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2022年3月15日 (火)

戦場としての世界(1) - アメリカはロシアをどう見ていたか-

昨日紹介した小泉先生の「現代ロシアの軍事戦略」は、日本における研究者が近年のロシアの振る舞いをどのように捉えているのかを知るのに役に立った。こういった研究が日本で主流になることはなかなかないかもしれないが、日本のように友好的とは言えない国家が近くにある状態では、実務的な平和研究(軍事研究)がアカデミックなポジションにあることは重要だと思う。

世界中を見渡してみると、平和に関する研究という名のもとに軍事研究をしている国は多くある。学問としてズバリ戦争学と言う名前がついているロンドン大学キングス・カレッジのような存在は珍しいが、国際関係論や地域政治論の一部として軍事研究が行われているのは特別なことではない。しかしなんといっても戦争研究に関して言えば、軍隊そのものが一番の研究現場となっているのは間違いない。

全世界で最大の軍備を持ち、かつ最大の軍事費を維持しているのはアメリカだ。その結果というべきか、あるいはそれゆえにというべきか、軍事や戦争に関する研究もアメリカでは大変力が入れて行っている。名門大学からののリクルーティングも積極的に行っているし、アメリカのアカデミアらしく、民間との共同研究も多くなされている。自分がかつて在籍していたSRI Internationalの最大のスポンサーであるDARPAも、広い意味では軍事研究に対して資金を出している組織であると言える。

本作の著者であるマクマスターは、米軍に20年以上在籍した軍人であると同時に文学修士号と軍事史の博士号というアカデミアとしての背景を持っている人間である。こういった人材がゴロゴロ・・・とは言えなくても、豊富にいるのがアメリカ軍の強さの一端であるのは間違いない。その彼が日本でも広く知られるようになったのは、軍の退役後にトランプ大統領時代の国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任したからだ。任期はわずか1年程度であったとはいえ、長い軍歴を誇り、かつ政治にも関与したということで極めて特異な経験を持った人間であると言えるだろう。

その彼が補佐官辞任後に出版したのが本書だ。タイトルの通り、我々一般人が知らないところで繰り広げられている戦い(必ずしも軍事的なものだけではない)や、力と力の激突を描いている。長く現場で働いている彼のような人間にとっては、世界がどのように見えているのかを知るための貴重の一冊でもある。
本書は本文だけでも600ページを超える大部なので、読み切るのも容易ではない。そこで自分の学びも含めて、章ごとに簡単に感想を書いておこうと思う。


常に視線の先にはプーチンがいる

ロシアのウクライナへの侵攻を知ってからだと極めて示唆的だと感じるのだが、本書では最初の章をロシアに割いている。一般的には米中冷戦時代と言われて、アメリカにとって最も強敵となるのは中国だと考えがちだが、彼のような軍人から見るといまだに最も注意すべき対象はロシアであるということだ。

本書に書いてあるロシアの特徴、あるいは攻勢というのは昨日の記事で取り上げた"現代ロシアの軍事力"とほぼ一致している。端的に言えば、以下のような特徴にまとめられるだろう。

  • ロシアは通常戦力の劣勢をカバーするために核兵器を活用すると同時にサイバー空間での攻勢を強めている
  • 彼らの戦略は西側の結束、あるいはアメリカの分断を強めることに使われている。いわば、ロシアは「自分を強くする」のではなく、「相手を弱める」ことに力を注いでいる。
  • プーチンは長期的にロシアの勢力圏を復活させることを考えている。

一方で本書ではその視点が対象となるロシアだけではなく、それに対する西側にも向けられている。マクマスターによれば、ロシアにここまでの攻勢を許してしまったのは、彼らが優れているだけではなく、アメリカをはじめとする西側に傲慢と油断があったからだというのだ。既に軍と政治生活を引退しているという理由もあるだろうが、彼の批判はアメリカだけではなくヨーロッパに対しても向けられるし、国内においても共和党・民主党に関係なく向けられる。
彼のような軍事的な実務を大切にする人間からすると、トランプのようにインテリジェンス情報を重視しなかった大統領と、化学兵器を使用しても断固たる介入を行わなかったオバマ大統領は同じようにミスを犯したということになる。

本書の指摘で面白かったのは、西側のエスタブリッシュあるいは政治的リーダーがロシアに対して親しみを感じることがあり、それこそが過ちであることを指摘していることだ。マクマスターによれば、少なくともプーチンを筆頭とする現在のロシアの政治的トップは価値観を共有できる相手ではなく、そこには互いに異なる国益が存在しているのみなのだ。ここでいう価値観というのは民主主義といった政治的なものだけではなく、例えば第二次世界大戦で共通の敵としてドイツに戦ったというノスタルジーや、ソ連崩壊時にアメリカの援助で崩壊寸前の帝国を支えたという歴史観なども含まれる。

そのような厳しい指摘をする一方で、彼はそれでも少なくとも補佐官を務めている間には、より高いレベルで何らかの合意に至る努力を試みる。普通の人間であればそこまで敵を信じられないのであれば会話をすることすら難しいのではないかと思うのだが、戦場においてはそのような単純な判断は許されないということなのだろうか。

 

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