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2022年4月

2022年4月19日 (火)

JTのM&A: 日本的なビジネス書の良き例


自分が2021年から在籍している企業はいわゆる”スタートアップ”というカテゴリーに入る。ファウンダーの起業後にすでにそれなりの年月が経っているので、スタートアップ時価総額ランキングのようなものには出てこないが、資金調達を行いそれなりの企業価値として評価がされている企業だ。

自分でも経緯を説明するのはかなり難しいのだが、今はその企業で組織開発(Corporate Development)担当役員というのが、今の仕事だ。組織開発といっても規模が規模なので、どんどんM&Aをするということはなく、メインの業務は海外展開の推進と既に進出しているオフィスのバックフィス統合などを担当している(今のところは)。ただ、事業展開上にポジティブだとすればM&Aも当然検討対象となる。実際に、今年の1月にはある海外企業を買収して、今はその統合も一部担当している。コロナがなければもっと主体となったと思うのだが、なにせコロナでビザが取りづらくなっているのと、隔離時の家族対応が難しいということで、今はもっぱらリモートでの対応をしている。

企業としてのM&Aは初めてではないのだが、そこはスタートアップということで、あまり買収前の作業や買収後の統合ステップというのが綺麗に揃ってはいないのが現状だ。今年に入りそういった業務の担当となったということで、一つ一つ社内の整備を進めている。その際の参考書として人から勧められて手に取ったのが本書だ。


本書は日本のタバコ産業のリーディング・カンパニーであるJTの元CFOが、JTの二つの巨大買収から学んだことをまとめたという体裁になっている。この2つの巨大買収、一つは1999年のRJRインターナショナル、もう一つは2007年のギャラハー買収だ。いずれも日本企業が欧米の巨大企業を買収したということで、当時もずいぶん話題になった。
1999年はまだ学生だったのであまり気にも留めなかったが、2007年の大型買収は自分もあっさり覚えている。しかし、当時は実業系の自分がM&Aに関わるとは思っていなかったので、特に積極的に情報を追うことはしなかった。今ではスタートアップと呼ばれるような会社でもM&Aを普通に行うようになったわけで、時代が変わったと思わずにはいられない。

本書のタイトルを見て買おうと思った人間は、おそらく巨大企業のM&Aの戦略や実務、あるいは生々しい苦労話のようなものを読みたくて手に取るのだろう。実際、自分もM&Aをしているという文脈で本作を紹介されたのだから、そういった話が中心になっていると期待をしていた。
しかし残念ながら、曲がりなりにも海外でMBAをとった自分のその期待は、本書では満たされなかった。その理由は主に2つある。


一つは、本書がM&Aそのものというよりも、”M&Aを推進したCFOとしての自分の仕事”に焦点を当てているためだ。CFO(Chief Financial Officer)というタイトルはかなり日本でも一般化しているが、その職務やタスクについての統一的な見解というのはなかなか存在しない。
ちょっと考えてみればそれは当たり前で、スタートアップで求められる財務担当役員の業務と、兆円を超える規模のビジネスを展開しているグローバル企業の財務担当役員では、求められるものは当然異なってくる。しかも企業によっては財務部部長をCFOと呼んでいることもあれば、管理本部全体の長をそう呼んでいることもある。そもそもの職務領域が違っていることもあるわけだ。

本書はそういったCFOという職業に対して、著者が自らの経験から一定の役割とミッション、求められる能力といったものを提供するということに主眼が置かれている。おそらくCFOという仕事で何をなしたらいいのか・・といった悩みを抱えている人には刺さる内容なのだろう。
しかし、残念ながら自分はそういった悩みを抱えているわけではないのだ。これはもう著者が想定したターゲットに自分が当てはまっていなかったとしか言いようがない。そして、そのようなズレはタイトルによるところが大きい。これは全て版元の責任だ(タイトルは版元が設定することが多い)。


もう一つの理由は、本書ではいわゆる「戦略」や「生々しい話」がほとんど書かれてない点にある。確かに業務に関連している話も書かれてはいるのだが、”関係性がうまくいかない部門の融合のためにイントラネットを立ち上げた”とか”食事をするとお互いの信頼関係が生まれる”といった類の話で、毒にも薬にもならない話ばかりだ。

この「エピソードが全く面白くない」というのは日本のビジネス書によく見られる欠点で、英語でのビジネス書に慣れてしまった自分が日本のこういった類の書籍を読まなくなった理由の一つでもある。やはり読者としては、インサイダーしか知らない生々しい闘争の話とか、戦略や戦術の話を知りたいのだ。日本の場合、古巣への遠慮が筆を鈍らせるのか、あるいは生々しい話を書くのがゴシップと思われがちなのかわからないが、とにかくボヤッとした話を書こうとした傾向にある。


そういうわけで本書は自分の現状の期待値には全く合わなかったわけだが、価値がなかったという気は全くない。大企業で組織戦略を描いたり、財務組織の再編をしようとしている人にはかなり有用な情報が含まれている・・と思える(自分がそういうわけではないので、価値判断はできないのだが)。

 

2022年4月 5日 (火)

戦場としての世界(2)- 中国と向かい合うアメリカ


600ページを超える大著であるマカマスターの「戦場としての世界」を少しずつ読んでいくシリーズの2回目として、今回は中国への対応を取り上げようと思う。今年に入ってからのロシアの行動により日本国内でもロシアに関する情報がメディアを埋めるようになってしまったが、つい少し前までは、日本にとって最大の懸念は中国だった。もちろんここでいう懸念というのは、マカマスターが本書でいうところの”脅威”とは少し異なるが、それでも西側世界に対する最大の挑戦者は間違いなく中国だったのだ。

本作でもその視点は変わらず、マカマスターは中国という存在に対するアプローチから変更するべきと説く。これまでのアメリカ側の姿勢が「関与と協力」だったところを、「競争」に変更する必要があるというのだ。ただし彼が軍出身だと言っても、それがすぐに軍事的な競争を意味するわけではない。中国の特徴を、官民一体(本書では軍民一体という表現も使われている)による中国の影響力の強化と捉えている彼は、中国に対抗するためにも官民一体での対応が必要であるという。
マクマスターによれば、そのための方法論は大きく3つ存在する。




  1. 中国国内において共産党の支配が相対的に及びづらいところへの働きかけを強める。これは例えば人権NGOや西側とのチャネルを維持している団体との協力関係も含まれる。

  2. 情報流通や意見の自由という西側(アメリカ含む)のメリットを最大限に活かすとともに、その価値を見直し、中国国民にもアピールしていく。

  3. 国際機関における中国の攻勢を防ぎ、アメリカも積極的に国際秩序に関与する。この関与には、自国の人間を国際機関のTOPに据えるためのさまざまな活動も含まれる。


中国との関わり方に関しても、彼が用いるのは戦略的エンパシーという方法論だ。これは自分の理解した範囲で言い直すと、相手国の内在的な論理を理解した上で、相手国が望むことや結果を理解した上で戦略を構築するということを指す。日本人には馴染みの深い、孫子の「敵を知り己を知れば百戦危うからずや」の概念に近いものがあるだろう。
ロシアに対する彼の視線でも一貫していたが、マクマスターは自国の政治家たち(マクマスターはいわゆる政治家ではない)は、相手に対する期待や楽観によって判断を行い過ぎているということなのだろう。軍人である彼の特徴がリアリズムにあることがうかがえる。

本人の述懐によれば、彼は大統領補佐官になるまで中国を訪問したことがなかったという。つまり彼にとって仮想敵国となるであろう存在を本格的に理解し始めたのは、補佐官になってからの勉強によるものだということだ。
そういったハンデがあることを考えれば、マクマスターの中国理解というのは一定のレベルにまで達していると感じられた。(翻訳者の言葉の選び方の影響もあるが)一帯一路構想というのは、現代の朝貢体制の構築に他ならないという洞察は、少し歴史をかじっただけでは出てこない言葉だろう。

一方で対ロシアの記述と比較すると、全体的に議論が総論というか、アメリカでよく見られるリアリズム的な中国の理解に留まっているということも事実だ。確かに共産党はITの発達とともにこれまでにない統制力と権力を持ってはいるが、彼らにおける台湾問題の位置付けや国内統制の問題、そして何よりも権力の下にある不安定さというものに関する言及はほとんどない。地域研究をしているわけではない彼からすると、そのような細かな話は必ずしも必要ないのかも知れないが、ロシアに対する理解と中国に対する理解ではやはりその内部論理の理解がやや違うレイヤーにあるというのは否めない。
これはおそらく自分が中国については平均的な人間よりは知識を持っているということもあるだろうし、中国語を読むことで一次資料に触れることも出来るというのもある。いずれにしても、マクマスターにとってはロシアと中国に対する闘争の温度はやや異なったのだろう。そして、それは2022年3月からは、現実のものとなってしまった。

2022年4月 2日 (土)

40歳を超えての「学び直し」

正確には40歳を超えて1年半ほど経っているのだが、この頃「学び直し」ということの欲求が少しずつ強くなってきている。

この「学び直し」、寿命が長くなった現代人には必須だと、特にアメリカでは強く言われている。自分の場合は2年前に酷い狭心症の発作を起こして手術をしてから「自分があまり長生きするわけではないのでは・・」という気がしているので、流石に40歳で「人生折り返し」という気分にはならない。ただ、それでも残り頑張って20年ぐらいは生きなければならないし働かなければならないだろうというのは、ある意味で逃れられない事実だ。

そういった現実を冷静に考えると、今目の前にある仕事を一生懸命するだけでは自分が望んだような生き方ができないだろうと、この頃は強く感じるようになってきたのだ。


これまでの自分の仕事と歳の取り方

自分はこれまでに転職を4回している上に、転職のたびに少しずつ職種を変えてきているので、どれが強い専門であると言えるような領域はない。もちろん広い意味でのBusiness DevelopmentやSales & Marketingが専門であるとは言えるのだけど、知識と経験のバランスでいうと、圧倒的に経験の要素が強いような領域で仕事をしてきた。

こういった領域の良い所は、歳をとるにつれて経験が増えるために対応できる場面が増えてくるということだ。言ってみれば”日々の業務での経験”という名のフローを、アセット化して戦うことが出来るということ。今の会社ではおそらく自分が役員陣の中で最も向いているという理由で、これまでの専門とはやや違うCorporate Development(組織開発)のような仕事をしているが、これも「組織や人への洞察」という経験がものをいう領域だ。総じて自分は知識ではなく、スキルや経験が活きる分野で生きていると言えるだろう。

これ自体は長生きすることを前提にした場合、決して間違った選択とはいえない。時間は皆に等しいので、経験で勝負をする領域ではそう簡単に若い人に追い付かれたりしないからだ。
しかし一方で、こういった領域では一歩間違うとあっという間に自分が朽ちていってしまう。経験が意味を持つということは、言い換えれば老人が威張りやすい領域ということでもある。研鑽がなくても「XXさんが言っているのだから、正しいのだ」と思わせることが出来てしまうのだ。


実を言うと、そのように「権威で仕事をする・・・」というのが自分が最も恐れることなのだ。もう少し正確に言えば、40代の自分はそういう人間の発言や行動が美しくないと感じてしまうのだ。自分は年齢や経験で若い人を押し込む人を醜いと若い頃から感じていたし、今もその気持ちは変わらない。40歳になって少しずつ老いが見えてくると、SNSでよく見る自分がアップデートできない中年や老人になってしまうかもしれないというのは、自分にとっては恐怖でしかない。

厄介なのは、こう言った傾向は早ければ40前後から出てくるだろうと言うことだ。TwitterやFacebookでフォローしている人を見ていると、どれほど若い時に輝いていた人でも、中年になってくると少しずつ内向きになってくる。60歳ともなれば、耳に心地よいことを言う人ばかりが周囲にいるようになる。成功が人を頑固にし、衰えさせていくのだ。


学び直しで自分をリセットする

才能煌めくような人でもこういった傾向に陥ってしまうということは、おそらく”自分の心掛け”で回避できる問題ではないのだろう。人間はどうやっても年齢を重ねると頭が固くなってくるし、特に日本社会においては年長者の話す内容を頭から否定することは難しいからだ。 そこで考えたのが、ただ働くだけでは身に付かないような領域を「学び直し」することだ。(そこに少しだけ足を踏み入れていた妻によると)アカデミックな世界でも人間関係などはかなり面倒くさいものらしいが、自分のように外から学ぶだけであれば知的な刺激を受けることができるのではないかと期待している。

本当は自分の興味の赴くままに、全く仕事ともこれまでの経験とも関係ないことを学びたいという欲求もあるが、流石にそれは時間がもったいないという気もする。そこで、広く”イノベーション"や"戦略”というものを学んでみようと考えている。特に後者は「狭義の経営戦略」だけではなく「広義の戦争や国際関係なども含んだ戦略」を対象としようかと考えている。いわばStrategyの語源となった分野にも幅を広げるというわけだ。

この学び直しから、今の生活に何か役立つものが得られるかもしれない・・・という期待もなくはないが、まずは自分の頭を柔らかくし、新鮮な気持ちを保つことを目標としようと思う。きっと何か得られるものがあるはずだ。

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