大衆皆喜に関わった人間による”『ゼクシィ』のメディア史: 花嫁たちのプラットフォーム”の感想(1/5)
タイトルを何度か変えて15年近く続けているこのblogの最初の投稿は2007年11月になっている。自分がリクルートの社員として上海に駐在し、ネット版の大衆皆喜を作っている時だ。自分は2008年末にはリクルートを退社してしまったので、その後の大衆皆喜には関わっていないが、人生の中で最も仕事をしたと言っていいネット版の開発は、自分にとって特別な思い出だ(いい意味でも悪い意味でも)。
その大衆皆喜を含んだであるゼクシィの創刊から現在までを、”メディア”という観点から研究したのが本書だ。本書の存在はTwitterで偶然見つけたのだが、大衆皆喜に関する研究など滅多にあるものではないので、自分が読まなければ誰が読むのだ・・という気持ちで手に取ってみた。自分はいわゆる「中の人」なので、読んでいる中で感心する部分もあれば、ちょっと違うなという部分もある。せっかくなので、複数回に分けて感想を残しておこうと思う。
読み物としての面白さとビジネス視点の欠如
自分は工学系の卒業であるし、その後はずっとビジネスの現場にいる人間なので、いわゆるメディア・スタディというのは完全に門外漢の人間だ。その自分にとっての本書の最初の感想は、とにかく読みやすく知的興奮に溢れているということだった。博士論文を元に出版された・・と後書きにはあるので元は論文形式のはずだが、商業出版物として読んでも全く違和感がない。これは著者の前職が記者だったということもあるかもしれないし、あるいは編集の方が優秀だったのかもしれない。いずれにしても研究書を読むなんて敷居が高い、と思う人がいたら、恐れずに手に取ってほしい。
またリクルートという極めて利益率の高い企業が出す情報誌を外から見るとこのように見えるのか・・といった視点を知ることができたのも素直に面白かった。特にゼクシィが最初から結婚情報誌として作られたわけではなく、広く恋愛領域をカバーしたものだというのは、知識としては知っていたが本書を読むまでは全く実感を持っていなかった。
本書にある通り今では結婚のバイブルにまでなったゼクシィが最初はXY染色体から取られた名前だなんて、ほとんどの人が知らないだろう。来歴が知られなくなっても固有名詞として残り続けるというのは、仕事としてはとても誇らしいことだと思う。
一方で本書はゼクシィという収益を生むための"情報誌"をあくまで、雑誌という観点から取り上げているため、リクルートにいた人間からするとビジネス視点の欠如というのは大きな違和感を感じる部分だった。”情報誌”と”雑誌”の違う点は色々とあるが、一番の違いはそのビジネスモデルにある。
一般的な雑誌というのは、メディア上にあるコンテンツに興味を持った読者(あるいはユーザー)に対して広告をつけることでビジネスが成立している。この広告というのはユーザーが興味関心を持つようなものである必要があるが、必ずしも特定の領域に閉じる必要はない。
一方でリクルートの発行している情報誌は、”広告そのものが主要なコンテンツ”である。コンテンツ+広告、ではなくコンテンツ = 広告なのだ。ここに雑誌と情報誌のビジネスモデル、そして利益率の大きな違いがある。
本書は繰り返すが「メディアとしてのゼクシィ」を対象としているため、このようなビジネス領域にまでカバー範囲を広げてしまうと焦点がぶれてしまうという懸念があったのはよくわかる。なので、自分もビジネス視点がないことが本書の”欠点”であるとは思わない。これから数回に分けて書く感想は、本書の素晴らしい研究成果に対して、ビジネス的な視点を補完するためのものだと思ってもらえると嬉しい。
感想としては以下の内容をざっとまとめて書いていこうと思う。
- 編集としての視点: 読者を動かすための仕掛けづくり
- 情報誌としての視点: 広告こそがコンテンツ
- 発行者側の視点: マッチングの場としての情報誌
- ビジネスとしての視点: 大衆皆喜のビジネス的な失敗点
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