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2022年3月14日 (月)

”現代ロシアの軍事戦略”(小泉悠)を読んで

2週間前に発生したロシアのウクライナへの侵攻は、文字通り世界の形を1日して変えてしまうインパクトがあった。この領域をしっかり見続けている人にとっては予想できる事態だったようだし、インテリジェンスの世界に親しい人にとっても”不意打ち”と呼べるような状況ではなかったようだが、自分も含めて一般人にとっては予想もしない出来事だった。

SNSが当たり前になってから、こういった社会性の強い出来事に対して訳知ったことを世界に発することがひどく簡単になった。誰でも自分の意見を述べることができるのは大切なことだし(そういうことが出来ない国はたくさんある)、何かいいたくなる気持ちもわかる。ただ、自分個人としては何も分かっていない状況で気持ちが先走った発言をするのは好きではないし、そうすべきではないとも思った。
むしろ、こういう自分ではほとんど何も出来ない時こそ、情報を咀嚼するために必要な知識を貯めることが必要なのだ。そういうわけで、今回の戦争が始まってから多くのメディアに出るようになった小泉さんの本を手に取ってみた。

ちなみに自分は小泉さん(先生と呼ぶべきだろう)が所属している東京大学先端科学技術研究センターの池内先生をTwitterで長くフォローしていることから、今回の戦争が始まる前から小泉先生のことは知っていた。2022年3月中旬ではしょっちゅうTwitterのアカウント名を変えているのでどう呼ぶべきかが難しいが、彼が長くイズムィコを名乗っていた時からのフォロワーだ。さらにいえば、彼は松戸市出身ということで自分と同郷でもある。彼が通っていた松戸国際高校は、かつての自宅からわずか2kmちょっとという距離にあった、まさにご近所さんだ。


ロシアの軍事力の変遷とその戦略思想

本作は「ロシアの軍事力を(本人曰く)軍事オタクの観点」から分析したものになる。もちろんこの「軍事オタク」というのは謙遜ではあるが、本人の興味や志向を表してもいるだろう。小泉先生はその分析を、ウクライナ危機(今回のではなく2014年の紛争)から始めて、やがて現代ロシアの軍事戦略全体を描き出す。

第1章: ウクライナ危機と「ハイブリッド戦争」
第2章: 現代ロシアの軍事思想 - 「ハイブリッド戦争」論を再検討する
第3章: ロシアの介入と軍事力行使の実際
第4章: ロシアが備える未来の戦争
第5章: 「弱い」ロシアの大規模戦争戦略

本作がカバーする内容は基礎的なものとはいえ、多岐にわたっているので理解するのは簡単ではない。専門用語も頻繁に出てくるし、ロシアという国に対して何らかのイメージがないと理解が難しいと感じる部分もある。とはいえ、自分は過去の数冊ほどロシアに関連する国際政治の本を読んだことがある人間なので、本書がイメージする一般読者とほぼおなじ程度の前提知識しかないと言えると思う。その自分が、本書を読んで理解した要素を簡単にまとめてみよう。

  • ロシアはそのイメージと異なり、通常戦力は決して強くない
    自分のようにまだ冷戦があった時代に生まれた人間にとっては、ソ連とロシアというのは軍事大国というイメージがあるかもしれない。しかしそのイメージとは裏腹に、実際のロシアの通常戦力はそれほど強力ではない。それは軍事能力を支える経済規模が驚くほど小さいからだ。現代のハイテクを活用した軍事領域では、資本力はそのまま戦力に直結するのだ。

  • ロシアを特別な存在とするのは核の存在
    決して通常戦力に恵まれているとはいえないロシアを独自の存在としているのは、ソ連から引きつぎ、その後も資金を投じていた核兵器である。特にロシアは戦術核兵器を実戦に利用することを想定した訓練を行なっており、核を単なる抑止力を生み出す神輿ではなく、実際的な兵器であると捉えている。

  • ロシアはサイバーや宇宙空間における争いといった「ハイブリッド戦争」に力を割いている
    通常戦略での劣勢をカバーするためにロシアはサイバー空間における情報戦や、宇宙空間における衛星の利用の阻害、PMCなどの非正規軍などを活用したハイブリッド戦争を戦うことをその戦略に組み込んでいる。特にプロパガンダやSNSなどを使った情報戦はロシアにとって大きな武器となっており、さまざまな方法を用いて日常的に攻撃(ロシアからみると、西側の攻撃への対抗)を行なっている。

  • 戦争の物理的な勝利ではなく、状況をコントロールすることを目的とする
    戦略核兵器を撃ち合うような最終戦争を意図することは出来ないロシアは、物理的に相手を屈服させるような戦争における勝利を目指してはおらず、自分たちが状況をコントロールすることが可能な状態を目指している。これはエスカレーション抑止という考え方に反映されている一方で、絶え間ない闘争状態が続くことを意味している。

  • ロシアの目的は大国としての勢力圏の維持
    ロシアは既存の国際秩序の中で役割を担うのではなく、自ら国際秩序を生み出しコントロールすることが可能となる「大国」であることを目標としている。そのためには、特にかつてはソ連の一部であった東欧を、自らの勢力圏とすることが重要であると考えている。また東欧を自らの勢力圏としておくことは、ロシアの首都を含めて主要都市の戦略縦深を確保するためにも重要である。


今回の戦争に見る戦略の不整合

2022年のロシアによるウクライナへの侵攻というのは、国際法上も倫理的にも許されない暴挙であることは言うまでもない。全世界・・ということは難しくても、大多数の国がロシアへの制裁を支持しているのも、この行動が既存の国際秩序を破壊するということを理解しているからだろう。

一方で本書を読んでみると、今回の戦争が筆者がこれまで想定していたロシア軍の戦略からやや外れているように見えるというのも事実だ。本書でも記載されているように、ロシアにとってウクライナは自国の勢力圏であるべきであり、NATOへの加盟というのは許されないものであったのだろう。しかし、そういった国家政策の方向性(プーチンの意思も含めて政策の方向性と呼んでいる)と、軍事戦略というのは別に議論されるべきでもある。

(もしかしたらロシアという国は機会主義の面もあるかもしれないが)これまでのところ、少なくともウクライナへの侵攻というのは、とても状況をコントロールしているとは言い難いものがある。その兵力の違いからロシアが圧倒的に優勢であるとはいえ、おそらく想定されていたスピードではウクライナへの侵攻は進んでいないし、結果的に東欧の国家群がロシアへの警戒心を飛躍的に高めることになってしまっている。

また、彼らが得意であるとされているハイブリッド戦争も、今回の侵攻では十分に発揮されているとは言い難い。本書でも繰り返し触れられているように、戦争というのは最終的には意思のぶつかり合いであり、兵力・暴力が用いられることは間違いない。しかし、今回の戦争では例えばウクライナ国内の反政府組織を活用したり、サイバー攻撃が十分に効果を発揮したという事実は見られていない。むしろ、今回の侵攻は古典的な暴力がむき出しになった戦争だと見られている。


こういったこれまでの戦略との凸凹の整合性/非整合性は、おそらく世界中の研究者が同時進行的に分析を進めていることだろう。もしかしたら、巷間言われているように、そこにはプーチンという個性やその情報収集のメカニズムが極めて強く影響をしたのかもしれない。何れにしても、まさに展開されている悲劇を1日でも早く止めるということと同時に、何故にこのような意思決定に至ったのかを分析することは、”次の戦争"を防ぐためには必須なのだろうと感じる。

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