NETFLIXの成功譚から「シリコンバレーのプロダクト開発」の一端に触れる

朗読なので本を買うよりも値段がするし閲覧性は低いのだが、やはりプロの朗読というのはすごくて、自伝を聞いていると真に迫って聞こえてくる。残念なのはまだまだライブラリーが貧弱ということ。アメリカでは通勤で聞く人が多いと聞くが、日本ではまだまだそういう習慣は広まっていないのかもしれない。
ということで、少ないライブラリの中から選んだのが「不可能を可能にせよ! NETFLIX 成功の流儀」だ。これまた原題である"That will Never Work: The birth of NETFLIX and the Amazing lif of an idea"に比べると、すごくダサいタイトルだったので少し怯んだのだが、勇気をもって聴き始めたらめっぽう面白かった。翻訳書はまず原題を見た方がいいかもしれない。
本書はNETFLIXの設立者であり元CEOであるマーク・ランドルフが、会社の立ち上げから自分が会社を離れるまでを回顧するという形を取っている。この本を読むまでは知らなかったのだが、現在のCEOであるリード・ヘイスティングスは創業者の1人ではあるが、初代CEOというわけではなく、DVDの郵送配送というアイデアを出したのは著者であるらしい。これだけ聞くとすごくきな臭い話に聞こえてしまうのだが、本書ではその辺りはかなりうまく処理されている。とはいえ、大株主であったリードから、CEOからの降格を告げられた時には相当ショックであったということは明確に述べられている。
本作ではNETFLIXの設立から上場までを主に描いているのだが、特に面白かったエピソードをいくつか拾ってみよう。
- AmazonからNETFLIXの買収を持ちかけられた時にあったベゾスのことを「かなり薄くなった頭を見ると、亀のようだ」と表現していること。今ほどのカリスマ性はなかったにしても、1500万ドル前後の買値を提示しようとしている会社の社長を亀呼ばわりするというのは、やっぱり頭のネジがちょっと飛んでいる。
- マーケティング施策の一つとしてクリントンの弾劾裁判をDVDにコピーして2セントで配布しようとしたら、一部にポルノが混ざってしまった。クリントンを見ようかと思ったらポルノが送られて来たら、それは驚くだろう。今だったら間違いなくSNSで炎上するはずだが当時は掲示板で話題になったぐらいらしい(本当だろうか・・・)。
- NETFLIXが天下を取る前の最強プレイヤーであり競合であったブロックバスターとの買収交渉がNETFLIXの合宿中に急遽設定されてしまったため、マーク・ランドルフ達はTシャツやビーチサンダルで参加したらしい。シリコンバレーでは確かに日本よりもはるかにカジュアルな格好をしているが、今まで提携交渉でビーサンで参加した人は見たことがない。・・・とはいえ、Facebookのザッカーバーグは名門VCとの打ち合わせにパジャマで参加したという伝説があるので、そういう例もなくはない。相手を怒らせるため、なら。。
また本作には起業だけでなくビジネスをする上で役に立つ内容も散りばめられているのだが、特に気に入ったのは次の2つだ。
- “カナダ原則”の維持
アメリカにある企業であるNETFLIXが海外展開をしようとすると、まずは身近にあるカナダを対象としたいというアイデアが出てくるが、実際には思っているよりもずっと大変である。例えば決済は同じようにドルという名前だが、カナダドルとUSドルは価値が違う。またカナダで展開するためには、フランス語対応をしなければならない。こういったことを考慮すると、カナダ展開というのは「短期的に売り上げが上がるように見えるが、必要とされるリソースはそれ以上に大きい」。こういうようなアイデアを避けることを「カナダ原則」と筆者たちは呼んでいるのだ。
“カナダ原則”で検索をしても出てこないので、訳した際に本当は別の言語を当てるべきだったのか、あるいはこれはNETFLIXのローカルルールなのかはわからないが、この考え方はとても良いと思った。リソースの制約があるような小さい企業だけではなく、大きい会社でも「いい手が思いつかないので、とりあえずわかりやすい打ち手をとってみた」というのはよくあることだ。そういったことを避ける・・・避けられないまでも、少なくとも一歩立ち止まってみることには役立つだろう。 - “重要な意思決定はデータをもとに行う”ということ。
NETFLIXが定額レンタルを始める際には、金額を変えたり、一度に借りられる枚数を変えたりと、なるべく多くの変数を組み合わせて実験を行なった上で意思決定を行ったらしい。日本だと「仮説思考」という名の下に、あれこれと議論をして数ヶ月たってしまうということが普通にあるのだが、実験で決められることは実験で決めるというアプローチはすごく良いと思う。
個人的には日本では「仮説思考」という言葉が過度に使われており、データで取得できるところはもっとデータに頼るべきだと思っているし、もっと分析を重視すべきだと思っている。仮説というのが、ただの”思い込み"だったり”妄想"だったりすることが多いのだ。
本書によれば、NETFLIXで最初に思いついたのがビデオの宅配だったらしい。しかし、それだとコストがかかりすぎると考えていたところにDVDという技術が出てきて、ちょうどマーケットの拡大期に乗り、そして拡大期を自分で作り出すことが出来たのが勝利の理由の一つであるとされている。やはり大きな企業が生まれる時には、技術の変曲点に関わっているということが非常に重要なのだ。
アイデアだけでなく、様々な要因が重なり合ってNETFLIXという会社が出来上がる様を疑似体験できる「聞く読書」、ぜひオススメしたい。
« Audibleで自伝を聞くのがとても楽しい: ボブ・アイガーの自伝本 | トップページ | その提案書に意味があるとは思えない・・・と部下に言われたら »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 外から読んで面白い官僚の仕事は中ではあまり評価されない: 金融庁戦記 企業監視官・佐々木清隆の事件簿(2024.04.02)
- コロナ禍を学習の機会とするために: 『1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録』(2024.03.30)
- 巨大企業は国を守るための盾となれるのか: 書評 半導体ビジネスの覇者 TSMCはなぜ世界一になれたのか?(2023.11.16)
- 鉄火場じゃないと飽きちゃうタイプのリーダー: 書評 ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」(2023.11.11)
- [書評]仮説とデータをつなぐ思考法 DATA INFORMED(田中耕比古)(2023.10.19)
「Off」カテゴリの記事
- 母親の死去と相続で大変だったことの記録(その3)(2025.01.01)
- [書評]中国ぎらいのための中国史(2024.10.19)
- 母親の死去と相続で大変だったことの記録(その2)(2024.10.14)
- 母親の死去と相続で大変だったことの記録(その1)(2024.09.23)
« Audibleで自伝を聞くのがとても楽しい: ボブ・アイガーの自伝本 | トップページ | その提案書に意味があるとは思えない・・・と部下に言われたら »
コメント