最近読んだ本のこと(2019年6月・7月)
子供が大きくなってきて少しずつ時間をとれるようになり、いっときよりも本を読む時間をとれるようになった。子供が寝た後で完全に家で一人になった時間(主に深夜)は映画やビデオを見たり、ゲームをしていることが多いので、本を読むのはもっぱら「子供と起きていて一緒の部屋にいるけど、積極的な一人活動はできない」という時である。
現代中国に関連するルポを積極的に発表している迷路人こと安田さんの最新作。「八九六四」で城山賞と大宅賞を受賞した後の第1作。タイトルはかなりあれだが、「国家と個人が同一の地平に並べられ、遠近感と立体感をもった世界観を描き出す」といった安田さんの作品の特徴は変わらず保たれている。言い換えると、安田さんの視点では常に人が中心におり、国家、特に中国という無機質な存在と思われるものでも、そこに人がいるという意識が常に持たれている(それが最も強く出たのが八九六四だったと感じている)。一方で、もともとは中国掲示板の面白ネタ翻訳からキャリアをスタートされているので、本作のようなアングラネタはなんとなくではあるが、生き生きされているようにも感じる。
自分が中国にいたのは2007年~2013年なので、本書で取り上げている「欲望が爆発した期間」にちょうど重なる。確かにあの頃は、上海でもかなりおおっぴらに風俗店が営業していたし、日本からの視察もひどいのになると、「昼の予定はこれから考えるが、先に夜の予定を抑えたい」という要求がきたりしていた。また、本書にも取り上げられているようにいわゆる高級風俗店後ろ盾となるような存在がいるのも事実で、中国に長く住んでいる方やお金を持っている方に、そういう人を紹介された経験がある日本人も多いだろう。
購入したのはかなり前だったのだが、内容の難しさ(正確には難しく見えていただけなのだが・・・)により、長い間積ん読になっていた一冊。しかし、読み始めるとわかりやすくかつ面白い内容ですぐに読み終えてしまった。この一冊で何かをわかったふりなどとても出来ないが、勉強のきっかけにはなる一冊だ。
自分の理解が正しければ本書で書かれているメッセージというのは一貫していて、中東の争いは宗派対立(あるいは宗教対立)ではなく、宗派という団体間の争いであるということだ。言い換えれば教義そのものが問題の中心にあるわけではなく、それぞれの教義を掲げる団体同士の政治的、あるいは経済的な主導権争いが根幹にあるということだ。
歴史を見れば、宗教的な権力者であろうと政治的な権力者であろうと、彼らは常に実利(経済力/政治力)を求めて行動をしているわけで、その実現のためにメッセージや横のつながりというものを作り出そうとする。なので、今日における状況も基本的な構造は変わらないというのは、極めて理にかなった説明であると感じた。
ただ一方で、本書でも国レベルの意思決定において「信じている教義の違い」が要因の一つとなっていると読み取れるような記述もあり、人間の基本的な認識の枠組において宗派/宗教の違いそのものが影響しているという可能性も検討されるべきであろうとも感じた。おそらく、実際の研究活動においてはそういった要素も考慮されているのではあろうが、ページ数の制約もある中で、まずはマクロの構造を理解することに主眼をおいたのだろうと想像している。
● 台湾とは何か
自分は主に上海に5年半住んでいたが、とても「中国について語る」ことなどできない。これは何も自分に限ったことではなく、およそあの広大な国の経済、政治、文化、その他もろもろをひとまとめにして語ることが出来る博識かつ勤勉な人間はおよそ存在しないのだ。ゆえに、よくメディアに出て来る「中国通」という肩書きをつけて仕事をしている人をみるたびに、自分の中では7割減で内容を評価するようにしている。
更に言えば、およそ現代においてある国について語ることが出来る人間などというのは、極めて限られているといえる。大きさにすれば数十分の1、人口もおよそ10分の1である日本についてだって、どれだけの日本人が「日本について語る」ことが出来るだろうか? せいぜい自分の経験と興味をもった分野のみが語れる程度だろう。
ここ数年、女性誌などにも繰り返し取り上げられたり、つい最近ではタピオカがいきなりブームになった台湾についても同じことが言える。あのけっして大きいとはいえない島を取り巻く複雑な環境とダイナミックな経済の動き、そして総統選のたびに大きく流れが変わる政治について的確な解説を行うことが出来る人間はほとんどいない。
本書の著者である野嶋剛さんは、その「数少ない」人間の極めて有力な候補の一人である。大陸側にも留学経験があり、また実際には台湾にも駐在をしていて野嶋さんは、その豊富な知識と現場の経験、そして冷静な目でマクロからミクロまで台湾について語ることが出来るジャーナリストだ。おそらく心情的には民進党に共感を持っていることは筆致から感じられるが、それも極端にならないような自己抑制が効いている。トレンドの一つ以上の存在として台湾を知りたいと思う方には、最良の入門書だ。
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