戦場としての世界(2)- 中国と向かい合うアメリカ
本作でもその視点は変わらず、マカマスターは中国という存在に対するアプローチから変更するべきと説く。これまでのアメリカ側の姿勢が「関与と協力」だったところを、「競争」に変更する必要があるというのだ。ただし彼が軍出身だと言っても、それがすぐに軍事的な競争を意味するわけではない。中国の特徴を、官民一体(本書では軍民一体という表現も使われている)による中国の影響力の強化と捉えている彼は、中国に対抗するためにも官民一体での対応が必要であるという。
マクマスターによれば、そのための方法論は大きく3つ存在する。
- 中国国内において共産党の支配が相対的に及びづらいところへの働きかけを強める。これは例えば人権NGOや西側とのチャネルを維持している団体との協力関係も含まれる。
- 情報流通や意見の自由という西側(アメリカ含む)のメリットを最大限に活かすとともに、その価値を見直し、中国国民にもアピールしていく。
- 国際機関における中国の攻勢を防ぎ、アメリカも積極的に国際秩序に関与する。この関与には、自国の人間を国際機関のTOPに据えるためのさまざまな活動も含まれる。
中国との関わり方に関しても、彼が用いるのは戦略的エンパシーという方法論だ。これは自分の理解した範囲で言い直すと、相手国の内在的な論理を理解した上で、相手国が望むことや結果を理解した上で戦略を構築するということを指す。日本人には馴染みの深い、孫子の「敵を知り己を知れば百戦危うからずや」の概念に近いものがあるだろう。
ロシアに対する彼の視線でも一貫していたが、マクマスターは自国の政治家たち(マクマスターはいわゆる政治家ではない)は、相手に対する期待や楽観によって判断を行い過ぎているということなのだろう。軍人である彼の特徴がリアリズムにあることがうかがえる。
本人の述懐によれば、彼は大統領補佐官になるまで中国を訪問したことがなかったという。つまり彼にとって仮想敵国となるであろう存在を本格的に理解し始めたのは、補佐官になってからの勉強によるものだということだ。
そういったハンデがあることを考えれば、マクマスターの中国理解というのは一定のレベルにまで達していると感じられた。(翻訳者の言葉の選び方の影響もあるが)一帯一路構想というのは、現代の朝貢体制の構築に他ならないという洞察は、少し歴史をかじっただけでは出てこない言葉だろう。
一方で対ロシアの記述と比較すると、全体的に議論が総論というか、アメリカでよく見られるリアリズム的な中国の理解に留まっているということも事実だ。確かに共産党はITの発達とともにこれまでにない統制力と権力を持ってはいるが、彼らにおける台湾問題の位置付けや国内統制の問題、そして何よりも権力の下にある不安定さというものに関する言及はほとんどない。地域研究をしているわけではない彼からすると、そのような細かな話は必ずしも必要ないのかも知れないが、ロシアに対する理解と中国に対する理解ではやはりその内部論理の理解がやや違うレイヤーにあるというのは否めない。
これはおそらく自分が中国については平均的な人間よりは知識を持っているということもあるだろうし、中国語を読むことで一次資料に触れることも出来るというのもある。いずれにしても、マクマスターにとってはロシアと中国に対する闘争の温度はやや異なったのだろう。そして、それは2022年3月からは、現実のものとなってしまった。
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