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2023年11月11日 (土)

鉄火場じゃないと飽きちゃうタイプのリーダー: 書評 ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」

ビジネススクールから帰国した時にSCE(Sony Computer Entertainment: 現在のSIE)への就職を考えたように、ゲーム好きの自分にとってはソニー本体よりも、PlayStationを出しているSCEの方が心惹かれる存在だった。本書はそのSCEの社長を務めた後にソニー全体の社長となり、経営改革と業績のターンアラウンドを成功させた平井一夫元社長(現: シニアアドバイザー)の自伝。平易な言葉で書いてあるし、アメリカで出版される同様の本に比べてページ数も少ないため、あっという間に読み終わってしまった。

ちなみに本作を紹介しようとAmazonを見たら「書影付きリンク」の生成ができなくなってしまっていた。これからは画像なしで紹介するしかないみたいだ。。


日本人らしいリーダーシップ本

大企業の成功した経営者の本を読むと、当たり前だが「なんでも俺がやった」と書いてあることはまずない。全てを一人でやるには大きすぎる会社を率いていたのが実際のところだろうし、たとえ「大部分は私のリーダーシップだった」と思っていても、やはり従業員が優秀だった、右腕が素晴らしかったと書くのがリーダーに求められるものなのだ(たとえ自我の強いアメリカ人であったとしても)。

ただし、そこから先の細かな内容になるとアメリカのリーダーと日本の経営者では書く内容が大きく変わってくる。アメリカの大企業の場合には各事業の自律的な成長という以上に、企業のポートフォリオマネジメントや新規事業への進出といったことが求められるために、自然とM&Aの話が増えてくる。最近では抜群に面白かったディズニーCEOのボブ・アイガーの伝記も後半はM&Aの話が多かった。
一方で日本の経営者の話では、基本的には現場を回って話を聞き、持っている力を解放したという話が圧倒的に多い。自分のしたことはあくまで“従業員の力を解放させた“ことであり、何か大鉈を振るったというわけではないというわけだ。

本書もその傾向は同じで、著者はソニーの持つ底力、あるいはマグマのような熱量を開放しただけだとくり返し書いている。実際には本書で触れているようにPCのバイオブランドを売却したり、テレビでも数を追わない= シェアを追わないというかなり大きな意思決定をしているのにもかかわらずだ。著者のようなタイプは、おそらく思っていることと書くことを分けるということはしないタイプだろうということを考えると、本気で自分の役割は従業員の能力を解放したことだと思っているのだろう。


OBの話を聞かないという姿勢

ソニーが経営危機だった時、あるいは著者が最初の数年間苦戦していた時、多くのメディアで「平井叩き」のような記事がたくさん出ていた。本書内でも、エレキがわからない人間が経営者になったと言われた、と書いてあるので直接言われたこともたくさんあったのだろう。前任者のストリンガーもエレキ出身ではなかったし、さらにいえばその前の出井も大賀も技術者ではなかったのだから、これは言いがかりみたいなものだろうと個人的には思うのだが、とにかくネタを見つけては著者を叩きたいOBがいたことはたくさんいたことは想像に難くない。

その「平井叩き」の期間に全く関係のないニュース読者でしかない自分が思っていたのは、ソニーという会社はOBが喋りすぎるということだった。外資系にいた自分にとっては、OBとなった経営幹部は現在の経営陣に対して口を出さないというのが基本だと思っていたので、これだけでもソニーは上手くいっていないと思ったものだった。不思議なもので、全ての日本企業でOBがやたら話すということはないので、会社の文化やカラーというのが影響しているのだろう。なんとなくだがソニーとかホンダとか、とにかく個性が強い会社ではOBがその情熱を抑えきれないのか、文句をメディアで言う傾向が強いように思う。

著者もそういったことは感じていたようで、わざわざ自分に会いに来るOBとは基本的に会わなかったと書いてある。設立趣意書の信念は素晴らしいと書いている一方で、経営はノスタルジーでは出来ないともはっきり書いていると言うことは、心の中では「文句を言っているあんた達がこうしたんだろう」という思いがあったんだろうと想像している(実際にそれに近いことは書いてある)。その開き直りというか、いい意味での無神経さがターンアラウンドを成功させた一つの要因であることは間違いない。


平常時のリーダーではないという認識

本書で繰り返し書かれているのは、平井一夫というリーダーは「平常時のリーダーではない」ということだ。
彼のそれほど長いとはいえないリーダーシップのキャリアの中では、SCEA(ソニー・コンピューター・エンターテインメント・アメリカ)、SCE、そしてソニー本体という3回の立て直しを成功させている。異なる場所、異なる領域で、少しずつ対象となるスケールを拡大させていったというのはまるでビジネススクールの教科書のようだが、特徴といえるのは、立て直しに成功するとすぐに次の舞台が用意されているということだ。

名経営者と言われる人間は、普通はそれなりの長さ・・大体は短くとも10年弱を一つの会社の経営に費やしている。大きな組織の変革は時間がかかるものだし、危機モードの脱出 → 安定運行の確立 → 新たな戦略テーマへの取り組みというのをやろうと思えば、それぐらいの時間がかかってしまうからだろう。組織の上の方に行けば行くほど自由に戦略をやりたいと思うのが人情なので、せっかく選択肢が多くなった段階で次に渡すというのはなかなか難しい。

ところが著者の場合、危機モードの脱出がうまく行き、安定航行がある程度できた段階で”飽き”を感じ始めてしまうのらしいのだ。より正確にいえば”自分がいなくても回るなら、自分は必要ないのでは”と感じるらしい。
こういった感覚は言い換えると「オペレーションをうまく回すのは自分の仕事ではない」ということなのだろう。音楽会社(CBSソニー)に入ろうと思ったというぐらいなのだから、おそらくプロジェクト型の仕事が好きで、毎日オペレーションをメンテナンスするというのはそもそも好きではないのかもしれない。

いずれにしてもそのような感性・志向を持っているからこそ、うまく行き出したソニーの経営もあっさりと後任に引き継いでしまったらしい。上にも書いたようにソニーというとOBが口を出すような文化だと感じていただけに、その引き際はより一層あっさりとしたものに見えた。

 

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