロッパまで交換留学に行っている友人が心配をして連絡をくれたり、中国語を読める友人は微博から画像を集めては、本国に向けて情報発信を行っていたようである。
彼らと話していて一致するのは、(対象である日本人にとっては災害以外の何物でもないとして)こういうことを起こすのは中期的には間違いなく中国人にとって跳ね返ってくるということと、騒動で主役を演じた層(地方から出てきた教育程度が高くない層と学生)がその時には真っ先に影響をうけるだろうということだった。
■ 暴力は自分で自分の首を絞める行為
まず彼らが一様に言うのは「この状態が日本に対してのみに向けられるという保障はないと」ということである。確かに今回も日本以外の国や領事館が巻き込まれるということもあったわけだが、そういう個別の出来事をとりあげて言うのではなく、極論を言えば「こういうことを起こしうる土台が中国にある」ということを感じたということである。
また今回ネットの一部ではすでに見られたように、多くの欧米系の友人が心配していたのは、いずれ対象になるのは米国(あるいは米国人)ではないかということだ。彼らが言うには(そして僕も思うが)、今回のような騒動を起こすような人間が、米国人とそれ以外の欧米人を識別できるとは到底思えない。つまり、米国が対象となる==自分たちが対象になるということで、そういう漠然とした不安感は心の中に残るとなかなか消えないものでもある※1。
もちろんそういった個々の人間が感じる不安感以外にも、現実的な問題として現在の中国にとって最も重要な経済発展にも少なからぬ影響があるということは避けられないように感じている。
- Supply Chain から外れる可能性
- 事業継続性&reputation risk
- 意思決定も人が行うもの
中国が世界の工場だったのは既に昔の話で、現在では人件費が高騰してしまって中国沿岸部に工場を置くメリットはほとんどない※2。しかし現在でも内陸部はまだ工場立地の余地が残っているし、巨大な市場となる中国に工場をおくというメリットを感じている企業もまだ多い。さらに言えば完成品市場はともかくとして、サプライチェーンの中に組み込まれている単品部品などは大規模な単純作業要員が必要だったりするので、中国国内に工場がある企業も多い。
現在の世界的なサプライチェーンは基本的な方向性としては小ロット多頻度発注(在庫を選らすため)となっているため、工場が止まると即座に完成品の生産能力に影響を及ぼしてしまう。もちろん完成品メーカーも一ヶ所だけに頼るようなことはしないが、それでもネットワークの一つが切れてしまうというのは影響が大きい。
今回の騒動ではいくつかの工場が破壊されてしまうという出来事があったが、こういう事態が発生するとリスク管理上、工場立地候補地としての評価は下がることになる。
今回の騒動では、日系企業の一部では駐在員の外出停止を命じたり、営業を止めたりするところがあった。これは安全を守るという意味においては当然の措置だと思うが、仮にこのような事態が数週間続くとなると企業としては「事業継続性」についてリスク管理の観点から、何らかの手を打たなければならなくなる※3。
一つの方法としては現地化をより推進して業務を担当する人間や組織を中国化するという方法が考えられる。ただ今回でも西安では「日本車に乗っている」という理由だけで、暴行にあった中国人もいるし、極端にいえば対象と関わっているだけでリスクが上がるという現実がある。また現地化進めると、今回のように(まったく関係ないのに)アウディ販売店が「日本人を殺しつくせ」と垂れ幕をあげてしまったり、ユニクロがメッセージを出してしまったりと言うことが起こる可能性もある。
インターネットによって情報が瞬時に流通してしまうようになっている現在、Global firmはブランド評価というものを非常に気にかけており、市場の大きさとブランド棄損リスクというものを天秤にかけながら経営をしていく必要が出てくるし、その結果として進出スピードが遅くなる、投資金額が少なくなるという可能性は否定できない。
当たり前の話だがGlobal firmといえども、最後に意思決定をするのは人間である。言い換えればどんな判断も、判断する人間の価値観や道徳観というものを反映せざるを得ない。
例えば、今回の出来事で僕の友人たちが感じたであろう感情や、僕(だけでなく広い意味での日本人)に対する心配というのは意思決定に何も影響を与えないとは考えにくい。
そもそも欧米系企業から見れば「中国語が話せて中国文化が理解できて、かつ企業が属する自国の文化を理解できる」人材と言うのは非常に少ない※4。そういう人間と言うのは大なり小なり中国での業務経験や留学経験があるもので、当然その過程で日本人と接する経験を持っている。なにせ中国には短期滞在も含めれば20万人以上の日本人がいるのだから。そういった人が今回の出来事を見て「中国は潜在的に怖い国である」と思ってしまうというのは、マイナスになることはあってもプラスになることはない。
■ 「いい人がいるかどうか」は問題ではない
今回の出来事は世界中のメディアで報道をされたし、特に当事国である日本では色々な報道がされていた。僕は少なくとも日本語で報道されておりネットに上がっている情報はかなりの割合で目を通していると思うのだけど、現地にいる身からするとピントがずれていると感じたものが多かった。
まず今回の騒動の黒幕・・・というか誰が仕掛けたか、というものについて、実に多くの人がコメントをしていたのだけど、基本的に中国語を読むことが出来て、かつ中国の権力構造とか一般市民の感情的な動きを理解していない人が語ることと言うのはどこかでみた情報を自分の言葉で語っているだけで、特に有益な情報を追加されているということはなかった。トーンは非常に軽いのだけど、現地の情報を知るという意味では安田さんの「大陸浪人のススメ」やKinbricks Nowというサイトの方がはるかに役に立つ※5。またTwitterで発信される、中国在住の一般の人の情報の方がはるかに役に立ったことも事実である。
次にこれは友人たちとも一致した感想だったのだが、基本的に「中国にもいい人がいる」とか「理性を持っている人間もたくさんいる」のような、全員がおかしくなっているわけではないという発言は、現地にいる人間にとっては全然意味がない情報だということだ。なるほど、確かに国対国という観点からするとそういうことに意味があるだろうし、これまで中国に対して好意をもっている人はそういうことを言いたいというのもわかる(そもそも僕だって中国に長く住んでいるわけで、好意を持っている)。
しかし、一方で現地に住んでいる人間からすれば、どっかのちょっと興奮した人間や集団が道端で暴れて鉄パイプで頭を殴ってきたら、それで終わりである。そういう現実の前に国際政治がどうこうとか、権力争いがどうこうとかは些細なことであって、目の前の恐怖のほうが圧倒的に大きい。
確かにビジネスという面で見れば、中国というのは市場がこれからも大きくなるだろうし、その市場を捨てるということは経営判断としてはあり得ない(少しずつ生産拠点から足を抜くことはあると思うし、すでに進んでいるけど)。ただ、こういう「議論を超えたレベル」で身体が覚えてしまった感覚というのはなかなか抜けないし、そういう感覚を当事国以外の人間が感じてしまうような状態を作りだしてしまう、というのは極端にいえば誰も幸せにしないのではないかと、そんな風に思っている。
※1・・・複数の友人が今回の出来事を表現するのに、demonstration(デモ)ではなくて、riot(暴動)という単語を使っていた。彼らは当然日中間の歴史や経緯には詳しくないわけで、彼らの視点からすると、いきなり対日本で暴動が起こったように見えたようである。
※2・・・経済的な理由だけとはいえないが、他の東南アジア新興国に工場を移す流れと、メキシコなどの過去に工業地域だった場所に工場が戻っていくという流れが混在している。
※3・・・厳密な意味でいえば、「事業継続性に関するリスク管理」はそういう事態が発生するために策定しているので、発生すると策定するというのはちょっと違うのだが、今回の件で中国についてのリスク管理が加速するかもしれない。
※4・・・欧米に留学した中国人学生がその対象となる可能性もあるが、これまでの経験から、欧米系企業がマネジメント層に求めるレベルまで両国の文化を理解できるようになる割合は非常に少ない。やはり自国人のほうが信じられる・・というのは自然な感情だと思う。
※5・・・公平のために、僕は安田さんにお会いしたことがあるしTwitter上では時々話もする中であるということは記しておく。
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