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2023年11月

2023年11月16日 (木)

巨大企業は国を守るための盾となれるのか: 書評 半導体ビジネスの覇者 TSMCはなぜ世界一になれたのか?

熊本に巨大工場を建設すると発表して日本での知名度が一気に上がったのが、台湾のファウンドリー企業のTSMCだ。正式にはTaiwan Semiconductor Manufaturing Company(英語)/台灣積體電路製造股份有限公司(繁体字)/台湾集成电路制造股份有限公司(簡体字)という名称のこの会社は、現代の製造業においては最も重要な部品である半導体の製造を専門に手掛ける会社だ。

かつては世界市場を制覇する勢いだった日本勢が日米半導体摩擦により力を失った後に、TSMCは製造に特化することで市場を切り拓き、今では半導体製造のサプライチェーンの鍵を握る存在となった。本書でも書かれているように、半導体業界において設計から製造までを全て一貫して自社で行なっているのは今では韓国のサムスンと米国インテルだけになってしまっており、製造を手掛けているファウンドリーがなければ、半導体を市場に送り込むことが出来ないのだ。

つい最近もコロナ禍と、ロシアのウクライナ侵攻による世界的なサプライチェーンの混乱により半導体の供給が安定しなくなり、冷蔵庫から車まであらゆる製造業のラインが混乱した。我が家も調子が悪いので洗濯機を買い替えようと思ったら、ドラム式はいつ納品できるかわからないと言われてしまい、結果として日本に帰ってきてから初めて縦置き型を買うことになった。むしろ壊れにくくなったのでモノ自体には大変満足しているのだが、まさか日本にいて電化製品が買えなくなる日が来るとは思っていなかったので、店頭で驚いた記憶がある。

本作は電化製品だけでなく、車やパソコン、スマホまでありとあらゆる製品に必要不可欠な半導体製造で世界最大の企業、台湾の誇りと言われるTSMCを取り上げた一冊だ。


著者の問題意識と台湾の状況

あからさまなヨイショ本でない限り、ジャーナリストが企業を取材して一冊の本をモノにするときにはなんらかの問題意識、もっと簡単にいえば「伝えたいこと」があると考えるのが普通だろう。本作においては、現在国際政治と台湾の置かれた状況がその問題意識にあたる。

なぜ著者でもない自分が問題意識はそこにあると言えるのかといえば簡単で、冒頭からTSMCは台湾にとっての護国神山であるとはっきり書かれているからだ。これは台湾の表現をとってきたものだが、簡単にいえば「TSMCは台湾という国を守る(護国)巨大な存在(神山)」だ・・ということを指している。

一つの企業が国を守るというのは言い過ぎではないか、と普通なら思うところだが、先ほど書いたようにTSMCは半導体製造では世界一のシェアを握っている。そして半導体がなければ多くの製造業が自社製品を作ることが出来ない。言い換えてみれば、自動車産業を含む製造業にとってTSMCは不可欠な企業であり、その工場が集中する台湾は、多くの製造業を抱えている先進国にとって欠かすことが出来ない存在である。そのため、台湾に何かしらの問題が起こった時には自国の経済を守るために、彼らは台湾を守るだろう・・これが著者の論理なのだ。


台湾でこの「自国防衛にとってTSMCのような存在は有益である」という議論がなされるのは、防衛費を急速に拡大させている対岸の中国の存在がある。改革開放以降では初めて3期目に入った習近平は、いまだに台湾統一は中国の夢であると言って憚らない。これから不良債権により長期の景気低迷と人口減少により国力増大のピークが過ぎた中国が、まだ力のあるうちに台湾統一を仕掛けようとするというのは、台湾にとっては現実的な課題なのだ。

そして国土や人口、経済力といったあらゆる要素を比較しても、台湾が単独で中国と戦うことは不可能だ。現状ではアメリカが台湾防衛に姿勢を見せているが、極限状態では何が起こるかわからない。そこで台湾としては少しでも日本やアメリカ、広い意味での旧西側諸国との連携が必要であり、TSMCはその鍵となる存在だと考えているのだ。


本書の良いところ: 丁寧に事実と数字を追う姿勢

著者の問題意識がそのような安全保障にあるといっても、本書は国際政治や台湾の安全保障を主要なテーマとはしていない。本書で描かれるのはその国際状況を背景としつつも、「そのように重要な存在なったTSMCとはどのような企業なのか?」という現状、「台湾といった小国でそのような巨大な企業が生まれた理由はなんなのか?」といった過去の分析、そして「TSMCは今後その地位を維持できるのか?」といった未来の展望だ。言い換えれば、本書はあくまで企業体としてのTSMCを主要なテーマとして設定している。

日本ではこういった企業に関する本をジャーナリストが書く場合には、どうしても内容の薄いヨイショ本になってしまうことが多い。対象である企業から悪く思われたら今後の取材が難しくなってしまうことは容易に想像できるし、そもそも出版の圧力がかかる可能性もある。大企業は同時に、多くの場合は雑誌を出している出版社にとっては大広告主でもあるのだ。

本書の場合も、残念ながら過剰にTSMCという企業を称賛しているという面は否めない。実際に好業績を上げ続けているのだから褒める部分が多くなるのは仕方ないにしても、あまりにも企業側の言いたいことをそのまま書いているという面はある。

しかし本書が似たような日本のヨイショ本とは異なるのは、技術的な側面をしっかりと書いていることだ。日本の場合はジャーナリスト本人が理解できないのか、あるいは読者が舐められているのかはわからないが、技術的な部分は数字を使われることが多い。しかし本書では半導体という理解が難しい分野においても技術的なことをしっかりと記述をしている。一般の人よりはこの領域の知識はあるだろう自分でも調べながらの読書となったのだから、知識がない人にとってはかなり辛い部分もあるだろうと思う。それでもしっかりと数字を記載している本書は、自分にとっては読者に対して誠実であるという印象を持った。

また本書内で、TSMCの初期の成功に関しては「運の要素が強かった」とはっきり書かれていることにも好感を持った。どうしても成功した未来から見ると、さまざまな不確定要素があった創業期も含めて、全てを決定論的に書きたくなってしまう。実際には人の縁や、外部の意思決定の失敗などの幸運があったにも関わらずだ。


本書の悪いところ: アジア式のジャーナリズムの影響

一方で本書の悪いところも極めてはっきりしている。それは、あまりにも公的な情報やメディアの発表に頼りすぎていて、「生の声」が全くないということだ。日本のジャーナリズムでもよく指摘されることなのだが、台湾でも同じ状況なのか・・・と知って、正直にいってかなり衝撃を受けた。

米国でジャーナリストがあるテーマについて本を書く時に、公的な発表だけに頼るということはほとんどない。本書のような内容であれば、必ずTSMCに働いている人にインタビューをする、あるいは退職者にインタビューをするというのは必ず行なっただろう。個々の人間が嘘をつくことはもちろんあるが、少なくとも公式発表だけを拠り所にするよりもはるかに奥行きのある記事が書けるからだ。

自分の場合は台湾人に友人が多いということもあり、実際に本書を読んでいる最中にTSMCについて聞いてみたりもした。そうするとやはり、本書で書かれていないような感想が次々と出てくる。例えば「幹部以上になると、24時間電話に出ないといけない職種もある」とか「ラインが止まると会社に泊まり込みをしないといけないことがある(本書では競合のサムスンの悪い部分と書かれているのと同じだ)」、あるいは「TSMCに入るというのは、少なくともその期間の家族生活を犠牲にするということと同じ意味だ」といったようなものだ。

もちろんこういった感想も一面しか捉えていない可能性は高い。自分の友人たちはビジネススクールをでた、いわゆるビジネスエリートであって、理系のエリートたちではないからだ。それでもそういう声があるという事実は、やはり個々の声を集めるのは重要だということを意味していると思う。
全体としては日本人にはよく知られていないTSMCについて丁寧に記載されているし、事実に基づく部分もたくさんあるだろうからこそ、大本営発表のヨイショ本と捉えられてしまうような部分が散見されるのが残念だった。

 

2023年11月11日 (土)

鉄火場じゃないと飽きちゃうタイプのリーダー: 書評 ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」

ビジネススクールから帰国した時にSCE(Sony Computer Entertainment: 現在のSIE)への就職を考えたように、ゲーム好きの自分にとってはソニー本体よりも、PlayStationを出しているSCEの方が心惹かれる存在だった。本書はそのSCEの社長を務めた後にソニー全体の社長となり、経営改革と業績のターンアラウンドを成功させた平井一夫元社長(現: シニアアドバイザー)の自伝。平易な言葉で書いてあるし、アメリカで出版される同様の本に比べてページ数も少ないため、あっという間に読み終わってしまった。

ちなみに本作を紹介しようとAmazonを見たら「書影付きリンク」の生成ができなくなってしまっていた。これからは画像なしで紹介するしかないみたいだ。。


日本人らしいリーダーシップ本

大企業の成功した経営者の本を読むと、当たり前だが「なんでも俺がやった」と書いてあることはまずない。全てを一人でやるには大きすぎる会社を率いていたのが実際のところだろうし、たとえ「大部分は私のリーダーシップだった」と思っていても、やはり従業員が優秀だった、右腕が素晴らしかったと書くのがリーダーに求められるものなのだ(たとえ自我の強いアメリカ人であったとしても)。

ただし、そこから先の細かな内容になるとアメリカのリーダーと日本の経営者では書く内容が大きく変わってくる。アメリカの大企業の場合には各事業の自律的な成長という以上に、企業のポートフォリオマネジメントや新規事業への進出といったことが求められるために、自然とM&Aの話が増えてくる。最近では抜群に面白かったディズニーCEOのボブ・アイガーの伝記も後半はM&Aの話が多かった。
一方で日本の経営者の話では、基本的には現場を回って話を聞き、持っている力を解放したという話が圧倒的に多い。自分のしたことはあくまで“従業員の力を解放させた“ことであり、何か大鉈を振るったというわけではないというわけだ。

本書もその傾向は同じで、著者はソニーの持つ底力、あるいはマグマのような熱量を開放しただけだとくり返し書いている。実際には本書で触れているようにPCのバイオブランドを売却したり、テレビでも数を追わない= シェアを追わないというかなり大きな意思決定をしているのにもかかわらずだ。著者のようなタイプは、おそらく思っていることと書くことを分けるということはしないタイプだろうということを考えると、本気で自分の役割は従業員の能力を解放したことだと思っているのだろう。


OBの話を聞かないという姿勢

ソニーが経営危機だった時、あるいは著者が最初の数年間苦戦していた時、多くのメディアで「平井叩き」のような記事がたくさん出ていた。本書内でも、エレキがわからない人間が経営者になったと言われた、と書いてあるので直接言われたこともたくさんあったのだろう。前任者のストリンガーもエレキ出身ではなかったし、さらにいえばその前の出井も大賀も技術者ではなかったのだから、これは言いがかりみたいなものだろうと個人的には思うのだが、とにかくネタを見つけては著者を叩きたいOBがいたことはたくさんいたことは想像に難くない。

その「平井叩き」の期間に全く関係のないニュース読者でしかない自分が思っていたのは、ソニーという会社はOBが喋りすぎるということだった。外資系にいた自分にとっては、OBとなった経営幹部は現在の経営陣に対して口を出さないというのが基本だと思っていたので、これだけでもソニーは上手くいっていないと思ったものだった。不思議なもので、全ての日本企業でOBがやたら話すということはないので、会社の文化やカラーというのが影響しているのだろう。なんとなくだがソニーとかホンダとか、とにかく個性が強い会社ではOBがその情熱を抑えきれないのか、文句をメディアで言う傾向が強いように思う。

著者もそういったことは感じていたようで、わざわざ自分に会いに来るOBとは基本的に会わなかったと書いてある。設立趣意書の信念は素晴らしいと書いている一方で、経営はノスタルジーでは出来ないともはっきり書いていると言うことは、心の中では「文句を言っているあんた達がこうしたんだろう」という思いがあったんだろうと想像している(実際にそれに近いことは書いてある)。その開き直りというか、いい意味での無神経さがターンアラウンドを成功させた一つの要因であることは間違いない。


平常時のリーダーではないという認識

本書で繰り返し書かれているのは、平井一夫というリーダーは「平常時のリーダーではない」ということだ。
彼のそれほど長いとはいえないリーダーシップのキャリアの中では、SCEA(ソニー・コンピューター・エンターテインメント・アメリカ)、SCE、そしてソニー本体という3回の立て直しを成功させている。異なる場所、異なる領域で、少しずつ対象となるスケールを拡大させていったというのはまるでビジネススクールの教科書のようだが、特徴といえるのは、立て直しに成功するとすぐに次の舞台が用意されているということだ。

名経営者と言われる人間は、普通はそれなりの長さ・・大体は短くとも10年弱を一つの会社の経営に費やしている。大きな組織の変革は時間がかかるものだし、危機モードの脱出 → 安定運行の確立 → 新たな戦略テーマへの取り組みというのをやろうと思えば、それぐらいの時間がかかってしまうからだろう。組織の上の方に行けば行くほど自由に戦略をやりたいと思うのが人情なので、せっかく選択肢が多くなった段階で次に渡すというのはなかなか難しい。

ところが著者の場合、危機モードの脱出がうまく行き、安定航行がある程度できた段階で”飽き”を感じ始めてしまうのらしいのだ。より正確にいえば”自分がいなくても回るなら、自分は必要ないのでは”と感じるらしい。
こういった感覚は言い換えると「オペレーションをうまく回すのは自分の仕事ではない」ということなのだろう。音楽会社(CBSソニー)に入ろうと思ったというぐらいなのだから、おそらくプロジェクト型の仕事が好きで、毎日オペレーションをメンテナンスするというのはそもそも好きではないのかもしれない。

いずれにしてもそのような感性・志向を持っているからこそ、うまく行き出したソニーの経営もあっさりと後任に引き継いでしまったらしい。上にも書いたようにソニーというとOBが口を出すような文化だと感じていただけに、その引き際はより一層あっさりとしたものに見えた。

 

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