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カテゴリー「サイエンス」の記事

2024年3月18日 (月)

社会を変えるイノベーションは急には起こらないということ: 『mRNAワクチンの衝撃: コロナ制圧と医療の未来』

5類に変わって今やすっかりコロナがある前提で日常生活を送れるようになった2024年だが、振り返ってみればたった4年前の2020年はコロナで世界中がロックダウンモードに入っていた。ちょうどその頃に重い狭心症で倒れてしまったこともあり、家でひたすらコロナに怯えながら暮らしていたという記憶がある。世の中では自分や家族の年齢ではあまり影響がないといった意見が多かったが、確率的に発生するリスクを避けたいと言う気持ちが強かったのだ。 2021年になってコロナワクチンが開発され、日本でも予防接種ができるようになったときには、ストレスが体から溶けていくような感覚を覚えたものだった。

本書『mRNAワクチンの衝撃: コロナ制圧と医療の未来』は そのコロナワクチンを開発した会社の1つであるドイツのビオンテックを取り上げたノンフィクションだ。 日本では同じようにmRNAを用いたワクチン開発会社であるモデルナはよく知られているが、ビオンテックについてはあまり知られていないかもしれない。本書にも詳しく買いてあるが、それほど規模が大きくなかったビオンテックはワクチン配布にあたってはファイザーと提携しており、日本では”ファイザー”ワクチンと呼ばれていたからだ。


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mRNAを用いた治療薬の開発を目指すスタートアップ


生物を真面目に勉強した人をのぞいて、コロナワクチンが広く利用されるようになるまではRNAという単語を知っている人はほとんどいなかったと思う。DNAについてはエンタメや親子関係の確定に広く使われているために普通の単語になっているが、RNAはそういった広まり方をしていないからだ。

このRNAというすごく簡単にいうと、DNAの情報をコピーするために使われている(正確に言えば体内に存在するので、”使う”という表現は正しくないが・・)。ここでは、わかりやすく説明することに欠けたは定評のあるChatGPT-4にRNAとは何か?と聞いてみよう。


まず、mRNAというのは「メッセンジャーRNA(リボ核酸)」の略です。私たちの体は、細胞という小さな単位でできています。それぞれの細胞の中には、DNAというものがあり、これが私たちの体の設計図のようなものです。DNAは、体がどうあるべきか、どう動くべきかを決める情報を持っています。

しかし、DNAが直接体を作るわけではありません。DNAから必要な情報を読み取り、それを細胞の他の部分に伝える役割を果たすのがmRNAです。このプロセスを「転写」と言います。転写されたmRNAは、「翻訳」というプロセスを経て、体を構成するたんぱく質を作り出します。


本書によればこのRNAを用いて病気治療を行おうとする考え方は長い間存在していたらしい。mRNAを用いて体内の免疫系を利用する治療方法が確立すれば、よりテーラーメイドな医療を提供することが可能となると考えられていたからだ。
一方でmRANを 利用した治療は、コロナ禍が起こるまではまだ先の話だと考えられていたと本書には書かれている。 これまでにない新しい治療方法であるために、当局の審査や認可を受けるのは簡単ではないし、創薬には莫大な費用がかかるからだ。

ビオンテックは もともとは、感染症に対するワクチンを開発するためのスタートアップではなく、このRNAを用いて がん患者への治療薬を開発することを目的に作られたスタートアップだった。 そのためビオンテックはコロナウイルスが発生した段階においては、すでに上場を果たしており、有望なスタートアップとしてみなされていたらしい。一方でmRNAを用いた新たなプラットフォームを開発するには研究開発資金が十分ではなく、何らかの方法で資金を集めることが必要だったらしい。

ちなみに現在の創薬はかなり分業化が進んでおり、新しいチャレンジングな領域ではスタートアップが創薬の主役を担うことは珍しくない。ファイザーやグラクソ・GSK(グラクソ・スミスクライン)のような会社は、そういった会社を買収したり独占提携契約を結ぶことで、新たな薬を上市していくというのが一般的になっている。


長い研究の果ての商品化


コロナワクチンが開発され世の中に広まっていく過程では、このmRNA と言う技術は、まるで突然天から降ってきた発明のように報道されることもあった。自分も含めてバイオ技術を積極的に追い続けていない人間にとっては、 この技術は、当然学校で習ったこともなく、初めて聞く技術だったからだ。

ところが本書を読むと、このmRNAと言う技術は長い間活用のアイデアが温められ、それほど多くはないとはいえ研究が続けられていたことがよくわかる。実用化されなかったのは、適切なタイミングがなかったということと、もっといえば予算がなかったからだ。

自分は短い間とはいえ米国DARPAに関連する仕事をしたことがあるので、開発された基礎技術が商用化されるまでには数十年単位の年月が必要である事はよく知っている。 なぜそれほどかかるのかを一言で言えば、その技術を商用化するために必要となる要素技術が十分に熟成していないことが多く、 利用できたとしてもコストが高すぎるからことが多いからだ。 例えば今やPCを通じて誰でも利用ができるなった大規模AIも計算機資源が十分に、かつ安価に手に入るようになって初めて実現可能となったことはよく知られている。

言い換えれば、何かものすごい危機やチャンスが発生したからといって、突然新しい発明やアイディアが実現すると言う事は現実世界ではありえないということなのだ。 日の目を見るずっと前からそこに情熱を傾けている人間がおり、あるいは(広い意味での)リスクにかける投資家が何度も倒れた先に、初めて社会を変えるようなイノベーションは実現するのだということを、本書は(そしてmRNAの実用化という例は)教えてくれる。

そしてもう一つ大切なことは、 一度実現したイノベーションは社会に広く実装されるが故に、永遠の成功を約束すると言うわけではないということだ。 本社の中でも複数の会社がmRNA技術を活用してワクチンを開発することになると予言されているし、 実際に今後新しい感染症や、あるいはガンの治療に対してmRNAを用いた治療は行われるようになるだろう。

それはビオンテックの創業者たちにとっては喜ぶべきことかもしれないが、ビオンテックという会社にとっては必ずしも歓迎される事態では無いかもしれない。それはビオンテック社の株価を見ればよくわかる。ビオンテックの株価の推移を見ればよくわかるように、 最高値をつけたのはコロナ禍の2021年8月であり、そこからは多少の波がありながらも下がり続けているのだ。
イノベーションを産むのはまさに資本主義だが、同時にその資本主義はイノベーションを実現した存在に対して、永遠どころか数年の猶予さえ与えてくれない。我々は皆、競争の中に生きているということをビオンテックの例は教えてくれる。