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2022年6月

2022年6月29日 (水)

戦場としての世界(3)- アジア・中東・宇宙と紛争は世界中に -


前のエントリーを書いてから随分と間が空いてしまったが、マクマスターの「戦場としての世界」を読み進めるエントリーの第3弾。ロシアと中国という、日本から見た場合の2大強国以外にもアメリカが気を配らなければならない地域は多く存在する。今回は最後のエントリーとして、その地域に関する記述とマクマスターの思想をまとめていこう。


紛争地域としてのアジア

日本人の自分達が”アジア”という言葉を使う時には、どうしても無意識に中国・日本・韓国・北朝鮮をイメージしてしまう(本書の言葉を借りれば”極東アジア”)。しかしアメリカ政府が地域として捉える場合には、インドから日本までを広くカバーする概念としてアジアを捉えているようだ。そして、その地域には地域紛争の種が多数埋まっている。

本書ではまず第5章と第6章を使って南アジアの不安定さを分析する。アメリカにとっては史上最長の戦争となってしまったアフガニスタンでの戦争を出発点として、パキスタンやインドへとその射程を広げていく。
アカデミアで地域紛争を研究している人にとっては常識かもしれないが、自分にとって意外だったのはパキスタンが「テロの温床」として名指しで明確に非難をされていることだ。マクマスターはパキスタンは”軍が治めている国”であり、自分達の存在意義と価値を維持するために、パキスタン陸軍がテロ実行部隊を組織的に育成していると指摘する。

その中でも特に危険なのがハッカーニ・ネットワークであり、タリバンの強硬派であると同時に、アルカイダとも関係性を持つと言われている(Wikipediaより)。組織の「ハッカーニ」という名称はかつてリーダーであったジャラールッディン・ハッカーニに由来しており、彼が米国に殺害されてからは息子がリーダーとなって組織を率いているらしい。本書では曖昧にしか書かれていないが、おそらく元々は米国の諜報機関が育成に関わっていたのだろう。

そしてそのパキスタンと対峙する地域大国であるインドは、国内に宗教による分断の危険性を抱えている。民主主義により運営されているインドではあるが、その多様性(国内に多くの言語と宗教、民族を抱えている)により、常にどちらかに振れてしまう可能性があるようだ。
民主主義による決定であれば、究極的には国民の選択であるといえるだろうが、地域安定という観点からは不安定は望ましくない。


西アジアにおける注意すべき地域がこのパキスタン・インドだとすると、極東においては北朝鮮がアメリカの注意を引く対象となっている(本書では11章と12章)。前のアメリカ大統領であるトランプは電撃的に最高指導者金正恩との会談を持ったが、マクマスターによればこれは戦略的ナルシシズムを双方が持っていたが故に失敗した例に挙げられるという。

アメリカから見た北朝鮮の脅威というのは、大別すると二つに分けられる。
一つは北朝鮮が核兵器を開発し、かつ搭載可能なミサイルを継続的に開発していること。もう一つは、その技術を他の「アメリカにとって望ましくない国家や組織」に販売する可能性があること。
これらの脅威に対抗するためには各国の協力が不可欠だが、この地域はロシアや中国から地域的に近く、一方でアメリカからは遠いというハンデがある。そこで重要になるのは日米韓の協力体制となるわけだが、我々日本人にとっては既知の通り、日韓間は必ずしもアメリカの思い通りに運ぶわけではない。

マクマスターの視点からするとこの問題の原因の多くは韓国側にあったらしく、本書では日本側への言及と、韓国側への言及に明らかに温度差があるように見えた。批判も多かった安倍政権ではあるが、こういったアメリカの信頼関係を得るということに関しては、官僚たちの対応も含めてかなり上手くいっていたように見える。


変わらぬ中東の危険性

アフガニスタン戦争と並行しつつも、同じようにアメリカにとって泥沼化した戦争の一つがイラク戦争だ。911をきっかけとした対テロ戦争の一つの決着点と言えるこの戦争は、結局のところイラクに新秩序を作ることに失敗し、オバマ時代に完全撤収を行っている。

マクマスターが公職についていたのはかなり後になるが、彼は軍人時代に中東を担当したことがあるため、本書では歴史的な経緯についてもかなり深い記述がなされている。その対象範囲の中心に位置している戦争後の統治を結局諦めることになったイラク、地域大国でありヨーロッパとの結節点に位置しているトルコ、そしてアメリカにとっては最も敵対的な国家であるイランだ。そのほかに考慮すべき要素としてサウジアラビアやイスラエルといった国家も挙げられている。

アメリカの視点からすると、長く石油を依存する必要があり、かつイスラエルというユダヤ系国家が存在していた中東は自国の影響力を確立する必要がある地域だった。しかし中国の台頭で軍事力をシフトする必要があり、シェールオイルのビジネス化により石油を自国で賄うことができることになったアメリカにとっては、中東の重要度は少しずつ下がっている。

そういった流れの中で、マクマスターは「アメリカの国益と防衛」という観点から、事態の改善と安定に対する取り組みをおこなったように見える。特にイランは彼にとって依然として最も対応すべき国家の一つであったらしく、本書でも2章を割いている。
ちなみに、このイランの件では、珍しくトランプの対応に対して愚痴のようなコメントを漏らしている。トランプという非常に付き合いづらいであろう上司に対しても誠実にあろうとする彼の態度を考えると、おそらく相当ストレスが溜まったに違いないだろうと思う。軍人として生きるのも楽ではない。


舞台は宇宙と電子の世界へ

最後の章は、これまでの戦争の概念を越える領域であるサイバー領域と宇宙について書かれている。現在進行中のロシアによるウクライナへの侵攻を見るまでもなく、この2つの領域は現代の戦争では無視することが出来ない要素だ。
また彼のような人間から見ると、環境問題ですらも国際紛争の火種として映るようで、その部分にもしっかりページを割いている。

そういったこれまでとは違う「未知の領域」への目配せをしながらも、戦争というのは人間的なものであり、政治的なものであるということを最後に強調することを忘れない。人間が意思決定をする以上、どれほど複雑になり、あるいはどれほど技術的になったとしても、最終的に戦争や紛争の勝者を決定するのは人間の意志の強さであると彼は繰り返し強調する。


全部で3回にわたって彼の著作を読んできたわけだが、全体を通じて感じるのは、とにかくアメリカのトップ集団というのはあらゆる領域の問題に対して対応しなければならないという、責任の重大さと仕事量の多さだった。物理的には人間には24時間しかなく、軍のトップ集団であった彼はおそらく徹夜のようなことを繰り返すタイプではなかったはずだから、恐ろしく情報処理能力が高いとしか思えない。その上でこれだけの深い思索をしているわけで、世の中には恐ろしい人間がいるものだとため息しか出てこない。

本書で紹介されている戦略的ナルシシズムといった観点や、戦略的エンパシーという考え方は、軍隊や国家行政以外の分野でも広く役立つ考え方だ。民間人である我々に向かって書かれているだろう本書は、この本に書かれていること(と書かれていないこと)を用いてそれぞれが己の持ち場で頑張ってほしいという、著者の思いが詰まっているに違いない。

 

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