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2024年10月

2024年10月19日 (土)

[書評]中国ぎらいのための中国史

精力的に書き続けている中国・アジアルポライター安田峰俊の最新の一冊がこの『中国ぎらいのための中国史』。リアルにお会いしたことが何度かあるということで、応援の意味も込めて安田さんの本は全て購入しているが、本作は安田さんに取ってはホームともいうべき中国史に関する久しぶりの書籍だ。

ライターとしての安田さんの持ち味は現地取材や現在進行形の出来事を咀嚼し、中国国内の論理に照らし合わせて解説することだ。その安田さんが書くのだから、中国史に関する本といっても必ず現代に関する内容が入ってると想像していたが、 その想像通りに本書は中国の歴史的な事項が、現在においてもどのような意味を持つのかと言う観点から中国史を解説している。 中国史と言ってもいわゆる通史を書いているわけではなくコラムの集積という感じなので、中国に興味を持っている人であれば、あっという間に読むことができるだろう。

参考のために目次をあげれば、本書で取り上げる内容が大体わかると思う。
第一章: 奇書(諸葛孔明/水滸伝)
第二章: 戦争(孫子/元寇/アヘン戦争)
第三章: 王朝(唐/明)
第四章: 学問(孔子/ 科挙/漢詩と李白)
第五章: 帝王(始皇帝/毛沢東)

この目次を見れば分かる通り、本作では日本人が名前ぐらいは知っているけどよくはしらない、だけど中国では(学校教育の影響もあり)よく知られている題材を取り上げて、それぞれが現代中国でどのような意味があるのかを語っていく。こういう並びを見ると、ルポライターというのは題材選びが重要なんだなということを教えられるような気がする。

また安田さんといえば、真面目な考察の中にばかばかしいネタを放り込んでくることで文章の緩急をつけることが得意なライターだが、本作でも冒頭から「諸葛の姓を持つ人間が現在の共産党幹部に存在している」といういかにもなネタからスタートする。他にも日本でも人気のゲーム「原神」から題材を取ったり、始皇帝の部分では『キングダム』への言及を 忘れないなど、しっかり抑えるべきところを抑えていると言うところにニヤリとしてしまう人も多いだろう。


一方でこちらも同じく安田さんの本らしく、現代中国への批判的な視点をつけることも忘れていない。中国生活をしたことがある人ならわかると思うが、本作でも述べられているように、大学生以上の教養を持つ人間にとっては中国の歴史や漢詩というのは共通言語のようなもので、それを使った社会批判や権力闘争が行われていることを面白おかしく書いている。

ちなみに小学生でも漢詩を誦じれるというと日本人にとってはかなり驚きだが、我々だって「春はあけぼの」とか、「古池や蛙飛びこむ水の音」とかは普通に知っているわけで、文化に紐づいた教養というはそういったものなんだろう。トップクラスの大学に受かるレベルの人だと「漢詩でしりとり」をできたりするくらいなのだ。

2024年10月14日 (月)

母親の死去と相続で大変だったことの記録(その2)

(前回から続く)
肉親が亡くなった際の通夜・葬儀というのは、待ったなしというか怒涛のように進んでしまうので実はそれほど「疲労感」というのはなかった。もちろん精神的にも肉体的にも「大変」なのは間違いないのだが、とりあえず流れは定型化しているし葬儀会社の指示通りに進めていけば問題ない。今回の場合は基本的には家族葬という扱いにしたので、お別れにお越しいただく方も少なく、そういった意味での気苦労も少なかった。

一方で、相続の方は当初から一筋縄では行かないことがわかっていた。
まず最大の問題が、いわゆる”終活”が全くされていないことだった。本人もまだ死ぬ気はなかっただろうし、たとえそういう予感はあったとしても終活のような準備をするタイプではない人だった。家族仲が良好だったら事前に書類を準備してほしいとお願いが出来た・・というのは理想論であって、そもそもそういった会話が出来るのであれば家族仲が悪くなることもないだろう。


そういうわけで、母が亡くなった後にまずすべきことは、様々な書類を探すことだった。その書類には、銀行の通帳や使っていたカード、免許証、マイナンバーカード、保険証なども含まれる。相続という大ごとの前に、まずはどこにどのくらいお金があって、どのくらい支払いが行われているのかを確認する必要があったのだ。

亡くなる前から実家に入っていた弟や、友人として母の面倒を見てくれていた人がある程度探してくれていたが、それでも母が亡くなった時にはない書類も多かった。特に保険証などは結局最後まで見つけることができなかった(これが後々まで事務処理に影響することになる)。そこで母が亡くなってすぐに、自分が実家に行って書類を徹底的に探すことにした。

不思議なもので、最近は家にいったこともなかったのだが、なぜか自分であればそういった書類を見つけることが出来るという自信があった。母が書類を置きそうな場所はなぜか想像がついたし、実家に残っているでろう母方の祖父母の書類もきっと見つけることが出来るだろうと思っていた。一応残された家族の中では、私が一番長く彼女と接していたという自負があったのかもしれない。

 

実際に家を片付け始めると「母ならここに資料を置くはず」と想像をした場所に、必要とする多くの書類が眠っていた。その中には、社会保険の未納に対する督促状など、できれば見たくはなかった書類も多くあったが、少なくとも銀行口座のありかとカードの支払い、免許証などの基礎的な情報は掴むことが出来た。
また家の奥の方をひっくり返してみると、10年近く前に亡くなった祖父が残した書類も多く見つけることが出来た。どうやら母は祖父が亡くなった後にほとんど整理をしていなかったらしく、色々な書類がまとめて出てきたのだ。

祖父は公務員(警察官)を長く勤めた人で、生きている間からとても几帳面の人だった。当時はまだそれほど普及していなかったワープロを買って記録を電子化(というかプリント化)していたし、自分が亡くなるかなり前から色々なものを整理してくれていた。母は「自分はしっかりしている」といつもいっていたが、客観的に見て、彼女はしっかりとした祖父の下で最後まで自立できなかった部分が多かったと言わざるを得ない。祖父が資料をまとめておいてくれたおかげで、墓の権利証や、過去の土地にまつわる近所の人とのやりとりも把握することが出来た。母の準備不足というマイナスを、祖父が補ってくれた形だった。

 

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