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2020年8月

2020年8月28日 (金)

その提案書に意味があるとは思えない・・・と部下に言われたら

先日、以前の同僚で今は々の会社で働いている後輩から営業活動に関する相談に乗って欲しい・・という連絡がきた。彼はリーダーとしてチームを率いているのだが、メンバーの1人の指導がうまくいかないということらしい。彼が提案書の指導をすると「そんなに手をかけなくても、受注できる時はできますし、できない時はできないです」と言われてしまう・・・とのこと。

色々と話した結果、最終的にはもはや価値観とか文化の違いなので、プロセスに対する改善を狙うのではなくて、指標管理に徹したほうがいいのではないかという話をした。ただ、こういった意見を過去の自分のメンバーから聞いたことはなかったし、たとえ思っていてもなかなか言えるものではない。せっかくなので、話をしたことを自分のためにもまとめておこうと思う。


B2Bの提案書の良し悪し

「B2Bの提案書」というのは、普通は”どのお客さんに対しても同じもの(汎用部分)”と”それぞれのお客さんにあわせてカスタマイズするもの(固有部分)”に分けられる。同じ商材を扱い続ければ、固有部分も使い回しが増えて来るので、コンサルティングのように高度にカスタマイズするものでなければ、汎用部分の割合は70%ぐらいにまでなることも多い。自分がコンサルティングを売っていた時には、全く新しい領域でなければ、固有部分は50%以下、できれば30%ぐらいにしたいと思っていた。

当然のことながら汎用部分が多いほど、1案件にかける時間を減らすことが出来る。極論して仕舞えば、汎用部分だけで対応できるのであれば、案件準備の時間は極限まで削減可能だ。

一方で、当然のことながら汎用部分だけで全てのお客さんの疑問やニーズを満たすことができるわけではない。B2Bは細かい要望に対して答えていかないといけないので、そもそも全部同じで対応可能という想定は現実的ではない。

一方で、細かくカスタマイズをすれば受注できるというわけでもない。直感的には、「個々のお客さんに対して手をかける」という行為は受注確率を上げることができそうだが、個々の商材で、どれほど努力をすれば(時間をかければ)どれだけ受注確率が上がるというデータがあるわけではない。なので、全く時間をかけないという選択も一概に否定できない。


個人的には、個々のお客さんに時間をかけるという"習慣"や"姿勢"は、長期的には受注確率に影響を与えるが、短期的、あるいは目の前の案件が受注できるかどうかを確定することが出来ない・・と思っている。営業では「受注確率」をよく打率と表現するが、まさに野球のアナロジーが使えると思う。

頭を使い、ピッチャーごとの配給や癖を考えるバッターと、何も考えずにふっているバッターを比較すると、1シーズンの打率は前者の方がいい場合が多いと思う。一方で、この打席、あるいはこの試合で打てるかどうかというのは、体の調子や相性、その他の様々な条件により決まるものなので、「必ず」前者がいいとは限らない。短期的には結果が出ないし、長期的に「必ず」結果が出るかはわからないが、それでもおそらく努力をしたほうが、いい結果が出るだろう。



価値観の共有という問題

大学時代の友人が「努力というのは信仰だ」と言っていて、まだ学生だった自分は随分と驚いたのだが、この歳になってみるとこの言葉の意味がよくわかる。努力というのは、必ずしも結果が出るわけではない。効率という意味においては、努力をしないほうがむしろ良い場合もある。それでも、努力をし続けられるというのは、そういうほうが良いという「価値観」を持っているか、あるいは「努力は報われる」と信じているからだ。

極論すると、相談をもってきた僕の元同僚と、その部下では信じること、よってたつことが異なるということなのだ。努力をすることに意味はない・・というのも、一つの価値観であり、それ自体は非難されるものではない。


また守秘義務にかからない範囲で見せてもらった彼と部下の提案書を見比べても、明らかに元同僚の方が出来がいい。しかし、これを見ても差がないというのは、それが嘘でなければ審美眼というか「モノを見る目」が根本的に違っているとしかいいようがない。そういった見方というのは教育によって学ぶことができるが、学ぶ気持ちがなければ手に入れることは出来ない。

例えば自分は美術館で絵をみるということをあまりしないのだが、これは自分が「いい絵」と「悪い絵」を見分ける目と知識をもっていないということによるものが大きい。正直に言うと、名作と呼ばれているものを見て「すげーーー」と思うことはほとんどない。写真を見ても、仏像を見ても、あるいは音楽を聴いても、少なくとも自分の中では(世間とあってなくても)「いい/悪い」と感じることがあるのだが、絵では残念ながらそういったセンスがない。数少ない例は、ニューヨークで行ったMOMAぐらいだろうか。なぜか抽象画は好きなのだ。


芸術の見方ということであれば自分だけに関わるだけなので、個人的なこととしておけばよいが、提案書となるとそうはいかない。上司は部下を指導しなければならないし、ちゃんと成果を出さなければならないのだ。そのために重要なのは、いい仕事と悪い仕事を分ける尺度が揃っているということだ。

今回相談されたことの本質は、部下と価値観を共有することが出来ないという悩みなんだと思う。


よりよいものを追求しようとする文化

「現状のプロダクト/サービスでより良いものを追求する」というのは、日本の企業においてはよく見られる習慣であるし、アメリカ企業でもコーポレートスローガンで掲げているのをよくみる。しかし、周りを見回してみれば、これが人間にとって生来持っている特質であるとは思えない。毎日頑張り続けるのは疲れるし、全ての会社がトヨタみたいに改善し続けられるわけではないのだ。

なので、こういったことが無意識に・・・少なくとも習慣にするためには、制度とプロセスを整備し、文化にする必要がある。文化というのは要素分解の総和を超えるが、各要素が揃わないで文化文化と唱えたからといって全員の考え方が勝手に変わるわけではない。

元同僚の相談から想像を膨らませていたら、いつのまにか企業文化というテーマまでたどり着いてしまった。組織文化とかミームとかそんな難しいことを考えなくても、「これっていいよね」「そうだよね」という会話が普通に成り立つ環境というのは、単純に人間にとっては気持ちがいい。ただ、そういう関係を保ったまま組織を大きくしていこうとしたら、意識できていなことを形式化していかないといけない。結局のところ、そういうことなんだと思う。

2020年8月25日 (火)

NETFLIXの成功譚から「シリコンバレーのプロダクト開発」の一端に触れる

41rpkjuhgul ゆっくりと運動するついでに聞けるかもと思って始めたaudibleだが、1冊目に選んだボブ・アイガーの「ディズニーCEOが実践する10の原則」(何度でもいうが、それにしてもひどい題だ)が面白すぎて、聴き終わってすぐに2冊目を購入してしまった。

朗読なので本を買うよりも値段がするし閲覧性は低いのだが、やはりプロの朗読というのはすごくて、自伝を聞いていると真に迫って聞こえてくる。残念なのはまだまだライブラリーが貧弱ということ。アメリカでは通勤で聞く人が多いと聞くが、日本ではまだまだそういう習慣は広まっていないのかもしれない。

ということで、少ないライブラリの中から選んだのが「不可能を可能にせよ! NETFLIX 成功の流儀」だ。これまた原題である"That will Never Work: The birth of NETFLIX and the Amazing lif of an idea"に比べると、すごくダサいタイトルだったので少し怯んだのだが、勇気をもって聴き始めたらめっぽう面白かった。翻訳書はまず原題を見た方がいいかもしれない。

本書はNETFLIXの設立者であり元CEOであるマーク・ランドルフが、会社の立ち上げから自分が会社を離れるまでを回顧するという形を取っている。この本を読むまでは知らなかったのだが、現在のCEOであるリード・ヘイスティングスは創業者の1人ではあるが、初代CEOというわけではなく、DVDの郵送配送というアイデアを出したのは著者であるらしい。これだけ聞くとすごくきな臭い話に聞こえてしまうのだが、本書ではその辺りはかなりうまく処理されている。とはいえ、大株主であったリードから、CEOからの降格を告げられた時には相当ショックであったということは明確に述べられている。


本作ではNETFLIXの設立から上場までを主に描いているのだが、特に面白かったエピソードをいくつか拾ってみよう。

  • AmazonからNETFLIXの買収を持ちかけられた時にあったベゾスのことを「かなり薄くなった頭を見ると、亀のようだ」と表現していること。今ほどのカリスマ性はなかったにしても、1500万ドル前後の買値を提示しようとしている会社の社長を亀呼ばわりするというのは、やっぱり頭のネジがちょっと飛んでいる。

  • マーケティング施策の一つとしてクリントンの弾劾裁判をDVDにコピーして2セントで配布しようとしたら、一部にポルノが混ざってしまった。クリントンを見ようかと思ったらポルノが送られて来たら、それは驚くだろう。今だったら間違いなくSNSで炎上するはずだが当時は掲示板で話題になったぐらいらしい(本当だろうか・・・)。

  • NETFLIXが天下を取る前の最強プレイヤーであり競合であったブロックバスターとの買収交渉がNETFLIXの合宿中に急遽設定されてしまったため、マーク・ランドルフ達はTシャツやビーチサンダルで参加したらしい。シリコンバレーでは確かに日本よりもはるかにカジュアルな格好をしているが、今まで提携交渉でビーサンで参加した人は見たことがない。・・・とはいえ、Facebookのザッカーバーグは名門VCとの打ち合わせにパジャマで参加したという伝説があるので、そういう例もなくはない。相手を怒らせるため、なら。。


また本作には起業だけでなくビジネスをする上で役に立つ内容も散りばめられているのだが、特に気に入ったのは次の2つだ。

  • “カナダ原則”の維持
    アメリカにある企業であるNETFLIXが海外展開をしようとすると、まずは身近にあるカナダを対象としたいというアイデアが出てくるが、実際には思っているよりもずっと大変である。例えば決済は同じようにドルという名前だが、カナダドルとUSドルは価値が違う。またカナダで展開するためには、フランス語対応をしなければならない。こういったことを考慮すると、カナダ展開というのは「短期的に売り上げが上がるように見えるが、必要とされるリソースはそれ以上に大きい」。こういうようなアイデアを避けることを「カナダ原則」と筆者たちは呼んでいるのだ。

    “カナダ原則”で検索をしても出てこないので、訳した際に本当は別の言語を当てるべきだったのか、あるいはこれはNETFLIXのローカルルールなのかはわからないが、この考え方はとても良いと思った。リソースの制約があるような小さい企業だけではなく、大きい会社でも「いい手が思いつかないので、とりあえずわかりやすい打ち手をとってみた」というのはよくあることだ。そういったことを避ける・・・避けられないまでも、少なくとも一歩立ち止まってみることには役立つだろう。


  • “重要な意思決定はデータをもとに行う”ということ。
    NETFLIXが定額レンタルを始める際には、金額を変えたり、一度に借りられる枚数を変えたりと、なるべく多くの変数を組み合わせて実験を行なった上で意思決定を行ったらしい。日本だと「仮説思考」という名の下に、あれこれと議論をして数ヶ月たってしまうということが普通にあるのだが、実験で決められることは実験で決めるというアプローチはすごく良いと思う。

    個人的には日本では「仮説思考」という言葉が過度に使われており、データで取得できるところはもっとデータに頼るべきだと思っているし、もっと分析を重視すべきだと思っている。仮説というのが、ただの”思い込み"だったり”妄想"だったりすることが多いのだ。


本書によれば、NETFLIXで最初に思いついたのがビデオの宅配だったらしい。しかし、それだとコストがかかりすぎると考えていたところにDVDという技術が出てきて、ちょうどマーケットの拡大期に乗り、そして拡大期を自分で作り出すことが出来たのが勝利の理由の一つであるとされている。やはり大きな企業が生まれる時には、技術の変曲点に関わっているということが非常に重要なのだ。
アイデアだけでなく、様々な要因が重なり合ってNETFLIXという会社が出来上がる様を疑似体験できる「聞く読書」、ぜひオススメしたい。


 

2020年8月17日 (月)

Audibleで自伝を聞くのがとても楽しい: ボブ・アイガーの自伝本

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体調不良がひどくなった一つの可能性として体重過多と高血圧がある、と医者に言われたのでこの頃はちゃんと運動をするようにしている。ただ、このクソ暑い中でいきなりランニングなどしようものなら、また脱水症状で倒れかねないので、まずは経口補水液を片手にせっせと歩いている。長い時は2時間くらい歩くようにしているのだが、さすがにその時間は暇だ・・・ということで、audibleの会員になって見た。

これまでの自分は本は自分で読むものと思っていたので、こういういわゆる「読み上げサービス」はあまり興味がなかったのだが、食わず嫌いはよくないと試して見たのだ。


こういった新しいサービスを始めて体験する時には、コンテンツが重要だ。なにせ慣れてないことを始めるのだから、せめて素材ぐらいは面白いものであってほしい。

WEBを見て見ると、こういう読み聞かせ(オーディオブック)には自伝が向いていると書いてあるサイトがいくつかあったので、まずは発売したばかりの元ディズニーCEO ボブ・アイガーの本を買って見た。
Audibleは会員登録をした段階で1冊無料コインがついてくるので、実質的には無料での購入という感じである。


「ディズニーCEOが実践する10の原則」という日本のタイトルは大変ダサい感じで買う前には、やや躊躇したのだが、聴き始めるとすぐに話に引き込まれた。もともと、ボブ・アイガーのことは記事を読んでいたし、遠くで見る分には尊敬できる経営者だと思っていたというのもあるかもしれないが、一介の下積みからディズニーのCEOまで上り詰めただけあって彼の話はすごく面白い。
前半部分は昔のABCの雑用からディズニーのCEOになるまでを描き、後半はディズニーになってから行なった主に3つの買収を軸に語っている。


その中でも特に面白かったエピソードをいくつか挙げてみよう。

  • ABC時代にGoサインを出したツイン・ピークスの監督であったデヴィッド・リンチについて「テレビの製作者としては失格だ」と評価していること。テレビとしては・・というか、彼の場合は「映画製作でしか生きられない」というタイプなのではないかと思うのだが。。。ツイン・ピークスって、たぶんキング世界におけるキャッスルロックみたいな存在にしたかったんじゃないかと思うけど、そうなるとローラー・パーマーだけでは辛いよね。

  • 公開時に「旧作のファンにおもねりすぎている」話題になっていたスター・ウォーズ エピソード7については、狙い通りだったと語っていたこと。J.J.エイブラムスには、旧作のファンをがっかりさせないようして作ってほしいという依頼をしていらしく、だったらああなるよね・・・というのはわかる。そもそも彼はスタートレック派だしね。

  • Twitterを買収する直前まで話が進んでいたということ。配信技術がほしい・・・という文脈で買収しようとしたらしいが、正直なところ買収しなくて正解だったろう。Twitterみたいに荒れ狂うプラットフォームをディズニーがコントロールを出来るとは思えない(実際にそういう理由で買収を見送ったと、一応この本では書いてある)。もしディズニーが買ったらどうなったか見て見たいという気もするが、きっとそうなるとその後のコンテンツ買収も出来なかったかもしれない。

  • 20世紀フォックスの買収をする時に、プライベートジェットでの入国も競合のコムキャストに監視されている可能性があったので、ホテルに偽名で止まったということ。これ、法律的に問題なかったのかな・・・。


他にも自分の元同僚や上司に対して、敬意を欠かない一方で結構率直な評価をしており、こういった自伝の中ではかなり思い切って話をしている部類に入ると思う。朗読の方の声も自分の好きなタイプで、聞いていて心地よかった(佐田直啓さんという方だとのこと)。残念なのは、日本語タイトルがダサすぎること。

英語の”The Ride of a Lifetime”というディズニーのアトラクションと掛詞になっているタイトルの直訳ではわかりづらいと思ったのだろうけど、こんなハウツー本みたいなタイトルをつけると、せっかくのストーリーの魅力が台無しだ。

確かに最初と最後に10の原則を書いているけれど、これはどちらかというと料理のお通し的なもので、メインは彼の成功譚なのだ。実際にはここに出てこないような汚い話も色々あるに違いないが、ディズニーストーリーとはいかないまでも、立派にこの本のストーリーはおとぎ話としても通用する。

2020年8月15日 (土)

Epic Gamesのやり方に三戦を見る

全世界で2億人を超えるユーザーを抱えるゲームであるFortnite(フォートナイト)がAppleとGoogleの運営するアプリストアから削除されたというのがSNSで話題になっていた。ゲームを愛している自分だが、基本的にはコンソールゲームしかやらず、かつオンラインゲームはやらない・・という主義でプレイをしているので(※1)自分自身はFortniteをプレイしたことはない。ただ、世界中で人気のゲームがいきなり目の前から消える悲しみというのは理解できるので、経緯をざっと調べてみた。

SNS上ではかなり極端な意見が流れていたが、自分がみた中では西田宗千佳さんがBusiness Insiderに書いた記事が経緯と論点を一番綺麗にまとめているように感じた。

アップルと「フォートナイト」全面戦争の行方…“落とし所”はどこなのか(Business Insider)

今回の動きがSNSで一斉に騒がれたことの一つに、Epic Games側が用意周到な準備していたことがあげられる。彼らの活動は主に3つにまとめられる。


  1. Appleをカリフォルニア州で訴える
  2. かつてAppleがIBMとの戦いを描いたCMのパロディを作成して、全世界のFortniteプレイヤー向けに流す。(ここで見ることができる)
  3. #freefortniteのタグを利用してSNSでバズを起こそうとしている

この動きなんとなくみたことがあるな・・・と考えていたところ、中国の情報戦の方法である三戦に近いんじゃないか・・・と思い至った。Epic Gameには中国の騰訊の資本が40%入っており、彼らが騰訊から学んだところがあるんじゃないかと想像している。・・・ということで、戯言に近いのではあるが、あまりに見事な準備だったので、三戦とかけあわせてEpic Gameの今回の取り組みを捉え直してみた。



三戦とは何か

三戦というのは中国(および中国人民解放軍)が採用していると言われている方法論の一つで、敵との戦いにおいて輿論戦・心理戦・法律戦を組み合わせて戦うという戦略だ。

輿論戦というのは簡単に言えば、「自軍の敢闘精神の鼓舞、敵戦闘意欲の減退を目的とする内外與論の醸成をいう」という取り組みになる。ようは、様々なコンテンツやメディアを組み合わせて、自陣営の士気をあげ、相手のやる気を削ぐということだ。

心理戦というのは、簡単にいうとプロパガンダだ。輿論戦と違うのは、もっぱら相手に対して焦点を絞っているということだろう。
そして法律戦というのは自陣営の動き(想定されているのは軍事行動だ)を合法的なものとし、一方で相手を非合法とするという取り組みである。

日本の防衛省に詳細を解説した資料があったので、詳細を知りたい方はこちらを参照いただきたい。この資料にも解説がある通り、3つを明確にわけることは難しい。説明を読んでも輿論戦と心理戦は結構似ているんじゃないのという気がするし・・・。



三戦の概念とEpicの活動

この三戦の概念を、今回のEpicの戦い方に(無理やり)当てはめると以下のような感じになる。


  • 輿論戦・・・AppleがIBMとの戦いを描いたCMのパロディを作成して、全世界のFortniteプレイヤー向けに流す
  • 心理戦・・・ #freefortniteのタグを利用してSNSでバズを起こそうとしている
  • 法律戦・・・Appleをカリフォルニア州で訴える

重要なのは、三戦というのは長期的な戦いを想定した考え方であるということだ。軍事行動に関連して事前事後に行う一連の活動の枠組みを提示しているものなので、短期決戦を想定しているわけではないのだ。
ということで、今回の戦い方にこの考え方を応用しているのならば、この先に二の矢・三の矢が待っているはずなのだ。ただし、それは今回のアプリストアからアプリが削除されたかどうか・・というレベルの話ではない。もう少し先を見据えた戦略が準備されていると考えた方がいいだろう。



今後の動きの予測


今回のEpicの動きは、明らかに「過剰」だ。Appleと戦いたいのであれば、Appleに対して訴訟を起こせばいいだけだし、わざわざ映像やハッシュタグなどを準備などしなくてもアプリストアから消えた段階ですぐにマスコミが騒ぎ出しただろう。Appleの手数料が安くなればそれだけプレイヤーにも還元できる・・・というのは理屈としては成り立つが、プレイヤーを大規模に巻き込んだからといってAppleやGoogleが動揺するということはないだろうし、訴訟が有利に運ぶわけではない。


こういった「過剰」な動きをするのであれば、そこには少なくともEpic側が合理的であると感じるだけのロジックが存在するはずだし、そこにはその合理的なロジックを成り立たせる世界観が存在する。
中国を近くに見ていた自分にとっては、このロジックと世界観というのが、極めて大陸にあるものと似ているように感じるのだ。自分たちが正義と考えるロジックを振り回し、戦い抜くだけの物量を準備し、大衆を動員して勝利に持ち込む・・・というのは、大陸で政治が主導する動きによく似ている。



ビジネスとしての落とし所は西田さんの記事に書いてあるような方向性で進んで行くだろうし、このままずっとFortiniteのアプリが削除されたままというのは考えづらい。だが、外野にいる自分でさえ”三戦”とのアナロジーに想像が至ったのだから、AppleやGoogleの中でも間違いなく同じ想像をする人間はいるはずだ。もちろん、それは最初に言ったように戯言に近いものかもしれないが、おそらくもう少しは真面目に検討されることだろう。ただでさえ、アメリカでは「対中」という意識は日本人が考えるよりもずっと強いのだ。


こういうことから、Apple側はEpicに対しては騰訊との関係についても今後は攻撃してくるのではないかと予想している。Epic側もそれをわかっていてSonyからも資本を入れていたりするのだろうけど、GoogleとAppleが組んだ時にどのように政治的な手を打ち出してくるかというのは、予想がつかないだけに興味を持って見ている。



※1・・・人間世界の煩わしさをわざわざゲームに持ち込みたくないという気持ちと、オンラインゲームをしてしまったら廃人になってしまう可能性があるという二つの理由だ。

2020年8月11日 (火)

救急車で運ばれたら、なかなか体が戻らない

前回書いたように、それほど暑くもない日に倒れて脱水症状と診断されてからだいたい3週間ほどが経ったのだが、なかなか体の調子が戻ってこない。日々少しずつよくなっている気もするし、そうでもないという気もする。一言で言えば、ものすごく体調が不安定な状況になってしまった。以下が現在悩まされている症状だ。


  • 倒れた時と同じように左腕の二の腕から肩にかけてが締め付けられるような感覚がしょっちゅう起こる(「キューッ」という感じの擬音がピッタリくる感じだ)。どうやら半袖を着ていてクーラーの風を浴びるとそういう感覚になるらしいことがわかってきたので、このクソ暑い中でも常に長袖をきている。寝るときもかならず長袖のパジャマを着るようになった。
  • 外で汗をかくと同じように、左腕が重くなる。この前のように倒れるわけにはいかないので、いつもスポーツドリンクや経口補水液を持ち歩いている。
  • 自分の体温をコントロールできなくなったような感覚になり、いわゆる「のぼせ」に近い状態になる。これはだいたい昼過ぎから夕方まで続くことが多い。
  • 時々胸が痛くなり、息苦しくなる。この前倒れた時のように息が出来ないというわけではないが、呼吸が浅くなり、深呼吸をするのは難しい。
  • みぞおちから左右に痛みが広がって歩くのが辛くなる時がある。これは、運ばれた時にも起こらなかった症状なので、もしかしたら関係は浅いかもしれない。
  • みぞおちの痛みと前後して猛烈な吐き気が襲ってくることがある。
 
こういう感じで、体感的には自分の体がポンコツになってしまったような気がしている。
仕事のしすぎ・・ということはないと思っていたが、ストレスが良くないかもしれないと感じて、仕事量は当面の間セーブすることにした。また、そもそも体重過多と高血圧で血管やら心臓が弱っていることは確かなので、ちゃんと運動をすることにした。とはいっても、いきなり激しい運動をして倒れては元も子もないので、まずはウォーキングからだ。家の近くの公園周りを2時間ぐらいかけてゆっくり歩いたりしている。

困ったのは眠っている時にも最初のような症状が襲ってくることがあることだ。長く寝ると水分がなくなるのかもしれない・・と思って、寝る前に水分をしっかり摂るようにしているのだが、今度はそうなると夜中にトイレに行きたくなる。いずれにしても、睡眠の質はこれまでに比べてかなり下がってしまった。本当は朝にゆっくり眠れればいいのだろうが、子供には必ず起こされるし、だいたい朝8時から電話会議がはいっているので、寝坊することも許されない。

 

もっと若い頃には「働きすぎに、心臓が持たなかった」みたいな記事を読むと、そんなことが起こるわけないだろうと思っていたのだが、実際に40代になってみると体が急速に壊れていくのを感じている。多少時間はかかるかもしれないが(年単位になると思っているが・・・)、ここでいったん体をオーバーホールするのも悪くはないかもしれない。というか、すべきなのだろう。

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