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2023年8月 6日 (日)

大衆皆喜に関わった人間による”『ゼクシィ』のメディア史: 花嫁たちのプラットフォーム”の感想(5/5) : 大衆皆喜はなぜ撤退したのか?

(その1その2その3その4から続きます)

ゼクシィという媒体のメディア的な変遷を辿る「ゼクシィのメディア史」の最後の章では、著者の 故郷である中国において発行されていた大衆皆喜ぶについて取り上げられている。日本での成功モデルの輸出に失敗したとして概ね評価としては否定的であり、実際に撤退をしていることからもその評価については妥当であると言わざるを得ない。一方で著者がその根拠として挙げているのは主に編集コンテンツであり、これまでも書いてきたようにビジネスとしての側面は考慮がされていない。またその編集コンテンツについても、明らかな誤解がある部分も存在する。この感想の最後に、実際に大衆皆喜に一時関わったものとして、その点を指摘しておこうと思う。


編集コンテンツの提供タイミングについて

本書では大衆皆喜(以下わかりやすく中国ZEXYとする)の編集コンテンツの変遷とポリシーが次々と変わっていった点に対して、どちらかというと否定的なスタンスで評価を行っている。撤退したという結論、そして本書のスタンスを考えれば、市場やカスタマーのニーズに合ったコンテンツを提供できなかったということに関して厳しい評価になるのは仕方がない。

ただしその評価の中で事実誤認をしている部分があったので、その部分は明確に指摘を行っておきたい。それは、中国ZEXYではコンテンツを出すタイミングが発行タイミングの関係で遅れてしまい「情報の鮮度」が日本と違いがあったという点だ。
確かに創業者の江副は、情報誌ビジネスにおいては「情報の鮮度」が非常に重要であるということを言っていたし、当時のリクルートにおいてその感覚は事業を問わずに維持された感覚であったと思う。ただしここでいう「情報」は、編集コンテンツではなく、クライアントから提供された広告情報のことを指しているのだ。

マッチングという事業形態を考えればわかる通り、広告情報はなるべく最新のものをカスタマーに提供することが望ましい。求人であればポジションが埋まってしまうかもしれないし、枠があるような商品の広告(たとえば不動産)であれば先着が重要になる。
一方で編集コンテンツについては、そこまでの新鮮度は求められていないというのが正直なところだ。確かに季節性があるものはコンテンツを出すタイミングが重要になるが、本書でも記載されている通り、そもそもZEXYは編集コンテンツのテーマを数カ月ごとにローテーションしていた。 言い換えれば多くのコンテンツは明確に時期を決めて”出す必要のない”コンテンツだったということだ。このことと合わせて考えても、少なくとも発行タイミングが異なるということが中国ZEXYの道のりを決定する上で、重要な要素になったとは考えられない。


中国ビジネスでの最大の困難

それでは中国ZEXYが撤退をした理由はなんだったのだろうか、という疑問が出てくる。もちろん本書に挙げられているような編集的な側面も合ったことは間違いない。編集コンテンツとは結局のところ、リボン図におけるカスタマー側を”動かす仕組み”に他ならないからだ。しかし、その4で書いたようにリクルートは情報誌をビジネスとして展開している。言い換えれば事業継続の意思決定は、結局のところビジネスとして成立するか、あるいは今後の成長が見込めるか否かにかかっている。

ビジネスとして成立していると判断し、かつ今後の成長が見込めるかどうかの予想をするためには、複数の要素を検討しなければならない。一方で事業継続のための要件というのは、意外にシンプルでもある。一言で言えば「その事業は自分たちでかかるコストを賄えているか」だ。

少なくとも自分が在籍していた期間においては、中国ZEXYはこの点でまず非常に難しい状況にあった。波があるとはいえビジネスは少しずつとはいえ成長しており、自分が作ったようにネットなどのチャンスも存在した。しかし実を言えば当時最も難しかったのは、商売の基本である「売上を回収する」という点だったのだ。

中国ビジネスに関わっている人であれば知っている通り、中国では支払いサイトが非常に長い。日本では請求書の受領から翌月払いか遅くとも翌々月払いというのがある程度スタンダードになっているところが多いが、中国では数ヶ月先の支払いというのはごく普通だ。その上、中小企業の場合には支払いが遅れたり、あるいは支払い期日が来る前に倒産(あるいは夜逃げ)をしてしまうということもある。中国ZEXYの対象としていた企業も中小企業が多く、そういった企業は請求書に沿って振り込みをしてくれるというところは少ない。営業担当がしっかり入金まで確認をして、支払い催促に行かなければ払わないというところが多いのだ。そして催促をしても100%払ってくれるわけではない。

こういった未払い(あるいは売上未回収)というのはボディーブローのように効いてくる。中国では外国企業に関わらず黒字倒産というのは普通に起こるのだが、 これを避けるためには営業やあるいは会社全体で資金回収をしっかりマネジメントしなければならない。残念ながら当時のリクルートにはそういった中国のビジネス環境の経験がほとんどなく、資金回収にはかなり手こずっていた記憶がある。

ビジネス環境の違い

上に書いた資金回収の問題に加えて、日本のゼクシィと中国ゼクシィでは環境が大きく異なる点が2つあった。一つは外資が情報誌ビジネスを展開するための規制であり、もう一つは急速なネット化だ。

まず前者の規制について説明しよう。中国では当時雑誌を出版するにあたっては「刊号」呼ばれる登録番号を取得する必要があった。この刊号は外資系には提供がされておらず、内資の出版会社にしか割り当てられない。しかも申請をすれば取得することが出来るものではなく、割り当て数に上限があった。本書でも取り上げられているような中国国内での展開スキームは、この刊号に関係する部分もあった。
詳細なスキームを紹介するのは避けるが、当時外資系で出版関係のビジネスを展開する企業はこの「刊号」を内資企業から実質的に”借りて”ビジネスを行うことが一般的だった。ただし、この方法は当時の中国ビジネスによくあるようにグレーな領域に属していたといっていい。リクルートが日本で上場するにあたり、この事業が問題になったかどうかについては、自分はすでにリクルートを離れてために知らない。だが、上場にあたってリーガルリスクを洗い出した際に、少なくとも何かしらの注意が向けられだと考えるのは当然だろう。


もう一つは本書でも取り上げられているように、中国では急激なネット化が進んでいたという事実だ。そもそも中国では日本のようにコンビニや本屋で雑誌が売られているということはあまりなく、雑誌や新聞は日本でいうところの「キオスク」のような街頭のスタンドで購入するものだった。そのため人口に比べて雑誌/情報誌の発行部数が少ないというのは、事業開始時点でもわかっていたことだった。

その情報の空白を埋めたのがインターネットだった。当時はまだスマホはなかったが、いわゆるガラケーでも情報はかなり流通していたし、ネットカフェのようなものも多く存在した。本書に書かれている通り、紙の情報誌では圧倒的なブランド力を持っている日本でも、ZEXYはインターネットで同じようにブランド力を構築することができなかった。本屋やキオスクなどの物理的な「面」を抑える情報誌ビジネスとは違い、インターネットは無限に情報を発信することができるからだ。

中国においても同じような問題は常に存在していた。その上、大衆点評のような口コミサイトも急速に盛り上がっており、中国ZEXYがブランドを構築するにはかなりのリソースを必要としていたのは間違いない。外資系企業に対してはインターネット上でのビジネスには制限がかかっていることもあり、成長し続ける競合と戦うのは難しいとリクルートが判断したとしても不思議ではない。

撤退という判断は、上記のように様々な問題を総合的に考慮しての決定だったと思う。そしてこの”撤退という学び”により、リクルートという会社は自前で情報誌/マッチングビジネスを海外で展開するという試みは事実上放棄し、M&Aによる海外展開という道を選ぶようになる。そして現在では、マッチングビジネスを海外で展開するためのM&Aもあまり試みてはおらず、海外ビジネスは派遣会社の買収とIndeedの展開を進めている。自分の中国ZEXY/大衆皆喜での取り組みは、リクルートの歴史においては失敗というカテゴリーに属する結果になったということだ。ただ個人的には、そこから中国での生活がはじまり今に至るわけで、自分の決断が失敗だったとは全く思わない。

 

全5回にわたって「『ゼクシィ』のメディア史: 花嫁たちのプラットフォーム」を題材にして、ZEXYというビジネスについてグダグダと書いてきた。改めて強調したいのは、自分の指摘はビジネスという側面から著者の研究に対してコメントを付け加えたということであって、著書及びその元となった論文を批判したいというわけではないということだ。むしろ「『ゼクシィ』のメディア史: 花嫁たちのプラットフォーム」は、自分のようなビジネスを主戦場にする人間にとっては新鮮な視点を提供してくれる、素晴らしい一冊だった。



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