大衆皆喜に関わった人間による”『ゼクシィ』のメディア史: 花嫁たちのプラットフォーム”の感想(2/5) : 編集としての視点
(その1から続きます)
ゼクシィという媒体のメディア的な変遷を辿る「ゼクシィのメディア史」は、雑誌という視点からその記事や雑誌の姿勢について考察を行っていた。しかしゼクシィは通常の”雑誌”とは異なり、リクルート社の発行する”情報誌"である。そこには、雑誌とは異なる視点での特集や編集記事の設計が行われていたことを指摘したいと思う。
読者を動かす仕掛けとしての編集
リクルートが発行する情報誌というのは、最終的にその広告記事を通じて、読者(リクルート用語ではカスタマーと呼んでいた)が広告出稿元(同じくクライアントと呼ぶ)への応募や資料請求などのアクションを促すことを目的に発行されている。言い換えれば、どれほどコンテンツとして面白くてユーザーの支持率が高かったとしても、ユーザーがアクションを起こしてくれなければ、商品としては失敗なのだ。
この考え方は一般的にリボン図という概念で整理がなされている。リボンの両端にいるのがカスタマーとクライアントで、リクルートはその提供する場でマッチングを起こすというのが、その図の示すところだ。この図自体は本書の中でも言及がなされており、著者も認識はしていたはずだ。しかし、残念ながらこのリボン図という概念が編集記事やコンテンツ制作にどのような影響を与えたかについては、ほぼ言及がない。
著者も指摘しているように、元々ゼクシィは閉鎖的だったブライダルマーケットにおいて情報を直接提供することで、カスタマーの選択肢を最大化させるということを創刊時の目的の一つとしている。この目的自体はリクルートの情報誌の中では決して珍しいことではなく、情報の非対称性をメディアを用いて是正するというのはリクルートの事業領域を決定する際の一つの基準となっていた(採用領域や住宅領域が代表的な例だ)。
情報誌のコンセプト自体が上記のように定められている以上、掲載されるコンテンツや記事が、カスタマーの強い行動変容を促すものになっていくのは当たり前だ。また実際に中にいた感覚からするとゼクシィはリクルートの中でも、かなり思想性の強いビジネスだった。それぞれのビジネスごと単にビジネスの増加以上に何らかの価値を世の中に提供したいという気持ちはあったが、ゼクシィは”ハッピーな結婚”に対して思い入れの強い人間が多い部署だったという記憶がある。
時代のちょっとだけ先をいく切り口の提供
ただし繰り返しになるが、リクルートの情報誌はカスタマーが”動いてくれてなんぼ”のビジネスである。あまりに強い思想性や読者層の仮定による編集方向性の設定は、その”動かす力”を弱めてしまうことになる。実際に自分が在籍している短い期間の間にも、編集長(リクルートにおいてはメディア側の事業責任者という意味合いになる)の提供したい方向性がマーケットとずれており、あっという間にビジネスが低迷してしまったメディアを見たことがある。
そういったビジネス上のプレッシャーを抱えている編集側は結果として、まさに本書の中でも言及されているように「時代の少し先をいく」編集記事やコンテンツを提供している。言い換えると、情報誌のコンテンツは決して時代の雰囲気(あるいは競合などが作る記事やコンテンツ)とは無縁ではなく、追いつ追われつの関係にあったといえるだろう。そこには確かに編集側の意思が存在していたが、それは「ビジネスがうまく回るという前提」を置いた上での意志であり、世の中に”自分が感じる”新しい価値観を提供するというメディアが時にとるような意思決定はリクルートではなされないことが多かった。
また本書でも触れられているように、ゼクシィという情報誌は結婚情報が必要なある時期に集中して購入される傾向が強い。本書では4冊(4ヶ月)で記事が一周するようにとあったが、編集記事の台割設定は年間単位で何回か回るようにある程度決定されていることが普通だった(※1)。通常の編集記事は「定番記事」「季節の記事」「ちょっと攻めた記事」のような形で分けられており、それぞれの台割の中で具体的な内容を決定していくのだ。
そしてこの編集コンテンツにはもう一つ、情報誌ならではの「クライアント側要望に合わせた編集コンテンツ」という枠が存在する。
広告側ニーズに基づく編集記事
「時代の少し先をいく」情報というのは、決して明確に目に見えるわけではない。そういったセンスのある人間にはなんとなく匂いのようなものがわかるのだろうけど、少なくともSNSやその他のメディアで”これが時代の少し先をいく情報ですよ”とラベルが貼ってあるわけではないのだ。もしそういうラベルが貼ってある情報があったとしたら、それは「時代と同じスピードで消費されている」情報か、「誰かが先だと宣言したい」情報のどちらかでしかない。
しかし情報誌を扱っているリクルートには、その兆しを掴むための方法がいくつもある。一つはもちろん読者 = カスタマー側の反応。そしてもう一つが広告コンテンツを提供するクライアント側からの情報だ。
情報誌に掲載されているクライアントは色々だから、定型情報を載せ続けたり、あるいはリクルート側(制作スタッフやカメラマン)の提案だけに頼るクライアントも存在する。しかし彼らもビジネスである以上、常に顧客(この場合はブライダル情報を求めている読者)のニーズをつかみたいと思っているし、時には新しい企画や取り組みを行っている。
情報誌を発行しているリクルートは時に、そういった顧客の取り組みを応援するような企画を組むことがある。これはいわゆる有料PR記事とは異なり、あくまで企画判断は編集側によって行われている。そして、そういった特集を組むことでより多くのクライアントが掲載やサイズUPを考えてくれるのであれば、編集側も積極的に企画を行なっていくこともある。
言い換えると特集や編集記事というのは、読者 = カスタマーに情報を提供するための切り口であるというだけではなく、情報誌ビジネスを経営しているリクルートにとって売り上げUPのチャンスにもなりうるということだ。もちろん編集側はカスタマーにとってマイナスとなるような企画を組むことはないだろう。しかし、編集コンテンツは売上というファクターによっても決定が左右されるし、それは時にはクライアント側が生み出そうとしているトレンドや流れを追いかけるものでもあったということは、意識しておいた方が良いだろう。
※1 ・・・自分のリクルート時代の上司は「彼女がゼクシィを買い続けて家の中で塔のようになり、これ以上買うと崩れてきて危ない」と感じたので結婚したという人だったので、彼氏にプレッシャーをかけるために買い続けるという人もいたかもしれない。
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