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2023年7月14日 (金)

大衆皆喜に関わった人間による”『ゼクシィ』のメディア史: 花嫁たちのプラットフォーム”の感想(4/5) : リクルートのビジネスモデルはプラットフォームか?

(その1その2その3から続きます)

ゼクシィという媒体のメディア的な変遷を辿る「ゼクシィのメディア史」は、当初は情報誌として出発したゼクシィがプラットフォームへと志向を強めていったという主張を展開している。論文内におけるプラットフォームという概念が明確に定義されていないために、その論考の解釈が間違っている可能性があるが、少なくとも”情報誌(メディア)”の概念とはかなり異なっている可能性の方が高いということを指摘しておきたい。


プラットフォームとは何か

プラットフォーム(Platform)を活用したビジネス、いわゆるプラットフォーム・ビジネスについて全世界共通の明確な定義が存在するわけではない。日本語のWikipediaにはプラトフォームビジネスの項目が存在するが、他言語が存在していないことを考えると、少なくとも共通の概念が全世界的に共有されているわけではないと考えても良いだろう。

一旦ここでは話をわかりやすくするために、このWikipediaの項目に沿って話を進めいくこととする。Wikipediaによれば、プラットフォームビジネスには四つの類型があるという。

  • 仲介型
  • オープンOS型
  • ソリューション提供型
  • コミュニケーション・コンテンツ型

またその収益設計においては、次の五つが存在すると解説されている。

  1. 手数料課金モデル
  2. 月額課金モデル
  3. 従量課金モデル
  4. 付帯事業売上モデル
  5. フリーミアムモデル

リクルートは様々なビジネスを提供しているので、このプラットフォーム型ビジネスの定義にかなり近いビジネスも現在は存在している(例:Airシリーズ)。しかし当時から今に至るまでの伝統的な情報誌モデルを振り返ってみると、ゼクシィのビジネスは広告掲載型ビジネスであり、プラットフォームと定義されているようなビジネスモデルは採用していなかった。あえて上記の類型に当てはめようとすれば、仲介型 - 月額課金モデル/従量課金モデルが該当するだろうか。しかし、少なくとも2010年代の中頃までは、ゼクシィはリクルート得意の「情報誌モデル」が最も近しい定義であったと想定される(ゼクシィカウンターはちょっと違うが・・)。

 

ゼクシィという”箱庭”での競争

「ゼクシィのメディア史」でも取り上げられていたが、ゼクシィという媒体をNew-Ringと呼ばれる新規事業開発プロセスを通じて立ち上げたのは渡瀬ひろみだ。しかしビジネスとしてリクルート自身の想定よりもはるかに巨大な規模にまで押し上げたのは、のちにリクルート社長を勤めた峯岸真澄だ。彼はゼクシィの成功により有力な経営幹部候補となり、やがて社長へと駆け上がっていったのだ。ちなみに私は、リクルート時代に峯岸と何回か話したことがある・・という程度の距離感だった。

その峯岸が社内の勉強会で語ったところでは、創刊当時のゼクシィの事業規模は数10億円程度だと想定していたらしい。この数字がどこから出てきたのかは知らないのだが、いずれにしても人材領域や不動産領域と比較すれば、それほど大きなビジネスになるとは想定されていなかったということだ。
しかし峯岸は、その想定を超えてゼクシィが数百億円規模のビジネスになる道筋を示すことに成功した。それは一言でいえばゼクシィという「場の中での」競争を促進させたことによるものだった。

2000年代のリクルートではビジネスを考える時に、”オープン・マーケット”と”クローズド・マーケット”という単語を使ってまず市場を切り分けていた。オープン・マーケットというのは、市場に存在するクライアントは事実上無制限であり、営業努力によって常に新規顧客を開拓できるようなマーケットを指す。数100万社を対象とすることが可能な中途人材マーケットが代表的な例だ(※1)
一方ではクローズド・マーケットというのは、顧客の数が有限であり、かつ顧客側でも競合をある程度定義することが可能なマーケットを指す。不動産広告市場やブライダル市場が代表的な例となるだろう。

例えばブライダルにおいて最も市場規模が大きい「箱(結婚式場)」は数が有限であり、かつ地域内である程度競合関係が明確になっている。実家がそれぞれの地域に分かれているという例を除けば、一般的なカスタマーは「東京と大阪の式場を比較する」ということは行わない。カスタマーの選択肢はある程度初期段階から絞られているし、そのニーズの中でクライアント側は競争を行う。

峯岸はこのクローズド・マーケットではクライアントが相互に競争関係にあることに注目し、その広告やマーケティング観点での競争をゼクシィ上で活性化するという戦略をとった。ゼクシィがカスタマーのかなりの数をカバーできるようになれば、ゼクシィという「場」の中で目立つ、あるいは魅力的であるということが直接集客数を左右するのだ。これは言い換えれば、クライアントの全マーケティング予算の中でゼクシィのシェアを増やしていくということを戦略的に進めたということになる。


高い障壁となる紙掲載の広告費

今でもリクルートは十分な高収益企業だが、そのビジネスが情報誌=紙での情報提供であった時代には、今よりもはるかに高い利益率を誇っていた。自分は紙からネットへとリクルートの運営するメディアが変わっていく事態に所属をしていたのだが、当時はネットに早めに対応をする一方で、いかにネットへの移行を遅らせるかというのが重要な経営課題になっていた。ネットと違って紙は物理的に「場所」を押せる必要があり、既存のビッグプレイヤーに圧倒的に有利なマーケットだったからだ。

そして一度カスタマー側をおさえてしまえば、広告費をたとえ高くしたとしてもクライアント側はついてくる。何せその場所に参画しないことには、カスタマーに情報を提供することすらできないのだ。リクルートもその立場を最大限活用し、ゼクシィの掲載費は非常に高かった(流石に当時の金額を開示することはしないが、結婚するカップルがその掲載費を聞くと驚くこと間違いなしだ)。言い換えると、リクルートはクライアントの数を増やしつつも、同時に掲載費という高い障壁を作ってゼクシィへの参入数をコントロールしていたのだ。

このようなビジネスモデルをプラットフォームと呼ぶことも決して不可能ではないが、少なくともWikipediaに掲載されている類型からはやや遠いと言わざるを得ない。仮にゼクシィがプラットフォーム型へと変わっていったのであれば、それは編集側やビジネス側の意志というよりも、情報のメインの収集方法がインターネットに変わっていったということに対する適応であり、決してゼクシィが積極的に進めたわけではないと言えるだろう。本書でも述べられているように、紙の時代ほどにはゼクシィは圧倒的なカスタマー占有率を持っているわけではないからだ。

 

プラットフォームという単語は中国語では平台(ピンタイ)という。そしてこの単語は、日本語で使われるよりもはるかに多様な意味で使われている。例えば国際会議などでの個別会談の設定なども、中国語では「会議という平台を利用して・・」みたいに報道されることがある。自分は本書を読んでいて、著者はプラットフォームという単語をビジネスにおける一般的な利用法ではなく、この中国語での使い方を援用して使っているのではないかと感じた。

さらに言えば、プラットフォーム型ビジネスというのは現代の高収益企業の多くが採用しているビジネスモデルであり、ビジネスモデルの進歩の「先の方」にあるというイメージがある。著者がゼクシィの変化の先にプラットフォーム型ビジネスへの志向があった・・と想定するのは、”ビジネスモデルの進歩史観”ともいうべき前提が暗黙の上に置かれていたのではないだろうか。
すでに書いたように、リクルートという企業はあくまで営利企業として情報誌・マッチングメディアビジネスを展開している。そして意思決定においては、思想的な方向性ではなく、営利性(最近では社会性)が優先して考慮されるのだということは改めて指摘しておきたい。

 

 

※1・・・ここでいう「事実上無制限」というのは、ビジネス拡大のボトルネックが提供側・営業側にあるということを意味しており、本当に無限に顧客が増えるわけではない。

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