購入したのはかなり前だったのだが、年末は引っ越しで忙しくてなかなか読み進めることが出来ず、読み終わった後はその意味づけをしばらく考えていたせいで感想をかけずにいたのが本書だ。
通信領域で長年にわたって政策提言やコンサルティングを従事されていただけあり、5Gビジネスに関連する内容を網羅的に取り扱っている。IoTと5Gに関する知見を手っ取り早く、かつ全体感を持って手に入れたいというなら、間違いなく本書を最初にオススメする。
ちなみに、著者のクロサカさんは引っ越す前に近所に住んでおられていたようで、時々ご家族と歩いているのをみかけたことがある。流石にお声がけするのは憚られたので、「おお、クロサカさんだ!」と勝手に興奮していたものだ。
2020年現在の米国での5Gの位置付け
本書にも繰り返し書かれているように、世界各国での5Gを利用したビジネスというのはまだ黎明期だ。5Gならではのメリットを提供しているサービスはほぼ存在しないし、米国でも5Gの商用利用は始まっているものの、メジャープレイヤー(今後企業価値が大きくなると期待されるスタートアップ含めて)はまだ存在しない。
正直なところ2019年末の段階では、5Gを利用したサービスというのは「お金持ちのオモチャ」と呼ばれているような状態だった。
なぜそういう状態になっているかというと、まだ明確なユースケースを描ききれていないからというのが大きい。
本書にもあるように、5Gの特性を考えるとサービス自体はB2CというよりもB2(B2C)のような形にならざるをえない。言い換えるとB2Cのようにアプリを開発して、一気にマスを取りに行く・・といったこれまでのスタートアップの勝ちパターンを適用がしづらいのだ。
すでに一足先に波が来て、そしてその第一波がさりかけているロボティクスと同じように、スタートアップが既存の大企業に採用されるには(B2B2Cの最初のBがスタートアップで、真ん中のBが既存の大企業)かなり明確にユースケースが定義されていなければならない。そして、矛盾するようだがユースケースを明確に定義するためには、最初のお客様との協働実験やβ版の利用が始まり、考慮すべき外的要件を明らかにする必要がある。
つまり「使えるようになるためには、"何に"”どうやって”使えるのかを明確にしなければならない」一方で、「"何に"”どうやって”使えるのかを明確にするためには、まずは使って守らないといけない」のだ。
このジレンマに陥らないようにするには、多少ユースケースが甘くても、言い換えればMVP(Minimum Viable Prodcut)の状態でも利用してくる一般ユーザー(C)に向かうしかない。しかし、5G特性が活かせるようなネットワークが整備されておらず、デバイスも少ない状態ではこちらの方法も難しい。
・・・・ということで、米国のスタートアップ業界でも5Gはまだメインストリームにはなっていない。
本書にもある通り、米国でもおそらく最初に利用が始まるのは動画配信やゲーム、ライブエンターテイメントだろう。その中でも、個人的にはライブエンターテイメントで面白いスタートアップが立ち上がってくるのではないかと思っている。アリーナやスタジアムというのは比較的外的要件が安定しているし、付加価値を出せばチケット代や利用料にも転嫁することがそれほど難しくはない。
それ以外の領域では、既存のメジャープレーヤーが音頭をとってビジネス開発が進むのではないかと思っている。日本の動画配信やゲームのプレーヤーは米国に比べれば小さいが、それでも「大企業発のビジネス開発」であれば日本企業でも十分に面白いものができるのではないかと思っている。
重要だけど、本書にかかれていないこと
各領域のビジネス開発や展望については本書で網羅されている一方で、極めて重要だけど本書にかかれていないことがある。本書の射程ではないということで、クロサカさんはあえて本書から外したのだろうと確信しているのだけど、一方で5Gからのユーザーメリットを享受するためには極めて重要な視点だ。
それは、端的にいうと「センサーは壊れる」ということだ。センサーが壊れると、当然ながらデータを取得することが出来ない。そして、壊れたものは誰かが直さなければならない。
本書の第3章では、分野別の新事業の有望株が挙げられている。この中には、機器の設置者が継続的に機器をメンテナンスするインセンティブが強い領域(ライブ中継やスマートファクトリー)などと、ユーザーにはメリットがあるものの機器の設置者が継続的に機器をメンテナンスするインセンティブが弱い領域(スマートシティやスマートハウス、スマートサプライチェーン)などがある。
現在の携帯基地局の保守業務を見るまでもなく、配置するセンサーの数を増やせば増やすほど、1日あたりに故障する確率というのは増えていく。私は今の業務で、大量のセンサーを導入している工場を見学しに行ったことがあるが、「何もない日というのは1年で数えるほど」という状況だ。これは、工学的に作られるものである以上は仕方がない。工場でも携帯基地局でも、設備を作ったプレイヤーと管理/運用を行うプレイヤーは同じなので、リソースさえ投入すればメンテナンスは可能だ。
では、スマートシティやスマートハウス、サプライチェーンといった「設備の設置や建築を行う業者」と「管理を行う業者」が違う場合には、どうなるのだろう。
例えば以前に住んでいた築20年を超えるマンションでは、故障したインターホンを取り替えようにも在庫がないという状態が発生してしまい、最終的に管理を行う業者が全戸一括して交換するという対応を行なっていた。さすがに、インターホンが使えないマンションなどありえない・・・というのが一般的な妊娠期だろうし、インターホンの変更自体はそれほど難しくはないので、管理業者でも行うことが出来た。
この例と同じように、例えばスマートハウスを売りにしているマンションの壁に埋め込まれたセンサーが壊れた場合はどうすればよいだろうか?上記の事例と同じように考えれば、管理業者が替えるべきだろう。ただ、センサーのように進歩が早く、それなりに専門知識が必要とされる領域に機動的に対応できるような体制(人的リソースを含む)を管理業者が構築できるだろうか・・?
センサーをたくさん利用している場合、ユーザーは各センサーの状態を把握しているという仮定を置くのは無理があるので、故障が発生した場合には、まず「どこで」「何が」壊れているのかを同定するところからスタートするのだ。
本書では、この辺りの問題を「利用に関する費用をどのように分配するのか」といった問題としてまとめているが、主に問題の焦点をビジネス開発時 == 導入時に限定しているように見える。しかし工学的な観点からは、むしろ運用がスタートしてからのほうが重大な問題になるのではないかと思っている。また保守がしっかり行われたとしても、サービス提供者自体がサービスを終了したり、潰れてしまっては意味がない。
5GとIoTの組み合わせのように、統合して、かつ長く運用することにより初めて価値が出せるような領域というのは、長期に渡って持続的なビジネスを設計する必要がある・・・というのは、いうは易しで実際にはすごく難しい。実際に日本では、(そういう意味で使ったわけではないという反応があるだろうが)「100年使える」はずのauのメールがわずか6年でサービス終了という実例があるのだ。
理想的には運営企業が潰れてもデータの引き継ぎが容易にできるように、データ形式を共通化することが望ましいだろう。実際、いわゆるGAFA(というか米国のテックジャイアント)はそのような取り組みを進めている。データをどのように取り使うのか、本書で言われているようなTrustをどのように実現するのかという問題はあるものの、データの可用性と可搬性の観点から、変なところで独自規格みたいなものを作らないで進むことが望ましい・・。
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