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2024年3月14日 (木)

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第11章(貨幣システム)

この章と次の12章は”長期における貨幣と価格”というセクションに分類され、経済において最も重要な概念の一つである「貨幣」について取り上げる。日常の生活では貨幣とは、いわゆる「お金」を指すに決まっている・・と感じるのだが、マクロ経済という観点からは必ずしも直感的ではないのがこの「貨幣」という概念だ。自然科学畑の自分にとっては、人間が生み出したものを人間自身が定義し直すというのは何か不思議な感じがしないでもないが、この辺りが経済学が人文学系の要素もある理由の一つだろう。

本章では主に概念の説明について多くページが割かれており、その中には自分が見知った概念も多くあるので、そのような部分はさっさと飛ばして読んでいくようにした。

マンキュー経済学 マクロ経済 第11章: 貨幣システム

● 貨幣の意味 ●

日常で我々が利用しているいわゆる「お金」とは違い、経済学においては貨幣とはより限定的な意味で使われている。
マンキューによれば、 貨幣には3つの機能がある。1つ目は「交換手段」であり、財やサービスを買う時に交換をして利用することが可能である。2つ目は計算単位であり、異なる財やサービスの価値を比べることに利用ができる。
そして、3つ目は価値貯蔵機能であり、貨幣を利用することで財やサービスを異なる時点で利用・交換することが可能になる。もし貨幣がなければ、農家は農作物がある時にしか他のものを手に入れられないし、 原材料を必要とする工業等は発展をしなかっただろう。

経済学的に言えば、上記の機能を満たしていれば貨幣なので、必ずしも我々が日常的に使う紙やコインの「お金」である必要は全くない。実際に歴史上(あるいは紙やコインが利用できない場合)では、ある特定のものが貨幣として流通していた。それは金であったり、 貝殻であったり、あるいはタバコであったりする。

 

● 中央銀行について ●

世界各国には 経済を運営するための期間として中央銀行が存在する。アメリカだけは連邦準備と呼ぶが、 昨日としたほぼ同じであり、金融システムを維持するための様々な権限を持っている。

本書によれば、中央銀行の職務は大きく分けると2つある。 1つは銀行に対する最後の貸し手としての機能であり、もう一つは貨幣供給を調節することにより経済をコントロールすることだ。
前者の「最後の貸し手」としての機能が大きくクローズアップされるのは、金融システムが動揺した時だ。例えば、過去には銀行の取り付け騒ぎがあったときに、中央銀行が銀行に現金を供給することで騒ぎを収めることができた。 現代においても、例えばアメリカの金融危機においては、連邦準備が現金を大量に供給することによって危機をコントロールしようとしていた。

もう一つの貨幣供給には、より複雑な効果がある。 一般的に中央銀行は、銀行に対して獲得した預金の一部を中央銀行に預金することを命じている。この準備は通常は預金の数%程度であり、それ以外の預金は銀行が貸出に回すことが出来る。 この貸出が他の銀行に預金されると、その銀行はまだ中央銀行に準備をとして一部を回し、それ以外をまた貸し出しすることが出来る。 このようにしてもともとあった貨幣が、預金をされ再度貸し出しをされることによって増えていくことを、貨幣想像(信用創造)と呼ぶ。

中央銀行は、国債の売買や準備の割合(公定歩合と呼ぶ)をコントロールすることにより、市中に回る貨幣の量をコントロールすることが出来る。 ただし公定歩合を毎日のように変更することは実務上は現実的ではなく、日常の貨幣量のコントロールは国債の売買によって行われることが多い。

2024年3月11日 (月)

SNSで話題になっている『鬼時短』を読んでみた: 文化を変えないといいつつも神輿の動き方は変える必要あり

マーケティングや広告業界で働いている人間であれば『鬼十則』 と言う単語を知らない人がいないだろう。電通の行動規範のようなものとして業界に広く知られているこの鬼十則、社外の人は10個全部言うことができなくても、1つ2つであれば言うことができる人も多いかもしれない。自分も『仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない』とか、『周囲を引きずり回せ、引きずると引きずられるのとでは、永い間に天地 のひらきができる』などは、言葉は多少違うがいうことができた。

本書のタイトルは当然この『鬼十則』からヒントを得て付けられている・・というのも、 本書は、その点数の働き方改革、もっと言えば時短を進めた当事者が、そのノウハウを書き起こしたものだからだ。 かつては 夜中まで電気がついていた汐留ビルが22時になると電気が真っ暗になる、まさにその改革を主導した方による”時短 = 業務改革”のためのレシピが本書になる。


文化は変えずに働き方を変えよう

本書にあるように、残業というのは一つの文化として定着していることが多い。仕事が多すぎるということも時にはあるが、 どちらかと言えば周囲やお客さんに「こんなに遅くまで働いているのだ」と伝えるパフォーマンスの要素もかなり強い。自分もコンサル時代に”あえて”顧客へのメールを夜中に送って、自分たちは働いているアピールをしたこともあった。

本書では、時短を始めるにあたってはその「文化」・・・言い換えれば”顧客志向”とでもいえばいいのだろうか、を変える必要はないというところからスタートする。これまでの会社の成長、あるいは個人にとっての勝利をもたらしてきた文化は変える必要はなく、あくまで実際の働き方、もっと言えば時間の使い方を変えると言うことにフォーカスするのだ。

実を言うとコンサルタント経験者にとってはこのアプローチはちっとも違和感はない。今ではあまりやらなくなってしまったかもしれないが、ほんの10年ほど前にはコストカットのためにABC(Active-based costing)分析というのをやるのが流行っていた。これは業務をなるべく細かな単位に分けて、それぞれにかかる時間とコストを計算するという手法で、観察と分析に膨大な時間がかかるのだが、かなり正確に”自分たちが何をやっているか”を可視化することが出来る※1。本書ではABCという単語は出てこないが、この手法をまず全社的に展開をしたようなのだ。


”今”を尊重するところから始めよう

このABCをやると、依頼をした方(多くは経営陣か経営企画の”業務改革担当”のような方)はもちろんのこと、調査をされる方の当事者でも驚くような結果が出ることが多い。正確にいえば、後者の方は「わかっていたけど、やっぱりこんなに無駄な時間があったのね」というやつだ。

ABCでは時間だけではなく、それぞれがどのような業務(あるいはタスク)に時間を使っていたかが正確にわかっているので、無駄が明らかになったら後は対応するだけで良い・・のだが、実際はそんな風には進まない。本書にもある通り、それぞれの業務というのはそれなりの意味があって存在しており、たとえちょっとしたことでも変更したり無くしたりするのは難しいのだ。

ここで重要なのは、本書にもある通り「それなりの意味」というのは必ずしも「そのタスクが価値を生み出す」ということとイコールではないということだ。時には「XXさんが部署にいるためには、この仕事が必要なのだ」という主客逆転のようなこともよくある。会社から見たら無駄以外の何者でもないが、その業務を担っている”ムラ”からすると、必要なことなのだ。なんというか、一種の祭祀のようなものであると思った方がいい。

本書ではそのような”一見無駄”でも、まずは尊重して物事を始めようということを繰り返し語っている。現代合理主義者が”雨乞いをしても雨は降らないからやる必要はない”と最初から断言してはダメなのだ。


それでもリーダーは変わらないといけない

本書が想定読者としているのは、あくまで時短といった改革を進める側の人間になると思う。本書は「時短をさせられる側」に対しては、できる限り現状を尊重した方が良いと繰り返して書いているが、この想定読者に対しては強く自己変革を求める。 今までの日本式のやり方では、時短のような 大きな改革を成し遂げる事は不可能であるとはっきり言っている。

言い換えれば、一般社員は最後の最後まで自発的に変わらなくても良いが、 リーダーは率先して自分を変えなければならないのだ。そしてこの自分を変える方向と言うのは、時に本書においては否定的に使われているMBAや外資系企業の考え方そのものだ。 明確な指示を出し、率先して自分のアイディアを部下に伝え、そしてうまくいかない場合の責任は自分にあるとする。逆説的ではあるが、日本企業の文化を守りその中で改革を行うのであれば、リーダーだけは日本風であってはいけないのだ。

この考え方はより深く考えれば、結局のところ変革において求められるリーダーと言うのは、洋の東西を問わず同じような資質を持ち、同じような行動をとることが求められていることを意味する。本書ににおいて実はこの部分が最も難しい部分で、著者も認めるように日本の経営幹部は各部署の利益代表としての顔を持ち合わせている。 偉くなった人間は、部署の利益や意向をかなりの部分において代弁することが求められるのだ。

そのような人間がある時、突然改革が必要になったときに、自分の思考方法や働き方を変えると言うのはかなり難しい。本書ではそもそも改革のために社外からリーダーを引っ張ってくるということは想定していないので、改革が成功するためには、このような求められる人間が既に幹部に存在しているということが必要条件になる。
ただこれははっきりいって意図的に出來るものではない。電通の場合は偶然なのか、それとも必然なのかわからないが、そういった人間が上層部にいたことが結果的に時短と働き方変革を実現する要因となったということなのだ(少なくとも本書を信じれば、だが・・・)


日本企業はやっぱり大変だなぁとついつい思いがちな外資系人間の自分

自分がかつて在籍していたIBMが赤字になった際に、ガースナーという外部経営者を招聘して大改革を行った。その時にもっとも時間をかけてチェンジマネジメント(変革の推進)をしたのが、日本だったというのは内部では有名な話だった。当時は、米国の本社を除けばもっとも売上が大きく、かつ人員も最大ということで日本をまず対象にしたというのが建前で、本音は日本が最も変革が難しいと本社ではみられていたからだ。日本で改革が軌道に乗り始めて、ようやく米国本社は「この変革は必ず成功する」と確信を持てたらしい。

当時は半ば連邦制のようになっていたとはいえ、一応は米国資本のIBMですら日本支社の抵抗は頑強だったのだ。これが日本に本社があり、経営陣もほとんど日本人という会社では、さらに変革の難易度が上がることは間違いない。
そういった”難易度の高い”日本企業の変革をやろうとしたら、間違いなく本書のようなアプローチを取るしかない。まず経営者(あるいは経営幹部)が自らの態度を変え、その上で現場を尊重して、丁寧に時間をかけながら一歩一歩価値を感じてもらう。この方法は、いわゆるMBAで学ぶチェンジ・マネジメントの王道でもある。

しかし一方で、外資に長くいて、元からして頭の中は外人のようだった自分からすると「こんな面倒くさいのはとても自分が社員だったらやってられん」というのも正直な感想だ。外部のコンサルタントとしてこういった案件があればこのような方法は取るだろうが、自分が発注側で主体になるとしたら、ここまで根性が持たないと思う。そういった意味で、この著者の方の一番すごいところは「自分が超伝統的企業で育ちながらも、最後までやり切った」というところにあるのは間違いない。


※1・・・家庭生活でもこの手法を持ち込んでいる人も多くいた・・のだが、そもそもコストの定義が難しいので個人的には意味があんまりないと思っていた

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第10章(失業)

第7章「生産と成長」から続いてきた第Ⅲ部 長期の実物経済も本章で終わりとなる。マクロ経済学の主要な論点の一つが景気循環とそれにともなう失業の発生であることを考えれば、本章はこの教科書の中でも主要な論点の一つと言えるだろう。この章では、そもそも失業とは何かという経済学的な定義から、失業が発生する理由、そしてその失業の痛みを減らすとは一般的に思われている各種政策の影響を網羅的に論じている。

マンキュー経済学 マクロ経済 第10章: 失業

● 失業を識別する ●

失業を問題として捉えるのであれば、まず「失業とは何か」と学問的に定義しなければならない。単に”働いていない”というだけでは失業ではないと言うのは、子供や専業主婦がいる家庭のことを思い浮かべればすぐにわかる。そこで経済学では失業を考えるにあたって、まず人間を以下のようにラベリング(カテゴリー分けする)。

  • 雇用者
  • 失業者
  • 非労働力

ここでいう失業者とは「働く意欲があり、働くことが法的に認められているのに仕事がない」人のことを指す。言い換えると、”仕事が見つからずに、働く意欲を失ってしまった人”は失業者には入らないというわけだ。そして失業率は労働力人口(雇用者と失業者)の合計で、失業者を割ったものとなる。

失業率 = 失業者/(雇用者+失業者)×100%

この失業率はさらに、自然失業率と循環的失業の2つに分けることが出来る。
自然失業率というのは失業率が上下する際の基準となっているような失業率であり、実際に計測される失業率とその自然失業率の差異を循環的失業と呼ぶ・・というのが定義だ。
ここで疑問になるのは、自然失業率がなぜ正になるのか、言い換えるとなぜ「常に失業は存在するのか」ということだ。この教科書では大きく2つの理由を挙げている。

一つは摩擦的失業(Frictional unemployment)と呼ばれている失業で、仕事を一度やめる/あるいは首になった後に、次の仕事を見つけるまでに時間がかかることから発生する失業のことだ。日本では一度働き始めたら、できる限り履歴書に穴を開けない方がいいと言われているが、レイオフがあるアメリカでは、そのような贅沢を言えないこともある。摩擦的失業というのはまさに、次の仕事を見つけるまでの一時的な(temporaryな)失業と言えるだろう。

一方で労働需要の方が供給よりも小さい場合に発生するのが、構造的失業で、これは一般的に長期間になってしまう。そもそも働き口が少ないがために発生している失業であるからこそ解決が難しいのだ。


● 職探し ●

摩擦的失業が発生するのは、次の仕事を見つけるまでに時間がかかるからというのが大きな理由となる。この次の仕事を見つけるという行為は、通常は雇用側の事由であることが多く、被雇用者側の問題であることはあまりない(被雇用者側は次の仕事が見つかってから、今の仕事をやめることができるから)。このような雇用側の労働需要の増減により働く場所が変わることは、雇用間の部門シフトと呼ぶ。

そして摩擦的失業が一定期間存在するのは、労働者が次の仕事を見つけるのがすぐにはできないからだ。昔はそもそも 仕事がどこにあるかもわからなかったし、応募書類を作るのも時間がかかった。そうであるが故に例えばインターネットの存在は摩擦的失業を減らす効果があると言える。

一方で公的な施策、例えば失業保険などは摩擦的失業にある期間を伸ばす効果がある。それは失業保険の受給期間中は一定の収入(働くよりも少ないが)が保証されているため、労働者は無理をして次の仕事を見つける必要がないからだ。

 

● 最低賃金法 ●

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多くの国で搾取的労働を抑えるという目的で設定されている最低賃金は経済学的な観点から言えば、労働需要を減らす効果があり、失業を生む必要の要因となる。それは右図の需要と供給の曲線を見れば明らかなように、最低賃金が均衡賃金より高いとすれば、供給と需要の間にギャップが生まれるからだ。

ただしこの最低賃金のによる雇用の減少は、賃金が最低賃金の付近にある職にのみ効果があると考えられる。

 

● 労働組合と団体交渉 ●

多くの国で認められている労働組合は、団体交渉を行い、時にはストライキを行うことで労働者の多くの権利を認めさせてきた。しかし経済学の見地からは、少なくとも労働組合の交渉の結果による賃金上昇は労働組合に参加している人員のみに恩恵があり、その分のコストを労働組合員以外の人員に支払われているとみなすことが出来る。

しかしそれでも、労働 組合が役に立つかどうかと言うのは、経済学者の間でも意見が一致していない。否定派は労働組合はカルテルと同じであり、水準以上の賃金が達成されたことにより労働需要量が減少してしまうと批判する。 一方で、肯定派は労働組合が存在することにより、企業の市場支配力への対抗策が生まれ、労働者全体の生産を向上させる可能性を指摘している。

 

● 効率賃金理論 ●

失業が発生する1つの理由として、効率賃金理論が存在する。これは企業が健康水準以上の賃金を支払うことによって、企業経営がより効率的になると言う理論である。一見すると矛盾した内容であるが、企業が賃金を高めにすることで利潤を最大化できると言うことなのだ。

この理由としては大きく4つの説明が存在している。
1つ目はより高い賃金を払うことで労働者が 健康を保つことができ、より生産性が高くなる可能性がある。 ただしこの説明は賃金が非常に低く均衡する賃金では、十分な食料や休息を手に入れることができないといった国の場合のみ当てはまる。

それ以外の3つの理由はいずれも労働者に関連することで、「 高い賃金を支払うことで離職率を下げることができる」「より質の高い労働者を採用することが出来る」「労働者の努力度を上げることができる(モチベーションを高めることが出来る)」といったものだ。

 

2024年3月 6日 (水)

いわゆる特性持ちが仕事にポモドーロ・テクニックを使ってみた

最近は歳のせいなのか、あるいは半永続的な減量を続けているせいで体力/集中力がなくなってきているせいなのかわからないが、夜になるとすっかりグッタリしてしまい何かをしようという気がなくなってしまうことが多い。夕方になって家に帰るとちょっと子供と遊んで、運動するとすぐに眠くなってしまうという感じなのだ。


流石にそれだと作業時間が足りないということ間違いなしだし、本を読んだりゲームをしたりなんかも出来ずに残念なことになる。そこで日常生活で消耗しすぎないようにしよう・・と最近になって取り入れているのが「ポモドーロ・テクニック」だ。これは簡単に言えば、タスクを細かく分解して一定時間作業や勉強をした後には休憩を入れるというサイクルで作業を進めるというやり方だ。詳しくはWikipediaに記載がある。



このテクニックは2009年に出版されたシリロの著書『The Pomodoro Technique』(どんな仕事も「25分+5分」で結果が出る ポモドーロ・テクニック入門)や、自身の公式サイト内で紹介されている。


具体的な手順は以下の通りである。



  1. 達成しようとするタスクを選ぶ

  2. キッチンタイマーで25分を設定する

  3. タイマーが鳴るまでタスクに集中する

  4. 少し休憩する(5分程度)

  5. ステップ2 - 4を4回繰り返したら、少し長めに休憩する(15分 - 30分)


ポモドーロの途中で急用が入りタスクが中断された場合は、そのポモドーロは終了とみなし、はじめから新しいポモドーロを開始する。



この手法は、本来は一つの作業に過集中して時間を使いすぎてしまい疲労をすることを避けるためにあるのだとおもう。ただ自分のように「気が散ってしまう」と「過集中」の間を行ったりきたりする特性を持つ人間の場合は、この方法は全く違った意味合いがあることが、実際にやってみてわかった。それは一言で言えば、インターバル・トレーニングのような効果があるということだ。

このポモドーロ・トレーニングは先ほども言ったように、本来は”過集中しすぎる”ことを防ぐために考案されたものだと思う。過集中は瞬間的には高い効果を発揮するが、やはり疲れは出てくるし、自分で気づかないうちに生産性が下がってしまうからだ。
ところが自分の場合には、この手法を使うことで「25分間は全力を一つのことに投入できる」という安心感を得ることが出来るのが大きい。どんなに集中していても一旦25分が経てばリセットしてくれるので、時間を気にすることなく、かつ他のメールや連絡方法などについても気を使わなくてもいい。この安心感から、その25分間に迷うことなく全力投入が出来るのだ。


インターバル・トレーニングなので25分間が過ぎた後は当然休憩が必要で、その休憩時間には頭を空っぽにするために、audibleをこまめに聞いたり映画を見たりをしている。妻に言わせると「それってちっとも休憩していることにならないのでは・・」となるのだが、自分にとっては頭の中に残っている残り滓を一旦全て洗い流してくれる効果があるのだ。
誰にでもお勧めできる方法ではないのだが、自分のような特性(過集中と分散の間が激しいタイプ)にはぜひ一回やってみることをお勧めしたい。

2024年2月28日 (水)

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第9章(ファイナンスの基本的な分析手法)

第8章「貯蓄、投資と金融システム」では、家計と企業をつなぐ金融システムの基本的な考え方を学んだ。本章ではその金融システムがどのように投資の意思決定を行っているのかについての基本的な考え方を学ぶ。 現実の世界では投資を行うのは必ずしも企業だけではなく、家計も常に何らかの金融的に決定を行っているが、モデル化されたこの世界では、まず企業が投資意志決定の主催者であると仮定しているのだ。

マンキュー経済学 マクロ経済 第9章: ファイナンスの基本的な分析手法

”ファイナンス”という単語を聞くと、どうしても日本語では「財務」 という言葉を当てたくなる。ちょうど経理が”アカウンティング”と英語で呼ばれているのと対比しての理解だ。
まず本章ではこのファイナンス(Finance)という単語の誤解について説明がされている。マンキューによれば、ファイナンス(Finance)とは” 人々が時間を通じて資源を配分しリスクをコントロールするにあたって、どのように意思決定を行うかを研究する学問”である。この定義を見ればわかる通りファイナンスと言う語源そのものは「財務活動」とは関係がない。あくまで異なる時間軸上で、どのように資源を配分しリスクをコントロールするかを研究するのがファイナンスなのだ。このように書くと一般的なファイナンスの概念と言うのは、かなり狭い領域にとしてということがわかる(この定義を学生時代に知っていたら、もっと楽しくファイナンスを勉強できたんではないかと思う)。


● 現在価値(時間価値を測る)⚫️

このセクションでは、いわゆる割引率を用いた「現在価値」と「将来価値」の考え方を学ぶ・・・のだが、 さすがにこの辺はビジネススクールで学んだ内容をしっかり覚えているのでノートは省略。ある資産が二倍になるまでに必要な年月は70/x(xは利子率)というところは実用的で面白い。

 

● リスク管理⚫️

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このセクションではまず基本的な前提として人間はリスク回避的な存在であるとする。これは行動経済学などでも明らかになっていることだが、経済学的に言えば効用関数が凸型をしているということだ(あるいはlog型関数と言ってもいい)。効用関数がこの形である場合、ある地点Xから正負それぞれの絶対値が等しいα移動した場合には、|X-α| > |X+α|が常に成り立つ。

人間はこのリスクを回避するための知恵として、保険という考え方を進化させてきた。この保険というのは本質的には「リスクを低減させる」のではなく、「リスクを分散する」ということに意味がある。
例えば火災保険は「火事にあうリスク」を低減してはくれないが、 実際に価値が発生した場合の負担を軽減してくれる。なので、多くの火災保険では多くの人が一斉に火事の被害に合う可能性がある地震による家事は免責事項となっているのだ。

この考え方は 投資行動にも適用することができ、例えば株式を購入する場合には、多くの会社の株式を購入すれば、それだけポートフォリオの リスクを軽減することができる。ただし、それでも市場リスクと呼ばれるすべての企業が等しく負うリスクを軽減することはできない(例えばコロナによる経済活動のスローダウンが良い例だ)。


● 資産評価⚫️

この辺りはいかにもアメリカの教科書という感じなのだが、このセクションでは資産評価の方法、もっと言えば株式価値の評価方法についても触れている。資産評価においては多様な考え方があるので、この章では多くは触れられていないが基本的な考え方として「ファンダメンタル分析」の考え方が触れられている。

また、株式市場における価値評価の方法において重要な考え方である。効率市場仮説についても説明がある。この効率市場仮説と言うのは一言で言ってしまえば、株価はその瞬間に利用可能なすべての情報を反映していると言う考え方である。利用可能なすべての情報が株価に反映されているのだから、効率市場仮説を正とするのであれば、 市場に対して有利なポジションを取る事は誰もできない。結果として、株価は確率的な動きをするはずであり、この考え方に沿った株価の動きをランダムウォークと呼ぶ。

一方で、 現実には市場は非効率であり時には投機的バブルと呼ばれるように「買いが買いをよぶ」という状況を生み出す。 少しそのような状況もいつまでも続くわけではないことは自明であり、歴史上これまでも何度となくバブルは弾けてきた。 言い換えれば、市場は完全に効率ではないが、一方で完全に非効率なわけでもないと言うのがマンキューの述べるところなのだ。

2024年2月25日 (日)

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第8章(貯蓄、投資と金融システム)

第7章「生産と成長」では、家計における貯蓄が投資に回ることによって経済が成長するという議論が展開された。本章ではその議論における疑問点である”貯蓄はどのような経路で投資に向かうのか“に関して学ぶことになる。そしてその経路において重要な役割を担うのが、金融システムである。

マンキュー経済学 マクロ経済 第8章: 貯蓄、投資と金融システム

本章ではまず金融システムを学ぶためのとっかかりとして、アメリカにおける金融システムの紹介からスタートする(本書は当初はアメリカの学生に向けて書かれたのだから当然だろう)。日本の読者にとっては必ずしも必要な情報とはいえないので、ここでは金融市場において代表的なものとして「債権市場」と「株式市場」の2つがあるということを把握しておけば良いと思う。
ただここでサラッと実務上の基礎知識として重要なこととして、以下の2点が書かれていることは記録しておきたい。

  1. 債権市場においては、長期債の方がリスクが高く、その結果として利子率が高く設定される
  2. アメリカの株式市場の典型的なPERは15となる。


● 国民所得勘定における貯蓄と投資 ●

このセクションでは貯蓄と投資の関係を学ぶにあたって、閉鎖経済における国内総生産の恒等式を用いる。

まず、閉鎖経済においては以下の恒等式が常に成り立つ。
 Y = C + I + G  (Y:GDP, C:消費, I:投資, G:政府支出)

この式を変形して投資のみを右辺におくと、以下の関係が成り立つ。
 Y - C - G = I
左辺は国民所得から消費と政府支出を引いたものだから、貯蓄(S)とみなすことが出来て、次のように変形できる。
 S = I (貯蓄と投資は一致する)

次に国民貯蓄(S)の意味をより深く理解するために、税金から社会保障などの”移転支払”を差し引いたものをTとおく。このTは定義から、”政府が支出に利用することが出来る額”ということが出来る。ここでTを用いた、国民貯蓄(S)を変形してみよう。

 S = Y - C - G
      = (Y - T - C) + (T - G)

右辺の第一項は民間貯蓄と呼び、「家計から税金Tを支払い消費をした後の額」を意味する(Tは税金から移転支払を引いたものであるので、いわば真水の税金と言える)。また第二項は政府貯蓄とよび、「(真水の)税収から政府支出を引いた額」になる。もしT-Gが正であれば財政黒字であり、負であれば財政赤字だ。

上記の式の変形から、貯蓄と投資の関係においては以下の2つをいうことができる。

  1. 経済全体においては貯蓄と投資の金額は等しくなる。
  2. 貯蓄は民間貯蓄と政府貯蓄の二つに分けることが可能である。

● 貸付資金市場 ●

20240225-142246

上で書いたように貯蓄が投資に回るためには、何らかの仕組み(システム)が必要になる。この仕組みを単純化して説明するために、このセクションでは貸付資金市場という概念を導入する。この市場では全ての預金者がこの市場に貯蓄を提供し、全ての借り手はこの市場で資金を借り入れる。

ここで資金の需要量と供給量を決定するのは、利子率となる。ちょうど市場においては価格がシグナルとなったように、この資金市場では利子率が価格と同じ役割を果たすのだ。そして政府がとる政策は、この資金需要曲線、あるいは供給曲線をシフトさせる効果がある。

この曲線のシフトは 市場におけるシフトと考え方は同じなので再度記載はしない。ただ面白かったのは政府の財政赤字と財政黒字の考え方だ。

前のセクションで見た恒等式からは、 財政赤字は政府貯蓄のマイナスを意味するので、左辺である国民貯蓄も減少する。 つまり財政赤字は供給曲線を左にシフトする効果があり、資金需要は低下し、利子率が増加する結果を生む。
この効果は言い換えれば「 本来は民間に回るはずだった資金を政府が吸収してしまった」ということを意味しており、経済学の用語ではクラウディング・アウトと呼ぶ。 この効果は政府貯蓄の減少によってもたらされるので、減税にによっても生じることとなる。


本書ではこの部分で日本の財政赤字のグラフと米国の財政赤字のグラフが載せられているのだが、一貫して財政赤字が増加し続ける日本と言う国にいるとこの議論はかなり新鮮に感じる。 日本では失われた30年と言われているが、この単純化したモデルからだけ考えれば、景気対策のために行った財政赤字が結果として投資の減少をうみ、成長率を抑えていたことになる。
もちろん実際の経済においては財政政策だけではなく金融政策を組み合わせて行っているのでこのような単純な結論を導くことができないであろうと思うただこういった式を学ばなければ、財政赤字と景気の関係などを考えることもなかったわけで、ようやくマクロ経済学が面白いと感じられるようになってきた。

 

2024年2月23日 (金)

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第7章(生産と成長)

第6章「国民の生活費」に続いて、一国の成長に関する基本的な知識を学ぶ。マクロ経済学は究極的には「長期の成長と短期の不景気の循環(サイクル)の理由を説明する」ことが目的であるとマンキューは定義しており、そのためにはまず成長をもたらす要因を探る必要がある。

マンキュー経済学 マクロ経済 第6章: 生産と成長

● 生産性の決定要因 ●

一国の経済的な厚生(あるいは単純に国民の所得)を決定するのは、一人当たりの生産性だ。閉じたモデルを考えれば、一国の消費は全て自国内で生産されたものであり、消費が多いということは生産が多いということを意味している。
そしてこの生産性を決定するのは、大きく分けると4つの要因となる。

  1. 物的資本: 過去に生産された資本のうち、再度生産に回される資本
  2. 人的資本: こちらは人間に関する資本だが、過去に教育などにより生産されている
  3. 天然資源:
  4. 技術知識: 人的資本との区別に注意(技術知識は社会全体の教科書のようなもの・・と説明がある)

● 経済成長と公共政策 ●

上記のように、一国の経済レベルは一人当たりの生産性によって決定されるとすると、政府は政策により経済成長を実現しようとするのであれば、一人当たりの生産性を向上させることが必要になってくる。本章ではこの「生産性を向上させるための政策」の代表的なものが挙げれている。

  • 貯蓄と投資: 貯蓄により生産材への投資が増えることで、資本ストック(物的資本)が増加し、その結果として生産性が向上する。ただしこの生産性の向上は、生産材が増加するにつれて増加率が減っていく。これを限界生産力逓減と呼ぶ(数学的に言えば、微分した際の傾きが小さくなっていくということ)
  • 外国からの投資: 対外直接投資であれ、対外証券投資であれ、海外からの投資は上と同じく資本ストックの増加をもたらし、生産性を向上させることもある(必ずするわけではない)
  • 教育: 人的資本の増加
  • 健康と栄養: 同じく人的資本の増加を結果としてもたらす
  • 所有権と政治安定性: 自分の財産が取り上げられるかもしれないような環境で、誰が労働をするだろうか?
  • 自由貿易: 内向き政策は長期的には国の生産性を下げる
  • 研究開発: 技術知識の向上をもたらす
  • 人口成長: これは+と-の効果があるため、一概には成長に寄与するとは言えないところがある

「所有権と政治的安定性」「自由貿易」の2つは、最近の中国経済を見ていてもなんとなく理解できるところがある。ただし中国の場合は、今は経済成長を第一の目標としているわけではないだろうし、まだ国内市場が十分に大きいことから、おそらく今の成長のスピードダウンは織り込み済みなのだろう。

2024年2月13日 (火)

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第6章(生活費の測定)

第5章で「国民所得」の測定について記述がされたことを受けて、この第6章ではより詳細な情報である「生活費」の測定方法の紹介が行われる。経済学が究極的には国民(あるいは人類)の厚生を高めることを一つの目標とするのであれば、人間にとって重要な指標となる生活費について、正しく理解することが重要だということだろう。同時に一章を割くということは、それだけ生活費という身近な要素をしっかりと測定することは難しいということも意味している。


マンキュー経済学 マクロ経済 第6章: 生活費の測定


● 消費者物価指数(CPI)

消費者物価指数は、消費者が購入する財・サービスの総合的な費用を計測することを目的としている。消費者は日々色々なモノ・サービスを購入しているし、その購入する内容は変わっていく。そのため、CPIの計測の際には基準となる財の組み合わせ(バスケット)を設定する必要がある。
一旦このバスケットが設定されれば、そのバスケットに含まれる財とサービスを購入するための費用を計算し、基準年と比較することで(あるいは前年と比較することで)インフレ率の計算を行うことができるというわけだ。

この消費者物価指数(CPI)と似たような概念として、コアCPIと生産者物価指数(PPI)という概念も紹介されている。

コアCPI: CPIから食料とエネルギーを除いたもの。食料とエネルギーに関する費用は短期的に変動が大きいのが理由。
生産者物価指数(PPI): 消費者ではなく企業が購入する財・サービスのバスケットの費用を測るもの


● 生活費測定の問題

消費者物価指数(CPI)を測定するにあたっては、いくつかの問題が存在する。この章ではそのうちの技術的ではない、原理的に内在する問題をいくつか提示している。

その一つ目が代替バイアスだ。これはある財の価格が変化した時に、消費者は代替的なモノやサービスの購入を変化させるという行動を指している。CPIはバスケットを設定しているため、もし代替財の購入が量が変化すると、実際の生活費を正しく評価することが出来なくなる(過大に評価してしまう)。
二つ目が新しい財の導入による価値変化だ。技術発展などにより新しい財が導入されると、消費者は選択肢が増える、あるいは単に新しい財の機能や価値により、同じだけの厚生を得るための価格が下がる。本書ではiPodの例が上がっているが、例えば動画配信サービスなどはその際たるものだろう。
三つ目はそもそも測定できな品質の変化をどのように考慮するかだ。本書では例としてガソリンの燃費が上げられているが、燃費が向上すれば同量のガソリンでも得られる厚生(距離)は増加する。

上記を見れば明らかな通り、消費者物価指数を計算する際には単に機械的に計算を行うだけではなく、消費者が得る厚生(economics welfare)を考慮することが重要になるということだ。言い換えれば技術革新により1ドルあたりのeconomics welfareが向上すれば、それだけでも人間は”体感的には”豊かになったということが出来るということだ。

● GDPデフレーターとCPI

これまでの章で学んできたGDPデフレーターとCPIは、その計算式を見れば似たような概念を測定しているように見えるが、その計測する対象(行為)が大きく異なっている。

GPD  デフレーター: 国内で生産される財とサービスの価格
CPI: 消費者によって消費される財とサービスの価格

 

● インフレ影響と変数の補正

CPIが変動する(多くの場合は+の値をとる)ということは、ある異なる時点での貨幣価値も異なるということを意味する。この「貨幣価値」の比較を行うためには、以下のような計算式により計算を行うことが可能となる。

現在の貨幣価値 = T年の貨幣価値 × (現在の物価水準/T年の物価水準)

この貨幣価値の違い(インフレ率)に合わせて給与や支払いが変わる制度のことを、物価スライド制と呼ぶ。インフレ率に合わせて、給付水準をずらす(スライドさせる)ことから、この名前がついたのであろう。


● 実質利子率と名目利子率

最後にこれらの考え方の派生の一つとして、本章では利子率に注目する。
利子率とは文字通り銀行に預金することによって得られる利子の割合だが、仮に貨幣価値が下落しているとすると、得られた利子の価値(厚生)を測ることが出来ない。そこでインフレ率を考慮しない利子率を名目利子率とよび、インフレ率を考慮した利子率を実質利子率と呼び、近似式として以下の式が成り立つ。

実質利子率 = 名目利子率 - インフレ率

 

 

2024年2月12日 (月)

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第5章

マンキューによる「経済学のイントロダクション」は第4章で終わり、この章からはいよいよタイトルにもあるとおりマクロ経済学の内容に入ってくる。人間を含む経済主体の意思決定を扱うミクロ経済とは異なり、マクロ経済は一国の経済全体を扱うのがカバー範囲になるので、マクロ経済学を取り扱う最初の章は国民所得という概念からスタートする。

マンキュー経済学 マクロ経済 第5章: 国民所得の測定

● 国内総生産の測定

本章では国内総生産(GDP)の概念について詳しく説明が行われるが、その前提として一国の経済においては「所得」と「支出」が同値になるということが説明される。これはイントロダクションのモデル図でも説明されたように、最終的に家計と経済主体(企業)の間での財とサービス、および支払いは一致するからだ。

その前提を踏まえた上で、本書ではGDPの定義を以下のように説明する(本当は映画があった方がより厳密になったと思うのだが、教科書内には英語での説明はなかった)。

GDPは、一定期間において、一国内で生産される全ての最終的な財・サービスの市場価値である。

上記を提示した上で、本書では「市場価値である」「一定期間において」「一国内で」「生産される」「全ての」「最終的な」「財・サービスの」の意味をより正確に説明していく。この辺りの説明はこのエントリーには書いておかないが、特に重要なのは「最終的な」であると、個人的には感じられた。
この「最終的な」というのは中間財を含まないということであり、統計上は中間財は計算から除外をしなければならないということを意味している。なんとなく実務上のイメージが湧かないのだが、一体どうやって計算を行っているのだろうか・・。

 

● GDPの構成要素

GDPをYで表すとすると、GDPは以下の恒等式により記述される。

Y = C + I + G + NX

C:消費(ただし住宅購入は除く)
I:投資 (住宅購入はこちらに含まれる、また在庫もこちらに入る)
G: 政府支出(年金などの財・サービスの生産を含まないものは、移転支払とカテゴリーされる)
NX:純輸出


● 名目GDPと実質GDP

この辺りはMBAでも勉強しているところなので、さらりと流して進むことができた。簡単に言えば名目GDPはインフレ率を考慮しない場合のGDPであり、実質GDPはインフレ率を考慮した場合のGDPとなる。財・サービスの生産という観点からは、当然実質GDPの方が重要になる。名目GDPだけを考えれば、極端に言えば生産能力が全く変わらない場合でも、貨幣価値が下がるだけでGDPは増加してしまうからだ。

・・・とここまで書いていた思ったのだが、実質GDPの方が重要であるというのであれば、なぜ経済を成長させるためにはマイルドなインフレの方が良いのであろうか。おそらく本書ではその辺りのこともちゃんと後の方で説明してくれると思うのだが、一応自分の備忘録として書いておこう。

2024年2月 9日 (金)

勉強している内容の備忘録: マンキュー経済学 マクロ経済 第4章

第3章まで続いてきたイントロダクションもこの第4章で終了となる。「市場における需要と供給の作用」とタイトルがあるように、この章では日本で経済学を学ぶのであれば最初の方に出てくること間違いなしの、需要曲線と供給曲線について学ぶ章となる。さすがにこのあたりは大学時代に学んだことを覚えていたということもあり、あっさりと流していこう。ただおそらく経済学をしっかり学ぼうとする人間には、ここで出てくる概念は重要になる。

マンキュー経済学 マクロ経済 第4章: 市場における需要と供給の作用

● 市場と競争 

経済学における「市場」の概念は、ほぼ一般の理解と変わらないと思われる。ただし経済学の場合では、いわゆるメルカートのようにたくさんの種類を扱っているものを「市場」と呼ぶのではなく、一つ一つの財とサービスごとに市場があると考える。そしてこの前提の上で、競争市場という概念が重要になってくる。競争市場とは一人の売り手/買い手が価格に影響を与えることが出来ない市場のことだ。

この概念をさらに厳しくしたものが完全競争市場で、完全競争市場が成り立つためには2つの条件が成立していなければならない。

  1. 全ての財は全く同じである(差別化要素は全くない)
  2. 市場価格を決めるプレイヤーは存在せず、全てのプレイヤーは決められた価格を受け入れている。

一般的なビジネスをしていると、こんな市場は存在しないよ・・と思ってしまうところだが、本書では小麦の例を挙げている。小麦市場はほぼ単一の財を扱っており、小麦の価格を決めることができるプレイヤーは存在しない(実際にはXX産小麦みたいなブランドは存在するが)。

もちろんこの完全競争市場の反対の極地にあるのが、独占市場ということになる。

需要と供給

ここは流石に慣れ親しんだ概念なので、さらっと箇条書きにしておこう(経済学を専門にしている人には怒られそうだが)。

  • 価格の上昇に対して、需要/供給が減る/増えることをそれぞれ需要/供給法則と呼ぶ。
  • 価格と需要/供給の関係をグラフ化したものを、需要/供給曲線と呼ぶ。
  • 需要/供給曲線は、価格以外のさまざまな要因により動く(シフト)する。

需要と供給を組み合わせる

需要曲線と供給曲線が交わる点は均衡(equilibrium)と呼ばれ、市場における需要と供給が満たされた状態にある。この状態から、価格が変動すると需要と供給は変化するが、常に超過需要/供給や不足が発生しているため、自然と(誰が操作することなく)価格が変化し、需要と供給は一致するのだ。

この均衡点は需要/供給曲線がシフトすると当然変化する。経済学の概念においては、「需要/供給曲線上の移動」と「需要/供給曲線のシフト」を区別することが重要である。
また最も重要なことは、繰り返しになるが価格を唯一のシグナルとして、市場においては需要と供給が自ずから一致するということだ。結局のところこの効果が経済学の十大原理の一つである”通常、市場は経済活動を組織する良策である”を導くのである。

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