AIが熟練工を育てる世界
3月の中旬に、一週間びっちりお客様のとある工場でプロジェクトのためのインタビューと情報収集に行って来た。プロジェクトの中身を詳細に記載することはできないのだが、製造工程にこれまでとは異なる技術を用いることで、工場で働いている方の生産性を飛躍的に増加させたい・・・というのがプロジェクトの目的だ。
理系とはいえソフトウェア側にずっといたので、工場の中に一週間もいて作業をしっかりみるという機会はこれまで一度もなかったのだが、今回見てみて、あらためて「まだまだ人間にしか出来ない世界は存在する」のだなということを理解できた。その工場ではμmオーダーの製品を作っており、その製品の製造自体はほぼ自動化されているのだが、"その製品を作るための自動化ラインのメンテナンス"はほぼ完全に人の手によるものである。残念ながら、現在の技術ではどこで発生するかわからない故障に対して自動で対応できるロボットを作ることは不可能であり、たとえ「人工知能が人間の知恵を超えて、人工知能が人工知能自体を作るようになる」といわれるシンギュラリティを超えても、「製造設備を全て作ることができる製造ロボット」はまだ実現しそうにない。鍛えられた人間の微細を感じる感覚というのは、まだまだ模倣が難しいのだ。
もう一つ、今回の出張期間では製造設備設計を行う方に話を聞く機会があったので、"世の中では、AIや新技術により「人間の仕事がなくなってしまうのではないか・・?」という漠然とした不安感があると言われているが、どう思うのか"という質問をしてみたところ、大変示唆に富んだ回答をいただくことが出来た。
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少なくとも自社(および自社グループ)の工場では継続的に人間が作業をしなければならない工程や、そもそも関わっている人を減らすこと(省人化)をしているので、人間自体が工程から減ることは脅威ではない。それが機械的に実現されるのか、それともソフトウェアによって実現されているのかの差だけであると感じる。
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上記のような考え方をとっている一方で、生産数自体は増加しつづけており、全体としての労働者数は減ってはいない。全てを自動化することはまだ遠く、また出来たとしても生産設備改善やメンテナンスは常に必要であり、AIやロボットが人間の仕事をゼロにしてしまうという未来がすぐに来るとは思えない。
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現状で人間が関わっている部分というのは、これまでの手法では「どうやっても人間を排除できなかった工程」であり、全工程のほんの一部に人間が残っているというのは労働者にとってもあまりいい環境ではない。できることなら、枯れた製品については早めに完全自動化を実現したい。
このように、工場の現場では「限られた人間のみが行える業務(習得が極めて難しい業務)」と「既に汎用対応が終了している業務」(ロボットやソフトウェアで対応が可能な業務)が並存しており、長期的に見れば後者の領域は拡大され続けているが、製品の精度や変更タイミングの短期化、そしてメンテナンスの複雑化といった問題が存在している限り人間がなすべき作業というのは存在し、さらにその難易度は上がり続けていくのだ。
難易度があがるということは当然習熟までに時間がかかるし、そもそも習熟出来る人間というのもそれなりに限られてくる。少なくとも今回訪問したお客様では、習熟した人間を育成するスピードよりも、製品製造量の拡大スピードの方が大きいため(人材育成スピード < 製造量拡大スピード)人材は常に足りなくなるという危機感を持っており、その状況を改善するために「人材育成にAIを含む最先端の技術を活用したい」と考えているのだ。
これは少なくとも今後10年以上は続く、技術的なトレンドなのではないかな・・・と個人的には考えている。以前に、技術はコストダウンだけではなく人間の能力を拡張(Augmentation)する方向に利用されるだろうと書いたことがあるが、まさに日本の工場でも同じようなトレンドを見ることが出来た。日本で取り上げられるのは圧倒的にコストダウンの話が多いが、これからもこういった現場の深い知識(Deep knowledge)を活用した技術開発を提供していきたい。
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