最近読んだ本のこと(2019年7月後半)
出勤で汗だくになってしまい、半分夏休みに足を突っ込んだようなこの時期は、引き続き読書が進むのだった。
現実には一回しかお会いしたことがないのだが、ネット上では時々やり取りをしているライターの高口さんの第1作。高口さんは、もともとは中国関連の時事ネタや政治ネタを解説するKINBRICKS NOW(通称:金鰤)というサイトを運営されていたのだが、あっという間に商業メディアでも中国向けの専門家としての地位を確立された。前回取り上げた安田さんが、足でネタを拾っていくタイプの"ライター"とすると、高口さんは様々なニュースソースを読み込んで解説を行いつつも現地取材を行うという"ジャーナリスト"という呼び方がぴったりの方である。
本書ではそんな高口さんが現代中国の著名経営者8人を取り上げて、その波乱万丈の人生を解説している(人生・・といったが、全員存命中である)。今ではすっかりGDPでは日本を抜き去ってしまった中国ではあるが、改革開放からまだ30年ちょっとしかたっておらず、それぞれの経営者の人生というのはそのまま中国の改革開放からの経済発展史に重なっている。また、おそらく高口さんが8人を選択するには当然考慮したと思われるのだが、その8人の人生を一冊の書籍の中で重ね合わせて読むことで、中国経済の移り変わりについても理解できるようになっている。中国でMBAを取得した自分からすると、個々の企業の経営戦略に関する解説は甘いところが多かったという印象をもっているが、本書の目的はおそらくそこではないし、むしろ自分のような経歴のほうが少数派であろうから、あまり問題ではないと感じている。
もともとは発売時に一回通読していたのだが、昨今の華為を巡る米中貿易戦争をきっかけに再読してみたところ、「華為はいずれより大きな国家間の争いに巻き込まれるかもしれない」と書かれており、2年前からシナリオの一つとして現状を予想していた高口さんの慧眼を改めて実感した。
ネットに人格の半分を置いてきたような人間にとっては、深入りを避けないといけないようなネタというのはいくつかあり、フェミニスト関係のネタもその一つである。とにかくどういう立場をとったとしても、何か意見をいうと、あっという間に狙撃されるようなイメージがある。・・・というようなことを、大学でフェミニズムを研究対象とし、自身もフェミニストであると自認している妻に話したところ、紹介されたのが本書。元々はTEDのスピーチをまとめたものなので、コンパクトに読むことができるし、難しい知識はなくとも著者が主張することがすっと入ってくる。
著書はナイジェリア生まれで奨学金を得て米国でライティングの修士号を取得したチママンダ・ンゴズィ・アディーチェ。小説家として注目を浴びた後に、TEDで本書のものとなるスピーチをして世界的なオピニオン・リーダーとして取り上げられた方である。本書を開いてすぐに気づくのは、実に著者の語り口(そして翻訳)がしなやかな強さに溢れているということ。主張の際にはユーモアを忘れず、伝えるべきことを正確に記載している一方で決して攻撃的ではない。こういった語り口であれば、みなもっと落ち着いてフェミニズムについて考えることができるのに、と思わせるに十分だ。
そして、主張も極めてシンプルかつ効果的だ。我々人間はその生物学的な性に関係なく、社会が持っているなんらかの期待値や慣習(あるいは常識と呼ばれるようなもの)によって「あるべきイメージに縛られており」、そこからより自由になることで幸せになることが出来る。これが著者が述べていることだ。この主張からもわかる通り、彼女にとってフェミニズムというのは「女性の権利の拡充」だけではない。男性も同様に「男らしさ」(自分に言わせればマッチョイズムが際たるものだろう)に縛られており、そこで何かしらの不自由があるはずなのだ。個々人が自分らしくあることが出来る、これを実現するだけでもいかに難しいことなのかということをあらためて考えさせられる一冊。
これも妻に紹介されて手に取った一冊。
本書では、非行をしてしまうような少年/少女のかなりの割合がなんらかの認知能力の障害(本書では代表的な指標としてIQを利用しており、その値が低いという表現をとっている)を持っており、学校生活や現在の少年院での矯正プログラムでは対応ができないということが大きなテーマとして取り上げられており、あわせて著者が考える解決方法も提案されている。若い頃に心理学やら「知能」についての研究やら、「健全な精神とは何か」といった一度は通りそうな悩みを解決するために色々な本を読んだ自分にとっては、この内容はよく知っている内容だったのだが、あらためて自分が親になってみると全く違った観点から本書の内容を見ることになった。
自分が親として感じたことは、おそらく著者が言いたかったこととは全く違うだろうと確信しているのだが、「どんなに頑張っても一定確率でトラブルに巻き込まれる可能性がある」という怖さだった。例えば公立の学校に子供が進学したとすると、こういった「認知能力に障害を持つ」子供は確率的には同じ教室にいることが高いだろう。もちろんその子供が全て非行をするわけではない。あるいはもう少し広げれば、街を歩いていてすれ違う人の中に本書でいうところの「認知能力に障害を持つ」人がいることは避けられない。そしてその中に、なんらかの原因により非行や犯罪に至ってしまう可能性がある人も含まれているわけだ。こういった事実は、「不幸は努力では避け切れない」という当たり前の、だが受け入れられない現実を突きつける。
もう一つ本書を読んでいて暗澹とした気持ちになったのは、非行少年の多くがいじめの被害者であったということだ。はっきり言って、現在の日本においていじめに合うか合わないかというのは、かなりの部分で運によっている。そして、一度ターゲットになってしまい心の傷を負ってしまうと生涯に渡って影響を受けてしまうのだ。本書ではテーマではないため、いじめについてはあまりページは割かれていないのだが、本書を読む限りにおいては「いじめを減らせば、非行を減らすことは出来る」というのが一つの仮説として浮かび上がってくる。一人の親としては、自分の子供を守ることと同じくらい、周囲の環境を整えることが重要であるということだと感じている。
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