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2021年9月

2021年9月30日 (木)

Katerraの破綻

かなり前の話になるが、シリコンバレーのスタートアップ Katerra事実上破綻した。気持ち的にはしてしまった・・・といいたいところだが、ニュースを見ていると論理的な帰結だったという気もするので「した」という表現の方がふさわしいといえるだろう。
日本ではSVF(Softbank Vision Fund)が20億ドルを超える投資をした企業として知られているだろう。ただ、アメリカの不動産マーケットを知っていた人間からすると、もう少し深い意味合いを感じる。


ConTechとアメリカの建築業界

Katerraが取り組もうとしたマーケットは、米国ではConTechと呼ばれるマーケットだ。これはConstruction と Techをあわせた単語で、アメリカにおいても労働集約的なマーケットである建築業界をテクノロジーによって変革しようと取り組んでいる企業群が多く存在している。

自分は前職のSRI International時代に戦略的提携を結んだ大林組とのお仕事があったため、アメリカの建築業界についても勉強する機会があった。


大手ゼネコンを頂点にピラミッド型のヒエラルキー構造が明確になっている日本とは異なり、アメリカの建築業界というのは、地域ごとにそれぞれ強い会社が直接顧客とやりとりをすることが多く、いわゆる「多重下請け構造」のようにはなっていない。それ以外にも日本とアメリカの建築業界では複数の違いがある。

 

  • 社員を抱えるタイプの日本の建築業界とは異なり、プロジェクトごとに契約社員(コントラクター)と契約してプロジェクトを生成するという形を取る。
  • 事前に契約金額を確定させる日本とは異なり、稼働期間と原材料コストに対して一定の割合を乗せるという形で利益を確保することが多い。
  • プロジェクトを”全部請負う”契約を結ぶことが多い日本とは異なり、設計はA設計事務所、土木部分はB社・・・のようにプロセスごとに他の会社が管理を担うこともある。

Katerraが取り組もうとしたこと

Katerraが取り組もうとしてたのは、この建築業界において可能な限りモジュール化を進めるという取り組みだった。建築業というのは土地の制約、空間利用の制約、設計や意匠の自由度などの理由から、基本的に多くの建築物が”一品もの”となりがちだ。
一品ものであるが故に、部材や製材といったものも現場での加工が必要になったり、あるいは別の事業者にカスタマイズを依頼しなければならない。もしこういった加工やカスタマイズを減らすことができれば、工期を短くし、コストを低減させることが可能になるだろう。

この考え方自体は決してKaterraのオリジナルではない。
日本でもコンクリートを工場などであらかじめ加工して出荷し、それを組み合わせて建築を行うというプレキャスト工法という方法は広く浸透しているし、中国では3Dプリンターを活用してマンションを6週間で建築するということを行なっている(※1)。特に3Dプリンターの一般化により、いわゆる部材構築に必要な時間はこれまでに比べて劇的に短縮された。

一方で業界や建築プロセスを考えればわかる通り、この資材や部材のモジュール化というのは、単にその部分を自動化しかつ標準化すればそれで終わりというものではない。設計段階からモジュールを使うことを前提にして設計しなければならないし、施工管理もモジュール化出来ている部分と非モジュール化部分を統合することを考えながら進めなければならない。これは部材そのものをモジュール化することよりもずっと難しいことだ。


Katerraは何に失敗したのか?

こういった業界の様々な課題に対して、Katerraは部材の徹底的なモジュールを進めることで工期の短期化とコスト低減を実現しようとした。もちろん3Dプリンターなどのデジタル技術も活用することも検討していたという。一品ものである建築を、工場での製造のように変革しようとした・・というのが、一言でいえばkaterraが取り組んだことだ。

しかし、既に書いたようにKaterraはその道半ば・・というか、市場規模を考えれば「スタートから第1コーナーを回ったあたり」でその旅を終えてしまった。大型投資を受けた企業の破綻ということで、アメリカのブルームバーグでも特別記事が掲載されていた。

(bloombergの取材なので必ずしも100%信じられるわけではないのだが)この記事を読むと、Katerraは建築業界における問題をあまりにも単純化したように見える。建築業界は単純にコードによってデジタル化することが出来るような世界ではなく、企業間の関係構築が必要であり、関係者の様々な「美しいとは言えない(dirt)」な思惑のコントロールが求められ、かつ様々なスキルが必要なマーケットだったと、記事は主張している。

確かにこの記事のいう、市場の特性というのはかなり当たっているだろう。しかしこの記事は重要な論点を無視している。Katerraの破綻後にその工場を買収したのは、katerraと似たようなアプローチをとっている競合だったのだ(Volumetric Building Companiesという企業が工場を買収している)。つまり、この市場にいるプレーヤー全てがKaterraと同じ道を歩んだわけではないのだ。少なくとも今のところは。


そう考えると、Katerraの運命を決めた一つの要因は、SVFからの投資だったのではないかという気がしてくる。彼らの持つ資金量というのは圧倒的で、シリコンバレーにおいては「スタートアップ投資の考え方を変えてしまった」と言われていた。これは決してこれまでのVC業界にSVFが受け入れられなかったということではない。

多少の好き嫌い(多少ではないかもしれないが・・・)があったとしても、スタートアップ業界は常に金の出し手を受け入れる。金余りの今はVCごとの競争はドンドン厳しくなっていくが、それでも金は貴重なリソースである。

むしろSVFの投資が”毒”となってしまうのは、投資された方の企業にとってだ。VC業界の標準的な考え方に沿えば、仮に2,000億円の投資を受けたとすれば、上場時の時価総額の期待値は最低でも2兆円を超える。これはいかにアメリカといえども、そう簡単ではない。

また、まだビジネスがそれほど軌道に乗っていない経営者が、突然数千億円を受け取って、これまでと同じように経営を続けるというのは、想像するだけでも極めて難しい。金はスタートアップにとっては必要不可欠なものだが、ありすぎるのもよくないのだ。シリコンバレーでは、SVFに投資を受けるということは「SVFという市場にIPOするようなものだ」と言われたりもした。


シリコンバレーの歴史や建築業界の規模、そしてそこにある多くの不合理を考えれば、contechに挑戦するプレーヤーは必ず出てくるはずだ。しかし、それは既存の要素技術を塗り替えるところからスタートするのではないだろうか。少なくともある要素技術をデジタル化することで、サプライチェーンとバリューチェーン全てを支配できると考えるKaterraのような会社はしばらくは出てこないだろう。

 

※1・・・日本と中国の建築基準の違いや監督精度の違いなどがあるので、今後技術が発展したとしても日本で同じ工期で完成することが出来るようになるとは想像はできない。

2021年9月 2日 (木)

[書評] トレイルブレイザー: 企業が本気で社会を変える10の思考 - Salesforceはマーケティングの会社だと再確認 -

517u5w0pcql SFA(Sales Force Automation: 営業支援ツール)と呼ばれる領域で世界最大の企業であるSalesforce.com(SFDC: セールスフォース)は実に不思議な会社だ。

SaaSビジネスというビジネス領域における最大の成功企業の一つであるのは間違いがないが、提供しているツールはお世辞にも「使いやすい」とは言えない。企業側が導入しようとするとほぼ100%導入コンサルティングを受ける必要があることを考えると、位置付けとしてはSAPのようなERPツールとあまり変わらないとも言えるかもしれない(※1)

テクノロジーの会社という見せ方をしているが、GoogleやAmazonといった会社と並び立つほどの技術レベルにあるかということ、これもかなり悩ましい。そもそもSalesforceの売り上げレベルだと、今の商用かつ汎用的なAI領域では投資必要金額をまかないきれないのだ。彼らがアインシュタインと名付けたAIも、裏側ではIBM Watsonの機能を活用している部分があるのが一つの証拠と言っていいだろう。

働きやすい会社・・・というのは確かに一面をよく表しているが、営業へのKPI管理や行動管理は世界でもトップクラスに厳しい企業でもある。これは創業者であるマーク・ベニオフがOracle出身であるという理由が大きいかもしれない。Oracleの営業は、IT業界の中でも最強の営業部隊を持っていると言われた時代があったのだ(業界を離れて数年たったので、今はちょっとわからない)。


そういうわけで、SFDCは「みんなが知っている割には捉えどころのない会社」というイメージだったのだが、本書を読んで見て、結局のところSFDCは自社(と製品)のマーケティングがメチャクチャうまい会社なのだな・・ということを実感 & 再確認した。

彼らのマーケティングの巧さを示す例でいうと、SaaSセールスの代名詞となったTHE MODELの考え方がある。マーケティングによるリード獲得から、インサイドセールスによるリードの見極め、そしてフィールドセールスによる刈り取りとカスタマーサクセスによる並走サポートというこのプロセスは「セールス強化」を測りたい伝統企業やスタートアップから強い支持を得た。
しかし、少なくとも日本においてはセールスフォース自体がTHE MODELの考え方を”限定的に活用している”ことはあまり知られていない。例を挙げれば、2021年の現在、THE MODEL的な営業フローは主に中小企業向けに使われており、大企業向けにはよりアカウントに近い営業体制が取られている。また、セールスフォースが日本に進出した際、アメリカでの営業方法がそのままでは上手く機能せず、結局日本IBMから営業系の幹部を引き抜いてきたというのはよく知られた話だ。

もちろんこれは、THE MODELという考え方が悪いわけでもなく、セールスフォースという会社が嘘つきだということでもない。外部環境に合わせてやり方を柔軟に変えることができるというのは、優れた組織には不可欠な要素だし、事業モデル自体も進化していくものだからだ。


本書を読むと、そういったマーケティングの巧さというのは創業者であるマーク・ベニオフの個性を反映したものだと思わずにはいられない。シリコンバレーの現役経営者の中でも、彼ほど出版や情報発信を好むCEOはいないのではないだろうか。実際に、本書も含めて彼は”読ませる” 文を書く。

私が以前勤めていた会社では、Oracle時代の彼と直接働いたことがある人間がいたのだが、彼は「どんなプロジェクトをやらせても失敗するが、なぜかその度に出世していく」とぼやいていた。もしかしたら、彼のやや誇大妄想的な部分とテクノロジーよりもマーケティングとビジョンに重きを置くスタイルがOracle創業者のラリー・エリソンに好かれていたのかもしれない。

ちなみに、彼はあまりにベニオフの出世が早いので「ベニオフは、ラリー・エリソンの隠し子なのでは?」と疑っていたようだ。自由奔放なラリー・エリソンならでは・・という気もするが、本書ではベニオフ家についてかなりの部分が割かれており、どうやら隠し子説は本当ではないらしい。


※1 ・・・SAPの導入は日本企業だと数年がかりになるのはザラなので、さすがにあれほど重いサービスではないが。

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