[書評] ビッグ・クエスチョン 〈人類の難問〉に答えよう: 際立った知性は同じ方向を向く
自分がスティーブン・ホーキングという人物を認識したのは、小学校の頃だった。学校の図書館に「ホーキング 宇宙を語る」があり、当時宇宙に興味を持っていた自分はとりあえず”宇宙”という単語に惹かれて手に取ったのだ。今となっては本の内容は全く覚えていないが、卒業アルバムには将来の夢を「NASAで働くこと」と書いていたくらいなので、宇宙への興味はそれなりに強いものがあったのだろう。
結局その夢は大学1年生の時に捨ててしまったが、それでも宇宙への興味は変わらず、教養過程では宇宙論や相対論を受講した。しかし、そのロマンあふれる授業名から想像される内容とは異なり、大学のこれらの授業は数式を駆使した物理学だった。数学が得意ではなかった自分はあっさりドロップアウトし、そのままついにその領域を本格的に学ぶことなく40歳を超えてしまった。
それでも、志半ば・・というか、そもそも大きな志などなかったであろう自分にとっても、ホーキングという存在は特別な存在であり続けた。ALSという難病でありながらも研究活動を続けた・・という事実を持って、一般的にはある種の超人性・聖人性を付与されてしまった彼が私生活では決して聖人ではなかったということを知っても、自分の中での存在の大きさは変わらなかった。もしかしたら、その理由の一つには「難しいことを平易に語る」という、自分の中では得意であると思っている領域の偉大な先駆者であるという意識があったからかもしれない。実際、内容は覚えていないとはいえ「宇宙を語る」は小学生にも十分理解が可能な語り口だった。
そういうわけでaudibleで本作を見つけた時も、迷うことなく購入を決めたのだった。audibleは「聞く読書」なので、どうしても向き不向きがある。一番の難点は、前のページを参照したり、わからなくなった時にパッと戻るということができないことだ。しかし、ホーキングの語り口であれば、文字を追わなくても大丈夫だろうと考えたのだ。
実際に聴き始めてみると、この領域に多少の知識を持っている人間であれば朗読でも全く問題なく内容が頭に入ってくることに気がついた。ブラックホールとそれに関連する物理学的理論の説明が行われているにも関わらず、まるで挿絵があるかのように”絵として”内容が頭に入ってくる。彼が生涯をかけて研究した内容が、その本質にまで触れることはできなくても、外縁から十分に理解が可能なように構成と語り口が工夫をされているのだ。
そのこと自体で科学啓蒙書としての本書の価値は十分に満たしてくれているのだが、それよりも驚くのはホーキングの興味の方向性が非常に幅広く、かつその全てが現代科学において重要な領域であるということだ。列挙すれば、彼の興味の対象は核融合技術、自然破壊と環境保護、宇宙開発、そしてAIになる。彼は宇宙物理学という、ある意味で究極の「根本的な課題」に取り組みつつも、その視野には工学の最先端がちゃんと含まれているのだ。
そしてその理由は、本書内でも明確にされているように、人類という種(よりわかりやすくいえばホモ・サピエンス)の生活範囲が地球のみであるとすると、いずれ滅亡をしてしまうという問題意識によるものだ。その滅亡の理由は、例えば核戦争かもしれないし、地球環境の大変化かもしれない。あるいは恐竜が絶滅した時と同じように隕石の衝突かもしれない。その「何が」「いつ」起こるかということは正確に予知することはできないとしても、今後の1,000年単位で考えれば、人類がこのような問題に直面することは避けられない・・・と彼の卓越した頭脳は判断したのだろう。
自分はこの下りを読んでいて、優れた知性というのは最終的に同じような問題意識に到達するのかということに驚いた。衰えていく地球から宇宙に飛び出し、そのためには物理的な理論や核融合の知識がいる・・・というのは、まるでインターステラーで描かれた世界のようだ。おそらくかなり近い将来、こういった問題がより身近になり、より真剣に議論されるようになるのだろう。そして、自分が生きている間ではないかもしれないが、これらの問題が解決されて、人類が他の星で暮らすような未来が来るに違いない・・・と、本書を読むとそう思わずにはいられない。
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